沖永良部島スケッチ紀行

鹿児島県の離島・沖永良部島に漂着したさすらいの旅人・未央(MIO)が、 気まぐれに描くスケッチと詩と短歌の徒然記。周囲56キロの小さな島は15000人ほどの 人々が住み、亜熱帯の気候の中豊かな暮らしを営んでいる。島は、美しい 自然と個性的な文化が育ち、風景も歴史も風俗も素晴らしい。

April 2013

後蘭孫八(グランマグハチ)の城跡は、妖精「ヒヌムーン」がガジュマルの大木で遊び、森林浴を楽しめる絶好の散策スポット。

東西に横たわる沖永良部島のほぼ真ん中の
盆地が後蘭地区である。
ここのこんもりと樹木が茂った広大な丘に
600年前《世之主》に仕えた豪族(アジ)の
《後蘭孫八(グランマグハチ)》の城跡がある。
近年整備が進み本丸と呼ばれる中心の窪地
以外は散策が可能になった。
平家の落武者の末裔や倭寇とも伝説が残る
《後蘭孫八》は築城の達人だったという。
内城の丘の上に《世之主》の城も、彼の手に
よるもの。
この地は南北いずれの港にも近く、琉球交易
で富を成した《孫八》にとって地の利もあった
のだろう。
城跡には自然石を利用した南門や石垣が残り
ガジュマルの大木が林立する。
ガジュマルを住家とする妖精「ヒヌムーン」も
飛び交っている。
妖精と遊び森林浴を楽しみ英気を養うには
ここで数時間散策を楽しもう。
026_NEWLOVESONG of OKINOERABUZIMA
                         NO.6
   海を行き交い 大地(りく)駆けて
  後蘭孫八(グランマグハチ)島興す
             小高い丘に城造り
             大きな体で愛そそぐ
              残る石垣苔むすも
           雄々しき愛を伝えます
            男の生き様たくましく
             愛を貫き生きてゆく
            OKINOERABUZIMA

屋者真三郎(ヤジャマサバル)は《世之主》に仕えた四天王の一人。賢者の墓は島のピラミッド、美しきトゥール墓である。ここは知識を得るパワースポットかも知れない。

放浪の生活をしていると、人に仕える事を
忘れてしまう。
この島を治めた《世之主》に沖縄より従卒
した四天王《屋者真三郎(ヤジャマサバル)》
は、学問にすぐれた賢者だったという。
《世之主》亡き後も、集落の人々に学問を
教え、沖縄から石工を呼びよせて《世之主》
を葬るトゥール墓を造らせ、自らの墓も屋者
に造ったという。
《世之主》のトゥール墓に比べると、敷地も
狭くコンパクトだが、実に美的で洗練された
デザインである。
若き君主に仕え、島を守り地域を育てた
《屋者真三郎》は、今日の島を築いた偉人
の一人だったと確信する。
放浪の絵描きは、敬意をこめてこの墓を
スケッチした。
027_NEWLOVESONG of OKINOERABUZIMA
                        NO.5
     世之主守り島守り
豪族(アジ)の勇者、真三郎(マサバル)は
             屋者を愛して民育て
         朝日を背にして眠ります
        教えは確かに引き継がれ
          人は雄々しく生きている
              夢持つことの尊さと
            愛する喜び知りました
            OKINOERABUZIMA

600年前の島主「世之主」は自ら命を絶って島を守ってくださいました。「世之主」の眠るトゥール墓にお参りに行こう。

14世紀に琉球北山王朝に支配された
沖永良部島は、やがて島で生まれた
北山王の二男、松千代を世之主(島主)とし
琉球文化に彩られていた。
世之主は琉球三山時代の終焉を告げる
中山の統一により、自らの命を絶ち、島と
民を守ったという。
世之主の墓なる琉球式の広大なトゥール墓
は今日も内城字に残る。
この島にお世話になる以上、この墓にお参り
する事をためらってはいけない。
むしろ、前庭で酒酌み交わして世之主と
一つになるべきであろうか。
とりあえず一号のスケッチブックを広げた。
島に滞在する間は何度でも来よう。
描きつくせない魅力にとりつかれた。
014 (2)_NEWLOVESONG of OKINOERABUZIMA
                         NO.4
      遠い昔の物語
   島を愛した「世之主」は
    愛を貫き我が身絶ち
    島を守ってくれました
 古(いにしえ)の教え引き継がれ
     島は愛を育て行く
    偉大な島主は安らかに                                               
     内城の地に眠ります
    OKINOERABUZIMA

