2012年03月23日

ヴィスワヴァ・シンボルスカ詩集『終わりと始まり』感想メモ

去年の秋だったか、地下鉄でふと壁面の上の方の広告を見たら、ポーランドの詩の翻訳が載っていた。面白いのかなあと思いながら読んだら、これがすごくいい詩だった。

−−未来という言葉を発すると
  もうそれが過去のものとなってしまう

  静けさといえば
  もうすでにそれは損なわれている

  なにもない、と口ずさめば
  そこにもう、なにかを生み出したことになる

 「世にも奇妙な三つの言葉」というタイトルで、書いたのはなんとヴィスワヴァ・シンボルスカさん。恐れ入りました(「地下鉄の詩。ポーランドからの詩」という世界を巡回した広告企画より。つかだみちこさん訳)。シンボルスカさんの名前は、春の震災の後、池澤夏樹さんが時評的な文章のなかで、彼女の「またやって来たからといって/春を恨んだりはしない」という詩句を紹介していたのを読んで以来、気になっていて、このご主人を亡くした晩年の心を映した詩「眺めとの別れ」も収められているこの詩集(沼野充義さん訳/未知谷刊)を読んだ。
 くぐり抜けてきた政治や歴史的体験を表立って語るわけでもない。難しい比喩的表現を駆使するわけでもない。音的な工夫はあるのだろうが、その辺りは翻訳では分からない。でも多分、と思うのはこんな箇所−−

−−こんな光景を見ているとわたしはいつも
  大事なことは大事でないことより大事だなどとは
  信じられなくなる
   (「題はなくてもいい」のラスト、宙を舞う蝶に寄せて)
−−それがどういうことだったのか
  知っていた人たちは
  少ししか知らない人たちに
  場所を譲らなければならない そして
  少しよりももっと少ししか知らない人たちに
  最後にはほとんど何も知らない人たちに
   (「終わりと始まり」の一節、戦争について)

 ここに上げた蝶に寄せての詩行でも感じられるように、シンボルスカさんは大きな理念を語るよりも、世界の小さなできごとへの愛着を示す。

−−わたしたちは叫びたくなる
  世界はなんて小さいんだろう
  腕を広げて世界を抱きしめるのだって
  簡単だ、と
  そしてさらに一瞬、わたしたちは輝かしい
  偽りの喜びに満たされる
   (「手品ショー」ラスト、時空を超えての再会を歌った詩)

 巻頭の「空」のラストでは「わたしを人と区別する特徴/それは有頂天と絶望」と書いているけれど、声高にそれを書くこともない。そんな彼女の詩を愛唱する文化がポーランドにはあるようだ。巻末の詩「なんという幸せ」の一節(かっこ内はルビ)−−

−−この見晴らしから
  些細なものたちに、ちょっとした挿話たちに
  永久(とわ)の別れを言おう

 シンボルスカさんはこの2月に亡くなった。享年88歳。  

Posted by f4511 at 14:10Comments(0)TrackBack(0)

