2013年07月20日

ノート(25)

七月 日

 夏目漱石(これから何回も書くので敬称略)の明治末期の連続講演に、その数年後の表題の講演を加えて一書とした『私の個人主義』(講談社学術文庫)を読むのは三回目くらいかな(それ以前に高校でも一、二本は読まされたような記憶)。私のような者がといった調子の自嘲的な(?)前置きからずるずると本題に入っていく語り口に、読むたびに分かったような気持ちになっては忘れてしまうのだけど、少しずつ大先生のありがたいお話ではなく、身近に感じられるようになって来た。
 今回、面白かったのは連続講演の一つ「文芸と道徳」。漱石は浪漫主義と自然主義という文芸の二つの主義を比較する。浪漫主義は感情や道義の念の喚起を旨とし、たしかに内容は芸術的と言えるが、その表現の取り扱い方に故意の不自然があると、芸術としての品位、徳義が減ぜられ、「厭味」なものになってしまう。対して自然主義は有の儘を衒わずに書くので、堕落を助長する作品を生む可能性もないではないが、描写に芸術としての厭味がないと同時に、その内容を道義的に批判することもできる。そう考えると、今風の言葉で言えばエンタメ文芸を除けば、文芸と道徳は接続している。
 この比較を道徳にスライドさせて考えると、明治以前の道徳は完全な理想を押し付ける浪漫主義で、明治以降の道徳は、忠孝の空疎化した時代の個人が自我から割り出す自然主義のものである。その際、理想は小さく狭いものになるが、同時に他への同情、他との調和を大切にする。時代は、理想を掲げながら、傍観者的、批評家的で切実感のない浪漫主義から、切実感があり、実行者のものであり、弱さもまた人の共感につながる自然主義へ向かっている。自然主義と浪漫主義は、それぞれへの反動としてまたそれぞれに力を持つだろうが、それは繰り返しとしての反復ではなく、その時代その時代の新たな特徴を持って力を持つのである。
 後年、浪漫主義が形を変えて勃興する時代が来るわけですが、この時点で問題整理を自分本位の考えに乗っ取ってしている漱石。彼の文芸と道徳は接続しているという考えには賛成。

−−我々人間としてこの世に存在する以上どう藻掻いても道徳を離れて倫理界の外に超然として生息するわけには行かない。

 そういうことを書く内容としてずっと意識して肩肘張るのではなくて、自然に体に感じながら、生きて、書いていけたら。


七月 日

 このノートの連載(?)を始めてから、何を読むか見るか聴くかについて、どこかで気持ちが張りつめているところがあって、苦しいけれど、そろそろ次の段階にいけるだろう(何かが解決するわけではないとしても)という気持ちがうっすらとしているのですが、そんな折、ライターの山崎まどかさんがツイッターで薦めているのを、自分の選択ばかりで息がつまりそうな(笑)読書生活を少し外せそうだと、有吉佐和子さんの初期の小説『処女連祷』(集英社文庫、親本は一九五七年刊、「祷」は旧字)をネットの古書で取り寄せて読んでみたら面白かった。有吉さんの本を読むのは四〇年ぶりくらい。
 戦後の女子大の英文科を卒業した七人の仲良しグループ。婚約した、婚約を破棄されそうだ、母が重病などと言ってはみんなを振り回す良家の子女である祐子、勉強家で卒業後は編集の仕事一筋と思われていながら、誰よりも早く結婚した男勝りの朋枝、高校教師をしながら結婚できないことに悩み続ける文代、七人グループのメンバーではないけれど、芸者、さらにはバアの女給になる国文科卒のみよか、そして彼女たちの未来であるかのような、処女のオールド・ミスたちなどなど。物語は、やがて三〇になる仲良しグループ一人一人の心を、祐子の無意識の悪意が引き裂き始めることで意外な結末に向かって行くのだが……。
 戦後、不安を抱えながら社会に出て行った若い女性たちを活写した、作者二〇代半ばにして、堂々とした物語の骨格、展開、めずらしいくらいに面白い日本のリアリズム小説。ま、僕自身は、一〇代からこのかた、詩にしても音楽にしても、そこに明日につながる表現の希望、喜び、元気を求めてきた、そういう姿勢が、いま、一段落しようとしている(と言うか、そういう表現との関わり方がもう難しくなってきている)、でも、その先どうしたらいいか分からないという状況なわけですが、そんな時に読むといいですね、よく書けた真面目なリアリズム小説(外国では普通に存在しますけどね)。


七月 日

−−敗戦を否認している(注・この文章の前では「認識において巧みに隠蔽する」)がゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる。かかる状況を私は、「永続敗戦」と呼ぶ。

 白井聡さんの『永続敗戦論 戦後日本の核心』(太田出版)は、敗戦以後の日本の歩みと現在露呈している問題を非常にコンパクトにまとめているので、要約、多様な問題の抽出がむずかしいので、以下、私の言葉を交えて私なりの解釈を書いてみると、敗戦によって天皇親政と国軍はなくなったが、国体は残った。その国体を支えるのは、戦前の支配者たちの系譜を継ぐ政治家、官僚、財閥であり、彼らは戦後しばらく混乱の続いたアジア諸国に対してはついに、敗戦を認め謝罪するということをせず、経済援助をするので謝罪はなしにさせるという姿勢で対してきた。それは彼らの集団的・系譜的な戦争責任の回避であり、それを可能にしてきたのが、「同盟」という名の徹底した合州国従属である。佐藤、中曽根、安倍といった歴代の首相は、戦後を終わらせる、戦後から脱却すると主張してきたが、彼らの真の意図はそのスローガンを決して実現させないということ。
 国民は、なぜ謝らなくてはいけないのか、という感情をアジア諸国に対して持ちつつ(敗戦したという自覚を持てていないので)、韓国などより有利な位置(軍国主義の強制がなかった)に日本を位置付けた合州国の対アジア戦略のもとに、平和と繁栄を享受し、非核三原則といった戦後の建前が守られていないことを知りつつ、知らないふりを怠惰に、いやむしろ積極的にしてきた。
 しかし元々、日米関係は、両国の強い絆といった感情によって支えられているものではさらさらなく、合州国の国益によってリアルに決定されるものなので、今、「永続敗戦」というレジームはその維持が不可能になりつつある。合州国側から言えば、経済の行き詰まりから同盟国も喰いつくしたいというTPPや、中国市場の成長による外交バランスの変化であったり、日本で言えば「永続敗戦」というレジームに自覚的になることすらできなくなった政治家、官僚(学者、メディアも)の劣化であり、そのことが日本は非民主主義国家であるという合州国ほかの国々からの批判を招いている。靖国問題や慰安婦問題は世界から見れば、日本が意識するよりはるかに日本を低評価させる問題である。
 そうした現状から目をそらすための問題が領土問題や拉致問題で、竹島は微妙なところがあるが、北方領土の放棄はサンフランシスコ講和条約で確認されているので、現在は実質的には日ロ(そして米)の駆け引きの問題。尖閣諸島はその棚上げは一九七二年の日中国交正常化交渉以来、両国で確認され続けてきたのに、石原前都知事の挑発をきっかけにまるで正当な政治課題であるかのように浮上してしまった。日朝国交正常化交渉が、本来日本のアジア諸国に対しては例外的な謝罪とそれにともなっての賠償の放棄と経済援助が主眼であったのに、優先順位としては下位にあった拉致問題がクローズアップされ(戦後日本人にとって、アジアの国に対して謝罪責任がないというきわめてレアなケースだった)、金を払えばごまかせるという「永続敗戦」の歴史のひとつの終わりを見せたのは歴史の皮肉か必然か。合州国抜きの戦後初の自主外交という小泉のスタンドプレイが産んだのは両国間のさらなるこじれだった。
 また国内の沖縄差別の強化、在日差別の悪化、福島の避難者差別(公的には汚染した土地へ帰れという指導、国民的には避難者への嫌がらせ)、生活保護バッシングなども、「永続敗戦」「平和と繁栄」という戦後レジームが終わりに近づいていることからくる、あがきに見えてくる。
 劣化したレジームは旧ソ連のように必ず滅びる、そこにたどり着くまでに合州国が今、世界でしているような悪質な介入をしてくることもあるかもしれないが、私たちはガンジーの言うように、世界によって自分が変えられることを拒絶しなくてはいけない。自分たちが「侮辱」のなかに生きていることをつよく自覚して。

