Lost and Found

時々 見つけた「こと」を綴ります♪

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加賀谷理沙さん殺人事件〜劇団員女性の全裸死体、中野区弥生町参照のこと。

当初の捜査から見て、様々な情報が錯綜し、身近な恋人が疑われたり、階下に住む独身男性が男女が言い争う様子を語ったことから、怪しく思われたりと痛くもない腹を探られ、このほど迷宮入りするのかと思われたこの時期、加賀谷理沙さん殺人容疑で逮捕された戸倉高広容疑者(37)が福島県矢吹町中町、実家近くに住む
場所で逮捕された。加賀谷さんの爪に残っていた皮膚片とDNAが一致したことが決め手になった、また 戸倉容疑者は事件当時、現場から約400メートル離れたマンションで暮らしていた。

でも、LINE交換しようと声をかけ、びっくりした加賀谷さんが慌てて部屋へ入った後、騒がれたので、ひもで首を絞め殺したというが、加賀谷さんは、素っ裸なのである。どうもまだ隠していることが多すぎるようで、完全の落ちてはいないようである、まだまた供述は矛盾している状態にあるようだ。

まったくの推察でしかないが、後をつけ加賀谷さんが部屋へ入ったすきをついて押し入って、争ったのち無理やり力でねじ伏せ、強姦したのち絞殺、その後お風呂に入ったような隠ぺい工作したのでは?としか思えない。階下の男性が聞いた男女の争う声や食器が割れる音などやうめき声などを考慮するとそう想像する。この戸倉容疑者には余罪もありそう。


そして事件直前、防犯カメラには戸倉容疑者が黒づくめの恰好で居酒屋等、加賀谷さんが住む近隣でその姿が確認されている。

当初、殺害を否定していたが昨日より供述し始めているという。

なんとも愚劣で、短絡的で地頭の悪い男なのか…こういう男性がうろついている夜中、加賀谷さんは夜遅くまでバイトをして夜道を歩いていたこと、慣れてしまっていたこと…様々悔やまれることが多いですが、ご冥福をお祈りします。


劇団員殺害、逮捕の男 「LINE交換しようと声かけた」

東京・中野区で劇団員の女性が殺害された事件で、逮捕された男が 「LINEを交換しようと思って部屋の前で声をかけた」と供述していることが新たに分かりました。

 この事件は、福島県の戸倉高広容疑者(37)が去年8月、中野区のマンションで、アルバイト従業員で劇団員の加賀谷理沙さん(当時25)を殺害したとして逮捕されたものです。

 その後の取り調べに対し戸倉容疑者が, 、「歩きながらたばこを吸っていたら加賀谷さんを見かけて後をつけた」「LINEを交換しようと思って部屋の前で『すみません』と声をかけた」「加賀谷さんが驚いて部屋に入ったので、自分もすぐに部屋に入り、手や紐(ひも)のようなもので首を絞めた」 と供述していることが新たに分かりました。

 また、 現場の部屋からは加賀谷さんのリュックサックやシーツなど十数点がなくなっていましたが、戸倉容疑者はこれらの一部について持ち去ったことを認めたうえで、「自分が住んでいたマンションでごみとして捨てた」 と供述しているということです。

 
戸倉容疑者は事件前日の8月24日午前、高速バスで実家がある福島県から上京したということです。戸倉容疑者は加賀谷さんと面識がなかったとみられ、警視庁は防犯カメラの映像を解析するなどして、戸倉容疑者の事件前後の行動や動機についてさらに詳しく調べています。(15日11:27)



中野女性殺害
容疑の男、直後に福島の実家転居


 東京都中野区で昨年8月、アルバイト店員で劇団員の加賀谷理沙さん(当時25歳)が殺害された事件で、殺人容疑で逮捕された戸倉高広容疑者(37)=福島県矢吹町=が、事件直後に加賀谷さん方近くのマンションから福島県の実家へ転居していたことが12日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁中野署捜査本部は、事件への関与を疑われることを恐れて引っ越した可能性があるとみて調べている。


 逮捕容疑は昨年8月25〜26日、中野区の加賀谷さん方マンション室内で、加賀谷さんの首を圧迫するなどして殺害したとしている。首には幅1〜2センチのひも状のもので絞められた痕があった。

 捜査関係者によると、戸倉容疑者は事件発生当時、加賀谷さん方から北西に約400メートル離れたマンションで1人暮らしをしていたが、8月末に福島県の実家へ転居した。

 加賀谷さんの遺体から男性のDNA型が検出され、捜査本部は近所の住民などからDNA型の任意提出を受け、照合を進めていた。近所から転居した人にも対象を広げ、戸倉容疑者からは今年2月中旬に提出を受けていた。加賀谷さんの遺体から検出されたDNA型と一致し、逮捕に踏み切った。

 戸倉容疑者は「加賀谷さんのことは全く知らない。家に行った記憶もない」などと容疑を否認している。2人の間に交友関係や接点はなかったとみられ、捜査本部は事件に至った経緯や動機を調べている。

加賀谷さん方からは、衣服やリュックサックなど十数点がなくなっていた。捜査本部は12日、戸倉容疑者の自宅を家宅捜索したが、加賀谷さんの所持品は見つかっていないという。【山崎征克、深津誠、斎川瞳】

税理士目指し上京…戸倉容疑者
 戸倉高広容疑者が住んでいた福島県矢吹町の実家の近隣住民は「穏やかな子だった。とても人を殺すような人には見えなかった」と口をそろえる。

 住民らによると、戸倉容疑者は地元の小中高校を卒業後、税理士の資格を得るため上京した。年に1〜2回は帰省していたという。

 警視庁の捜査員が2月中旬、DNA型の任意提出を受けるために実家を訪れた際、戸倉容疑者は「昨年6月に会社を辞めた」と話していた。実家近くに住む自営業の男性(57)は「(戸倉容疑者の)母親は『息子がハローワークで仕事を探している』と話していた」と振り返る。

 戸倉容疑者は少年時代、地元の剣道場に通い、中学でも剣道部に所属していた。剣道部の先輩だった自営業の男性(38)は「とてもまじめだった。自分から人に話しかけるタイプではないが、友達の冗談にいつもほほ笑んでいるような感じの人だった。何でこんなことになったのか、信じられない」と話した。

小中学校で同級生だった主婦(37)は「おとなしく、人と争うような性格ではなかった」と驚いた様子を見せた。【神保圭作、土江洋範、宮崎稔樹】

東京都中野区のマンションで劇団員加賀谷理沙さん(当時25)が殺害された事件で、殺人容疑で逮捕された戸倉高広容疑者(37)が「LINE(ライン)を交換しようと声を掛けた。加賀谷さんが部屋に入った後、すぐに自分も入った」という趣旨の供述をしていることが15日、捜査関係者への取材で分かった。

 警視庁中野署捜査本部は、戸倉容疑者の事件前後の行動について、防犯カメラの映像などと突き合わせ慎重に裏付け捜査を進めている。

 捜査関係者によると、戸倉容疑者は「加賀谷さんを知らなかったが、事件直前に見掛けて後をつけた」と供述。マンション2階の廊下で声を掛けたという内容の説明をしている。

 殺害方法については「驚いた加賀谷さんが声を出しそうになったので、最初に首を手で絞めた後、部屋にあったひものような物で絞めた」と説明したという。

 現場からなくなっていた加賀谷さんの布団カバーや直前に着ていた衣服など十数点の一部を、戸倉容疑者が「持ち出して捨てた」と供述していることも判明。捜査本部は、自身の関与が発覚するのを避けるために触った物などを処分したとみて調べている。

 事件は昨年8月26日夜に発覚。前日の25日午前0時半ごろには、現場から徒歩数分のコンビニで、買い物をする加賀谷さんが防犯カメラに写っており、捜査本部は、コンビニから帰宅直後に殺害されたとみている。

 戸倉容疑者は事件当時、現場から約400メートルのマンションで暮らしていた。(共同)

























2016/2/20 15:48


神戸連続児童殺傷事件の犯人とされる元少年A(33)の近況を写真つきで報じた、2016年2月18日発売の週刊文春が波紋を広げている。ネットの一部では、顔写真を掲載する行為は「単なる私刑」だとして、今回の報道を問題視する声も出ている。

