森田晃平の日々。

ベーシスト森田晃平の日々を綴っていきます。

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MINMIさんのツアーで生まれて初めて山形の土を踏みました。
北陸とか、東北とか北海道とか、「北」の文字の付く地名に惹かれるのはやはり南の出身だからでしょうか?

今日は移動日。福島にて1日ゆっくりと過ごす時間があったのでホテルの周りを小雨の中ほてほてと歩いて見たり、美術館に行って常設展を見たり、ホテルのサービスのちょっと良いインスタント珈琲を飲み比べて見たりしてのんびりと過ごしました。

その間にずっと考えていたのは自分の20代の事。誕生日を間近に控えたこの時期は割と一年の事を思い出しがちではあるのですが、今度は30歳を迎える事もあって、、
やはり、例年より若干考えがちになってます。伴って気づく事も沢山。


19歳から20歳になる頃には
音楽を仕事にする事を改めて決心しました。「なれたら良いな」から「なろう」に変わった訳です。
「夢を仕事にする」なんて爽快感のある響きですが、、この夢が仕事になるまでのグレーゾーンが一番しんどいんだよなぁと、

それを体感したのが自分の20代だったようにも思います。

21で上京して来て、

実家や親元を離れ、

大好きだった鹿児島を離れて

夢の街へ、、


「東京に行けばなんとかなる!」


と、言う根拠の無い自信は


満員電車に乗る度に削られ、

アルバイトの予定でビシッと埋まるスケジュール帳を見る度に抉られ、

どんどんスリムになって行きました。

音楽以外の仕事の話は人には言いたくありませんでした。



上京二年目のとある夏の日。

汗だくになりながら

左手にコントラバスを転がして、

右手にはドンキで買ったキャリーに括り付けたエフェクターボード。

背中にはエレキベース。

それらを抱えて駅の階段を登ってる途中、

キャリーのゴムが切れてエフェクターボードが先に階段を転がり落ちて行き、

それに気を取られていたらコントラバス倒れてネックもげる。

と、言う悲惨なアクシデントがありました。

サラリーマンの人にエフェクターボードが当たりそうになって凄く怒られたな。
(本当に当たらなくてよかった、、、)

蓋が閉まらなくなる程歪んだエフェクターボードを無理やり切れたゴム紐でキャリーに括り付け、
大破して外れたコントラバスのネックをぶらぶらさせながら汗だくで歩いていると何だか自分が凄く惨めに思えて涙が出たな。

あの日だけは音楽の夢を捨ててしまった方が楽なんじゃないかと思いました。

あの日だけは、、

なので今だにあの光景を思い出す中央線は苦手です。


そこで夢にやぶれ、、

とならなかったのはやっぱり音楽の奇跡を自分が体感していたからだと思います。


どんなに普段東京にそっぽを向かれても、
踏んづけられても、

人と演奏している瞬間は本当に楽しかったし、音楽が自分に寄り添って来てくれた時の喜びを僕は知っていたので続けて来れたのかなぁと今でも考えています。

「これだからやめられない」

にやりとする瞬間が年に2回くらいのペースで来ていました。

ふと気がつくと演奏の仕事がバイトのスケジュールを追い越し出しました。
やっとバイトを辞める決心をしたのが26歳になる手前でした。
自分の中でグレーゾーン脱出の瞬間です。
ミュージシャンを夢見て上京した自分だったのであの時は嬉しかったな。


そこから自分のミュージシャン意識が高まり以前より更に演奏する事も楽しくなってくると演奏する機会も増えて来て、、
声を掛けてくれる先輩や気に掛けてくれる仲間がちょこちょこ増えて来て、、、

って言うのがここ最近までの流れな気がしています。

上京から凄く長い時が経っている気がしますが、

まだ8年しか経っていない。。


それからも人に怒られたり、理不尽で悔しい思いをした事もあったけど、

やっぱりあの時捨てなくて良かったなぁと今でも思います。


人生これから多分まだまだ長いと思う(願う!)のですが、


人と一緒に演奏したり、同じ時を過ごせる事の尊さを身をもって学べたので、、

知識や技術は今から更につけていきますので、、

とりあえず、この二度と戻りたく無くて戻る事も無い私の20代を良い感じで納めても良いでしょうか?




あと二日。LIVEはあと二本。

ビシッと20代を〆たいと思います。



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宜しくお願いしますっ!
















‪‬
‪6/14日の森田晃平生誕30周年記念LIVEの

スペシャルゲスト、、、



‪なんと!


シンガソングライターの熊木杏里さんに出演して頂きます。




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先日の国際フォーラムで大感動に終わった記念公演も記憶に新しい彼女ですが、


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かれこれ三年程お付き合いさせて頂いております。
LIVEから、レコーディング、はたまたこの2年ほどはバンマスからLIVEアレンジまでがっつりとご一緒させて頂いております。

彼女の音楽の世界観が本当に大好きで、
初めて聞いた時、ずっと前から知っていた様な気がした程に自分のツボにフィットしたのを覚えています。
なので今回の出演オファーを快く了承頂けた時は本当に嬉しかったなぁ。

いつもは熊木さんの世界が聞き手に分かりやすく伝わる事を願いつつアレンジをしたり、ベースを弾いたりさせて頂いておりますが、、、


今回のステージでは僕の作る音場で
自由に泳ぎ回って頂ければ嬉しいです。


と、言うわけで6/14

MOTION BLUE YOKOHAMA


でお待ちしております。











SNSでは先に告知をさせて頂きましたが、

私、おかげさまで今度の6月で生誕30年を迎えます。

30歳なんて、近付いて見るとまだまだ若造だとも思うし、

そこから劇的に人生が変わると今では思っていませんが、、

音楽を生業として生きる事を決めた当時の自分にはとても大きな意味を持つ数字でした。


30歳までに音楽でどうにもならなかったら、、、、


上京当時は暇すぎてそんな悲観的な事を思っていましたが、、


おかげさまで今は何とかなっている気がします。

大感謝です。






そんなこんなで生まれて30年,

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音楽に憧れて約15年,(当時高校1年生、隣は何とPf.大山泰輝さん!)