2012年03月14日

現代詩手帖特集版「シモーヌ・ヴェイユ 詩をもつこと」感想メモ

ぼくがヴェイユさんの本を読んでいたのはかれこれ20年前。自分と仕事のことを考えたい気持ちがあって、「工場日記」というずっと気になっていたタイトルの本を読みたいと思い、勁草書房版の『労働と人生についての省察』『ロンドン論集とさいごの手紙』、それに加えてジャック・カボーさんの『シモーヌ・ヴェイユ最後の日々』(みすず書房)、M-M・ダヴィさんの『シモーヌ・ヴェイユの世界』(晶文社)、吉本隆明さんの『甦えるヴェイユ』(JICC出版局)などを読み、ヴェイユさんらしき人物が登場する詩も書いた。
 ヴェイユさんが若くして亡くなってから約70年、気鋭の研究者の今村純子さんが責任編集したこの本(思潮社刊)には、彼女の詩や初期論文の新訳のほか、さまざまな視点からの論考、対談、シンポジウムなどが収められている。ゴダールさんやレヴィ=ストロースさんとの関連づけなど、アマチュアには面白い指摘も少なくなかったが、やはり光っているのは、アクティヴィストでもある生田武志さんらによる、現在の日本の労働状況に引きつけての批判も含めた読み込みだろう。体質の虚弱さ、拒食(美食による?)などに苦しみながら、お金持ちの娘であるヴェイユさんが工場で働いたり政治的提案を出したりレジスタンスに加わったりしたことが、現実に対してはほとんど寄与するところがなかったのではといった視点、またヴェイユさんの視点の偏りなどの指摘も興味深かった。またこれは話がそれるが、釜ヶ崎の野宿者の健康状態があまりにひどいまま放置されているため、国境なき医師団が先進国の地域としては異例だが入って活動しているといった事実の紹介も勉強になった(ヴェイユさんが生きていたらかけつけてきたかもしれない!)。そして、批判してなお、輝きとアクチュアリティを失わないヴェイユさんの魅力が語られている。つまり、批判・検証しながら、ヴェイユさんを聖人化してしまうことから、この時代に新たにヴェイユさんを活かす試みがなされていると言える。その鍵のひとつがヴェイユさんの詩、詩へのこだわりということになる。

 ここから後は雑談。ヴェイユさんに惹かれる自分の根っこのようなものについて。ひとつは小学生のときに読んで、何度も読み直し、読み直すたびに涙を流してきたエーリッヒ・ケストナーさんの『飛ぶ教室』に登場する少年たちの無辜。もうひとつは十代の後半に読み始めた現代詩関連で、いまだに忘れられない言葉(意味をきちんと理解しているとは言えないが)。「われひとりの脱出を企てる者は、その外もまた内でしかないことを知る他者によって、そのことを思い知ったときの自分によって厳しい罰を受ける」(現代詩文庫の『天沢退二郎詩集』の巻末の北川透さんによる作品論に引用された天沢さんの言葉)。
 この二つに代表されるような、そう言ってよければ倫理性をぼくは持ち続けてきた。いや、住み着かれつづけたといった方が正確かもしれない。
 そして、詩に関しては、詩の神様がいて、ぼくが書くに値する生を送っているときに書かせてくれるものだ、と半ば本気で信じている。だから今は苦しい。震災と原発事故の後、詩はぼくの生き方を批判している。もっと詩に値するだけの生を生きよと。そして同時に、会社の現場では、みんながお金のために一所懸命働いているのにお前は余計なことを考えていると、いつか後ろから打たれるのではないかという強迫をより強く感じるようになった。そこからもう一度、詩をもって立ち上がれるかどうか。

 今回、小海永二さん訳の『シモーヌ・ヴェイユ詩集』(青土社)も併せて読んだ。この本に収録された晩年の未完の戯曲「救われたヴェネツィア」も、イエスとユダを一人にしたような主人公を中心に独特の切迫感がみなぎっていて、みなさんにお薦めしたい。その詩集から、ヴェイユさんが10代に書いたという「金持の若い娘に」の最終連を引く。

−−城郭よりも堅固な何枚かの紙切れが
  お前を守っている。そんなものは燃やしてしまえ。そうすればお前の心臓はお前の臓腑は、
  全存在がうち砕かれる打撃によって打たれるだろう。
  だが、その紙切れはお前を窒息させ 空と大地とをかくしてしまう。
  それは人類と神とをお前からかくしてしまうのだ。お前の温室から出るのだ。
  裸かで氷のように冷たい世界の風に身震いしながら。  
Posted by f4511 at 10:23Comments(0)TrackBack(0)