 恐れていた通り、取りとめがなくなってしまいましたが、以上は、本の内容の細部を飛ばしながらもおおよそ沿った、読みながらの私の思いのまとめです。文責は私。関心のある方は直接に本を読んでください。震災・原発事故以来、何かが終わった、何かが無効になった、あるいは露わになってしまったと感じ続けてきたことの、ひとつの手がかりをもらったと思う。


七月 日

 鈴木志郎康さんの新詩集『ペチャブル詩人』(書肆山田)を三回読んだ。詩集について感想を書く時はほぼいつも、それぞれの詩人独自の発語に対して、分からない、あ、こういうことなのかな、といった、抵抗を乗り越える読みの体験を書くのですが、今回の志郎康さんの詩集はそういう言葉の抵抗感が少ない。股関節や脊柱管の手術(何回もの全身麻酔で記憶がおぼろになったとか)、癌、そして大学も退官しての、にぎやかさから離れた日常で、詩人が書く詩があくまで「極私的」であるのは面白い。体力も衰え、行動範囲も限られた詩人の瞬間の震えが記述される。たとえば青首大根を擦る自分の行為の記述を次のように展開するのは「詩人」でしかない。

−−それって、
  わたしが今擦り下ろされていると、
  見て取った人がいる。
  笑う人がいる
  だが、姿は見えない。 (「青首大根に笑われちゃったって」)

 日常におけるちょっとした震えの記述が詩集のタイトルにもつながる。蒟蒻が手から滑って落ちたという衝動と振動をとらえて

−−蒟蒻のペチャブルルのストーリー、
  ペチャブルルのストーリー、
  極極の瞬間の小さな衝動と振動、
  ペチャブルル。 (「蒟蒻のペチャブルル」)

 詩人の内面では率直なまでに、津波の映像も絵に描きたいと思った樹木の姿も「薄れて」いく(「その日、飲み込まれたキャー」「表現の裸形」)。そんな詩人を大根や若葉が笑うって(「青首大根に笑われちゃったって」「若葉に優しく笑われ」)、どういう感覚なのでしょうね。部屋で一人「キャー」と叫んでみたりするが、他人の悲惨さに対しては「キャー」とは叫ばない。「思わずってところで自分を外す。/内心が問題なんだ。」(「他人事のキャーで済ます」)。部屋で何度も「キャー」と叫ぶと「わたしはわたしでなくなってくる」のだが、やはりそれでも「ちえっ、/またしても自分のことだ。/それで精一杯。」(「記憶切断のキャー」)と、自分に帰ってきてしまう。

−−詩人ってなんだってことで、
  言葉の表現の可能性が問題。
  それも、わたしは極私的って限定している。
  世界に向かってないのですか。
  いや、向かい方の問題。

 そして、「子どものころ、/地面に、/棒きれで、/円を描いて、/その中に立って、/ここはぼくの領分。/と宣言した。/楽しんでた。/そんな言葉の領分を作って来たんですね。/それだから、いいのだ。/と思うことにしよう。/にんまり。」(「以上ともに「わたしは詩人です」)

 「いいのだ。と思うことにしよう。」と志郎康さんが自己完結しながら、それでも病を越えて新詩集を出したことを喜ぶとともに、「極私的」な姿勢、さらにはそれがある部分を牽引してきた現代詩の辿り着いたのがこういう作品なのかという寂しさも感じました。そういう自分が老いたらどうなることやら、ってすでにもう詩が書けなくなってます(笑)。

PS この「ノート」シリーズはまだ続くかもしれませんが、ここまでで第一期を了とします。



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この記事へのコメント
えー、寂しいとは思いませんでしたよ。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月20日 19:42
「たどり着いた」という表現がありましたけど、集大成というよりも、私にはまた新たに始まったという感じがしました。「極私的」がそのような考え方であることは今に始まったことではなくて、「極私的」という言葉が作られたときからあることだとも思いますし(これはよくも悪くもです)。『ペチャブル詩人』で私がいいなと思ったことは、この「新たに始まった」という感じ、老成するのではなく、子どもとしてまた新たに生まれて書かれたような若々しさです。今までこういう方向に進まれた方はなかなかいらっしゃらなかったと思います。

ところで、今ちょっと鮎川信夫のエッセイを読み返しているのですが、『ペチャブル』の極私的ということから安倍の国家主義に巻き込まれることへの嫌悪感が書かれた作品などを読むと、個をしっかり持つことによって戦争詩と距離を取ったという鮎川やそれを理論化した吉本との近さを感じます。考えてみれば、『荒地』というのは戦争に対してまったく無力なんですよ。「いやだけど何にもしない」ということですから。「戦後詩」は最初からそうなんですよ。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月22日 00:31
長尾さん、どうも。いまだにうまく言えないんですが、戦後詩を読み続けて40年、社会情勢や、過去を歴史として振り返るだけの距離ができてきたこともあって、その限界が見えてきちゃったという感じが強くしています。このノートの1回目で、齋藤恵美子さんの詩集『集光点』にふれて、「日本の現代詩が死、終わりに接近してしまった詩集と思えて緊張した」と書いたんですが、完全にそれぞればらばらになった個(「孤」?)のささやきみたいなものになってしまたのかなと思います。
長尾さんも何回目かのコメントで、日本の現代詩をすごいものだと思わなくなったというようなことを書かれていましたよね。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月22日 10:29
「日本の現代詩をすごいものだと思わなくなった」なんて書きましたっけ? 今でも自分が影響を受けた作品には、respectを持っていますよ。ただ、絶対視はいけないですよね。崇め奉っちゃね。それくらいのつもりです。

「荒地」批判をあっさり書いちゃいましたけど、本当はここは難しいところですよね。個を守れば「辻詩集」なんかに混ざらなくて済むかもしれない(でも、木原孝一は混ざっていますが)。かなり大きいことですし、自分にできるかどうかは正直なところわかりません(まあ、今の状態を続ければ、ありがたいことに声がかかりませんけど)。それが大変なことだということはわかっているつもりですけれども、それを自己目的にしちゃあね、とは思います。前段で言ったこともそういうことです。ただ、そう思うまでに時間がかかりましたけど。

