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「珈琲時光」を観ました。
ライター(?)の陽子が台湾旅行から帰ってくる。お土産を届けた古書店主・肇とは気心の知れた仲だ。実家である高崎へと帰郷した陽子は、母親に妊娠している事を打ち明ける。相手は台湾人だが、陽子には結婚する気持ちはなくシングルマザーになるつもりだ。肇もそれを知ったものの、自分の陽子への気持ちを打ち明けることが出来ないままだ・・・
「小津安二郎・生誕100年記念」として松竹が撮った作品なんだけど、監督が台湾の方なんですよね。なので非常に切り取っている「東京」がアジア的に感じました、裏町というか下町というか。陽子がどんな恋愛をしてどんな葛藤があり、今後どのようにしていこうと考えているのか、そういう事に関してもそんなに説明はない。ただ「今日」を淡々と生きる。その積み重ねにほんのちょっと光を当てた、そんなストーリー。
陽子の中では「産む」そして「結婚しない」という事はもはや決定事項であり、何ら迷うことのない事実。だけどそれを初めて知らされた両親や、彼女に思いを寄せる男の心情たるや・・・一瞬の戸惑いが場面の随所から感じられました。映画的に観れば確かに驚くべき展開もないしドラマティックでもないんですが、家族の様子などはわざとらしくない程度に「いかにも」で、親元を離れて結婚した私みたいなのはグッとくるものがあります。
東京の電車達を背景に数々の人々の心と人生が交差する、そして決してそれは交わる瞬間があっても重なり合うことがない。そのもの悲しさと暖かさが、彼女の部屋の窓からさす光のように目に染みました。良くも悪くも起伏のない話ですが、個人的にはとてもリラックスできました。
小津へのオマージュらしき部分は私には到底わからない事ですが、強いて言えばカメラを低い位置から固定し、ワンカットで撮りきっている所なんかそれらしいなぁと感じましたね、あと光の使い方。そうだ、時折顔を覗かせる大家のオバチャンにも何だかそういう空気を感じました。
この監督は「東京」とか「日本」に電車の存在を色濃く感じてるんでしょうか。だとしたら、それこそ外国人の視点なのかもしれないなぁ。大部分の地方都市ではあんな風に電車が交差する光景は馴染みがありませんからねぇ。