この裁判、けっこう気になってました。
簡単に言うと奈良県大和郡山市の商店街に設置されてた「電話ボックスに水槽にして金魚を泳がせる展示品」に現代美術作家の山本伸樹さんという方が自分の著作物を勝手に使われたと商店街組合を訴えてました。(商店街のものは2018年4月に撤去)
地裁はこれを「斬新で独創的だがアイデアにほかならず、表現それ自体ではない」と棄却し、原告は控訴する予定。
これを当然と思う人もおかしいと思う人もいます。

私の知ってる限りでは
・原告側は1998年に作品を製作。商店街は2013年。原告が先行してるのは間違いない(正確には商店街は京都造形芸術大学の金魚部が2011年に企画&製作した作品を再利用してる)
・大学の人が原告の作品を知ってたかどうかは不明(大学なら先行作品を調べておくべきでいくらか落ち度はある?)
・原告が2016年にもう一度展示したら商店街のパクリと誤解する人が出てきた
・原告は自分が先に作ったと表記してほしいと頼み、商店街は一度そうしてる
・原告が展示品のオリジナルと違う所が我慢できず直したいと言い(費用は全て自分が払う)、ここで揉め始める。
・話し合いするも決着がつかず商店街は展示品を撤去。原告が330万円の損害賠償などを求めて提訴。


原告が先に作ったのにむこうが有名になった上にパクリよばわりされ、今後もそう思う人が出てくる可能性がある。これは芸術家として辛い。
でも原告は環境問題がテーマで商店街は「いや、あなたの展覧会をしたいわけじゃないし……」って感じでしょうか。

地裁は原告の訴えを棄却したのですが、個人的には「ですよねー」と。著作権はよく似た品を全部独占できてしまうので「アイデアは著作権で保護しない」が基本。バスタブや車やテレビの中で金魚を泳がせた作品もありますが1つ1つのアイデアに著作権を与えたらいずれ何も作れなくなります。

判決文から引用
「確かに公衆電話ボックスという日常的なものに,その内部で金魚が泳ぐ、という非日常的な風景を織り込むという原告の発想自体は斬新で独創的なものではあるが,これ自体はアイディアにほかならず,表現それ自体ではないから,著作権法上保護の対象とはならない。」

「多数の金魚を公衆電話ボックスの大きさ及び形状の造作物内で泳がせるというアイディアを実現するには,水中に空気を注入することが必須となることは明らかであるところ,公衆電話ボックス内に通常存在する物から気泡を発生させようとすれば,もともと穴が開いている受話器から発生させるのが合理的かつ自然な発想である。すなわち,アイディアが決まればそれを実現するための方法の選択肢が限られることとなるから,この点について創作性を認めることはできない。」

引用終わり

もしも原告と商店街の作品が酷似した「絵」だったら著作権違反の判決が出たかもしれません。同じアイデアでも絵が酷似することは稀ですから。でも「電話ボックスで金魚を泳がせる」というアイデアで実物を作れば似た作品しかできず裁判所の判断は妥当だと思います。
でも、原告が辛いのもすごくわかる。作品を10年以上前に発表してるし、いくらか報道されてるし、芸術大学なら先行作品を調べるのがマナー。それなのに後発品が有名になって「あいつパクってるww」とか言われたら死にたくなりますよ。どうすればよかったんだと……。
裁判したおかげで自分が先に作ったことは広まるからそれで納得するしかないのかな。