『ペチャブル詩人』に対して、確かにそういう疑問を持っているということはありますが、私はこの詩集の子どもような若さにはるかに心惹かれるものを感じています。読みながら色々な反応を呼び起こされ、その反応によって自分が元気になれるなんて、そうそうない経験でしたから。
Posted by ながおたかひろ at 2013年07月22日 10:56
洋さん 『ペチャブル詩人』の感想、ありがとうございます。この詩集の著者としては、最近のわたしの知的な衰えは致し方ないこととしてざっくばらんに自己暴露的にやや居直って書いた詩と言うことになりますね。そこで、洋さんの批評の「それがある部分を牽引してきた現代詩の辿り着いたのがこういう作品なのかという寂しさも感じました」という言葉が胸に響きました。わたしとしては自分の現在地点でも人から見ると、「辿り着いたのがこういう作品」となってしまうのか、と受け止められてしまったなと思った次第です。長尾さんが「また新たに始まったという感じがしました」と弁護してくれて、ほっとしました。長尾さん、ありがとうございます。実際、北朝鮮についてなどテレビでみたところの感想を書いたのなどは、今までに書いたことがないし、また「現代詩手帖年鑑」を素材にしたのなど、詩を書くというところでわだかまってきたことを思い切って書いてしまって、さっぱりした気持ちになったのでした。そこで、洋さんが「寂しさも感じ」てしまわれるのはわかります。えげつないと言えば言えますよね。でも、そこをはっきりさせなければ死ぬとき心残りになちゃうのです。次にどんな詩を書くか今のところ余り考えていませんが、とにかく「辿り着くとか」というようなそんなことは考えないで勝手に書いて行こうと思ってます。
Posted by 鈴木志郎康 at 2013年07月23日 17:39
志郎康さん、どうも。
「辿り着いたのがこういう作品」というのは、ぼかすと意味がわからなくなってしまうので書いてしまいました。ぼくとしては「極私的」ということが、志郎康さんにとっては変わらない意味を持つのかもしれないけれど、社会においては「極私的」は「対抗的なもの」から「最後の砦(隙間)」みたいなものに意味が変わってきているようにも感じました。
「詩を書くというところでわだかまってきたことを思い切って書いてしま」う、「そこをはっきりさせなければ死ぬとき心残りになちゃう」という重さをあらためて受けとめました。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月23日 18:30
長尾さん
戦争に対して戦後詩が無力と書かれていますが、詩が戦争に対して有力とか無力とかって、具体的にはどういうことなのでしょう。
例えば反戦プロパガンダとして成立していれば有力ということになるのでしょうか。
Posted by 辻和人 at 2013年07月23日 22:53
議論に、志郎康さんの新詩集『ペチャブル詩人』について参加します。以前に書いたのですが、「笑いを取れればしめたもの、しかし、そう甘くはないだろう」と志郎康さんが何処かで書いたのを読んで、わたしは、笑いの後の寂寥感を感じたのでした。しかし、同時に感じたのは「現役感」、高齢に達した詩人の前進です。ベテラン詩人の中で現役感を感じさせる詩人には、吉増さんがいますが、吉増さんは一定の書法に達し、新しい事に特に挑んでいるとは思いま
せん。志郎康さんの今後の新作が楽しみです。生きていれば、毎日は少しずつでも変化していきます。その少しずつの変化に注目しています。書肆山田さんには失礼ですが、詩集の装丁は、詩集の内容に合っていないと思います。

