2009年04月19日

すみれ通信 4/19

 お元気でしょうか。
 こちらは年明けから、何か体にいいことを、と言うか、気持ちを切り替えられることをしたくて、区のスポーツセンターのヨガ教室に通っていましたが、四月からのコースには抽選ではずれてしまい、思い立って「歩く」ということを始めています。会社のある九段下から、そのまま地下鉄に乗るのではなく、途中の大手町や三越前(日本橋)まで歩いて帰るとか、休日には家(清澄白河)の周辺を、隅田川(清洲橋や永代橋周辺)、錦糸町、東陽町、門前仲町、木場といったあたりをぐるりと回るとか。図書館で借りてきたウォーキングの本を見ると「一日9000歩を続けよう」などと書いてありますが、これはメタボ系の人向けのカロリー消費の目安で、やせ気味の私には当てはまらず、自分としてはただやみくもに歩いているというところです。
 会社の帰り道では、皇居の周辺を走っているランナーが多いことにびっくりしたり(走ることが好きなのか、ストレス解消なのか?)、家の周りでは川や公園はまあまあだけれど、ちょっと一休みできる喫茶店とか意外なほどないなあ(まあ、中央線沿線でも神保町でもないわけだし)などとあらためて思ったりしています。
 歩いているうちに、そして体を疲れさせても明け方に眼が覚めてしまうということを繰り返しているうちに、自分をめぐる問題も整理できてきました。医者によれば、「うつ病という病気とも、うつ気味というレベルとも、どちらとも断定しがたい」という心身の状況がもう3年も続いています。こういうことは3回目で、最初と2回目は一ヶ月くらいの投薬で乗り越えられましたが、今回は、もうクリアできたかなと思うたびに、突然焦燥感や無気力にとらわれるということがぶり返し、自分でも困っているのですが、乗り越えられない原因の大きなひとつが、ある大き目の仕事をめぐる人間関係、信頼関係にあるのだということがはっきりしてきました。その問題をもう何ヶ月もクリアできない、そこから先はこれからの問題なのですが。

 話は変わって、新刊の鶴見俊輔さんと上坂冬子さんの『対論・異色昭和史』(PHP新書)を読みました。上坂さんの、(インテリの人々はこういうことを言うと怒るに違いないけれど)「私はいまでも戦争時代を思い出すと、何かしら一種の爽やかな感情を拭い切れないんですよ」、補足すれば日本人が前を向いて一生懸命に生きていたという意味の発言から始まる対談でした。この本を読みながら長年気になっていたことを思い出しました。私の少年時代の1965年くらいまで、日本人は戦争をイメージとして忌避していなかった。子どもたちの世界で言えば、プラモデルはゼロ戦、軍艦、Uボートだったし、漫画も太平洋戦争の戦闘機のパイロットものなど、何の抵抗もなく受け入れていたし、子どもも大人も戦争映画を楽しんでいた(?)、特撮も怪獣ものだけでなく戦争ものがけっこうあった記憶があります。そうした消費イメージとしての戦争がいつからどうして忌避されるようになったのか、自分の記憶にないんですね。60年安保を経験したあとも生き続けた消費イメージとしての戦争、あれは何だったのか、そんなことをぼんやりと思うのです。

PS この本を読み終えた直後に、上坂さんが亡くなったという記事が出ました。よく存じ上げない方ではありますが、ご冥福を。

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この記事へのコメント
わたしもできるだけ歩くようにしています。
1時間歩いて約10000歩だということがわかりました。
Posted by 猫草 at 2009年04月20日 11:59