森田晃平の日々。

ベーシスト森田晃平の日々を綴っていきます。

image



2020年明けましておめでとうございます。

去年も沢山の人と沢山の音楽を奏でる事が出来た事に大感謝です。

LIVEに足を運んで下さった方、僕が関わった音楽を手にとって下さった方もありがとうございました!

今年も良い音楽を沢山展開して行けるように頑張ります。


今年はセルフマネージメント力を高めて行きたいなぁと思っています。

と、言っても

「請求書をちゃんと書く、すぐ書く」

「無駄遣いをしない」

とかの簡単な所からなのですが、、

無所属でフリーランスな音楽家として生きて行く覚悟を改めた上で生活力を上げて行きたいなぁと思っています。


それと何か趣味になり得る物を見つけられたら嬉しいです。

多少面倒臭くてもあえてやりたくなる事が見つかるといいなぁ。。
写真とか自転車、釣りの説が濃厚です。


後はとにかく健康ですね。

去年末の凄く忙しい時期に体調を激しく崩して改めて健康について考えさせられました。

健康って尊い。

が年明け〜今の人生のテーマです。


今年は上京して10年の節目の年でも有りますのでそんな事も色々と考えつつ生きて行こうと思います。

去年は自分名義のリリースが何もなかったので今年は何かしら出そうと思っております。



今週末には京都RAGさんでの

森田晃平企画3daysが行われます。


今年は

PRIMITIVE ART ORCHESTRAでも長年一緒に演奏してくれている盟友ピアニストの木村イオリ氏と
1日目を

image


去年沢山サポートさせて頂いたシンガーソングライターの近藤晃央君と去年沢山お世話になった編曲家の島田昌典さんと2日目を

image



そして、三日目には
僕の音楽制作における父の様な存在でもあり、とにかくお世話になっております
ピアニストの榊原大さんの胸を借りてお届けします。

image



色々と振り幅が大きな3日間になりましたので各公演是非とも足をお運び下さいませ。

年明けから各日程のリハやプリプロを行なっております。


年明けから力を貸して下さる皆様に大感謝です。


と、言う訳で長くなりましたが今年も何卒宜しくお願い致します。


image

島田さんのプライベートスタジオ、とにかく絵になる。


image


本日10月30日発売の熊木杏里さんのニューアルバム

「人と時」

全編にわたり、編曲とサウンドプロデュースをやらせて頂きました。

杏里さんのステージにベーシストとして参加させて頂いてから4年、

バンドマスターとしてコンサート制作に携わるようになってからは3年が経ちました。

昨年の国際フォーラムでの15周年記念公演や4度に及ぶ中国ツアーを始め、様々なシュチュエーションの中で歌う彼女の後ろ姿を見て来ました。



Live用のアレンジを重ねていく中でLive サウンドにおいて彼女が輝く方程式のような物も自分の中で固まって来ていた所だったので、

今回アルバムのプロデュースの話を頂いた時はすごくナチュラルにその申し出を引き受けることが出来ました。

本当に光栄な事だと今でも思っています。

制作にあたってまず最初に考えた事は、共同制作者として彼女の音楽に寄り添う事は勿論ですが

何よりも彼女にもこのアルバムの制作に寄り添って貰って創り上げていく過程を楽しんで貰う事でした。

「杏里さんの人生から湧き出した音楽がいつまでも彼女の手の中にある」

そんな作品を目指したいと思いました。

その結果、多くのデモをやり取りしました。

昨年リリースした僕のソロアルバム「Euphonical Furnitures」の質感を彼女がとても気に入ってくれた事もあり、

僕の自宅スタジオでも多くの音を録りました。

自宅スタジオと僕の長年信頼しているエンジニア岡元司さん所有のBAGUSスタジオを行き来する日々でした。

我が家から多くのHAやマイク、ヴィンテージ楽器を持ち込んで

杏里さん、岡本さん、ディレクターの春日さんスタジオに訪れるミュージシャン達と共に音と向き合った時間は自分にとっても宝物のような時間で