こうした意見に対し、漫画「子連れ狼」などの原作者として知られる小池一夫さん(79)は、「元少年Aは殺人をネタに商売したのだから、週刊誌に写真を掲載されても仕方がない」と主張する。

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元少年Aは「殺人をネタに商売」している?(画像は公式サイト)
「世間の誰も元少年Aを守ってはくれない」

小池さんは2016年2月18日、ツイッターで、週刊文春が元少年Aの写真を掲載したことについて、「自ら表舞台に出てきたのだから仕方がない」と持論を述べた。
続けて、元少年Aが15年6月に手記「絶歌」を出版したことを「殺人をネタに商売した」と表現し、「きっと、世間の誰も君を守ってはくれない」と痛烈に批判した。

また、手記の出版だけでなく、15年9月に公式サイト「存在の耐えられない透明さ」を開設するなど、自らの存在を発信し続ける元少年Aの行動を「あれだけ自分に注目を集めたかった」と推察した上で、「(今回の報道で)希望が叶った」と皮肉った。

さらに、元少年Aが文春の直撃取材に激怒したと伝えられていることについても、小池さんは19日にツイッターで、「(元少年Aに)怒る資格などない」と一蹴。「大事な子どもを惨殺されたり傷つけられたり、それをネタに本を出版された被害者」の心情を考えれば、加害者が週刊誌の取材に怒る資格はないと言い切った。

こうした投稿について、ネット上では、
“「まさにこれが正論で、ほとんどの日本人が感じていること」
「元少年Aは自らの殺人を元手に金儲けをしたわけだからな。反省などしていないと自ら示したし、世間に喧嘩を売ったも同然」

という拍手喝采の声もあれば、
“「刑期も終えて社会復帰を果たした元犯罪者を文春がメシのタネにして良いの? 社会復帰の妨げになるよ」
「文春がフリーペーパーならともかく、彼らは金儲けのために少年Aを私刑に処した訳で。少年法の改正や遺族への配慮なんてとってつけた言い訳にすぎない」


など、批判の声もある。なかには、小池さんのツイートに直接リプライする形で、「罪はもう償ってる 個人的な私刑は犯罪行為ですよ」と忠告し、感情論に走りすぎているのではないかと指摘するユーザーもいた。

だが、小池さんはこうした指摘を受けても、「彼は、処刑台に引きずり出されたのではなく、自ら処刑台に現れて世間を挑発したからなあ。しょうがないと思う」と自らの主張を曲げていない。
ネットでは「元少年A」の特定作業が進む
実は、今回だけでなく、小池さんは以前からツイッターで元少年Aについて言及している。2015年6月に手記が出版された際には
“「手記出版でまた世間の注目を浴びたいという性質は、校門の上に首を乗せたり、犯行声明文を新聞社に何度も送ったりした頃と何ら変わっていない


として、元少年Aの性格が事件以前から「更生されていない」と指摘。
また、15年9月の公式サイト開設時には、「元少年Aでもなく、中年Aでもなく、彼の今の実名と顔を見る日は、そう遠くないと思える」と意味深な呟きを投じていた。

このように過去の投稿を見ても、小池さんが一貫して元少年Aの行動に批判的な姿勢を貫いていることが分かる。
そのため、今回の文春の報道についても、「仮に私刑だとしても全く問題ない」と全面的に肯定しているようだ。

しかし、今回の文春記事が引き金になり、一部のネットユーザーが「問題行為」をエスカレートさせていることも事実だ。
文春記事に掲載された写真には、撮影場所が明示されていなかったが、写っていた建物や樹木などから場所を特定する動きが進み、すでに都内某所が「元少年Aの住んでいた場所」として写真付きで拡散されている。
また、文春記事では「元少年A」の現在の顔写真は「目線入り」だったが、この顔写真と顔形のよく似た人物の写真を無断で撮影し、目線を入れずに顔がはっきりわかる状態で公開、「元少年A見つけちゃった」などと報告するユーザーも登場している。

また同じことを書いてしまいますが、何の根拠もなく証拠もなく、小動物が殺されているから、それがもしかしたならという仮説で物事を判断するのは非常に危険であるということだ。

私達は、知恵を持って学習しても、いつも同じ過ちを繰り返し、誰かが、きっと「だれだれに決まっている」と
一人が挙手して言うと次々と「そうだそうだ」と集団ヒステリーのような状態に陥ってしまう。

いわば魔女狩りである。

確かに彼は少年期に不健康でおぞましい犯罪をした人間であるし、刑の執行らしきことに服役しなかっただろう。
手厚く少年法に守られただろうし、最近までおとなしく(いささか外れましたが)普通の暮らしを送ってきた。

言いにくいことだが、塀の中で暮らした人間が服役し、一生涯罪の意識を贖って暮らしている人間がどれだけいるのかと甚だ疑問を持ってみている。

少年A の今までのそして、これからをも含めての普通の暮らしを壊して一体誰が救われるのだろうかと
疑問がわく。。。

自業自得かもしれないが、過去に復習されて現在逃げ回っている、その結果、
その果てに待っているのは何なのかと・・・危惧する。

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篠田博之 | 月刊『創』編集長 2016年2月20日 21時42分配信

スクープ連発で部数を伸ばしている『週刊文春』には最近敬意を表しているのだが、2月25日号(2月17日発売)の記事「元少年Aを直撃」については、疑問も含めていろいろ考えさせられる。

『週刊文春』のその記事は、神戸連続児童殺傷事件の元少年Aを直撃して、目伏せをした顔写真を公開したものだ。元少年Aの近影が公開されるのはこれが初めてだ。

元少年Aについては、昨年、『女性セブン』も直撃を行っているが、相手が否定しているから、それが本当に元少年Aなのかどうか曖昧だった。しかし今回の記事は、昨年の『絶歌』発売前後から250日にわたって彼を追跡してきたという経緯が詳細に書かれており、印象としては本物と考えてよいだろう。

記事によると、元少年Aは昨年9月末までは神奈川県のアパートに住んでいたが、突如そこをバッグひとつで慌てて退去。
ウイークリーマンションで数週間過ごした後、12月に都内のアパートに入居した。ここを1月26日に『週刊文春』が直撃したのだが、そこも数日後に退去したという。

マスコミの動きを含め周囲に何か気配を感じるとすぐに転居するということを繰り返しているらしい。

『週刊文春』は取材に応じてほしいという手紙を渡すために記者が直撃したようなのだが、相手は自分が元少年Aであることを否定。
さらに記者が食い下がると、乗っていた自転車を地面に叩きつけて、こう言ったという。

「命がけで来てんだろ、なあ。命がけで来てんだよな、お前。そうだろ!」

自身がマスコミ報道によって身の危険にさらされるのだからお前も命がけで来てるんだろうな、と記者に詰め寄った
というのだ。

これはなかなか象徴的だ。

今回の『週刊文春』の記事を読んで思うのは、直撃して顔写真を載せるという行為をするにあたっての報道機関としての 大義名分は果たして何なのだろうか、ということだ。
それなしに、 ただ犯罪を犯した人間を追い回しているだけでは、単なる「報道の暴力」だからだ。

いまの元少年Aというのは、少年法の精神によって更生を図るというのは具体的にどういうことなのか、身をもって示している実例だ。神戸児童殺傷事件について知っている者は誰だって被害者に同情し、犯人に怒りを覚えている。
それにもかかわらず刑罰を科さず、元少年が更生することを保証するという試みが少年法で、それは現実社会において果たして有効なのかどうか。
彼は刑事罰を免れる代わりに、その少年法の有効性を証明してみせる責任を負っている存在だ。

元少年Aが住居を転々として逃げ回るのは、へたをすると自分が集団リンチにさらされ、抹殺されかねないということを知っているからだろう。正直言うと、彼の怯え方はやや度を越しているようにも思えるのだが、そういう恐怖心を抱くのは決して杞憂ではない。一歩間違えればそうなる危険性はたぶんにある といえよう。