Posted by 今井義行 at 2013年07月23日 23:34
辻さんのご質問について。
『荒地』が戦争に対して無力だというのは、戦争を嫌悪しても戦争に対して抗うつもりがないことです。鮎川信夫は「必敗者」と言っていますよね。無力であることに開き直っているわけです。「戦後詩」という概念は、鮎川が周囲にひきずられずに戦争の愚劣さを直視し続けられた(らしい)のは、自分というものをしっかり持っていた、個を確立していたからと考えた吉本隆明が、「狼がきた」の関根弘も、前世代の左翼詩人とは異なり、自分たちと近い考えを持っていると考え、さらに「櫂」や「今日」の詩人たちもそうだと評価して、「荒地」「列島」の前の世代と「荒地」「列島」以降の世代の間に引いた線だと私は思っていますが、極論を言えば、それは「辻詩集」に参加しないで済むようになるための処方箋でしかないなと思うのですよ。それを「無力」と言っています。「戦後詩」は戦前の詩よりも何かすごく進歩したようなイメージがありますけど、それほどではないんじゃないかと言いたいだけです(続く)。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 01:08
で、無力の反対語はかならずしも「有力」ではないと思いますが、あらかじめ無力だというのとは違う行き方はあるだろうと思います。たとえば「列島」系の詩人たちは、エリュアールやアラゴンの戦争期の詩が、対ナチレジスタンスの力になったことをいいなと思って、シュルを取り入れようと思ったわけです(ただ、私はエリュアールやアラゴンのどういう詩がそれに当たるのかよく知らないのですが)。あるいは、ロシア革命初期のマヤコフスキーとかね。ただ、私はこれらについて不勉強でよく知りません。
私はよくツイッターで時事的なことをつぶやきますし、ときには「詩」のように見えるもののなかでもそういうものを取り上げます。それは、何かの政治的課題についてよく知っている指導者として、被指導者に教えをたれようとしているわけではありません。一人の人間として、ほかの人々に「これはどうよ」と問いかけているだけです(続く)。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 01:09
私は一応日常的に危機感があります。全部危機感で生きているわけではないので、花を見てきれいだとも思いますし、仕事のコンピュータ本を読んでいて、多少専門的なことでおもしろいと思ったりすることもありますが、ずっと危機感を忘れたままでいることはできません。ただ、その危機感はそれだけでは言葉にはなりません。発語するためには、何か内側から出てくるエネルギーが必要なわけです。私の場合、そういうエネルギーは毎日出てくるわけではないので、結構黙っていますけど、なんかのきっかけでそのようなエネルギーが引き出されてきたときには、どう発語するかけっこう真剣に考えます。そこがちょっと詩作と似ているのだと思います。
まあ、ほとんど反響はないわけですから、今の政治を跳ね返すほどの力はないわけで、そういう意味では「無力」かもしれませんが、それでも見てくれる人がいて、共感してくれていることも想像できるので(FBの昔からの友人たちなどの場合)、そういう意味では「無力」ではないですね。
「戦後詩」というふうにまとめられている詩のなかでも、人を行動に駆り立てるようなものはあっただろうと思います。ほかならぬ吉本の詩が、新左翼運動に入った人たちをインスパイアしているわけですからね(私は、どうしても吉本の詩がわかりませんけど)。谷川雁だって、たぶん今からは想像できないような力を持っていたはずです。だから「戦後詩」とされている詩の問題ではないんですよ。「戦後詩」というくくり、「戦後詩」というイデオロギーがどうかなと思うのです。あらかじめ無力というのでは、袋小路に行っちゃうでしょう。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 01:09
PS.
詩人というのはとかく傑作を書こうとしますけど、あれはつまらないことですね。私も詩人になりたいと思っていた時期があったので、つい完全無欠なものを書こうとしてしまうことがあります。たとえばFBに詩のようなものを載せて、「いいね!」「いいね!」「いいね!」で誰も突っ込んでくれないのは面白くない。私もたいていそうなるのですけど、そんなものは出してもしょうがないなと思います。改作してくれるくらいのコミュニケーションがあっていい。ただ、そのためには、行分け自由詩という形式にちょっと欠陥があるのかもしれません。
今の歌(CDなどで売っているやつ)にはサビというものがありますね。ほかの部分は忘れてもサビが頭に残る(まあ、メロディがですけど、歌詞もサビの部分のは比較的頭に残りやすい)。Exileの曲なんか、サビ以外のところはもうお経を詠んでいるかのように平坦で、サビだけ音楽になっている(ほかにもラップ系はそういうのが多いですけど)。ちょっと前の歌は全部歌にしようとしていましたが(これは西洋音楽を取り入れるという意識だったときだろうと思う)、その前はそうではありません。たとえば、2代目広沢虎造の次郎長とかを聞くと、ほとんどの部分はNHKのアナウンサーがしゃべっているような感じで、ここぞというところで、例の唸った声の浪花節になります。ここがサビなんですよね。あるいは、伊勢物語まで遡ると、お話(叙事詩)の部分がサビ以外で、最後の短歌(抒情詩)の部分がサビだと考えることができると思います。こういうサビを作ると突っ込みやすくなるのではないか(PSなのに続く)。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 01:47
まあ、本当は曲を付けてくれる人がいればいいんだけど(自分でできればそれに越したことはありませんが)、曲が付かないのなら、ここぞというところでちょっと定型を混ぜる(七五を避ける理由は全然ないと私は思っていますが、七五はさすがに古臭く聞こえてしまうかもしれません、でも駿河昌樹さんの詩で、作者も意識せずにほとんど七五調だったものもあるんですよね)という手があるのではないかな、などと思っています。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 01:47
「戦争を嫌悪しても戦争に対して抗うつもりがないことです」とのことですが、詩は表現なのですから、嫌悪の情が言葉に表れていれば、時勢に対し抗っていることになるのではないですか。無力であることに開き直るという態度も、体制に従わない個の姿を見せているわけで、読者に対するインパクトという点では「有力」と言ってもいいのではないですか。テキストを参照しているわけでないのであやふやですが、鮎川が批判したのは、本来表現者である(でしかない)詩人が、個人という立場を離れて、知識人という立場で(専門的な政治的知見もないのに)、上から目線の政治的発言をしようとすることへの牽制という気がするのです。
Posted by 辻和人 at 2013年07月24日 08:09
無力であることに開き直る態度は、他者を信じない態度でしょ。そういう態度を表に出すのは、厳しく言えば、読者に対して失礼だと思いますよ(でも私もそういう態度をさんざん取ってきましたし、そのことに忸怩たる思いはあります)。作者の意図にかかわらず作品が力を持つことがあることは、上の私のコメントでも言っていると思います。しかし、正面切って、蛸壺に閉じこもることを公言する態度は、よろしくないと思いますし、上の文章が批判しているのもそういうことでしかないはずです(『ペチャブル詩人』について触れたところも含め)。
鮎川信夫は知識人様で上から目線の人ですよ(少なくとも今の志郎康さんとはここのところが決定的に違うと思います。『ペチャブル詩人』は詩人と詩人でない人の間で引き裂かれた人の叫びのような感じがします)。鮎川に「抗うつもりがない」というのは、他者に働きかけるつもりがないということです。ただ、一応公平のために言っておきますけど、鮎川信夫も「現代詩とは何か」では、「詩人の精神は生々とした人々の間や生気に満ちた地球の上を活動しながら、人間の精神が内心ひそかに承認しているところの無名にして共同なる世界を見出そうとする」とか「われわれの生活の向上にとって、最も必要なものは、誰々の思想、誰々の観念と個別的に名指しされるようなものではなく、互に連帯して進み得るような源泉的感情の基礎を発見することである」と言っていて、こういうところを読むと私も感動する部分がありますよ。だからこそ、「荒地」というグループを作って「Xへの献辞」を書いたんでしょうから。しかし、彼はたぶん「戦後詩」概念が確立する1955年くらいから急速にこういう部分をなくしていったような気がします。「現代詩とは何か」でも、呼びかけている相手は、鮎川が定める一定の水準をクリアした人だけなんですよね。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 10:56
無力であることに開き直る態度は、アイロニーの表現であって、他者を信じない態度ではないと思いますよ。逆に読者の良識を信じているからこそ、ああいう突き放したような態度が取れるのではないですか。私は、長尾さんの一見つっけんどんな、皮肉っぽい口調の詩にも通じるところがあるのではないかと思っています。それは長尾さんの詩の良いところであって、忸怩たる想いをする必要なんかないと思いますけどね。但し、後半の鮎川批判の「知識人様」というのはその通りだと思っています。知識人としての自覚があるなら、むしろ「俺は職業知識人なんだ」という姿をオープンにして、生活者としての知識人像をきちんと描いて欲しかったです。無力であると宣言しつつ、そのアイロニーが徹底していないところが、鮎川詩に対して大きな不満を感じるところです。
Posted by 辻和人 at 2013年07月24日 11:15
みなさん、どうも。
僕自身、この間、考えてきたのは、戦前の詩と戦後詩の区別というのは、非常に曖昧なものだということですね。戦前から詩を書いてきた人の「戦争責任」という問題にしても、それを裁く法律がなければ(ドイツにはナチ協力については法律かそれに準ずるものがあったようですが)、自分で責任をとるしかないのかなと思ったり。しかし、戦後の、もう自由だ、民主主義だという熱気の中では、自分からは反省の辞を言いだすことはなかなかできなかったのかもしれないし、みんな書いていたんだからで流してしまったのかもしれないと思う。
そうしたところで、「荒地」を中心に戦後詩を考えるなら、「荒地」は少なくとも、大衆に愛されるような詩を書くことを拒否したところにひとつの大きな特徴があるのではないかなどと。黒田三郎さんの詩にしても、大衆というよりは、やや知的サラリーマン向けと言うか。要するに、大衆、人々、国民、と自分たちを隔絶させたところに、今に至る、現代詩が社会に根付いた表現にならないという問題があるのかなと思います。これは詩にかぎらず、戦後の歴史に流れる問題とつながっていくのだと思っています。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月24日 13:08
辻さん、「但し」以前で言われていることについてですが、私が言おうとしているのは詩のことではなくて詩論のことです。鮎川にしても吉本にしても、個の確立に力点を置き過ぎる、まあそれを一足飛びに「無力に開き直る」とまでは評価できませんけど、個を確立してまわりに引っ張られないということを目標においても、その詩論は蛸壺に入るだけだろうということを言いたいだけです。で、私が忸怩たる思いを持っているのも、自分のエッセイで偉そうなことを書いたことがあることです。ただよく考えれば、私は個の確立ということにはあまり興味を持ったことがないので(だから、吉本にはずっとピンと来なかったのですが)、自分で自分について書いたことがちょっと間違っていたかもしれません。詩を解さない読者をエッセイで馬鹿にしたことがあるということです。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 13:58
渡辺さん、私は「戦後詩」というのは「荒地」がベースになっているけど、「荒地」だけでは成立しなかったと思っているんですよ。「狼がきた」をきっかけに鮎川、吉本が関根と「列島」を評価して、さらに「櫂」や「今日」など後続世代の詩人たちも評価して、初めて「世代」で線を引けるようになって、それを「戦後詩」と呼ぶようになった。「荒地」だけなら、世代で区切るのではなく、イズムで区切るしかなかったと思うんですよね。もっとも、「列島」というのは、もともと「荒地」のような個人主義ではあり得ないから、やはり吉本の「戦後詩」概念とは異質だと思うんですよ(『戦後詩史論』が出た頃から「荒地、列島以来の戦後詩」という決まり文句が「荒地以来の戦後詩」に変わっていったと思うんですけど)。つまり、吉本が『戦後詩史論』で「戦後詩」としてまとめた「戦後の詩」には、「戦後詩」ではない要素もふんだんにあったのに、その部分がすくい上げられていないのではないかという疑問があります。「戦後詩」という言葉が死語になりつつある「現代詩」も「戦後詩」を引き継いでそれを純化してきた側面があって、その分詩の領土が狭くなったところはあるんじゃないかと思います(「戦後詩」にまとめられることに違和を唱え続けてきた人もいますし、現代詩自体にそもそも問題があるんだよという考えもあり得るので、「戦後詩」概念は現代詩が抱える閉塞感の原因の一部ということでしかありませんが)。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 13:59
■詩に限らず、表現は、だれか読み手がいるのは、確かですよね。言語で作られる以上、読者を想定しないで、こもって自分のためだけに書いたとしても、「社会的」であることから免れません。言語が社会的である、というのは、読み手の「社会的属性」で、表現の内実が大きく変わってしまう、ということでもあります。たとえば、摂津幸彦の「履歴書に残す帝国酸素かな」という俳句は、日本人読者を前提に書かれたと思います。日本人が読めば、狙いどおりに、「帝国酸素」にアイロニーが含まれていると感じるでしょう。でも、在日朝鮮人が読めば、「帝国への郷愁あるいは正当化」を読み取るかもしれません。われわれとは、違うでしょう。つまり、「詩と大衆」と言ったときに、「大衆」とひとくくりにできる存在があるのかな、という疑問です。

