寿友は夕方五時過ぎ、立派な一戸建てである赤撞の家に着いた。いつものことだが、家族の中では誰よりも早い帰宅だった。
 彼の義父が帰るのは、たいてい深夜になる。母は主婦だが、料理や、何々アレンジメントの類の教室に毎日通っていて夕方は不在。ただ、彼女は新しい息子の早采に気を遣い、彼が部活から帰ってくる六時過ぎには、できるだけ家に居るように努力しているようだった。

 家に誰もいないことを確かめてから、寿友は早采の部屋に入った。
 彼の机の引き出しに手をかけて引っ張ったが、カタ、カチャという音がして動かない。どれにも鍵がかかっている。
 舌打ちして部屋を出ると、ちょうどドアホンの呼び出し音が鳴った。モニタで確認すると、男が小さなダンボール箱を抱えている姿が映っている。どうやら宅配業者のようだ。
 寿友は呼び出し音が鳴り続けても、そのまま放っておいた。自分が頼んだものではない。

 キッチンに入った寿友は食器棚の奥に手を突っ込み、封筒を探り当てた。
 彼の母親は小さい頃から同じ場所に金を隠す。家が変わっても、夫が変わっても、することは同じだ。
 寿友は数枚の札を抜き取って、袋だけを元に戻しておいた。

 それから半時間ほどしてまたドアホンが鳴った。
 宅配業者が引き返してきたのかと思ったが、呼び出しは一度鳴っただけで続かなかった。業者にしては遠慮しすぎている気がした。自室で雑誌を読んでいた寿友は仕方なく部屋を出た。
 ドアホンのモニターは、家族の共有スペースの何か所かの壁に、はめ込んである。ハンディタイプもあり、手元でも確認もできた。
 ダイニングテーブルの上にあるドアホンの子機を持ち上げた寿友は、眉間に皺を寄せて画面を見つめた。寿友が応答すると、相手はパッと顔を明るくして口を開いた。
『突然すみません、私、ジュウくんと同じ学校の仁科ですが……』
「ああ……」
 寿友は低く小さな声で応えた。その声の感じで、玄関先の相手は、本人が出たと気付いたらしい。
『よかった、居てくれた! いきなりごめん、もらってほしいものがあって来たの……』

 転入したばかりの先月、副担任の矢野と仁科千郁が話をしている所に、寿友がたまたま顔を出したことがある。
 矢野は英語クラブの顧問だった。そして千郁はその部の部員。その二人と、一言二言話しただけ。ただそれだけの接点しかない。それなのに何故か、寒くうす暗いこの時刻に、彼女は玄関先まで来ている。

 寿友はドアを開け、門の前まで出て行った。
 千郁は可愛い赤の紙袋を手に提げていた。これ、と言って袋を指してはいるが高く持ち上げる事はできず、目線で訴えているだけ。見るからに重そうだった。寿友は仕方なく門を開けて紙袋を受け取った。
 寿友が黙ったまま中身を見ていると、窺うように千郁が言う。
「矢野先生から、赤撞くんが1年の教科書を揃えてないって聞いて……。残り二、三カ月だし買うのも勿体ないなだろうな、って思って持ってきてみたんだけど……。でも、人が使った教科書なんて嫌だよね。名前とか、書き込んだ部分はできるだけ消してきたんだけど……やっぱり……いらないよね?」
 寿友はその問いには答えないまま視線を上げた。
「買わなくても、前の学校のがある」
 それだけ言った。
 微妙に困った顔をする千郁に、寿友はありがとうとは言わなかったが、紙袋を突き返すこともしなかった。

 寿友は千郁から紙袋を受け取って家の中に戻る時、郵便受に、宅配業者の残していった不在配達票を見つけた。手に取り部屋に持ち帰りながら、何とは無しに目で文字を追う。
[受取人:赤撞早采様
 差出人:△△教販㈱様
 荷物:教科書……午後5時配達、再配達時刻……]