そんなふうに元少年Aを社会がおいつめ、更生の機会を奪ってしまうのを少年法は戒めている。今回の『週刊文春』は敢えてその危険な領域にまで踏み込んでいるといるのだが、それゆえにこそ、それなりの「報道する理由」は必要だ。

今回の『週刊文春』の記事においては、そういう問題があることを自覚して、いろいろと「なぜ報道するか」を説明しているのだが、それがどの程度説得力を持っているかについては、若干の懸念は感じざるをえない。
たぶん同誌としては、今回、満を持して対象に直撃を行ったのだから、その当面の成果だけでも誌面化したいと思ったのだろう。

正月以来、連続してスクープを放っている『週刊文春』の進撃ぶりには敬意を表したいが、たぶんいつまでそれを続けられるのか、若干のプレッシャーを編集部は感じていることだろう。
そこから、多少無理をしてでも話題性のある記事をという心理状態に陥ることは避けなければならない。

報道機関は、その報道が本当に重要だと思ったら、相手が傷つくのを知っていても敢えて記事にするという覚悟が必要だ。しかし、そのためには、いったい何を何のために報道するのかという自問は重要だ。

元少年Aは出版の話を持ち掛けた幻冬舎の見城徹社長への手紙の中で、 本を出すひとつの理由を 〈精神をトップギアに入れ、命を加速させ、脇目もふらずに死に物狂いで「一番肝心な」三十代を疾走してやろうと決めたのです〉と書いていた

ただ現実には『絶歌』出版もさることながら、ブログの公開内容などを見ていると、『週刊文春』が今回書いているように、周囲に相談する人もおらず「糸の切れた凧」状態にあるように見える。
死に物狂いで疾走していったいどこへ向かおうとしているのか確かに気になるのだが、だからといって 放置すると危険だから追い詰めろという理屈が妥当性を持つとは思えない

今回の『週刊文春』がひとつの問題提起を行ったという意図は認めたい。ただ元少年Aの「命がけで来てんだろうな」という問いに、今回の報道が応えることができているのかどうか。同誌編集部には自問してほしいし、我々も考えてみるべきだと思う。

週刊誌も、本も売れない時代になってきた。

文春は、人のあざとく、残酷性に付け入るように通常、品よくふるまって、そういうところに遠い人間のえげつなさを見透かすように十分な素材を提供し続けている。

彼らにしてみれば、目指しているデスクから十分褒められる仕事をこなしているだけだろう。

そして、一般住民の安全性を説けば、十分でしょう。

花畑団地やその周辺に暮らす、まじめに生きている人たちのために取材をしたのだと。

恐怖のどん底へと落とし入れた極悪人がしゃあしゃあとこんなのどかで美しい街で住み 生きて居ますよ〜〜と教えてあげたって言っています。。。

でも…それらは静かに暮らさなかった元少年A がいけなかったのだから・・・彼の精神構造がこの世界では異種なるものだから・・・

でも、なんだか・・・もろ手を挙げて賛同できないものがある・・・

だけれど、実際自分の隣に越して来たらと想像すると恐怖を感じるのは確かだが・・・それでいいわけもないように思う。


住民の安全のため詳細を公開


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1997年に発生した、神戸連続児童殺傷事件。児童2名が死亡し、3名が重軽傷を負った痛ましい事件である。事件発生から数日後、犯人として逮捕された元少年A(酒鬼薔薇聖斗)。その元少年Aの現在の顔写真が、人気雑誌「週刊文春」(2016年2月18日発売)に掲載され、物議をかもしている

・住民の安全のため詳細を公開する
「週刊文春」には、元少年Aの写真が4枚掲載されており、うち2枚は非常に鮮明に写されている。もし街中で元少年Aを見かければ、すぐにわかるほど鮮明だ。同時に、写真の背景から元少年Aが住んでいる地域が容易にわかるものでもあった。

・現在は東京から離れた

現在、元少年Aは東京から離れたと「週刊文春」が報じている。本来は地域住民に配慮して元少年Aが住んでいた地域は伏せるべきだが、以下の状況であることもあり、住民の安全のため、2016年1月末まで住んでいた地域の詳細情報を公開する。

・情報を公開する理由

1. 元少年Aは過去に神戸連続児童殺傷事件を起こしている
2.記者に対し元少年Aが自転車を叩きつけて暴力的行為をしている
3.記者に対し元少年Aが「命がけで来てんだろ」等の恫喝行為をしている
4.記者に対し元少年Aが執拗に追いかける行為をしている
5.足立区やこの近辺で動物の首なし死体等が複数発見されている
6.元少年Aは過去に荷物を残して退去した前例がある(戻ってくる可能性があるということ)

・のどかでありながら便利な地域

元少年Aが2015年12月〜2016年1月末まで住んでいた地域は、東京都足立区花畑の近辺。東武鉄道伊勢崎線の竹ノ塚駅からバスで15〜20分ほどの場所にあり、緑地と道路がしっかり整備されており、UR団地の大型団地が立ち並ぶ地域。小学校やショッピングモール(スーパー)もあり、のどかでありながら便利な地域でもある。

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・UR団地沿いの歩道から元少年Aを撮影

「週刊文春」に掲載されているバス停に向かって走る元少年Aの写真は、花畑五丁目(ショッピングモール前)のバス停から80メートルほど東の歩道を走っている際に撮られたもの。

「週刊文春」の記者は、横断歩道を渡ったUR団地沿いの歩道から元少年Aを撮影。その後、元少年Aはバス停からバスに乗り、竹ノ塚駅に向かった。

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・およそ1キロにわたって記者が逃げる

記者の取材に激怒した元少年Aは、自宅アパートからショッピングモールまで記者を追いかけ、さらに追いかけてアパートまで戻っている。「週刊文春」の記者によると、およそ1キロにわたって逃走したとのこと。逃げながらショッピングモールの駐車場に入り、一気に元少年Aアパート前まで戻り、そこに停めていた自動車に乗り、逃げきることに成功している。

・元少年Aのアパートはモール東側か

アパート→ショッピングモール→アパートという逃走経路で1キロということは、ショッピングモールから元少年Aのアパートまでの距離は、単純計算で500メートルということになる。また、バス停へと走る元少年Aの方角もふまえて推測すると、元少年Aのアパートはショッピングモールよりも東側ということになる。

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・「週刊文春」に続報が掲載される?

「週刊文春」が元少年Aを取材したのは、2016年1月26日。改めていうが、その数日後に元少年Aは東京を離れていると報じられている。「引っ越した」や「退去した」という表現でないことから、荷物を運び出すなど、引っ越しといえる行為はしていない可能性がある。現在どこにいるのか不明だが、今後、「週刊文春」に続報が掲載されるかもしれない。




「元少年A」の住所特定の動き


インターネット上で、 1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件の加害者「元少年A」がどこに住んでいたのか、特定する動きが起きている。きっかけになったのは、2月18日発売の週刊文春だ。【石戸諭、渡辺一樹】

同誌は「元少年A」の生活の状況を描写し、目線を入れて背景をぼかした写真を掲載している。その意義について、同誌はこう説明している。

「医療少年院を退院したとはいえ、彼は出版物を自ら世に問い、ベストセラーの著者となった人物である。彼の著書に影響を受ける”信者”も少なくない。もちろん素顔や現在の名前をさらす記事が許されるべきではないが、一方で純粋な私人とは、とても言えないのではないか」


一方、インターネットでは、報道後に「住所ほぼ特定」などといった書き込みが出回った。

問題について、「この報道で、インターネット上で住所特定が進むのは当たり前」と懸念するのはネットの書き込みと法律の関係に詳しい深澤諭史弁護士だ。

深澤弁護士は「報道自体の問題と、書き込みの問題をわけて考える必要がある」という立場だ。

「一般的な犯罪報道や今回の報道でも、少年法における更生のありかた、犯罪被害者が抱える思いをテーマに、元少年Aについて書くことは『社会の正当な関心』に応えるということで許容されると考えられます」と報道に対して一定の理解を示す。

しかし、問題はその先にある

「住所が特定されるような書き方はどんな公人、著名人であっても社会の正当な関心とは言いにくい。プライバシー侵害が成立する可能性があります」

問題提起の際、住所がわかるような情報を盛り込むことはどこまで許容されるのか。

「一つ、一つはささいな情報であってもつなぎあわせれば、この時代では特定が可能になります。大まかなエリア(××区や××地区レベル)で住所特定が可能になる場合、プライバシー侵害にあたるとされてもおかしくない。
週刊誌だけでなくネットユーザーも対象になります。特定しようとネット上に書き込んだり、情報を広めることも同様です。
雑誌に書いてあったから、みんなが書き込んでいたからという言い訳は通用しません」と強調する。

深澤弁護士は問いかける。


「インターネットは公開の場です。公開の場でお前の居場所を突き止めるぞ、ということが許容されるかといえば、許容されない可能性が高い。
表現の自由とプライバシーの線引きは常に明確ではなく、時代時代に応じて変わっていきます。
社会の問題関心に応えるという報道機関の役割と、その問題提起をするのに必要な情報をどこまで書くのか。ネットを含め、常に問われるべき課題なのです

少年法との関係は?