今度は、逆に、詩を書く主体に注目すると、ある意味で、エリートなんですよね。戦前の近代詩を担った、朔太郎にしても、中也にしても、道造にしても、いいとこのボンボンで、金があり、それなりに、学がある。大衆と切れていたのは、戦後と同じじゃないかと思うんです。今、15世紀から16世紀に生きた宗祇とその周辺を調べているんですが、出身階級は、はっきりしませんが、支配階級の周辺で生きている。悪く言えば、太鼓持ちの一種とも言えなくもない。やはり、ある種の選ばれた人々なんですね。この当時、連歌をやっていたのも、戦国大名であって、農民ではない。

すると、詩が「大衆」と切れていない時期、というのは、いつなのか。もしかしたら、後世が作った「神話」かもしれないなとも、思うんですよ。江戸のある時期、町人や商人が裕福になって、俳諧をみなはじめた、あるいは、歌舞伎や文楽などの大衆芸能が盛んになった。その一時期の表現と大衆の関係が、理想的にモデル化されている可能性もあるのではないとも思うんです。


Posted by 尾内達也 at 2013年07月24日 14:18
■長尾さんの最新の二つの記事は読まないで投稿しました。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月24日 14:20
尾内さん、確かに、朔太郎、中也、道造、というように見ていけば、大衆関係ないし、というラインになっていくかもしれません。そうしたラインが日本の詩の流れであるかのように規定した一人が朔太郎ですね(ノート(5)参照)。
その一方で白秋とか八十とか、詩でも童謡でも音頭でもなんでもありの活躍ぶりで、日本人の心のようなものに形を与えていった人々がいますね。下ってはサトウ八ローさんとか(ノート(18)(23)参照)。「詩が「大衆」と切れていない時期」というのは、あったんじゃないかと僕は思っています。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月24日 14:33
■いや、渡辺さん、それは、あっと思いますよ。ただ、それが普遍的で、あるべき姿だと、言ってしまうことの危うさもあるような気がするんですよ。たとえば、「大衆」の均質性のようなイデオロギーを伴うこともあるんじゃないかと。

Posted by 尾内達也 at 2013年07月24日 14:56
「普遍的で、あるべき姿」というより、普通の状態なのでは、他の国では、と思っているんです。「大衆」という言葉、使ってみたけれど、自分なりにうまく使えないので、「国民」という言葉で言うとすると、戦後の日本では、国民、国民感情、を総体的にアイデンティファイできないんですよね。アイデンティファイしようとすると、過去の残滓みたいなものが出てきてしまうのが怖いし、それに代わる流れを作れないまま今にいたる、という辺りが、今回取り上げた『永続敗戦論』なんかでも出てきてるんじゃないかな。
「危うい」と感じられるのは、戦後日本の特徴だと思います。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月24日 15:19
尾内さん、連歌師は、時衆がかなりいますね。これは、被差別階級ですけど、エライ人々と付き合えるタイプの人たちです。世阿弥などもそうですね。詩ではありませんが、作庭もそういう人たちがやっています。説経節は、いずれも差別を受けている人たちの影響を強く受けた内容になっていますね。歌舞伎や人形浄瑠璃でもそうですが、特に地方の人形は差別を受けています。琵琶法師にも差別を受けている人々が多数います。近代に入ってからでも、浪曲師は他の芸人から差別的に見られていた時期があります。要するに近代以降の詩人たちが自分たちの祖先として言及しているのは、アッパーな歌人、アッパーとは言えなくてもロウアーではない俳人などです。差別を受けながら下から支えている人たちをネグっているだけですよ。
吉本が最初期に書いた「日本の現代詩史をどうかくか」というエッセイに、「藤村、有明、泣菫、白秋、露風、朔太郎、拓次、達治という抒情詩の系列を主流とする考え方に、ならされてきたが、これは、きわめて誇張された詩の概念をみちびくものと思われる。事実は、植木枝盛にはじまり、透谷、藤村、啄木、光太郎、プロレタリア詩運動、という民俗詩型の詩意識の系列に、詩の主流があった」という箇所があるんですけどね、これは重要な指摘だと思います(その後の吉本はこういうことを言わなくなったように思いますが)。たとえば、埼玉の農村から突然渋谷定輔が現れたりするわけですよ。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 18:36
あと、近代以前のアッパーな詩人というのは、定歌の子孫のように和歌専門という人もいますけど、基本的に持て余した暇の一部を使うための余技として詩をやっていましたよね。食べるために詩人をやっている人たちは、基本的に乞食ですからね。ロウアーです。もっとも、今詩人という言葉を使いましたけど、今の詩人とは概念が違います。作ることよりもパフォームすることの方が主ですからね。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月24日 18:58
あ、話、それて戻りますけど、長尾さんの思い出せなかった発言は、ノート(20)のコメント「私は以前のように詩にあまり高いもの、大きなものを求めなくなっているので、詩についてわざわざこんなけちょんけちょんなことを言う必要はないはずなのです」でした^^^
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月24日 23:07
渡辺さん。此処は渡辺さんのHOMEなのに、議論の応酬に対して、なぜ見守る立場へいってしまうのですか。イニシアティヴを取ってください。肝心の志郎康さんのコメントが途切れてしまっているではないですか。このコメント欄から、志郎康さんの気持ちがすでに離れてしまっているかもしれないですよ。