改めて音楽を創り出す喜びを僕自身も教えて貰ったような気がします。

最後の方には熊木さん自身からも「この曲の歌はU47(真空管マイク)の方がいいと思う。」

なんて言葉が出て来るようになって内心「いいぞ!いいぞ!」と思っていました。



「人と時」のサウンドのコンセプトとしては、単館上映の映画を見ているかのような日常に寄り添った風景描写とあたたかい質感の音像を目指しました。

この曲をどんな景色の中で聞いて貰ったらより沁み行っていくかなぁとか、

彼女の風通しの良い歌声が各楽器の倍音と混ざって滲んで曲に焼き付ける景色を見つめながら作業を行いました。

各楽器の編成と音色、アンサンブルのオクターブレンジには本当に悩み抜いた結果で、

どんどん音を足して行けば行くほどに音圧は上がって迫力は出るのですが、

なんだか真実から離れていくような気が僕自身はしていて、

今回のアルバムは音を間引いていく事で生まれる音と音の「あわい」を大切に

歌と各楽器の滲みを感じながら歌詞の言葉一つ一つを楽しんで貰えたら嬉しいで
す。

MVは長年PRIMITIVE ART ORCHESTRAの映像作品を撮ってくれている仁宮裕監督にお願いしました。音像をトレースする色彩感覚と風景描写は素晴らしいです。
近日公開されると思いますので、乞うご期待です。





このアルバムに出会ってくれた人の日常に寄り添って、

音楽と共に穏やかな時間を過ごしてくれる事を心から願っています。




森田晃平






















 

2018年も色々な事があった一年でした。

個人的には30代を迎える節目の年だと思っていた所もあって、自分発信での音楽について色々と考える事が多かったです。

1月に京都RAGで企画したピアノデュオ3daysに始まり、ソロアルバムの発売、
6月には30代突入ライブとかこつけてmotion blue YOKOHAMAでもリーダーLIVEを行う事が出来ました。
PRIMITIVE ART ORCHESTRAも3年ぶりにフルアルバムを発表出来て嬉しい限りです。

「30歳を迎えるまでに音楽で喰えなかったら楽器を置こう」と考えて上京した自分が30歳になってどこまでやれるか試してみたかったんですね。
多くの方々のお力添えを頂きまして無事にどの企画も成功して良かったです。
かなーり贅沢に思い切り自分の音楽をやらせて頂き大感謝です。

自分の音楽を他のミュージシャンやお客さんに愛して貰う喜びを知った事が他人の作る音楽をもっと深く愛する事にも繋がりました。
それはベーシストとして現場に出て行く上で最も重要な事だと思っています。

今年も例年に増して様々な録音やコンサートに携われて嬉しかったです。

上京当時から通っているラーメン屋さんで自分の参加した楽曲が流れて盛大にジワると言う貴重な体験もさせて頂きました。

自分に声を掛けてくれるアーティストやミュージシャンの方々のお陰で今年も無事にベーシストとして年を越す事が出来そうです。

来年も音太め、愛情マシマシで頑張りたいと思います。

長くなりましたが、

森田晃平という音楽家を来年も宜しくお願い致します。



image

image



MINMIさんのツアーで生まれて初めて山形の土を踏みました。
北陸とか、東北とか北海道とか、「北」の文字の付く地名に惹かれるのはやはり南の出身だからでしょうか?

今日は移動日。福島にて1日ゆっくりと過ごす時間があったのでホテルの周りを小雨の中ほてほてと歩いて見たり、美術館に行って常設展を見たり、ホテルのサービスのちょっと良いインスタント珈琲を飲み比べて見たりしてのんびりと過ごしました。

その間にずっと考えていたのは自分の20代の事。誕生日を間近に控えたこの時期は割と一年の事を思い出しがちではあるのですが、今度は30歳を迎える事もあって、、
やはり、例年より若干考えがちになってます。伴って気づく事も沢山。


19歳から20歳になる頃には
音楽を仕事にする事を改めて決心しました。「なれたら良いな」から「なろう」に変わった訳です。
「夢を仕事にする」なんて爽快感のある響きですが、、この夢が仕事になるまでのグレーゾーンが一番しんどいんだよなぁと、