和泊小学校のガジュマルは2本のガジュマルが合体。《仲良しガジュマル》は友愛のシンボル。この下で友情が、愛情が芽生える。

沖永良部島の学校はシンボルツリーを
校庭に植えているが、そのほとんどが
ガジュマルである。
ここ、和泊小学校のガジュマルは
並列して植えられた2本のガジュマルが
いつの間にか合体してしまった。
愛称が素敵だ。《仲良しガジュマル》と
呼ばれている。
確かにその樹形は、友達や恋人が手を
繋いでいるように見える。
まさに友愛のガジュマルである。 

031_NEW

LOVESONG of OKINOERABUZIMA
        NO.3
   仲良しガジュマル手を繋ぐ
    広がる枝は絡み合い
   いつもいつでもいつまでも
     心あわせて支えあう
     友を信じるおおらかさ
     明日の夢を共に見て
               和泊小に学びゆく
              友愛まさに誇りなり
            OKINOERABUZIMA

                                                

湧水の里芦清良の世界一のガジュマルは集落のシンボルツリー。まさに博愛の大樹である。

ガジュマルは何種類かに分類される。
この《世界一のガジュマル》は、上に伸び
幹は横に広がる。
その幹の幅、高さとも世界一を誇示するに
ふさわしいが芦清良(アシキョラ)集落の
住宅地にあるため、静かに見学するのが
エチケットだ。
芦清良の人々のふれあいの水場である
湧水の川(ホー)の側をを通って行く道は
古い石垣に囲まれて極めて狭く、
軽自動車でやっと通れるほどだが、
通り抜けが出来るので十分注意して進もう。
004 (2)_NEW_NEW_NEW_NEWLOVE SONG of OKINOERABUZIMA
        NO.2
    水辺に憩う一時嬉しい
   あなたと二人水面に映る
  すべてを包んでそびえ立つ
   大きなガジュマル広き愛
芦清良(アシキョラ)の里寄り添って
    苦労を共に生きてゆく
    流れはいつも清らかに
    大樹は天にのびてゆく
    OKINOERABUZIMA

「沖永良部島スケッチ紀行 全100景」に続くは、LOVE SONG of OKINOERABUZIMA

私は画家で料理人。その肩書に詩人も
入れてみよう。
けっして特別なことではない。
この男、歌人でもある。
ともあれ、「沖永良部島スケッチ紀行 全100景」
に引き続き、100景に愛の詩を綴ってみようと
思う。
「LOVE SONG of  OKINOERBUZIMA」
思いついた詩は、すぐさまメロディが浮かんで
歌えるが、楽譜がおこせない。
誰か力を貸してくれないだろうか。
461_NEWLOVE SONG of OKINOERABUZIMA
         NO.1

  
両手を広げて太陽(ひかり)浴び
     子供を見守る深き愛
     抱えきれない愛しさも
     枝を広げて受け止める
    触れ合う出会いの一時を 
  未来(あした)に続けと祈ります                                      ガジュマルの愛に抱かれて                                        夢に向かって生きて行く                                              OKINOERBUZIMA



 
       

《沖永良部島スケッチ紀行・全100景》の最後を飾るのは「安座」。まさに聖地、身も心も清めてスケッチをさせていただいた。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.100
OKINOERABUZIMA Walk 100
テーマ㉜ 美ら島 おきのえらぶ

和泊町 国頭
《安座・ショージゴー》
国頭字の聖地ともいえる安座
古くは神々を祀る4ヶ所のショージゴーが
存在した神秘の磯である
今日も岩間から湧水が溢れ
伝説の岩を映しながら
禊の水を湛えている
引き続きブログは進化し
《沖永良部島スケッチ紀行&LOVE SONG of  OKINOERABUZIMA》
へと発展します
ご期待ください