Posted by 今井義行 at 2013年07月24日 23:08
今井さん、それは違いますよ。今回の元々のブログにしても志郎康さんの話題だけではないのですし、志郎康さんに対して僕は応答して、あとは、この忙しい場面で、誤解を招きかねない発言をするよりは、ゆっくり直接話したりできればとか思っているんです。
今井さんが、もっと具体的に志郎康さんの作品について、ここがいいんだとか書けば、志郎康さんは出てきてくれると思いますよ。吉増さんはもう挑んでいないけど、志郎康さんはこういうところで挑んでいるとか、具体的にあげてくれるとコメント欄の流れも変わってくる、そんな場だと思います。
もう離脱しますけど。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月24日 23:25
■長尾さん、重要なご指摘どうも。差別と芸能の線、もう少し、調べてみます。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月24日 23:31
渡辺さん、わかりました。それは、すでに書かれた現代詩作品について言っているわけではなくて、すんばらしい詩を求めることによって、読者を寄せ付けず、ディスコミュニケーションを招くことへの疑問ということです。そういうことは、このスレッドでも書いたと思います。現代詩以前の詩はパフォーマンスであって作者よりも演者の方が大切だったという認識もあって、そのようなことを言っています。
ついでのような話で恐縮ですが、『ペチャブル詩人』に戻ると、「わたしは詩人です」の前の「これが詩とは思えない」という短い詩、私はこれが好きです。「シ、/シ、…」というものを読み返しているのか、「シ、/シ、…」に置き換えられた(記号化された)別のものを読み返しているのか、いずれにしても、視点をずらすと詩だと思っていたものは消え失せてしまう。詩には、これが詩ですという実体がない。非常にあやふや。そのあとに「わたしは詩人です」があって、「詩人」が実体として主張してくる。ところが、詩人も実体はないので、賞をとったとか世間をさわがせたとか言って実体めいたものを何とかでっち上げようとしている。この並びは面白いですね。このスレッドで勢いで「詩人と詩人でない人の間で引き裂かれた人の叫び」と書きましたけど、あながち間違ってはいないのではないかという気がしてきました。この詩集は、「詩人」一人ひとりに匕首を突きつけてきているのですよ。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月25日 10:23
■長尾さん、「すんばらしい詩を求めることによって、読者を寄せ付けず、ディスコミュニケーションを招くことへの疑問」がどうもひっかかるんですけどね。すばらしい詩を求める、ということがまずわからないですね。詩を書く場合、推敲に推敲を重ねる、ということとは違うわけでしょう。すばらしいかどうかは、他者が決めることで、自分で、そう考えて書く、というのは、よく理解できないですね。それと、ディスコミュニケーションの意味が、この場合、よくわからない。詩が難解で読んだ人が理解できない、という意味ですか。そうだとすると、全部理解できる詩は、逆に、つまらない。どこか、自分には理解できない部分がある、という方が、他者理解として、むしろ普通ではないかと思うんですよ。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月25日 15:48
「読者を寄せ付けず」というのは、傑作をものして、読者がただ感心してコミュニケーションが一方通行になるというようなことです。難解ということではかならずしもありません。芸術が神のような信仰の対象になるのがいやだということです。上の方でPSとして改作を受け付けるような作品のことを書きましたが、かならず改作できなければいけないということではありませんけれども、色々な介入を許すということです。大昔の話で、写真の話ですけど、白川義員という人の写真をマッドアマノがパロって著作権をめぐる裁判になったことがありますよね。ああいう芸術はクソ食らえということです。説明がひとりよがりですみません。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月25日 16:49
■長尾さん、よくわかりました。芸術と神信仰は、なかなか、面白いですね。長尾さんの言うのは、芸術至上主義あるいは芸術の絶対化というようなことだと思いますが、「芸術と神」は「芸術とart(技術)」と同じように、なかなか、古くて深い問題を持っているような気はします。

作品が、いろいろな介入を許す、というのは、実に面白いですね。平家物語のようなものをイメージします。F/Bでも書きましたが、平安・鎌倉の「古典」は庶民が出てこない。平家物語は、読んだことないので、コミックでさわりを読みましたが、あれも、「差別」と関わるとも言えるんですよね。貴族社会の中では、平家は「賤しい武士」という位置付けで、その差別されていた存在が、最高権力に上り詰め、没落する。近代で言うと、ユダヤ資本のありかた(没落していませんが)と似ているんですね。

これには、応答しなくて結構です。鈴木さんの詩の話題から外れてしまうので。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月25日 17:42
 このコメントはかなりの量の意見の交換になって面白いですね。
 夏目漱石の個人主義から鈴木志郎康の極私的に行って、詩の言葉の無力有力にに行って、詩とエリートと大衆にという詩が抱えている問題点を包含しているようでよかったと思います。それぞれの発言をもっと丁寧に語って欲しいと思います。それぞれ一冊の本が出来るような内容ですね。
 現在詩が多くの人に読まれないということは社会のメディアのあり方とか権威の構造とか詩の流通の仕方とか文学の教育のあり方ということにも依ると思いますが。
 詩を書く者としては自分の関心を軸に書いていきたいと思うのですが、その面白くしようとする気持ちが世間の人となかなか重なりそうにならないのが、まあ、悩みといえば悩みです。
Posted by 鈴木志郎康 at 2013年07月25日 17:47
志郎康さん、「文学の教育のあり方」というテーマが出ましたが、音楽(ポップス)の世界って作者、演者、聴衆の誰もが教育なんか受けていませんよね。現代詩の方が音楽よりも「高度」なのかもしれませんけど。

丁寧に語るということ、気をつけたいと思います。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月25日 18:21
人は生まれながらにして表現したい意欲と能力を持っているのに、また表現を分かち合いたい気持ちを持っているのに、それを妨げるものが存在する。荒っぽく言えば、それがかつては身分や階級だったのが、最近では、表現を流布させるはずのメディアが障壁となって表現者を苦しめているんじゃないか、そんなことを思います。
「荒地」の詩は、活字メディアを制するということをどこかで念頭に置いて書かれているんじゃないでしょうか。鮎川信夫の言う「個人」は、活字メディアに乗る個人(或いは活字になったものを尊んで享受する個人)を暗に指している気がします。そこから詩の「上級者」とか「中級者」とかいった考えが出てくるように思われます。
対して志郎康さんの個人は、得体の知れない不条理な欲望を持った、生命体を基礎にしているように思います。『ペチャブル詩人』は、まるでお笑い芸人が視聴者を煽るような、刺激的な口調で書かれています。無名無力だけどそれでも生きているんだ、と強固に主張しているように感じられます。既存のメディアをあてにせず、自分の身体をメディア化して、同じように無名無力な者たちに対して、生命の在りかを直接訴える。私は、ここで、パブリックという概念が変革されているかのような印象を受けたのです。
Posted by 辻和人 at 2013年07月25日 18:39
もちろん、鮎川信夫が不誠実だったとは全く思いません。戦後の焼け跡から日本が近代国家として再スタートするにあたって、メディア上で質の高い「正論」が築かれることの重要性を、知識人としての自覚のあった彼は真摯に考えていたと思うのです。彼が、素人(詩人を含む)の政治参加を極端に嫌ったのは、それなりの理由があったと思っています。
Posted by 辻和人 at 2013年07月25日 18:47
辻さん、鮎川信夫の大衆蔑視は、戦争に前のめりになった大衆が忘れられないのではないかと思います。ああならないためには知が必要だし、自分にはそれがあると思ったのでしょう。コミュニズムはもともと嫌いだったのではないかと思いますが、戦後になって共産党が愛国心という言葉を使い出したこと(『現代詩とは何か』の「III 祖国なき精神」でこのことを直接批判していますが)などからさらに嫌になったのではないかとも思います。もともと、戦後米英の自由主義の立場からだと、コミュニズムとナチズムは同じく全体主義だと見ていたわけですが、鮎川の立場はおおよそそこなんじゃないかと思います。でも、「知」なるものが決して人を賢くしないこと、かえって愚かにすることもあることは、その後いやというほど実例が出てきたことだと思いますけどね。

話がガラッと変わりますが、今度の選挙で緑の党から三宅洋平というミュージシャンが比例代表で立候補して、17万もの個人票を集めましたが、彼の選挙運動はおもしろかったと思います。まあ、私はビデオでしか見ていないのですが、立会演説会がライブになり、集まった人々を巻き込んでいく。人から人に思いを伝えていくことを「手、目、口、土」という4つの単語で表して、観衆にも歌わせる(ミュージシャンなら誰でもやっていることですが、これは私が書いた介入の1つの形態ですよね)。「赤ん坊から100歳までみんな呼び捨てだけど、みんなに敬意を持っている」といった言葉を合間合間に挟み、脱原発、反TPP、反改憲、反戦争を訴えていく。自分ではあんなことはとてもできませんが、あれも詩の1つの形として視野から外さないようにしたいと(そういう発想自体、ちょっとじじくさいけど)思ったことです。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月26日 23:55
■長尾さんのコメントは、辻さん向けだと思いますが、いくつか、重要な論点があると思うので、感想を述べてみたいですね。

