2011年04月23日

最近読んだ本の感想から

アマゾンに書いた感想です。文体ばらばら。地震の前後にまたがって書いたものです。

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イヴァン・クリーマ『僕の陽気な朝』(国書刊行会)

ソ連支配時代のチェコ文学。亡命の道もあったはずの作者は祖国に戻り、病院の雑役夫の仕事などをしながら、国内では発表できない作品を秘密ルートで国外に持ち出して出版していた。この短編集もそのひとつ。
ビロード革命を経て作者も名誉復権した今となっては、読んでいて彼らの置かれた状況に深刻な切迫感は感じられない。むしろ感じ取れるのは、どんな状況にあっても失われないユーモア、優しさ、同情心だ。論文を発表できなくなった知識人が、論文を発表しなければならなくなった知識人の代筆で稼ぐ、なんて笑うに笑えないエピソードも興味深い。自分がこんな世界に置かれたら、これほど自分を失わずに、たくましく生きられるだろうか、と思わせられる。被支配と分断が繰り返された東欧の文学の独自の味わいか。


勝間和代+香山リカ『勝間さん、努力で幸せになれますか』(朝日新聞出版)

勝間さんの本を読んだことはない。今回、香山さんとの対談ということで手にとってみた。聡明で、香山さんのどんな突っ込みにも、なめらかに応える勝間さん。彼女の信条は、幸福になるための方法を考えて、最大の効率で幸福になれるよう努力すること。
だが、どんなに弁舌がなめらかでも、勝間さんの世界は狭いのではないかと感じる。たとえば、1人の人間に自殺を思いとどまらせた小説よりも、1万人の人を薄ーく癒やした作品の方が利他性のボリュームは大きいとすぱっと断じられると、そんなこと言われたくないと反発してしまうし、高級なコーヒー・ティーサーバーを持つことが幸福で、使うことが効率的と言われると、お茶くらい手で入れた方が幸せではとズレを感じてしまう。勝間さんは、成功した人間は社会貢献を、と言うけれども、その見ている世界はアメリカンなマネー・ゲームの世界に過ぎないのでは、もっと世界にはさまざまな問題があり、さまざまな人がいるのでは、と思う。
勝間さんが多くの人の指示を受けているというのは、なぜなんでしょうね。


夏目漱石『二百十日・野分』(新潮文庫)

「二百十日」は4回目くらい、「野分」は再読。
旅行記的な遊びのある「二百十日」で示唆された、戦い、革命というモチーフを、深化させた作品が「野分」ということになるだろう。
教職を辞して、借金生活をしながら、若者への提言を書いたり、講演したりする道也先生、彼を慕う貧しい学士である高柳成年、彼の同級生だった富豪の息子、中野青年を主な登場人物として展開する物語は、漢文調を多く含み、今となっては読みにくさも感じられるが、発表当時は調子の高い清新なものだったのではと思う。理想のために勤王の志士以上の覚悟をもって戦えと若者たちに檄を飛ばす道也先生の主張は漱石さん本人の考えに近いと言えるようだが、ブルジョワの中野青年もまったく否定される存在として書かれているわけではない。その辺りが漱石さんの後期の作品のふくらみにつながっていくのだろう。
高柳青年の「一人坊っち」ぶりは胸にこたえた。


山平重樹『連合赤軍物語 紅炎(プロミネンス)』(徳間文庫)

あの時代、私は高校生だったけれど、直接に活動していない学生たちの間にも、行動や言動について、どちらが純粋かを競うような、きつい緊張感があった。連合赤軍の「総括」という末路については、森氏、永田氏という2人のリーダーのやや特異な性格も関与していると、この本を読んであらためて思う。彼ら以外のメンバーがリーダーであれば、メンバー相互の緊張の高まりはあったとしても、「総括」、あさま山荘への立てこもりとはならず、市街戦のような展開となったのではないか。そして、「総括」が明らかになった後の、学生運動に対する世論のクールダウン、そして世の中そのもののクールダウンも、別の展開がありえたのではないか。
しかし、それは「もしも」という話にすぎない。いま、世界に向けて何ができるのか。「殺された」若者たちのことを思いながら考えた。


佐藤泰志『そこのみにて光輝く』 (河出文庫)

震災後の(東京なので家具がこわれた程度ですが)心の芯が落ち着かない日々、佐藤さんの作品が心に働きかけてくれるのでは、と手にとった。
北の都市で業績不振の造船所をやめてしまった達夫がパチンコ屋で出会ったバラック住まいの前科持ちの拓児、その姉の、体を売ることもあるホステスの千夏。三人の出会いが時には暴力を呼び、時には欲望を呼び、ここではない生活への希望を呼ぶ。
佐藤さんの平明な散文は、苦すぎず、苦しすぎす、痛すぎず、まるで取り立ての光や風や水分を含んだような青春像を描き出す。文学たろうと技巧を表に出しすぎないことで(だから生前、高い評価を受けられなかったのかもしれないが)、人物が身近に感じられる。
佐藤作品、これにとどまらず文庫化されるとのこと。続けて読んでしまおうか、この息苦しい日々に。  

Posted by f4511 at 10:02Comments(13)TrackBack(0)

2011年04月12日

地震のショックで倒れて療養中の草野マサムネさんに贈る詩です。

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こころに押しよせた濁流に
のみこまれてしまったんだね
きみをかけ抜けた叫びと嘆き
そして訪れたおそろしい沈黙のなかで
からだをなくしたようにゆれ続けている

誰にも見えない闇のなかを
世界の抜けがらをふみながら歩く
ここに来ちゃいけないと
自分にも聞こえない声で歌っては
おなじ夢のなかで何度も目をさます

子どもたちが犬をさがしている声のほうへ
タンポポをゆらす風のほうへ
落ちた星のかけらにつまずいては
流れる涙を手の甲でたしかめる
アコギの弦で硬くなった指をかじってみる

水のぴちゃぴちゃいう音
ときどきやわらかいものがからだにふれる
世界が熱いスポンジみたいにきみをとりかこむ
チューブのようにきみを
ひかりのなかにしぼり出す

きみは友だちに見せたかった絵を思い出す

  
Posted by f4511 at 10:18Comments(1)TrackBack(0)

2011年04月01日

「三月のために」

悲しみを捨てるバケツをください
怒りを燃やしつづけるコップをください
叫びつづける本棚をわたしのまわりにめぐらせてください
これ以上言葉の瓦礫で空をふさがないでください
傷ついた夢に雨を降らせてください
暴力がわたしをくぐりぬけて
涙になってあふれるまで
時計を遅らせてください

  
Posted by f4511 at 18:56Comments(4)TrackBack(0)