2012年01月27日

最近読んだ本の感想から

佐藤泰志『黄金の服』 (小学館文庫)

 佐藤さんの文庫化された作品、これで6冊目で完読。3編の中編からなる作品集だけれど、今回は佐藤さんの描く青春世界を楽しみ癒され酔うとともに、細部に宿るマジックのようなものを感じた。
 「光は眩しくはなかったが、海峡さえもが無数の発光体をまき散らしたようにきらめいていた」「どうすればそこまでたどり着くことができるのか見当もつかないほど、遠い幻のフェンスだった」といった外界の描写が心理と溶け合ってしまうような文章。「僕は確かに二十四だった。けれども妹がいうように、まだ若い年齢だとは思っていなかった」「二十四で、それが果していい事なのかどうなのか、そんなことは考えたくもなかった」若さのただなかから自分を突き放してみるような、老成した、しかしかっこいい文章。主人公が置かれている立場の行き止まり感にくらべて、ちっともこたえていないかのような主人公の心のたくましい動き。この辺りに、佐藤さんのマジックの種が隠れているのかもしれない。


島本理生『アンダスタンド・メイビー』(中央公論新社)

 「午後になって雨があがった空は暮れかかって、黄金色の光に満ちた表参道の並木道は、蜂蜜を垂らした紅茶の中のようだった。」「同じだ。誰も彼も。私を、私の中に置き去りにする。」「もっと、もっともっと強いものがやって来て、私を粉々にしてしまえばいい。」
 島本さんの本は『リトル・バイ・リトル』に続けて2冊目だけれど、こんな文章を読むと、少女の観点を失わないまま、世界をつかむグリップがぐっと強まっているのを感じてうれしくなる(日本語として変な文もいくつか見受けられましたが、それは編集者の責任でもあるような)。
 幼児虐待、新興宗教、田舎の中高生の生態、人の生き死に、写真を撮ること、心療内科、などなど現代のモチーフを盛り込んだ上下巻の長い作品を、箱書きに陥ることなく、ひりひりした痛覚を伝えながら、書き抜いているのが素晴らしい。大人の作品にはなりきっていないかもしれないけれど、今しか書けないものを書いた、読まされたという手ごたえがある。
 島本さん、次作が楽しみだ。


カルロス・フエンテスほか『パタゴニア/老いぼれグリンゴ』(河出書房新社) 

 フエンテスさんの長編を読むのは初めて(「老いぼれグリンゴ」)。晩年に革命期のメキシコに行き、行方の分からなくなった実在の作家アンブローズ・ビアスさんを主人公に、メキシコの一革命戦士と合州国から金持ちの家の家庭教師に来た女性の不思議な三角関係を描いたフィクション。
 と書くとロマンチックな小説に思われるかもしれないが、作風はバロックそのもの(カルペンティエールさんの小説もそうだったなあ)。織りなす鏡と夢のイメージ、入り組んだ生と死の関係、そして、光、音、色についての描写があふれる。最後の方にいたっては、言葉が言葉を語りながら飛び回る。おそらく原文で読むともっときらびやかで音的にも楽しめる趣向なのだろうけれど、そのバロックぶりが翻訳では再現しきれないのだろうところがちょっとつらい(かなり頑張られているとは思いますが)。だが、そのつらいところが、日本語圏の閉鎖空間の彼方から来た表現とも思えるところが面白い。
 「パタゴニア」は原書で読んでいるので今回はパス。


八木忠栄『「現代詩手帖」編集長日録 1965‐1969』(思潮社)

ぼくが「現代詩手帖」を読み始めたのは、1974年くらい。この本によれば八木さんは69年でいったん編集長職を引き、後にも従事した時期はあるがと書いているけれど、ぼくの人生を変えてしまった74年の12月号「現代詩年鑑75」も八木さんが編集長だった。
 という個人的事情はおいて、この本は八木さんの日録と雑誌の目次と編集後記をまとめたもの。ぼくは土地勘がまだあるから面白く読めたが、登場する詩人たちを知らない人々にはどう読まれるのかな。
 まあ、とにかく激務ですね。まだページ数が少なかったとは言え、社内のスタッフと相談しつつも(もちろん酒、酒、酒)、ほとんど一人できりもり。それを実現させたのは、八木さんの若さもあったろうし、詩へのピュアな情熱があってのことだろう。詩人たちも、もちろん原稿依頼を断ったりするのだが、引き受けると「あっ」というインタバルで書き上げたりもする。
 時移り、今は詩集などDTPやネットを使っていくらでも発表できる時代、つるんでわあわあ朗読会でもやっていれば詩人気分にひたれる時代。「自分は詩人」「自分はなんか偉い」みたいな人々が繁殖する時代。その現在において、回顧にとどまらず、参照できる要素はあるのかないのか、難しいですね。あるとすれば、ケンカしてでも、わが思いを突き詰めろというところかな、と思いました。
 清水昶、草森紳一、岡田隆彦、そして寺山修司、黒田喜夫、と言った名前がなつかしい。編集後記も、八木さんの詩人ぶりがあらわれているけど、60年代後半にして、終戦直後の「熱さ」に対する「荒廃」を語っている。だとすれば今は?


オルハン・パムク『無垢の博物館』(早川書房)

 傑作『雪』に続く新作小説。前作同様、定評があるという英訳で、と思ったが長さに気圧されて翻訳で読みました。
 遠縁の娘に恋をして、婚約者も捨て、彼女との愛の実現を求めて、すでに結婚してしまった彼女が両親と住む家を何年も訪れ続ける、良家の青年。その何年もの苦しい思いが、さまざまな角度から描かれ、ときには延々と続く描写に、読者も主人公とともに身もだえしながら読み続けることになる。
 そして描かれているのは、愛、であると同時に、現代トルコの貧富の差、不安定な政情、そして近代化によって変貌していくイスタンブールの町、人々の価値観、セックス観、風俗。それらすべてに哀惜を込めながら、彼女の家から盗み出す小物、当時を伝える絵画、写真などのコレクションによって、博物館を作ることを主人公は志すようになる。
 作者本人も実名で出てきて、前作『雪』を退屈な小説と言われた、などと書くお茶目な遊びもある。トルコ現代史に愛を込めた全体小説と、哀切なラブストーリーを同時に実現した佳品ですね。  

Posted by f4511 at 13:47Comments(23)TrackBack(0)