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沖永良部島スケッチ紀行 全100景 完

沖永良部島の冬はコスモスと菜の花が一斉に花開く。ここには冬は無く秋と春が一緒に来るのかもしれない。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.99
OKINOERABUZIMA Walk 99
テーマ㉜ 美ら島 おきのえらぶ

和泊町 喜美留
《冬のお花畑と砂糖キビ畑》
沖永良部島の冬は不思議な
光景が見られる
菜の花とコスモスが咲き競い
砂糖キビが収穫を待つ

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満月の夜は「ウジジ浜」に出かけよう。月明かりと磯のシルエット、海の不思議な輝き、幻想の世界が広がる

沖永良部島スケッチ紀行 NO.98
OKINOERABUZIMA Walk 98
テーマ㉜ 美ら島 おきのえらぶ

知名町 芦清良
《美しき満月のウジジ浜》
浸食された奇岩が連なるウジジ浜は
夜景も美しい
満月の夜は月明かりと磯のシルエットと
海の光が
幻想の世界に招いてくれる

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断崖の磯を従えた広大な草原は、その昔空港予定地だったことから「空港」と呼ばれている。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.97
OKINOERABUZIMA Walk 97
テーマ㉜ 美ら島 おきのえらぶ

知名町 田皆
《田皆岬南の草原・空港》
田皆岬から海岸の小さな道を南下すると
行き止まりからが広大な草原に到達する。
空港の候補地だったことから
「空港」と呼ばれている
海辺の高台に広がる草原の黄昏は
何人をも魅了する光景だ

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たどり着くのが困難だが、まさに自然美「アバの滝」。苦労が報われる光景がそこにある。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.96
OKINOERABUZIMA Walk 96
テーマ㉜ 美ら島 おきのえらぶ

知名町 新城
《美しき湧水の滝・アバの滝》
釣り人がわずかに通る磯に出る
荒れた道を克服し
潮の引いたリーフを歩いて
小さな岬を一つ越えると
やっとたどり着くことができる滝
水は岩から湧き出て3本の滝となり
砂浜に吸い込まれる
洞窟のある岬を回りこむと
さらに、一本の滝に出会える

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航路の安全を守る国頭岬灯台へは早起きして出かけよう。クルマの朝は美しい。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.95
OKINOERABUZIMA Walk 95
テーマ㉜ 美ら島 おきのえらぶ)

和泊町 国頭
《国頭岬灯台と美ら海クルマの朝》
昭和48年に建設された島北東端の灯台
奄美群島では最も光が明るい灯台で
光達距離は34Kmにも及ぶ
大型の船舶が行き交う航路を目前にして
重要な役割を果たしている
島の朝日はこの海から昇る
灯台も海も美しい

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みへでぃろ(ありがとう)の方言が嬉しい知名町商店街は昭和の香りする人情豊かな店が軒を連ねる

沖永良部島スケッチ紀行 NO.94
OKINOERABUZIMA Walk 94
テーマ㉛ 沖永良部の街並み)

知名町 小米
《知名町みへでぃろ商店街》
懐かしくもあり小粋で人情味あふれる
昭和の香りがする商店街
小米地区は大正時代に
知名と瀬利覚から独立した字
個性的な商店が軒を連ね
ぶらり歩きを楽しむことができる

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海運の歴史を物語る和泊旧港は港町の情景を今に残す。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.93
OKINOERABUZIMA Walk 93
テーマ㉛ 沖永良部の街並み)

和泊町 和泊
《和泊旧港と街並み》
現在も小型船の港として活用されている
天然の良港
昭和初期までは島の海運の中心の港であった
現在は大型フェリーが停泊する
大型岸壁や漁港も整備され
旧港を囲むように新しい街並みが広がる

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和泊町商店街は「めんしょーれ」と人情豊かに客を待つ。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.92
OKINOERABUZIMA Walk 92
テーマ㉛ 沖永良部の街並み)

和泊町 和泊
《和泊めんしょーれ商店街》
まるで30年前にタイムスリップしたような街並み
時代を経て現代に息づく
商店街がここにある
手前左の木造の建物は
平成24年10月火災で焼失した

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西郷隆盛を尊崇する島民は「敬天愛人」を日々に守り、「南洲神社」を建てて南洲翁を今日も偲ぶ