少年法は、元少年Aのような「犯罪少年」について、「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等により」その人が事件を起こした少年だとわかってしまうような記事・写真を「新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」と定めている(少年法61条)

大島義則弁護士によると、こうした報道は「推知報道」と呼ばれ、少年が成人に達した後も禁止されている。

週刊文春が今回出した元少年Aの記事は、少年法61条が禁じる推知報道に当たるのか。
大島弁護士は、推知報道の基準を示した、ある最高裁判例を引用する。

「少年法61条に違反する推知報道かどうかは、その記事等により、不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべき」

つまり、報道を見た一般人が、本人を特定できるかどうかがポイントになるわけだ。
週刊文春は、目隠しの本人写真は掲載しているが、実名を書いたわけではない。
この点はどうだろうか。大島弁護士は、簡単に結論は出せない問題だとする。

「この記事だと、本人と面識のない人は、本人が元少年Aだと特定することができないという議論もありえます。その一方で、目隠しの全身写真を見た一般人が彼を見かけた場合、本人を識別しうるという考え方もあり得るでしょう。
また、現代のネット社会では、大勢のユーザーが互いに協力・分析した結果、元少年Aの身元を割り出すことに成功してしまう可能性もあります」

元少年Aは、事件について『絶歌』という本を出版したほか、ウェブサイトを開設するなど、わざわざ「自分が元少年Aだ」と宣言している。

こうした点は考慮されないのだろうか。

大島弁護士は「ネット社会における匿名性保護のあり方については、これから議論をすべき問題」だとする。

「元少年Aは本やウェブサイトでは『自分が元少年Aだ』と宣言していますが、『リアル世界の本人』=『元少年A』と結びつけることをあえて避けています。
そのため本やネットでの発言をもって、少年法61条によって享受している匿名性保護の利益やプライバシー権、肖像権等が放棄されたとまでは言いにくいでしょう」

「一方で、少年法61条を前提にしたとしても、元少年Aが成人後に起こした出来事に関する事件報道は、表現の自由の観点から制限を受けるべきではない、というような意見もありうるでしょう。
ポイントは、報道機関の表現の自由と少年の更生、名誉・プライバシーとの利益衡量(バランス)です」

「日本では匿名で民事訴訟をすることが認められていませんから、元少年Aが匿名のまま、メディアや個人を名誉権・プライバシー権侵害で訴えることができません。この点にも留意する必要があります」

ネットの反応;住居の特定はじまる

●神戸連続児童殺傷事件、元少年A(33)の現在の写真が週刊文春に掲載される(画像) … 都内日比谷線界隈のアパートに住み、文春記者との接触後に転居

●この写真場所については、ネットでは足立区UR花畑団地と特定している

●最寄駅は竹ノ塚。 ショッピングモールはベルクス足立花畑店で、 UR花畑団地の道路での写真


センテンススプリング中年Aの動向
・2015年9月末迄
「神奈川県 新築アパート」
駅から5分、クリーム色の三階建て建物、1K・1Rが10部屋ほど並ぶ 大半の荷物残しバッグ1つで退去
・2015年9月末〜「数週間横浜のウィークリーマンション」
・2015年?月〜
「神奈川県 大型マンション」
入居保証人不要、マンション隣にコンビニ
・2015年12月〜
「東京都内 アパート」保証人・手数料・更新料不要 築30年経過、駅前から遠く離れた場所
2LDK 家賃7万円
・2016年1月26日 文春記者がアパート凸 数日後、アパート退去東京を離れる←もう引っ越した模様


記録として残すことにしました。

調子づいている週刊文春が、またまたやっているなという感じです。
元少年Aは、普通ではない、その普通さを求めることこそが荒唐無稽なのではないのでしょうか。

自分の痛みにはとても敏感であるが、被害者の痛みにまでその思いは至らない。

「青空なんて拝ませてなるものか」とか「いけしゃあしゃあと涼しい顔して、日常をおくるなんざ、許せるか」だとか・・・いろいろと思いがあるのだろうけれど、ここまですれば、少年Aが引き起こした残虐な犯罪と大差があるのだろうかと思ってしまう。

確かに、彼は、元人殺しだったでしょう。少年だったので、医療少年院に収監され、これといった罪を贖うようなことには問われなかった。それこそが、当時を知る人々が「なにか腑に落ちない、被害者は世間の好奇の目にさらされ、家庭生活も悲しみに覆われているというのに、彼は安穏と姓名も新たな人生を送っている、おかしいじゃないか!」という不公平感を感じてただろうと推察する。

そして、ここにきてホームページの開設や、出版物「絶歌」など売り出し、犯罪で金儲けをし、セカンドレイプを平然と行っている。

しかし、精神構造が健康といえない彼にその認識があるだろうか…とても疑問である。

もしかしたなら、こういうことで新たな犯罪を引き起こすことが防げているのかもしれないと考えるが、どうなのかはよくわからない。

殺されてしまった被害者や遺族の人の気持ちをどれだけ推し量ろうと思っても、決してその気持ちにはなれるわけもない。なったことがないからだ。正直時間も経過して。。。残虐だと、地獄絵図のようなことが起こったと心が震えた。

だがしかし、今この人間をギリギリのところまで追いつめても何が面白いのかがよくわからないし、私たちは神ではないということを知るべきだと思う。

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週刊誌に住所を特定された為か

神戸連続児童殺傷事件で逮捕された、酒鬼薔薇聖斗こと元少年A(現中年A)。現在は33歳になっている彼だが、そんな元少年Aの 現在の素顔が、人気雑誌「週刊文春」に掲載。さらに 路上で暴れたと報じられており、日本中で物議をかもす騒動に発展しているが、新たな情報が入ってきた。

・週刊誌に住所を特定された為か

2015年9月〜2016年1月の期間、なんと4回も引っ越しを繰り返しているのだ。その回数にも驚かされるが、4回中2回が「週刊誌に住所を特定された為」という理由で引っ越ししている事が判明した。
・女性セブンの掲載後に引っ越し
住所特定による1回目の引っ越しは2015年9月下旬。引っ越しの理由は「女性セブンの記者に住所がバレたから」が濃厚とのこと。事実、その時期に「女性セブン」は元少年Aに関する記事を掲載しており、マンションの写真をボカシ入りで掲載している。

・週刊文春の取材後に引っ越し

住所特定による2回目の引っ越しは2016年1月下旬。「週刊文春」が1月26日に元少年Aを直撃取材した数日後、東京都から引っ越しした。以下は、2015年9月〜2016年1月の期間に行われた元少年Aの引っ越し記録である。

・元少年Aの引っ越し記
神奈川県の新築アパート(女性セブンの報道直後に引っ越し)

神奈川県のウイークリーマンション

神奈川県の大型マンション

東京都足立区のアパート(週刊文春の取材直後に引っ越し)

東京都外へ引っ越し ← New

・手記「絶歌」の印税が数千万円

元少年Aには、太田出版から発売した手記 「絶歌」の印税が数千万円入っている。そう考えると、頻繁に引っ越しをしたとしても余りある巨額を持っていることになる。しかし、今回の「週刊文春」には素顔や全身写真が掲載されてしまったため、日本で「安住の地」を手に入れるのは難しそうだ

【続報】【衝撃】元少年Aの顔写真が文春掲載された件に小池一夫氏が言及「しょうがないよね殺人をネタに商売したのだから」

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「週刊文春」(2016年2月18日発売)に、神戸連続児童殺傷事件の犯人として逮捕された、元少年A(酒鬼薔薇聖斗)の現在の顔写真が掲載され、日本中で物議をかもしている。

・全身写真は非常に写りが良い
掲載されている写真は4枚で、うち2枚は鮮明に表情をとらえている。なかでも全身写真は非常に写りが良く、顔に目線が入っているものの、街で見かけたらすぐに彼だとわかるほどである。

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・さすがに私刑なのでは?

