2015年02月09日

言葉の屋根系

◯ーー現代の日本では、じぶんで何らかの現実を所有していると考え、そう振舞う個人、集団、政治組織にも、また逆にそれらに所有されている個人、集団、大衆組織にも語りかけるのは無駄であると宣告しないわけにはいかない。あえて語りかけるばあい、まるで砂漠の砂に語りかけるように、耐えながら語りかけるのである。
 わたしは世界を凍らせることを禁忌して詩をかこうとする。そして、世界はわたしの語ることを禁圧するような現実をこしらえあげる。ここには、ある必然的な関係があるのだろうか。(吉本隆明さん「詩とは何か」。『詩とは何か 世界を凍らせる言葉』詩の森文庫、思潮社所収)

◯「世界はわたしの語ることを禁圧するような現実をこしらえあげる」、その「世界」にはすでに日本の多くの現代詩人が含まれていると思う。世界と対峙するという気持ちはあるかもしれないが、それは、詩の形に構築した自らの内面世界が美として評価されるか、というような引きこもり芸術なので(ま、それで最終的に成果をあげるものもあるかとは思いますが)。基本的に日本の現代詩には世界を変えようという気持ちがない。評価されたいという気持ちがあるだけか?
[メモ]宮尾節子さんの「明日戦争がはじまる」が話題になり、新しいアンソロジー詩集も出たようですが、僕としては茨木のり子さんの詩につながる、上から目線が気になる。自分たちは分かっているのにだらしない人間が多いから困るみたいな。そういう詩が書けるのも才能だし、読む人の好みもあるので、これ以上は言いませんが。

◯ーー日本の現代詩人で、思想的に難解であるような詩人、孤独な他人につうじそうもない精神世界をそだてているような詩人は、まったくいないとかんがえていいとおもう。マス・コミの高度に発達した日本では、詩人のこころの世界も平準化され、風とおしがよくなっているのである。(吉本隆明さん「現代詩のむつかしさ」。同前)
◯ーー現代詩は難解だというが、せいぜい、この程度が(注: 谷川雁さんの「商人」)、もっとも難解だといわれている部類にぞくしているだけである。しかもその思想は、きわめて単純で、レトリックをはがしたら、なあんだといったようなものである。しかし、この詩などは、典型的だが、現代詩の世界は、レトリックの面白さと思想とが相おぎなって詩の世界をつくっていて、一方の足をとりはずしたら、詩の表現世界はぜんぶ崩れてしまうという場合が多い。
 これは、おそらく、現代詩の世界が、つよい秩序意識を、いいかえれば定型をもっているためではないかとおもう。理想としては、この反対の世界をかんがえたほうがいいのだが、現在秩序破壊的に詩をかく詩人は、しだいに欠乏の傾向にあるということができる。(同前)


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この記事へのコメント
吉本さんの何やら難解なものに近付こうとしたがるところにどうしても違和感を持ってしまいます。一種の上昇志向、あえて言えば権力志向のように見えてしまいます。吉本こそまさに上から喋る人だと思います。
Posted by 長尾高弘 at 2015年02月09日 10:57
吉本アレルギーは、僕としては抜けてきたという感じかな。前半の文では詩の発生を折口に絡めて説明していて面白かったな。
Posted by 渡辺洋 at 2015年02月09日 11:33