それを体感したのが自分の20代だったようにも思います。

21で上京して来て、

実家や親元を離れ、

大好きだった鹿児島を離れて

夢の街へ、、


「東京に行けばなんとかなる!」


と、言う根拠の無い自信は


満員電車に乗る度に削られ、

アルバイトの予定でビシッと埋まるスケジュール帳を見る度に抉られ、

どんどんスリムになって行きました。

音楽以外の仕事の話は人には言いたくありませんでした。



上京二年目のとある夏の日。

汗だくになりながら

左手にコントラバスを転がして、

右手にはドンキで買ったキャリーに括り付けたエフェクターボード。

背中にはエレキベース。

それらを抱えて駅の階段を登ってる途中、

キャリーのゴムが切れてエフェクターボードが先に階段を転がり落ちて行き、

それに気を取られていたらコントラバス倒れてネックもげる。

と、言う悲惨なアクシデントがありました。

サラリーマンの人にエフェクターボードが当たりそうになって凄く怒られたな。
(本当に当たらなくてよかった、、、)

蓋が閉まらなくなる程歪んだエフェクターボードを無理やり切れたゴム紐でキャリーに括り付け、
大破して外れたコントラバスのネックをぶらぶらさせながら汗だくで歩いていると何だか自分が凄く惨めに思えて涙が出たな。

あの日だけは音楽の夢を捨ててしまった方が楽なんじゃないかと思いました。

あの日だけは、、

なので今だにあの光景を思い出す中央線は苦手です。


そこで夢にやぶれ、、

とならなかったのはやっぱり音楽の奇跡を自分が体感していたからだと思います。


どんなに普段東京にそっぽを向かれても、
踏んづけられても、

人と演奏している瞬間は本当に楽しかったし、音楽が自分に寄り添って来てくれた時の喜びを僕は知っていたので続けて来れたのかなぁと今でも考えています。

「これだからやめられない」

にやりとする瞬間が年に2回くらいのペースで来ていました。

ふと気がつくと演奏の仕事がバイトのスケジュールを追い越し出しました。
やっとバイトを辞める決心をしたのが26歳になる手前でした。
自分の中でグレーゾーン脱出の瞬間です。
ミュージシャンを夢見て上京した自分だったのであの時は嬉しかったな。


そこから自分のミュージシャン意識が高まり以前より更に演奏する事も楽しくなってくると演奏する機会も増えて来て、、
声を掛けてくれる先輩や気に掛けてくれる仲間がちょこちょこ増えて来て、、、

って言うのがここ最近までの流れな気がしています。

上京から凄く長い時が経っている気がしますが、

まだ8年しか経っていない。。


それからも人に怒られたり、理不尽で悔しい思いをした事もあったけど、

やっぱりあの時捨てなくて良かったなぁと今でも思います。


人生これから多分まだまだ長いと思う(願う!)のですが、


人と一緒に演奏したり、同じ時を過ごせる事の尊さを身をもって学べたので、、

知識や技術は今から更につけていきますので、、

とりあえず、この二度と戻りたく無くて戻る事も無い私の20代を良い感じで納めても良いでしょうか?




あと二日。LIVEはあと二本。

ビシッと20代を〆たいと思います。



image




宜しくお願いしますっ!
















‪‬
‪6/14日の森田晃平生誕30周年記念LIVEの

スペシャルゲスト、、、



‪なんと!


シンガソングライターの熊木杏里さんに出演して頂きます。




image







先日の国際フォーラムで大感動に終わった記念公演も記憶に新しい彼女ですが、


image



かれこれ三年程お付き合いさせて頂いております。
LIVEから、レコーディング、はたまたこの2年ほどはバンマスからLIVEアレンジまでがっつりとご一緒させて頂いております。

彼女の音楽の世界観が本当に大好きで、
初めて聞いた時、ずっと前から知っていた様な気がした程に自分のツボにフィットしたのを覚えています。
なので今回の出演オファーを快く了承頂けた時は本当に嬉しかったなぁ。

いつもは熊木さんの世界が聞き手に分かりやすく伝わる事を願いつつアレンジをしたり、ベースを弾いたりさせて頂いておりますが、、、


今回のステージでは僕の作る音場で
自由に泳ぎ回って頂ければ嬉しいです。


と、言うわけで6/14

MOTION BLUE YOKOHAMA


でお待ちしております。











このページのトップヘ