しかし元少年Aは、すでに法的には罪を償った人物。現在は一般人として生活しているため、「さすがに私刑なのでは?」「文春やりすぎ」という声が出ているのも事実。そんな状況下で、漫画原作者として有名な小池一夫氏が今回の報道に言及。以下のようにコメントしている。

・小池一夫氏のTwitterコメント

「週刊誌に元少年Aの姿が出ているらしいけど、しょうがないよね。自ら表舞台に出て来たのだから。それで、殺人をネタに商売したのだから。少年法は、もう君を守ってはくれない。きっと、世間の誰も君を守ってはくれない。あれだけ自分に注目を集めたかった希望が叶っただけ」
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・出版により改めて彼に注目した
元少年Aは、太田出版から手記「絶歌」を2015年に発売。それによって、いままで元少年Aの存在を忘れていた日本国民が、改めて彼に注目した。そう考えれば、確かに「目立ちたい願望」「殺人を商売にした」という考えが出てもおかしくない。以下は、天童美津子さん(OL / 33歳)のコメント

・天童美津子さんのコメント
「何をすれば償ったといえるンでしょうね。償いは被害者や遺族に向けたものであるべきでしょう? だからどンな罪でも、法的に償えることなンてないンじゃないかな。あの本を出した時点で、更生も反省もしてないじゃンって思った。だからこれは私刑じゃないよ。結果はどうあれ、今の状況は彼が望ンだ結果。マグロのように一生止まらず泳ぎ続けるしかないンじゃないかな」
・彼は守られるべきなのか
これは元少年Aに対する私刑なのか。それとも彼の自業自得なのか。もしくは彼は守られるべきなのか……。皆さんは、今回の騒動をどう思っているだろうか?

【衝撃】元少年Aがプルプル震えて激怒! コートから何か出すような動き → 恐怖で逃げる文春記者を追う「命がけで来てんだろ!?」

人気雑誌「週刊文春」(2016年2月18日発売)に、神戸連続児童殺傷事件の犯人として逮捕された、元少年A(酒鬼薔薇聖斗)の現在の顔写真が掲載されることが判明し、物議をかもしている。そして、さらなる驚きの情報が掲載されていることが判明した。
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・元少年Aの現在を取材

2015年、元少年Aは太田出版から手記「絶歌」を発売し、25万部を売る人気書籍となった。その発売後、文春記者は元少年Aの取材を続け、約250日間も追い続けたという。週刊文春によると、元少年Aに直撃取材をしたところ「お前、顔と名前、覚えたぞ」と威嚇されたとのこと。以下は報道関係者のコメントである。

・報道関係者のコメント
「文春記者の凄さには驚かされますよ。突撃取材をしたら元少年Aが路上で激怒して大興奮したらしいのです。ニヤニヤしながら「命がけで来てんだろ!?」と言われたり、「コラ!」とか「お前なめてんのか!」とか「オラァァァ!!」と恫喝されつつも、冷静に対応したそうですから、さすがプロですよね」

「元少年Aは激怒して記者の腕をつかみ、ずっと左手をコートの中に入れて、「何かを持っているアピール」のような挙動をしていたそうです。こんな状況では、ナイフが出てくるのではないかと不安に思うもの。さらに「アァァアアア!!」などと叫びながらプルプルプルプルプルプルプルプルと震えだしたらしく、さすがに身の危険を感じて逃げたそうですが、1キロも追いかけられたのだとか
本当に命がけ。日本にいながら戦場カメラマンしてますよ」

・元少年Aの写真を大きく掲載
「週刊文春」(2016年2月18日発売)には、9ページにもわたって元少年A特集が掲載され、本人の写真も複数あり、特集内ではページの約半分以上を使って大きく掲載しているという。2016年1月下旬の取材当時に元少年Aが住んでいた、東京23区内のアパートに関しても細かく書かれているとのこと。

被害者遺族の声も掲載されており、大きな注目を浴びるのは間違いない。今回の「週刊文春」は、事件を知って考えを深めるうえでも、必読といえるかもしれない。報道関係者は「この記事を読むことで「今も苦しむ被害者遺族の心情」を知ることができるのでは」とも話していた。

・マスコミに広く知られている事実?
ちなみに、今回の取材により、元少年Aの住所がマスコミにバレていることが判明したが、実は以前にも女性週刊誌「女性セブン」が元少年Aのアパートを見つけている。彼の居所は、マスコミに広く知られている事実と言えるかもしれない。

【衝撃】元少年A・酒鬼薔薇聖斗の自宅と本名がバレた! 自宅マンション写真を掲載
数ヶ月以内に何か大きな暴露
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神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aが、自身の公式サイトを開設し、物議をかもしているが、ここにきて新たな情報が入ってきた。

・元少年Aの正体と行方がバレつつある

なんと、元少年A・酒鬼薔薇聖斗の自宅が週刊誌記者にバレてしまい、元少年Aに会おうと思えば会えてしまう状態なのだ! しかも、週刊誌には元少年Aの自宅マンション(アパート)の写真が掲載されており、かなりディープな部分まで、元少年Aの正体と行方がバレつつある。
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・イニシャルは「K.M」

元少年Aの自宅マンションの写真を掲載しているのは、週刊誌『女性セブン』。明確に判別できないよう画像加工されているが、マンションの写真が掲載されている。また、元少年Aの「現在の本名」も特定しており、さすがに本名は掲載されていないが、イニシャルは「K.M」と書かれている。この件に関して、芸能記者のU氏は以下のように語る。
・数ヶ月以内に何か大きな暴露が発生
「自宅マンションと本名がマスコミにバレているということは、ある意味、関係者じゃなくても元少年Aの情報を握れるということを意味しています。誰かが正義感を盾に自宅住所や本名をインターネット上に掲載してもおかしくない状態になっています。思うに、数ヶ月以内に何か大きな暴露が発生するのではないかと考えています。

・まさに私刑になりつつある!?
元少年Aは、法的には罪を償って社会で普通の生活していることになる。たとえ凶悪な犯罪を犯した過去があったとしても、自宅マンションや本名の暴露は許されるものではない。それをしてしまうと、まさに「私刑」(リンチ)となるからだ。

・大きな問題を残した「未解決事件」
あなたは、元少年Aの現住所や本名が暴露されることを望むだろうか? 神戸連続児童殺傷事件は、いま現在も大きな問題を残した「未解決事件」といえるかもしれない。

【議論】印税を遺族に渡す意向があるのか不明! 神戸連続児童殺傷事件犯人の手記『絶歌』(太田出版)
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神戸連続児童殺傷事件の犯人・元少年Aの手記『絶歌』(太田出版)が昨日発売になり、各所で議論を呼んでいる。Amazonランキングは総合1位となり在庫は完売。初版は10万部のようだ。

・販売差し止めリスク低減

犯人の手記が発売されるのは、これが初めてではない。もっとも近い本は、市橋達也『逮捕されるまで』(幻冬舎)だろうか。販売差し止めのリスクを低減するために、発売当日まで情報を出さないところも一緒である。

・著者と出版社に批判が殺到
『逮捕されるまで』が出版された時も、今回と同様、著者と出版社に批判が殺到した。関係者に聞いた話だが、電話をかけてきて、「お前の会社とは今後一切仕事をしない」と通告した作家もいたそうだ。

・著者が寄付をしたとしても出版社は寄付しない
著者だけでなく、出版社を批判するのは理にかなっている。むしろ、著者以上に批判されていい。なぜなら、出版を決めたのは出版社だし、本が売れれば一番儲かるのも出版社だからだ。

