2010年03月09日

最近読んだ本の感想から

アマゾンに書いた感想文の微修正です。文体不統一です、、、

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トム・ジョーンズ『拳闘士の休息』 (河出文庫)

ベトナム戦争、ボクシング、男と女、死にいたる病などなど、話題は多彩で飽きさせません。カーヴァーさんと比較されることもあるようですが、カーヴァーさんのように短編をぎりぎりまで絞り込むというのでもなく、ドアーズやエルトン・ジョンさんが出てきたりとちょっとにぎやかな世界。ベトナム戦争ものについては、ティム・オブライエンさんとの比較も成り立ちますが、オブライエンさんの世界がベトナム戦争によって無垢なものが病んでいく世界だとすれば、ジョーンズさんの描く世界は初めから病を抱え込んでいるようです。読んでいるうちにだんだん面白くなっていきますが、読後感が意外に淡い世界。案外、安定した生活などまっぴらと自由を謳歌する男や女にだまされる気の弱い男の男女関係ものなどが作風に合っているんじゃないかと思いました。


バーナード・マラマッド『喋る馬』(Switch Publishing)

マラマッドさんの作品は30年くらい前に『アシスタント』を読んだだけ。柴田さんの編集・新訳ということでおそるおそる読んだのですが、これが面白い。動物や天使と人間が交差するシュールな「ユダヤ鳥」「喋る馬」「天使レヴィーン」。さわやかな読後感の青春小説「夏の読書」、貧しさを描きながら暗い話に終わらない「最初の七年」「悼む人たち」「白痴が先」など、こんなに面白い作家を放っていたんだと思わせられるほど、みずみずしくまるで同時代の作品のように読めました。このシリーズ「柴田元幸翻訳叢書」(ジャック・ロンドンさんのもよかった)に今後も期待です。


J.D.サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』(village books)

この本を読むのは4回目くらい。かつては角川文庫の鈴木武樹さん訳、そして原書、今回は柴田元幸さんによる新訳。他に野崎孝さん訳の新潮文庫も持っているけれど、読んだっけ、どうだったか。
何度読んでも、深さを感じると同時に、1冊の本としての感想がまとまらない不思議な味わいの本。短編作家としていくらでも書けたんじゃないかと、物語の才能を感じさせる「笑い男」、風俗小説っぽい「可憐なる口もと 緑なる君が瞳」「コネチカットのアンクル・ウィギリー」「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」、大戦の傷跡を感じさせる「エスキモーとの戦争前夜」「エズメに--愛と悲惨をこめて」、グラス家物語の「バナナフィッシュ日和」「ディンギーで」、そして早熟で東洋思想を具現したような天才少年を主人公にした「テディ」。
グラス家物語も総体としては未完だし、サリンジャーの世界も花開ききってという前に作家本人が沈黙してしまった。ここにまとめられた9編の物語を通して求められているのは、啓示のような救い、傷や迷いをきちんと受け入れることなのか、と答えを出したくなるけれど、読むたびに、ぎこちないながらもピュアで上質な短編の、答えを出し切れない世界に引き込まれてしまうんだろうと思う。


星野智幸『目覚めよと人魚は歌う』 (新潮文庫)

星野さんの小説を読むのは初めて(10年前の作品)。
伊坂幸太郎さんほど饒舌ではなく、小池昌代さんよりは世界の状況を反映した物語を生もうと格闘し、古川日出男さんほど自己陶酔していないという作風か。女性の描き方は大江健三郎さんを連想させる。
殺人を犯したのかもしれない日系ペルー人の青年が恋人と逃げ込んだのは、過去の愛に生きる女がつむぐ擬似家族の家。となると、中上健次さんあたりならそこから新たな旅が始まるといった展開になるだろうと思うけれど、星野さんのこの小説では物語らしい展開はない。長い、どこか非現実的な独白(こんな風に人は考えるかしら)が赤土に囲まれて孤立した家のなかで交差する。何か、小説を生もうと格闘している小説といった印象だけど、悪い感じはしない。それはたぶん、作品を通して伝わってくるある種の誠実さ、つやつやした文体の生命感が、可能性を感じさせるからだろう。
星野さんのその後の作品も読んでみよう。


中原昌也『あらゆる場所に花束が……』(新潮文庫)

映画のシナリオのようにシーンが切り替わっていく。と言って、映画にしたら面白そうだというわけでもない、言葉によるパフォーマンス。
細かくくだいたガラスの破片が散りばめられているようで、でもよく見ると偽のガラスだから、飲み込んでもケガはしない。暴力の描写も生々しくはない。どこまで遊べるかという持久戦のような記述。「醜いアヒルの家」って何だったんだって聞こうと思っても、元々、作者は言葉を書いただけで、そのコンセプトをリアルに焼きつけようとした気配もない。
読んでいる間、つまらないとは思わなかったけれど、読み終えて、面白いとも思えなかった。町田康さんの作品ほどは言葉が立っていない、業が深くないと思った程度。けなす気も賞讃する気も起きない。賞讃した人々はきっと退屈(な人々)だったんだろう。
  

Posted by f4511 at 21:25Comments(0)TrackBack(0)