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上京して8年の月日が流れたワケでして、、(21歳)

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ここで一度自分が歩んできた道、


その道すがらで自分の中に生まれたり見つけたりした音楽を一度しっかり振り返ってみようかと思いまして、


このようなコンサートを企画させて頂きます。


きりっ。



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森田晃平生誕30周年記念Live


With

榊原 大(p)、谷崎 舞(vln)
齋藤純一(g)、齋藤たかし(ds)


And….more Special guest!!



と、言うわけで今までの音楽生活の旅路を豪華メンバーで振り返らせて頂きます。


Pfの榊原大さんはもう言わずもがな、、僕の東京での音楽生活の大恩人です。
大さんとの出会い、榊原大trioがなければ僕は自分の音楽とこんなにも向き合う事も無かったと思います。
沢山の音楽的な喜び、発見、成長を与えてくれた大きな存在。
1月の京都 RAGでのDuoコンサートでも大変お世話になりました。

そんな大さんの側で笑ったり、泣いたり、悩んだり、喜んだりしている自分の姿を一番近くで見てくれていた存在が
Drの齋藤たかしさんだったりします。たかしさんはまさに兄貴のような存在。
一緒にアホな話をしたり、熱く語り込んだり、飲んだり、、アホな話をしたり、、、大さんにちょっかいを出したり、、
世界を明るくさせる陽気さと深い愛を軽快快活なドラムに乗せて!!一緒にいて本当に楽しい人です。

Gtの齋藤純一君は知り合っていよいよ長くなって来ています。
僕の長年の音楽的良き理解者であり、思い描くサウンドスケープを具現化するには欠かせない存在です。
多様な音楽性を多様な楽器で表現出来る人なのですが、どのギターを弾いている時もそこに純ちゃんらしさがある所が好きです。
今回もよろしくお願いしますね。

Vnの谷崎舞ちゃんは今回のメンバーの中で唯一僕よりも年下な存在です。このコンサートの企画を思いついた時に、
漢30歳と言う事で何となく自分よりも年下のメンバーを入れたいなぁと思っていたのですが、
そうでなくても今回一緒に演奏してもらいたいと思いました。音楽の感じ方が素敵だなぁと思っています。
あたたかい音色と柔らかな存在感をまとった素晴らしいヴァイオリニストです。


各メンバーの人となりはこんな感じです。

誰もが僕のこれまでの音楽人生に大きな影響を与えてくれて

これからの音楽人生でも一緒に演奏したいと思っている方々です。


そんな絶大な信用を寄せているメンバーと一緒に


憧れのMotion Blue Yokohamaのステージに立たせて頂きます。

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上京当時に観客として初めてMotion Blueに足を運んだ当時21歳の自分が憧れたステージを


自分の音楽でしっかり彩れるように頑張ります。


目指すべき自分色のステージに花を添えて下さる

specialなguest



は明日発表させて頂きます。


乞うご期待。





と、言うわけで、素敵な夜にしますので、

是非是非足をお運び下さいませ。



http://www.motionblue.co.jp/artists/morita-kohey/











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ずっと行きたかったサビニャック展にやっと行けました。

そして、帰り道に上京当時住んでいた家に寄り道して見たりしました。



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4/11日は上京記念日でして、

2010年の4月11日に上京して来たので今日で上京して丸8年の月日が経った訳です。

8年前の今日は4月だと言うのにとても寒く、冷たい雨が降っていて荷ほどきをしていたらそれが途中から雪に変わったのを覚えています。

上京当時はあまり知り合いもおらず、勿論仕事なんて皆無だったのでバイトバイトの日々でしたね。

親元を初めて離れての21歳の一人暮らしはとにかくお金が無かった。笑

車の燃料計はいつもエンプティーマークが点灯していたし、
五線紙を買うお金も無かったからコンビニでコピーして増やしてました。

そんな中で色々な物を手放してしまいましたが
これから仕事に使うであろう車と
64年製のジャズベースだけは手放さなかったな。


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結構な年数そんな寂しげな日々が続きましたが、



ここ数年はありがたいことに素晴らしいご縁を多数頂いておりまして音楽的にかなり充実した日々を送らせて頂いております。

僕を引っ張り上げてくれた人、

僕を仲間として受け入れてくれた人、

僕の事を覚えていてくれて声をかけてくれる人、

信頼してくれる人、


出会ってくれたみなさんに本当に感謝です。


皆さんのお陰様で今は全然寂しくないです。


車の燃料計もエンプティーマークが点灯している時間の方が少なくなりました。


五線紙は今でもコンビニで増やしています。






9年目も何卒よろしくお願い致します。



この街の事をもっと好きになりたい。








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遅ればせながら、新年明けましておめでとう御座います。

昨年も多くの方に支えられて無事に音楽家として一年を過ごす事が出来ました。
任される任務やステージの幅も広がりとても充実した一年だったように思います。
沢山の人と関わる中で多くの事を学び、自分と世界を並べながら色々な事を考えた一年でもありました。

今年は演奏技術やサウンドデザインの知識は勿論ですが、何よりも人間力を高められる一年に出来て行ければと思っております。

30歳を目前に控え未だ未熟で未完成な人間で御座いますが、

今年も森田晃平を何卒宜しくお願い致します。

今年も沢山の笑顔に出会えますように、、






森田晃平


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