・印税は慈善団体に寄付?
市橋氏のケースは、印税(1000万円超)を遺族に渡す意向だったが、当然のように遺族からは「娘を殺したことをネタに金儲けをしている」と拒否された。拒否された場合は公益にあてられるとのことだったので、おそらく、印税はどこかの慈善団体に寄付されたのだと思われる。

しかし、幻冬舎が得たであろう3000万〜4000万円(遺族のいうところの「娘を殺したことをネタに」して儲けた金だ。諸条件は知らないので金額は一般的な場合)は、寄付されることもなく、普通に利益となっているはずだ。

・印税を遺族に渡す意向があるのかも不明

今回の『絶歌』は、初版の数字と売れ行きから見て(紀伊國屋書店のデータから国内全書店の売れ行きを推測すると、今日=6月11日の午前中だけで約6000冊が売れている)、『逮捕されるまで』よりも大きな利益が出る可能性が高い。しかも、著者が印税をどうする意向なのかが明らかにされていない。太田出版は、意向を聞いてすらいないようだ。
・J-CASTより引用文
「印税を被害者側に支払うのかという疑問も多いが、出版社側は、「意向は聞いていないが、著者が考えるはず」だと説明している」(引用:J-CAST)

・批判を覚悟の上での出版か
太田出版はなかなか本を絶版にしないし、気骨のある版元なのだが、さすがにこの件はどうかと思ってしまう。もちろん、批判を覚悟の上での出版なのだろうが、遺族の立場になると正当性がなさすぎる。

加担したくないので買うつもりはないが、出版業界の末端にいる者として雑感を書かせてもらった。

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宮崎謙介議員に関する週刊文春の不倫続報の内容が「二重婚約」であるということのようです!!

週刊文春は、インタビューで「結婚記念日」に執拗にこだわっていましたが、

どうやら、宮崎前衆院議員は、重複婚約をしてたようです。

ご存じのように、元自民幹事長の加藤紘一衆院議員の三女、加藤鮎子衆院議員との離婚歴あり。

実は金子恵美議員とは再婚であり、宮崎氏の結婚報道される直前まで、

歴然と婚約した女性がおりました。仮にA子さんとします。そのA子さんに

2012年総選挙直前、宮崎氏は求婚し彼女は、仕事を辞めました。。というのが流れなのですが、どうもそれだけでは済まさなそうです。

 結婚記念日がまさか2つなんてことはあり得ないと思いましたが、
宮崎謙介に限っては、まるで結婚詐欺師と呼ばれても致し方のない
犯罪に問われるような真実が隠されていたようです。

見せかけだけの、歯の浮くような口先だけの言葉ぜめに、なぜこうもたやすく誠意のかけらもない
男性に女性なびいてしまうのでしょうか。とても残念に思います。

本業に本腰を入れず、彼の関心事は冷静さを与えないほど狙った女性に弾丸メールやデート時間をまめにつくっては陥落させることだとしたら、無類の女好きで政策も思想も何もたない、人として中身は空っぽ。会見やそのほかの映像での虚ろな目が気になりました。

資質的にカサノヴァタイプ。それも病的なセックス依存症ですかね・・・本業ではないので何とも言えませんがそう感じます。常に乾いていて心が空虚というのか。。。

中島みゆきの「空ときみのあいだに」の歌詞のようだなと思わず思ってしまいました。

君の心がわかると、たやすく誓える男に
なぜ女はついていくのだろう そして泣くのだろう

君がすさんだ瞳で強がるのがとても痛い

憎むことでいつまでも あいつに縛られないで


その全容について調べてみることにしました。

週刊文春に写真画像つきで不倫を報じられた議員辞職した宮崎謙介元議員(35才)には、今回の浮気相手で女性タレントの宮沢磨由さん(35才)以外にも誰か、複数の浮気相手がいたという疑惑があります。

2月18日発売の週刊文春では続報で、宮崎謙介元議員の複数いた浮気相手が誰なのか、写真画像ありで暴露しています。


複数の浮気相手は誰?1.A子
 A子さんは、宮崎謙介氏の辞任会見を見て胸がスッとしたといいます。宮崎謙介氏には複数の浮気相手がいるとみられていますが、A子さんはその中でも一番の被害者といえます。

なぜならA子さんは宮崎謙介氏のために、仕事や結婚などの人生設計をぶち壊しにされたばかりか、人間不信に陥ってしまい仕事をすることもままならないほどに体調を崩すまでになったからです。

A子さんは宮崎謙介氏の婚約者でした。

宮崎謙介氏とA子の出会い

2011年。宮崎謙介氏がまだ議員になる前で、彼が金子恵美議員と出会う前です。A子さんと宮崎謙介氏は知り合いました。

知り合うとすぐに宮崎謙介氏から猛アタックが始まり、「谷垣禎一先生のパーティーに一緒に行こう」と誘われました。パーティーでA子さんは、宮崎謙介氏から谷垣禎一さんに「大変お世話になっている女性です」と紹介されたといいます。

A子さんは政治の世界のことを知らなかったのですが宮崎謙介氏は「これからオレが教えていくから、できるだけ一緒に来てほしい」と言われました。

2012年10月。2人は和歌山県の熊野那智大社に一泊旅行に行ったのがきっかけで、本格的に交際するようになりました。旅行での記念写真画像があります。

旅の最中に宮崎謙介氏から「すごいタイプなんだ。一緒になろう、結婚しよう」といきなり結婚を迫ってきました。
突然の結婚話にAさんは戸惑いました。A子さんには目標にしていたキャリアプランがあったからです。

選挙始まる → A子仕事を辞める
2012年11月。交際が始まってまだ1ヶ月で、突然の衆議院解散により宮崎謙介氏が出馬することになりました。 宮崎謙介氏は選挙中、A子さんに「落選しても籍を入れよう」と言っていました

A子さんは、選挙に疲れて気弱になる宮崎謙介氏を気丈に支えているうちに結婚を意識するようになったといいます。
また、宮崎謙介氏は「子供が出来たらみんな認めざるを得ない」といい、子供を欲しがっていた といいます。

「政治家の妻になる」と現実的に考えたA子さんは、公私に渡り彼を支える決意をし、キャリアプランの目標があった仕事を辞めてしまいました。
当選後、会うのは週末こっそりと 2012年12月。宮崎謙介氏が当選しました。
A子さんの支えあってのことでしょう。しかし当選してから宮崎謙介氏はA子さんにほとんど会わなくなります。

週末に宮崎謙介氏が選挙区の京都に帰るときだけ、しかも人目を忍ぶように会いました。
理由について宮崎謙介氏は「僕は女性票に支えられた。党から彼女を作るなとも言われている」と話したんだとか。

フェイスブックに金子恵美議員の姿が
宮崎謙介氏は、外出前には髪のセットを入念に行い長時間かけるタイプで、フェイスブックにも得意の自撮り写真画像を多数アップするという、自意識の高い人物でした。

A子さんには「フェイスブックを見てオレの活動をチェックしといて」と命じることもあったんだとか。
しかしA子さんはそんな宮崎謙介氏が可愛くもあったようです。

ただ、A子さんは彼のフェイスブックに金子恵美議員がよく登場するのを見て、気にしていました。金子恵美議員と交際しているという噂も聞いていたからです。

A子さんは堪らず宮崎謙介氏に金子恵美議員のことを聞きましたが「噂は噂。噂を信じちゃいけないよ」と言われたそうです。

しかしA子さんが宮崎謙介氏の京都の自宅で下駄箱を開けると、女性ものの靴が3〜4足置いてありました。
しかも趣味がバラバラで、高級靴クリスチャン・ルプタンやノーブランドの森ガール系ブーツなど、サイズも違います。A子さんは浮気相手が複数いるのでは心配になりました。

将来について話し合う
2015年2月14日バレンタインデー。A子さんが宮崎謙介氏と会ったのはこの日が最後でした。
場所はいつもの京都の自宅です。
実はこの2月に宮崎謙介氏と金子恵美議員は入籍していますが、A子さんには知らされていませんでした。

