2018年12月03日

体感

娘はあらゆる治療、薬を一定期間試したあと一切を止めた。
効果が感じられず副作用ばかりが強く出るから。

回復に向かいだしたのが一切を止めてからなのは「時間薬」が効き始めた時期だったからかもしれない。

今もこの先の将来に向けて体調の底上げを望んではいるが
そのために特に何かをする気はさらさらない。もともとそういうタイプなのだ。

そんな彼女だが、唯一心がけるのは

太陽をたくさん浴びてたくさん歩くこと。
大学へ通い出し、通学や校内移動で
いやでもそれが日課となったことで
自然回復の効果があった、と強く信じている。
理屈ではなく「体感」なのだそうだ。生活リズムの改善、筋力アップ。
特に内臓下垂を指摘されていたので内臓も引き上がる効果も感じるらしい。


だから貴重な休みが日頃の疲れで

寝ているだけで終わってしまったり
出かけられても天気に恵まれないと
ため息をつく。
今のところこの冬は暖冬の予想だが
どうか天気に恵まれる冬でありますように! 



f3orest at 17:31|PermalinkComments(0)

師走のため息

娘の大学3年生としての生活も
年内はあと3週間、そして年が明けたら2週間ほどで終わる。

考えなければならないことが山積しているが、
想定外の事態が発生してそちらにかかりきりになっている。
「卒論ゼミ」

考え抜いた末に負担が少なそうなものを選んだつもりがとんでもなく負担になっている。

現在4年生9人がやっている実験を3年生2人が引き継がなければならない。
できる限りやっているつもりだが
「もっと積極的に関わらないと引継ぎが間に合わない」と担当教授から容赦ない檄が飛ぶ。
できる限り研究室に顔を出してるのにこれ以上どうしろと?と涙目の娘。

無理なことを無理と宣言することも大切なんだけどな。

OD発症まではそれができなくて背負い込んで無理ばかりしていた。
OD体質と同じように
ずっと付き合っていく性分なんだろうか。


f3orest at 08:53|PermalinkComments(0)

2018年11月12日

実は

私は子どもが大の苦手で
周囲にいなかったせいもあるけれど
娘が生まれるまで赤ん坊を抱いたことも触ったこともなかった。

妊娠期間から徐々に母性本能らしきものが芽生え
産まれてみたらそりゃあ愛おしく、かわいかったけれど…けれど。

育児は辛かった!
娘は寝ない、食べない、気難しい子で
育児書を頼りにワンオペ育児をしていた私にはお手上げのことが多かった。

どうしても寝ないとき、泣き止まない時、お腹空いてるはずなのに何を食べさせても顔をしかめて受け付けない時
「嘘ばっかり!」と育児書に毒づいたものだった。
あまりに少食で痩せているので健診の際にそこを突っ込まれるのもつらかった。

虐待を疑われてる?
それどころか娘は私にしかなつかず
人に預けると吐くまで泣き続け「すみません。早くお迎えお願いします」と言われるほどだった。
夜泣きも激しくいつもふらふらだったので
たまには気分転換に出掛けたり思う存分昼寝したかったのに!
(娘は昼寝しない子だったから)

幼稚園の年中くらいからようやく私と離れられるようになったので
束の間の自由を味わうことができたが
それまでの期間はほぼほぼ辛いだけだった。

娘が小学校の高学年で自分史を書くことになり
自分の記憶にない乳幼児期のことを聞いてきたが

正直あまり楽しい思い出もない代わりに育児の苦労もあまり覚えていないことにびっくりした。

育児ノイローゼになるほど悩んだのに
あんなこと、こんなことあったねえ、となんだか淡々と思い出すのみ。

今、娘のODどん底期を思い返すと
ちょうどそれに近い感覚を覚える。

ヒトの脳ってうまくできているものだ。
つらかったことにはうまくフィルターをかけてくれたり
縮小してくれたりするのかな?

あの時のパニック、不安、緊張感、切なさは
ちょうど子育て期に似ていて
私は2度手のかかる幼子を育てたみたいな気がしている。








f3orest at 19:35|PermalinkComments(3)