2010年05月15日

近況

ようやく暖かくなりましたね。皆さんお変わりないでしょうか。

こちらは3月に何年もかかった大きな仕事を一段落させ、ほっとしたのも束の間、今はそのCD-ROM辞典のトラブル処理、質問対応などのカスタマー・サービス(編集者の仕事っぽくなくて書いてて笑っちゃいました)、そして大仕事が終わった分、書籍の3点同時進行ほか、こまごまとした段取りが狂えばアウトという、これはこれで時間に追われる日々を送っています。CD-ROM辞典のアフターサービス用の辞典ファイルもそろそろ作らなくちゃならないし、何だかなあと思いつつ、朝から夜まで持てる技術を駆使してそれで終わりの1日の繰り返しです。

ただ、大仕事が片付いて気持ちがゆるんだのも確かで、週末は出かける気も起こらずに昼から酒を呑んで寝てしまうということもなくなり、映画をよく見るようになりました。「インビクタス」「ハート・ロッカー」「ソラニン」「第9地区」といった新作、二番館で見落としていた「リミッツ・オブ・コントロール」「戦場でワルツを」「母なる証明」などなど。時間ができたらできたで、休日にぼうっとしていると、いろいろなことが不安になったり嫌になったりするので(早くこんな生活の仕方を終えて老人になってしまいたいとか)、とにかく出かけてしまって暗闇のなかに2時間すわって映像に集中するのは精神衛生上いいようです。

基本的に仕事する、映画見る、本読む、だけの生活です。朝は子どもが出かけた後、ぼうっとしていてもやはり気分がよくないので、早く出かけ、会社の近くの喫茶店で、毎朝コーヒーを飲んで、本を読み、今日の段取りや詩のことを考えたり、深呼吸したり(笑)して一服しています。何かずうっと一人なので1日1日の区別がつきません。

最近読んだ本では、またあらためて感想を載せますが、亡くなった書評家・評論家の倉本四郎さんの書評アンソロジー『ポスト・ブックレビューの時代--倉本四郎書評集』の上下巻(右文書院)が面白かったです。倉本さんは20年余、「週刊ポスト」のメイン書評を書き続けた人ですが、その書評たるや、小説、歴史や環境問題などの専門書、風俗史、写真集や美術書まで、ジャンルを問わずに眼鏡にかなった本を選び、読み、関連書を何冊も読み、著者や関係者へのインタビューを組み込みながら、本文を引用しつつ、その本への愛も語ってしまうという、週刊ペースとはとても信じられない内容の濃さで、これだけ風通しよく、気持ちよく語られれば、その本を読んでしまおうかなと思わせられるような文章なのです。

そこでふと気がついたのは、今の新聞雑誌の書評が面白くないのは、本選びも書評本文も、専門家同士のほめ合い、筆者の自己権威付けなどで終始しているものが多く、本を読んでもらうように紹介するというよりは、その姿勢・言葉で読者をかえって抑圧しているのではないかということです。Twitterなどでも元気のいい知識人はそうした自分たちの生き残りをかけた連帯のための権威づけという性格を持った表現が少なくないと感じられます。その辺り、これから少し考えたい道筋が見えたような気がします。  

Posted by f4511 at 17:07Comments(0)TrackBack(0)