A子さんが遅れて到着すると、宮崎謙介氏はお風呂にお湯を張って待っていてくれたそうです。
そして2人の将来の話になり、仕事のことも話し合ったんだとか。
宮崎謙介氏はA子さんに「何も見ないで、ただオレのことを見て、オレの胸に飛び込んでくればいい」と言ったそうです。
金子恵美議員との結婚を報道で知る
2015年5月。A子さんに衝撃が走ります。
新聞で「自民・宮崎氏と金子氏が結婚」と書いてあるのを見た友人が「これあなたの婚約者でしょ!」教えてくれたからです。

A子さんは愕然としつつ、すぐに宮崎謙介氏に連絡しましたが音沙汰がありませんでした。
A子さんは宮崎謙介氏のために仕事も辞めたのに、ずっと二股をかけられていたのです。

宮崎謙介氏からA子さんへは、説明も謝罪もどちらも未だにないといいます。
複数の浮気相手は誰? 2.選挙手伝いの女性
2012年12月の初当選した選挙を手伝っていた女性に対して、宮崎謙介氏は選挙終了後にアプローチしていました。A子さんと交際中のときです。

周囲の人たちはその女性に「やめたほうがいい」と止めようとしましたが、宮崎謙介氏と女性は男女の仲になってしまいました。しかしすぐに女性は捨てられてしまったともいいます。
複数の浮気相手は誰? 3.ホステス
2014年初頭。宮崎謙介氏は六本木にある高級クラブのVIPルームで飲んでいる最中、「結婚したくない」と言いながらホステスの胸にマイクを挟んでいました。A子さんと交際中であり、金子恵美議員とは結婚間近の時期です。
まとめ
宮崎謙介氏が金子恵美議員と交際を始めたのは、2013年2月であると宮崎謙介氏本人が名言しています。

A子さんと交際を始めたのは2012年10月ですから、4ヶ月からは二股になっていということです。

宮崎謙介氏の浮気相手は複数いるとこのことで、週刊文春がこれらのエピソードを暴露しましたが、きっとこれは氷山の一角でしょう。宮崎謙介氏は本当にゲスでした。

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今日の本会議で正式に議員辞職した宮崎謙介前議員ですが、

妻で衆院議員である金子恵美は、きょう、産婦人科を退院しました。
大きなマスクで顔を覆い隠して伏し目がちでした。通常なら喜びで輝く笑顔なはず、夫のおかげで
まるでお通夜の様相。。。

お母さんにいたっては、「不倫?一夜の過ちでしょ。恵美はそんな器の小さな子じゃありません」

そうでしょうか・・・資質的にカサノヴァのように不特定多数の女性を狩りのゲームのように
陥落させる・・こういう人とやり直せるとは思えないけれど・・・

2016/02/15(月) 09:42
「会いたくてたまらない病」宮崎議員の不倫相手、内情明かす…LINEで朝からやりとり400回
■宮崎謙介衆院議員(35)が、不倫相手の元女性タレント・宮沢磨由(34)へ送ったLINEメッセージ


「私のど真ん中はソ・ナ・タ」

(1周間近く会えなかった時には)「会いたくてたまらない病、Aちゃんに裏切られたらどうしよう。死ぬ!」
「今夜は誰のもの?...今夜は」

「会いたくて仕方がないが今日は我慢しとく。」

「 私のど真ん中はソナタ。」

「お会いしとうございます」

「裏切られたらどうしよう。死ぬ!」

(宮沢が夜遅くに帰宅し)「気をつけろよ! 彼女さん」

(ゲスベッキーの不倫LINE流出を受けて)「何があるか分からないから(LINEの)トークの履歴を消して」


~etc~

 女性タレントとの不倫を認めた上で議員辞職を表明した自民党の
宮崎謙介衆院議員(35)の不倫相手が15日、TBS系「白熱ライブ ビビット」(月〜金曜前8・0)に出演し、不倫交際の詳細について語った。

 過去にタレント活動を行っていたという女性は、現在は一般人であるということで顔にはモザイク、音声は変えられた状態
で直撃取材の様子が放映された。宮崎氏の会見が行われた12日に、160分にわたって行われたという取材で女性は涙ながらに謝罪。「なんて言ったらいいかわからないぐらい、後悔と反省とお詫びと、どんな言葉を並べても足りないくらいの思いと宮崎氏との不倫を反省した。

 2人の出会いは宮崎氏の会見で説明があった通り1月4日に国会内で行われた和服の着付けの際。宮崎氏の方から女性の手を握るなど接触があったという。
その後、フェイスブックで共通の知人があったことからやりとりが始まった。そこから宮崎氏と「LINEの連絡は毎日」続けられ、多い時は1日400回のメッセージが届いたという。「会いたくてソワソワしてるが今日は我慢しとく。私のど真ん中はソ・ナ・タ」「気をつけろよ! 彼女さん」「京都に来ない?」「今夜は誰のもの?…今夜は」「会いたくてたまらない病」などと、宮崎氏から送られたメッセージの内容を暴露。また妻で自民党の金子恵美衆院議員(37)が出産する5日前、10回以上も「好き」というメッセージが送られたことも明かした。

 女性は「家庭を壊そうとか、(宮崎氏を)取ってやろうとか、奥さんと別れてとはこれっぽっちも思ってなかった」と当時を振り返った。続けて「お互いの気持ちは止められなかった」と、不倫に至ってしまった当時の心境を説明した。

■宮崎議員 不倫相手にLINE消去指令 ベッキー騒動で「怖いね」
宮崎議員とAさんは1月4日、議員会館で行われた着物の着付け会場で出会った。フェイスブックに共通の友人がいたこともあり、Aさんが宮崎議員に友達申請をし、宮崎議員から返事がきたことがきっかけで親密になっていったという。その後、宮崎議員からの猛アタックが始まり、LINEのやり取りは毎日。多い時は1日400通以上のときもあったという。

ベッキーの不倫騒動でLINEがだだ漏れになったことを鑑み、「怖いね」と話し合い、(宮崎議員から)「何があるか分からないから(LINEの)トークの履歴を消して」と「ちょくちょく言われるようになった」ことも明かした。やがて、「毎週消去しよう」ということになり、Aさんは応じた。

 さらに、京都で密会した翌週にも、宮崎議員が再びAさんを京都旅行に誘っていたことも明かした。しかしその後、5日に週刊文春の直撃取材を受けて2度目の旅行は実現しなかった。宮崎議員が国会から「逃走」した前日(8日)から連絡は途絶えたという。



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宮沢麿由プロフィール wiki参照 
宮沢 磨由(みやざわ まゆ、1981年12月30日 - )は日本のグラビアタレント。
東京都出身。
血液型O型。
身長168僉
スリーサイズは、B90・W62・H89cm。

特技はクラシックバレエ、ジャズダンスなど。

2007年、ミス湘南・グランプリ、2008年、準ミスダイバー、
2010年、全東京写真連盟フォトジェニック(準グランプリ)を受賞。

グラビアタレントのほか、K-popカバーダンスユニット「ModeA」のメンバー(Mayu)としても活動[。

スポーツアロマセラピスト、野菜ソムリエ協会ベジフルビューティー、骨盤ダイエット協会ピルビスワーク一級などの資格を所持している。


“ゲス育休議員”こと宮崎謙介衆院議員(35)と不倫関係にあった巨乳タレントの宮沢磨由(34)の衝撃素顔が明らかになった。父親を早くに亡くし、妹の学費を稼ぐために銀座でホステス勤めもした一方、異性には当時から奔放。パーティーには胸の谷間を強調したセクシードレス姿で出掛け、お気に入りの男性に自ら「ウチ来る?」と迫る肉食ぶりだったという。過去、宮沢との浮気が原因で修羅場を迎えたカップルもいたという。ベッキー(31)と「ゲスの極み乙女。」のボーカル・川谷絵音(27)の不倫騒動に続いて、今度は男性国会議員として初の育児休暇取得をブチ上げた宮崎氏の“ゲスすぎる”不倫。宮崎氏は12日午前、国会で会見を開き宮沢との関係を認め議員辞職を表明した。