沖永良部島スケッチ紀行 NO.91
OKINOERABUZIMA Walk 91
テーマ㉚ 西郷隆盛伝説Ⅲ)

和泊町 手々知名
《南洲神社》
西郷隆盛謫居の地の近くに建てられた
「南洲神社」
沖永良部の人々は
「敬天愛人」の哲学を守り
「南洲神社」を心のよりどころとして
尊崇されている

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海に向ってひたすら座禅を組んで過ごした西郷隆盛は死を覚悟するほど衰弱していた

沖永良部島スケッチ紀行 NO.90
OKINOERABUZIMA Walk 90
テーマ㉚ 西郷隆盛伝説Ⅲ)

和泊町 手々知名
《西郷南洲記念館・牢中の西郷隆盛像》
吹きさらしの牢の中、海に向って
ひたすら座禅を組んで過ごした西郷隆盛
体は次第に衰弱していった
後に座敷牢に移されるが
この時は死を覚悟するほど弱り果てていた

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謫居の身である西郷隆盛の沖永良部での一年半は、「敬天愛人」を悟り、説く修練の月日。明治維新を成し得るための充電の日々でもあった。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.89
OKINOERABUZIMA Walk 89
テーマ㉚ 西郷隆盛伝説Ⅲ)

和泊町 手々知名
《西郷南洲記念館・西郷隆盛謫居の牢》
衰弱しながらも座禅を組む西郷隆盛の
銅像が治められている牢
西郷隆盛は沖永良部島での
一年半謫居生活の間に
「敬天愛人」を説き、子供たちに学問を教え
島に多くの教訓を残した

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西郷隆盛が上陸した伊延の浜は記念碑が建てられ、今も西郷翁を偲んでいる

沖永良部島スケッチ紀行 NO.88
OKINOERABUZIMA Walk 88
テーマ㉚ 西郷隆盛伝説Ⅲ)

和泊町 伊延
《西郷隆盛上陸記念碑》
1862年8月、流刑となった西郷隆盛が
沖永良部島に第一歩を刻した伊延の浜を
背に記念碑が建てられている
島での一年半の生活は
ここから始まった

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ここを抜けると海亀に出会える・・・600年前の島主「世之主」も歩いた与和の浜に出る小道

沖永良部島スケッチ紀行 NO.87
OKINOERABUZIMA Walk 87
テーマ㉙ 与和の浜物語)

和泊町 古里
《与和の浜への道》
与和の浜で釣りを楽しんだという
600年前の島主「世之主」も
歩いたと思われる
浜に出る小道
アダンや樹木が路傍に
生い茂る
さあ、海亀に会いに行こう

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与和の浜の黄昏は西側断崖の空を赤く染め、不思議な流木が砂浜に立つ

沖永良部島スケッチ紀行 NO.86
OKINOERABUZIMA Walk 86
テーマ㉙ 与和の浜物語)

和泊町 古里
海亀が産卵に上陸する与和の浜
海亀が運んできたのだろうか
不思議な形の流木がたっている
西側の断崖は夕陽を背に浜を見下ろして
そびえたつ

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与和の浜の朝は西側断崖のランタナの花畑から眺めよう

沖永良部島スケッチ紀行 NO.85
OKINOERABUZIMA Walk85
テーマ㉙ 与和の浜物語)

和泊町 古里
《与和の浜の朝・ランタナの咲く断崖から与和の浜を望む》
600年前の世之主の時代
交易の港だった与和の浜
島最大の海亀の産卵地でもある
西側の断崖のランタナの花壇からは
全景が展望できる
特に東に太陽が昇る
朝の風景は素晴らしい

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田皆集落の命の水場「アンゴウ」は地上から28m下の巨大な穴の底に流れ今日でも湧水は湧き続ける

沖永良部島スケッチ紀行 NO.84
OKINOERABUZIMA Walk84
テーマ㉘ 命の水場・聖なる泉)

知名町 田皆
《田皆集落の水場・アンゴウ》
田皆集落の水源・アンゴウは
地上から28m下の巨大な穴を流れる
現在はコンクリートで補強されポンプで
汲み上げられているが
一昔前までは徒歩で上り下りをし
途中には共同の浴場もあったという