・前半の鮎川信夫について(1)

今から見ると、鮎川の「現存コミュニズム」も、ファシズムも、同じ全体主義だという認識は、当たっていると思いますね。ただ、鮎川は、大きな間違いをしていると思うんですよ。それは、大衆という実体に対する不信感という間違いです。つまり、「操作性」という問題を観ていない。大衆は、自存して意思決定しているわけではなく、操作の対象になっているという視点が欠けている。そのため、「操作性」という重要な論点が抜けているんです。現在でもそうですか、われわれは「操作」されている。それは、情報操作という形で実体化して考えると一番わかりやすいですが、本質は、そこにはない。社会を構成する原理―昔なら、キリスト教やイスラム教、あるいは鎮護国家の仏教など、宗教が大きな役割を果たしましたが、現在では、マーケットと科学技術がそれに代わっています―そのものが操作性を帯びている。したがって、支配者自身も操作しているつもりで、操作されている、という事態も起きているわけです。現在の操作の特徴を端的に言うと、「歴史意識の剥奪」だと思うんです。この辺は、大筋と外れるので、展開はしませんが、鮎川の発想では、大衆の侮蔑あるいは「知識人」の浮遊性(結局は体制補完するしかない知識人)しか出てこない。高木仁三郎のような、大衆の側に立った知識人というスタンスは、なかなか、出てこないと思うんですよ。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月27日 08:23
・前半の鮎川信夫について(2)

鮎川のスタンスが、アングロサクソンの自由主義にあるというのは、たぶん、そうだと思うんですが、現在進行中の「新自由主義」は、まさに、「自由主義へ帰れ」ということですから、鮎川の思想的なスタンスでは、グローバリゼーションの暴力性は、批判も解明もできない。思想的には、期限が切れている、と思いますね。

そこで、長尾さんのコメント「でも、「知」なるものが決して人を賢くしないこと、かえって愚かにすることもあることは、その後いやというほど実例が出てきたことだと思いますけどね。」なんですが、これは、フーコーを代表格に、ポストモダニストたちが、しきりに批判した日常的な権力の問題と重なりますね。知識も権力の一形態であると。長尾さんの言うことは、確かに、そうだと思うんですが、だからと言って、思考する重要性が減ったわけではないし、批判的思考と行動を媒介する努力の価値がなくなったわけでもないと思うんです。問題は、どこにスタンスを置いて思考しているのか、ということではないかと思うんです。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月27日 08:36
・前半の鮎川信夫について(3)

新自由主義、言いかえれば、グローバリゼーションが、TPPに象徴されるように、多国籍企業帝国主義であり、非常な暴力性を伴っていることが明らかになってきている中で、自由主義の対抗勢力だったコミュニズムを「現存のコミュニズム」と捉えて、本来、コミュニズムが持っていた社会構想力や労働観(ルカーチの「資本主義でも社会主義でもない善い労働の行われる社会が善い社会なのだ」という言葉に象徴されるような)を、再度、問い直し、マーケットや現存の科学技術とは異なった、公平な社会原理を構想・思索していく試みは、今とても重要ではないかと思いますね。これは直接的には、詩とは離れるので、これ以上は展開しません。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月27日 08:45
・後半の三宅洋平について

ぼくも、この人は、なにか、新しいな、と感じていました。70年代の反戦フォークに似ているという人もいますが、ちょっと、違うような気がします。それは、それが選挙運動そのものだからだと思うですね。動画で少し観ただけですが、選挙運動の仕方として新しい。それと、議会制民主主義の間接民主制の枠内なんですが、どこか、直接民主主義を感じさせるものがある。それは、対面で集まった群衆の意見を集約して、国会に持っていく、という発言に端的に現れています。三宅洋平を観ていると、選挙運動とその後の政治活動そのものが一つの文化になるような予感がある。

これはこれで、面白い動きだと思いますね。ただ、ぼくとしては違和感もある。それは、三宅洋平自身も認めているとおり、「相手の土俵に一度立とうや」という志向です。これが強くなると、街頭デモは、政策の立案の邪魔だとか、デモをしても何も変わらないとか、国会で議論しようとか、そういった政策政治の枠内から外れる政治行動を排除するリスクも抱えている、ということです。

それは、象徴的に現れているのが、三宅洋平の科学観だとぼくは思っています。「反原発の人たちは科学に弱い」という発言に、それはよく出ています。これは、現存科学の枠内だけで、科学(学問と言ってもいいわけですが)を考えてしまう感性とも言える。原発問題が現存科学の政治性と切っても切れない関係にあることへの反省が、ここでは、途切れてしまっている。つまり、鮎川のところでも言ったように、「思考」がここでも重要なんだと思うんですね。

いずれにしても、このムーブメントは、ぼくも、注目したいと思っています。

Posted by 尾内達也 at 2013年07月27日 09:08
尾内さん、ありがとうございます。ちょっと忙しくなっちゃったので、ちょっと時間をください。一言だけ言っておくと、三宅洋平はまだよく知りません。どうしてもビデオは時間がかかるので飛ばしてしまうのですよ。尾内さんが書かれていることを見て、へー、そんなこと言っているのかと思いました。今日は

三宅洋平 / Yohei Miyake ‏@MIYAKE_YOHEI 5時間
ヤクザに友達居ない人はヤクザを恐れ、在日外国人に友達居ない人は在日を差別し、ゲイに友達居ない人はゲイを蔑視し、障がい者に友達居ない人は障がい者を区別する。
僕がジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグから学んだのは、社会のあらゆる階層の人々に向ける平等な目線だ。

というツイートを見てお気に入りに入れ、リツイートしました。ヤクザを否定しないというスタンスは、今はとても難しいと思います。特に選挙を勝とうと思うとね。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月27日 23:55
尾内さん、

鮎川について書かれた部分ですけど、「大衆の操作性」ってのはどうかなと思います。「大衆」などという塊はなく、一人ひとりある程度までは似通っているけれども違う考えを持っている個人がいる。しかし、一人ひとり何を考えているかまではわからないので、それらたくさんいる未知の人たちをちょっと離れたところから見ると、恐怖を感じるわけですよね。

ただ、おっしゃるように私たちを「大衆」として操作しようと狙っている人々がいるのは事実ですし、そこは直視しなければならないと思います。先日、NHKクローズアップ現代でネット選挙特集というのをやっていまして、三宅洋平も取り上げられるというので見たのですが、そこで自民党が広告代理店を使ってビッグデータ分析を駆使して、自民の原発推進批判のツイートが増えた翌日には、安全第一を強調したといったことを紹介していました。安全第一なんて言われても響かないよとここを読まれている多くの方は思われるでしょうけど、ああよかったと思う人も間違いなくいます。小さな批判の波はあっても大波にならないようにコントロールしていることが、現政権を支えている面があるのかもしれないと思いました。まあ、自民党の方がビッグデータに振り回されているという側面もあるんじゃないかとも思いましたけど。

