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「隣人13号」を観ました。
十三は小学校時代に赤井から酷いイジメを受けており、10年たった今でもその心の傷は癒えない。十三の中にはもう一つの人格「13」が目覚めつつあった、13の目標はただ一つ、赤井への復讐。赤井と同じ建築会社に入った十三、再び陰湿なイジメを受けるが当の赤井は全く十三の事を覚えてはいなかった・・・
世の中にはいじめる人といじめられる人、この二つしかない。自分は荷担していないつもりの傍観者も、いじめられている人間からすれば見て見ぬふりといういじめ幇助を果たしているに過ぎない。程度にもよる、でもやられた方がどう受け取ったかが問題なのであって、いじめの程度の大小など言い訳でしかない。13の殺戮はさて置き、赤井の十三へのいじめ行為は死刑に値するほどの重罪。考えてもみろ、あんな事されて10年程度で許せる奴なんているもんか。そのくらいの想像力があれば、将来の復讐が恐ろしくて他人に塩酸なんかかけるはずがない。
いじめ反対とか復讐万歳という単純な漫画ではなかった気がするんだけど(と言っても余りにも過去に読んでいるので詳細は落としている)かなり色んな細かい部分を切り落としてスッキリした話になっていたような。十三の中に13が現れる過程も、もう少し彼の中で葛藤が色々あった気がしたし。13の赤井に対する復讐心に抗えない十三の弱さをもう少し描いても良かったんじゃないかなぁって感じはしたなぁ。まぁ、元々十三自身に赤井への念はあったに違いないから13は出るべくして出たんだろうけど。でも無関係な隣人まで13は殺してゆくのだから、そういう事に最初は十三だって戸惑っていたはずなんだよね。「これはいかん、オレはもうこれ以上殺したくない」と言う善人・十三が居てもいいのに。
暴力には暴力で。13は復讐のために、赤井は家族を守るという大義のために今までのそれとは全く違う見地から・・・もうこうなってしまうとどっちが先に手を出したかなんて関係ない、という凄まじい構図の中で最終決着へとなだれ込んでゆく終盤が描写としてはチト弱かったか。グチャグチャになればいいってもんじゃないけど、2人(13と赤井)とももうちょっと壊れて欲しかった。
あんな一言で満足してしまう十三は本当に心根は優しいんだろうね、もちろんあの一言をいじめっ子本人から引っ張り出せる確立は皆無だから「あんな」って言ってはダメかもしれないけどさ。私が十三みたいに顔に塩酸引っ掛けられてたら、あの一言を聞いた上で間違いなくトドメも刺すと思う(笑)罪も憎むし、人も憎むよ、いじめられてたらそうなってしまうに違いない。だからラストは蛇足というか、どうしてそこへ戻るのよ?そんな夢今更なんになるって気もするけど。まぁ十三が本当はそこから間違いが始まっていた、自分がなすべき事はその時点であったんだと悟っただけいいのか。
配役の妙というか、ヤンキー夫婦はもとより十三ペアがしっくりきてた。2人でヌメヌメトランスは気持ち悪いけど見応えあり。