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神話の伝道師ユタが守る内城の禊の泉(ショージゴー)は、凛とした静寂の中神々とともにある

沖永良部島スケッチ紀行 NO.83
OKINOERABUZIMA Walk83
テーマ㉘ 命の水場・聖なる泉)

和泊町 内城
《ユタの聖地・内城ショージゴー》
神話の伝道師ユタの聖地が
内城のショージゴー(禊の泉)である
今日では極めて少なくなったユタだが
この聖地には沖縄のユタも訪れる
神なる石柱が泉を見守っている

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屋子母の水場「ウコヌホー」は清らかな湧水が岩間から溢れ、日々集落の人々が集いくる

沖永良部島スケッチ紀行 NO.82
OKINOERABUZIMA Walk 82
テーマ㉘ 命の水場・聖なる泉)

知名町 屋子母
《屋子母の水場・ウコヌホー》
屋子母(ヨーム)の水場として大切に
保存され、」今日でも活用されている
絶えることなく岩間から湧き出る
清らかなホー(水場)は洗い台が残り
子供たちの格好の
水遊び場となっている

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正名小学校のシンボル「ウードガジュマル」は明治30年から子供たちを見守り続ける

沖永良部島スケッチ紀行 NO.81
OKINOERABUZIMA Walk 81
テーマ㉚ 島の学び舎小学校)

知名町 住吉
《天にそびえるガジュマル・住吉小学校》
朝のボランティア清掃や「正名やっこ踊り」の
継承活動が学校の伝統となっている
明治30年に植えられたガジュマルの大木
「ウードガジュマル」が校庭にそびえ
地域のシンボルでもあったが
平成24年9月の台風で半分を折られてしまった
作品のガジュマルは被害にあう
一週間前の姿

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木造校舎の「内城小学校」は島の自然に溶け込み、学習は地域とのふれあいを大切にしている。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.80
OKINOERABUZIMA Walk 80
テーマ㉗ 島の学び舎小学校)

和泊町 内城
《木造校舎・内城小学校》
大島地区唯一の木造校舎は
地域に溶け込んだ
素晴らしい景観となっている
「うぶすなまつり」「長寿会との交流学習」
「ジャガイモ栽培とジャガイモ料理」など
地域に根差した学習に取り組んでいる

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知名町の東部地区、「下平川小学校」は128枚のソーラーパネルで自家発電するエコロジースクール

沖永良部島スケッチ紀行 NO.79
OKINOERABUZIMA Walk 79
テーマ㉗ 島の学び舎小学校)

知名町 下平川
《エコロジースクール・下平川小学校》
小高い下平川の丘に建つ
近代建築の、美しい小学校
屋根には128枚の太陽光パネルが設置され
校舎前の八光池は美しく水を湛える
体育館の建つ高台からは
穏やかな田園風景と太平洋が見渡せる

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今日でも不気味な妖気が漂い、人々を遠ざける「アーニマガヤのトゥール墓」には心して出かけよ。

沖永良部島スケッチ紀行 NO.78
OKINOERABUZIMA Walk 78
テーマ㉖ 神秘の史跡トゥール墓)

知名町 赤嶺
《アーニマガヤのトゥール墓》
赤嶺(アーニ)ばかりでなく、遠く離れた地域からも
風葬に来たと伝えられるトゥール墓
薩摩藩時代に本土系の石工により
彫刻された独特なトゥール墓と考えられる
今日でも墓の周りは不気味な妖気が
感じられる

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江戸時代後期に島代官が娘と妻の供養のため造ったトゥール墓「ニャートー墓」は新城地区の神秘のスポット

沖永良部島スケッチ紀行 NO.77
OKINOERABUZIMA Walk 77
テーマ㉖ 神秘の史跡トゥール墓)

知名町 新城
《島代官が建造したトゥール墓・ニャートゥ墓》
1824年島に座横目として来島した
鹿児島の城下士「遠矢金兵衛」が
妻子のために建造したと
伝えられるトゥール墓
県道620号線を西に向かい仁志を過ぎ
新城に入ると右側に見えてくる
きれいな石積みの神秘のスポットである

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