いずれにしても、岩のような大衆というのはないということですよ。砂の塊のことを大衆と言っている。自民党に投票する人々もいれば、三宅洋平や山本太郎に投票する人々もいる。戦中だって、戦争に前のめりになっていた人もいれば、そのふりをしていただけの人もいたと思います。人が生き残るために働かせる知恵というのはものすごいものですよ。それは、社会という規模で見たとき、毒にも薬にもなる両刃の剣だと思います。鮎川の大衆観に問題があると思うのは尾内さんと同じですが、ちょっと理由に違いがあるような感じがします。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月28日 09:48
「知」に関してですが、また私の言葉足らずの悪い面が出たなと思いますが(というか視野が狭いんでしょうね)、思考する意味がなくなったなどとはもちろん思っていません。言いたかったことは、「大衆」よりは「知」の持ち合わせがあると思うことに落とし穴があるということです。そういうことなので、「知」を持っていそうな人(学者、知識人)ほど、この落とし穴には落ちやすい。「「知」なるものが決して人を賢くしないこと、かえって愚かにすることもある」とオブラートにかけた言い方をしましたが、具体的にイメージしているのは60年代末の大学闘争のことです。だからもう40年以上前に「知識人」概念は破綻していることが広く実証されてしまったと思っています。しかし、その後もそうは思っていない人がいて、たとえば原発事故でもそうですが、何度も醜態を晒すことを繰り返していると思います。

新自由主義は自由主義とは違うと思います。外見が似ていても、新自由主義は一線を踏み越えてしまっています。しかし、次のパラダイムを考えるためのヒントも提供してくれているのだと思います。新自由主義自体が行き詰まっていますからね。差異を生み出してそれを蓄積して力にしていくのが資本主義だと思いますし、新自由主義はそれを効率よくやろうとしているのだと思いますが、儲けになる差異が作りにくくなってきている。過去のコミュニズムは、少なくとも持続可能な形では一度も成功したことがありませんでしたけど、もともとコミュニズムにあったのは資本主義批判の理論だけですからね。コミュニズムを試そうと思うには時期尚早だったのかもしれません。ちなみに、コミュニズムにはもともと「愛国心」なんてありませんよ。日本共産党は「非国民」と言われたトラウマが相当大きいのでしょう。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月28日 09:48
(1)■長尾さん、どうもいろいろ、ありがとうございます。文字にすると、なかなか、うまく伝わらない部分もあるかなぁという感触です。大枠は、長尾さんの意見に近いんですが。たぶん、ぼくの前提と長尾さんの前提が、微妙に異なるために、すれ違いが起きるんだと思います。

・大衆という一枚岩の塊があるとはぼくも思っていないですよ。ただ、「操作」を受けていることに気が付いている人は非常に少ないということは言えると思います。そして、なにか、支配層という悪の実体があって、それが、さまざまな具体的な操作を行っているというよりも(もちろん、法律や情報操作など、そういう面もありますが)、むしろ、本質的には、社会構成原理そのものが「操作性」を帯びていて、そこから、具体的な操作は演繹されている、と言いたいわけなんです。ですから、支配層自体も操作されている面があるわけです。

・ただ、長尾さんのご意見、「「大衆」よりは「知」の持ち合わせがあると思うことに落とし穴があるということです。」には、非常に、深いものがあるのはわかります。

Posted by 尾内達也 at 2013年07月28日 20:19
(2) ・長尾さんsaid「もともとコミュニズムにあったのは資本主義批判の理論だけですからね。コミュニズムを試そうと思うには時期尚早だったのかもしれません。ちなみに、コミュニズムにはもともと「愛国心」なんてありませんよ。日本共産党は「非国民」と言われたトラウマが相当大きいのでしょう。」

シナリオとしては、資本主義批判のあとには、共産主義社会というイメージはあったと思いますが、ぼくが言いたかったのは、マルクスやエンゲルスが批判した「空想的社会主義」いわゆるutopiaですが、フーリエやサンシモンの、こういったものも、一つの社会構成のありようとして、思索する価値はあるんじゃないかということなんです。utopiaには、構想力という意味も入っていますしね。あと、今、気になっているのは、ジョン・ロールズの正義論で(アメリカ社会で生まれた理論なので、固有の問題はあるようですが)、社会構成原理として、ヒントになるような気はします。これらは、ぼくは、まだ、検討していなくて、自分の課題という感じで、言っているだけなんですけどね。

それと、「愛国心」ですが、これは、誤解じゃないかなぁ。コミュニズムは、労働者階級にアイデンティファイしますので、出て来ませんよね。ぼくが「愛国心」で好きな考え方は、「愛国心とは一つの観念だ」というもので、なかなか、本質を突いているような気がします。

Posted by 尾内達也 at 2013年07月28日 20:20
(3)「愛国心」と関連するんですが、アイデンティティという問題は、普段は、そう意識しませんが、たとえば、抑圧が多くかかる人々―ユダヤとか在日とか、差別されている人々―は、常時意識させられていて、アイデンティティと実利的な互助が一致する面がありますね。抑圧を過剰にかけない、あるいは抑圧を不可視にすることで、無矛盾な「愛国心」の中に閉じ込めておく―そういう「操作」もあるんじゃないかと思います。新橋のサラリーマンにインタビューする、よくある映像で、若いサラリーマンが、「会社がつぶれたら元も子もありませんからね」と言っていたのが印象的だったんですが、ここには、無矛盾な「愛社心」にアイデンティファイするルートが、愛国心と同じようにあるように思いました。

ちょっと、パソコンを離れるので、ご返事は、数日後になると思います。閲覧はできます。
Posted by 尾内達也 at 2013年07月28日 20:23
そろそろ話題がずれてきちゃっているので終わりにしないといけないのですが、いわゆる空想的社会主義と言われてしまったものにも耳を傾けるべきところはあると思います。たぶん、19世紀の方が豊かな夢があったと思います。ただ、いずれもよく知りませんけどね。宇野派の人がマルキスト(でもエンゲルスとは一線を画した)ウィリアム・モリスという本(http://www.amazon.co.jp/dp/4582856454/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1375015053&sr=1-1)も読みましたが、ちょっとよくわからなかった。岡田隆彦が晩年にモリスの研究をしていましたね。モリスの芸術論も面白そうなんですけど、なかなか腰を入れて読むことができません。いずれにしても、ちょっと間口を広げたら色々ヒントになりそうなものはあると思います。たぶん、これで尾内さんとの間の隙間はほぼ埋まったと思います(ホントかな?)。
Posted by 長尾高弘 at 2013年07月28日 21:40
ウィリアム・モリスの名が出たので、小野二郎さんの本でも読み直してみようかと思いました。 http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E2%80%95%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%80%9D%E6%83%B3-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-48-2-%E5%B0%8F%E9%87%8E-%E4%BA%8C%E9%83%8E/dp/412205446X/ref=pd_sim_b_5 このリンクは文庫ですが、元本は70年代の新書です。小野さんはモリス研究家で、晶文社の編集顧問みたいな立場だった人。ちなみに小野さん(ら)の研究に対して、渡辺昇一という人が、モリスには思想と言えるほどのものはなかった、モリスで評価に値するのは家具などのデザインだけだとかなり反発してたようです(要するにモリスの家具を楽しみたいのに、思想が邪魔という)。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月28日 22:24
これは、長尾さんにしか通じない話題かもしれませんが、宮崎駿さんの映画「風立ちぬ」で読まれていた、「誰が風を見たでしょう?ぼくもあなたも見やしない」という詩を書いたクリスティーナ・ロセッティ(訳は西条八十)も、モリス周辺にいた人でした(彼女の兄の方が関係は濃かったわけですが)。
Posted by 渡辺洋 at 2013年07月28日 22:30