梅雨入りしましたね数字の呪縛

2018年06月11日

転んだっていいじゃない

まだ小雨が残っているけれど
窓の外で雀が慌ただしく飛び交い始めた。
…ということはお天気は回復に向かうのね。
野生の生き物はよく知っている。

今日は1限からじゃなくて助かった。
それでもしんどいからテンション上げよう、と
娘は朝からポテチを食べて出かけた。
昨日も「テンション上げるため」にハーゲンダッツの新製品をねだった。

この時期、苦戦してる子が多くて親御さんも気がもめることだろう。
新たに発症した子や今までより症状が重くなった子も多いようだ。

ネットサーフィンすると
今の病院でいいのか?
とか
何とか学校へ行くにはどうしたらいいか?
とか
とにかく藁にすがる親御さんの書き込みが目立つ。

親にこんなにも思ってもらえるなんて幸せだな。と思う反面
多くの場合、子どもの姿が見えてこないので
子ども自身はどう思っているのか気になる。

子どもは今の状況を何とかしたいと思ってるの?
ほんとに学校へ行きたいと思ってるの?

特に、子どもがこのまま不登校になってしまうのでは?と心配する親御さん
ODが良くなるのと登校は別の問題だから。

だいぶ良くなってきたね、さあ学校へGO!ってわけには行かない…ことが多い。

もちろん不登校の陰にODが潜んでいるっていうのはよくあるけれど
必ずしもリンクしないことだって多い。

親の必死さを目の当たりにすると
子どもは本音を言えなくなってしまう。
本音は「今はただもう少しゆっくり休みたい。時の流れに身を委ねたい」かもしれないよ?

常に転ばぬ先の杖を用意されたら子どもは転ぶことを許されない気持ちになってしまう。
転ぶ、って悪いことじゃない。
転んでみて学ぶこともたくさんあるし
転び方の達人になることだって人生には必要だ。

これは両刃の刃みたいな問題だけど
世の中、不登校の問題を解決しようとする動きが活発なのはよいことだ。
だけど学校へ行かないことを容認できない風潮が心配。

何よりも、この問題に関しては
もっともっと当事者の顔が見えていいと思う。

思いつくままにだらだら書いてるのでちょっと話がそれた。

家の娘は6年間のおうち生活で
前半の私が必死で何とかしようと思っていた頃は
私の必死さがプレッシャーだった。

そのうちなんとかなるんじゃない?って
腹をくくってお気楽母さんになってからは笑顔が増えて
ほんとに何とかなっていった。

特に重症のお子さんの場合
きついことをはっきり言うけれど
1年2年で何とかなる、なんとかしよう、っていう考えは捨てたほうがいい。
それよりも
今日という日は一生に一度。
その日その日の一期一会をお子さんと楽しんで欲しい。












f3orest at 12:33│Comments(0)

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