2012年03月01日

『パウル・ツェラン詩文集』感想メモ

飯吉光夫さんによるパウル・ツェランさんの翻訳アンソロジーを読むのは、思潮社版、小沢書店版(どちらも2回以上通読した)に続いて3冊目(白水社刊)、飯吉さんによる批評集『パウル・ツェラン』(小沢書店)も読んだ。
 じつは去年(2011年)の始めくらいから、それまで感想をまとめてこなかった詩作品に対する感想をまとめようと思って、ツェランさんの作品も含めて、あれこれ読んでいたのだが、震災と原発事故で集中の方向がずれてしまい、その頃やはり読み直そうとしていた鶴見俊輔さんの詩に関する文集『詩と自由』(思潮社)や詩集『もうろくの春』(編集グループSURE)などを読み直せたのもつい最近のことだった。
 今年の2月に新たな作品選択によって刊行されたこの本は、震災後の状況を意識して編集されたものだとのこと。

−−歳月。
  歳月、歳月。一本の指が
  触わりながら下る、上る、触わりながら
  さまよう−−
  縫合箇所が、感じられる、こちらでは
  ぱっくりと口を開き、こちらでは
  再度癒合している−−塞いだのは
  誰?
  「迫奏(ストレッタ)」部分

 震災のショックが薄れ、多くの人々はその被害も怖さも忘れたかのように暮らしている(塞がれた傷)、そんな日本の現在に響き合うような箇所だ。もちろんツェランさんにとっての塞がれた傷とは、ナチスの強制収容所で両親や同胞たちが殺されたことなのだが。彼はパリの書店によるアンケートへの回答のなかで「つまり、この上もなくおぞましいもののかたわらで多少なりとも無神経に鳴り響いていた、これまでのいわゆる「美しい調べ」とはもはや何ひとつ共通するものがない場所にとりわけその「音楽性」が据えられることを欲する言葉なのです。」と語っている。おぞましい歴史の舞台で鳴り響いていた音楽の美しさから断絶しながら、なおそこに音楽を響かせる試み、それがツェランさんの生涯の詩作だったと言えるだろう。

−−彼はどなるもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手
  彼はどなるもっと暗欝にヴァイオリンを奏でろそうしたらお前らは煙となって空に立ち昇る
  そうしたらお前らは雲の中に墓を持てるそこなら寝るのに狭くない
  「死のフーガ」部分

 ドイツでは学校でも読まれているという代表的な詩「死のフーガ」、ナチス体験を歌う詩が高い評価を受け、教育現場でも取り入れられていることにドイツと日本の違いの一端を思う(あの原発事故以後、早い段階でドイツは国として脱原発を選択した−−この点については単純に「すごい」と言うより、いろいろ複雑な問題があるとは思うが)。
 ツェランさんは30代から40代にかけて、詩人として高く評価されるようになるが、ナチスの記憶、また親しかった詩人の未亡人から盗作していると 執拗に 訴えられ続けたことなどから、名声を得ながらも、精神を病み、自殺願望を育て続けたようだ。

−−虐待者たちの耳とつるみながら
  やがて時間や時代をもひとり占めにする
  他の言葉たちとは逆に、
  この言葉は土壇場になって、

  耳に鎖の音だけが聞こえる土壇場になって、
  昔から黄金と忘却とにはさまれて
  この両者とひとつらなりになってよこたわる
  夜を証しだてる−−
  「沈黙からの証しだて」部分

−−方舟の内側からの声たち−−

  救助されたのは、
  口たちばかり。
  お前たち、
  沈みゆく者よ、聞け、
  私たち口のこの声も。
  「声たち」部分(「方舟」にルビ、「声たち」の「たち」および最後の「声」に傍点)

 ツェランさんは投身自殺した。塞がった傷、塞がれた傷に囲まれながら、塞がらない傷を見つめて、どう生きていこうか、書いていこうかと私は考える。

−−この石たちのひとつに

  その石をだまらせているものを
  語らせたら−−
  その沈黙は傷口となって、ひらくでしょう、
  「ブランクーシ宅に、ふたりで」部分  
Posted by f4511 at 16:50Comments(7)TrackBack(0)