 不倫現場をスクープした「週刊文春」によると、宮崎氏は出産直前の妻・金子恵美衆院議員(37)をほったらかしにして、先月30日に地元京都で宮沢と密会。夫婦ともに登院した4日にも宮沢を国会見学に連れ出していた。これで「イクメン」ともてはやされた宮崎氏のイメージは地に落ちた。5日に無事男児を出産した金子氏も、まさか夫に恥をかかされるとは思わなかっただろう。

自民党の谷垣禎一幹事長は11日、金子氏の地元新潟で講演を行い「新潟の方には、京都から本当におわび申し上げなければいけない」と陳謝した。出産後に金子氏は、都内の病院に入院しているが、10日に見舞いに来た夫とは、こんな会話を交わしたという。

 金子氏「洗いざらい話して」「やり直す気はあるの?」

 宮崎氏「ハイ」

 金子氏「それなら(記者会見で)恥をかいてきなさい」

 永田町関係者は「(当初)宮崎氏本人は議員辞職や離党もしないつもりというから、開いた口がふさがらない」とあきれていた。宮崎氏は会見で宮沢との交際の経緯を明かし、辞職を表明。「1月4日の今国会開会日に着物の着付けをしていただきました。そのうちの1人が今回の報道の方で、そこで初めてお会いして、その後SNSでメッセージをいただきまして、そこから連絡のやりとりが始まりました」と最初のアプローチは、宮沢からだったと伝えた。

 臨月の妻がいることをわかっていながら“接近”した宮沢はなかなかのタマだ。身長168センチ、バスト90センチのナイスボディーで、2007年度のミス湘南グランプリに輝いている「とにかく自分の幸せな話をペラペラしゃべる。今回の密会情報も彼女のおしゃべりから漏れた可能性が高い。悪いたとえだが、不倫相手としては最悪なタイプ。地雷女だよ」(政界関係者)

 一部では現在も宮沢は「彼と別れたくない」と宣言しているという情報もある。そんな彼女の素顔を探ってみると…。

 実家は都内の一軒家で資産家。中学、高校、大学と私立の名門・桐朋学園で、趣味はクラシックバレエ。卒業後は女優を目指し、劇団に入る傍ら「父親を亡くしていて、音大に通う妹の学費を捻出するために、銀座でホステスをしていた。休日には水着撮影会を開き、こつこつ稼ぐこともあった」(知人)という。

 異性には当時から奔放だったとも。
「男女が集まるパーティーには胸の谷間を強調したセクシードレス姿で出席していた。職業を聞くと『女優です!』と即答。立ち居振る舞いも女優然としていた」(同)と明かす。

 ただ、会話にはブレがあり「趣味は海外旅行」と言っておきながら、3か国程度しか行っていなかったり「読書が好き」と言いながら、本のタイトルが出てこなかったこともあったという。

 好みのタイプはイケメン。お互いに気に入れば、すぐデートにこぎつけ「彼女の方から『今日ウチ来る?』と誘ってくることも…」(同)。寂しがりやの甘え上手で、深夜に連絡が来ることも多いという。今回のような不倫ではないが、過去には宮沢との浮気が原因で、あるカップルが破局寸前になったという。

「彼氏の方が宮沢さんに骨抜きにされ、彼女がそのことに気付き『私とあの女どっちを取るの?』と迫ったら、彼氏は『あいつ(宮沢)とまだまだセックスしたい。でもお前とも別れたくない』と平然と言ってのけたそうです(笑い)。彼女があきれ果てたことは言うまでもありませんが、一方で『あの女(宮沢)、どんだけのテクニックなんだよ!』とツッコミも入りました」(別の知人)

 この男性に恋人がいることを宮沢が把握していたかどうかは不明だが、交際女性は「寝取られた…」と、この上ない敗北感を味わったという。恐るべき魔性ぶりだ。



※2月13日追記

経歴詐称は、詐欺行為と同等であり、自分を偽り、誇大表現したいとの見栄からくるもの。
自身がそう大した人間ではないことを承知しているから、経歴詐称などするんでしょう。
議員として一番やってはいけないことです。

不倫にしても、不特定多数の女性と関係を「持ってしまうわ、経歴詐称はするわ、病気レベルじゃないですか。
精神疾患の部類ですよね、こうなると。

会見するにも、謝罪会見なのに、頭髪をペッカペッカにしてるし・・・なんだか…俺ってイケテル?オーラだったし ・・・場違いな感じがしてた。
ヘアスタイルやネクタイ選びにしても華やぎを持ち込んでる感じで、いやだ、薄っぺらい。
34歳で政治を目指してって、御旗を掲げても中身が少しもなくて伽藍洞で(がらんどう)何にもない人だよね。
勘違いが甚だしい。

こういう女遊びだけに長けていただけで、これまで多くの女性が宮崎氏をすり抜けていったのだろうけれど、後腐れなくがなく遊ぶのには、同類相哀れむで絶好で楽しかったのでしょうか?
チャラチャラしてて軽い男で・・・、でもこの人は公人だったんだよね、女との飲み食いするのも税金を使ったわけですよね、公人としても、それよりも一人の人間として完璧にアウトだよ。

「人間の欲が勝ってしまった」と宮崎議員は語っているが、「男としての性欲が妻や支援者への誠意より勝ってしまった」もしくは「理性のブレーキが本能に負けてしまった」が正解でしょう。

「奥様に酷なことをしてしまった」とも言っているが、産後、すぐに罰を受けた子供のように、出産したばかりの身体も心も大変な時に自分の不貞を洗いざらいしゃべるって、ありえないことである。それもばれていなければ、この先ずっと複数の女性と手軽にスイーツをむさぼるように不貞を続けて行っていたのだろう。
記事になって世間では大騒ぎになって進退問題に発展しているなどとしゃべらなければならない状況を作ったのは自分の不徳である。

奥さんの金子議員にしても、詫びている夫をきつく叱責したとなれば、器がどうとか言われるのを見越し地盤を守るため、寛容に接しているだけで、腹に据えかねることに違いないわけで、二人の愛の結晶をこの世に産みだし、本当なら輝かしくも幸福なはずだった。ところがこのクズ野郎のおかげで、崖から真っ逆さまに突き落とされたようなものであり、泥靴で踏みにじられた形である。

国会議員にも相当未練があるようなので、この「育児休暇」の浸透性などどうでもよかったんだでしょ。
単に自分の年齢的なことと今の状況からぶち上げただけ。

永田町でも好色なことは周知のことだったらしく、この人はホストとか女といちゃつけても何も言われない、
水商売でもやったらどうか。きっと水を得た魚だろう、お似合いである。

結婚には本当に不向きだと思う。二度目の結婚だったのに同じ女性問題を起こして何をやっているのか、少しも学習してない。微塵もね。何が「生まれ変わる」でしょうか無理です。生来の遺伝子を封じ込めるなんてできるはずもありません。

ご亭主に不向きで、何が起ころうと複数の女性と関係を持つことにしか余念がない男性が簡単に生真面目な人間に生まれ変われた試しがない。

"英雄色を好む"という諺があるが、何も成し遂げられてもいないこの人には当てはまらない、器がちっちゃいただのスケベ野郎でしかない。

もっと自分を磨いたらどうか。日本の政界がこの程度とは、ほんとに、情けない。

不倫議員に経歴詐称疑惑も浮上…京大院非常勤講師
[2016年2月13日6時25分

自民党の宮崎謙介衆院議員(35)は12日、会見し、妻の金子恵美衆院議員(37)の出産直前、タレント宮沢磨由(34)と不倫したことを認め、議員辞職すると表明した。

  宮崎氏には経歴詐称疑惑も浮上している。同氏の公式サイトには「2010年京大大学院工学研究科非常勤講師就任」と記載。されているが、ネット上では「事実を誇大にうたった」。のではとの指摘がされている。

事実、産学官連携活動として同大が学外に設けた国際イノベーション機構ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー講座で、 起業家として講義を2回行っただけだ。大学から正式任命される「非常勤講師」には当たらないとの見方もある



2016年2月11日
有名だった…不倫イクメン宮崎謙介代議士の“絶倫”ゲスぶり

「育休宣言」で話題だった宮崎謙介衆院議員(35)の不倫が発覚。それも相手はFカップのグラビアタレント(34)だったから、ゲス男に世間の怒りは頂点だ。

 妻のための献身的な協力はすべて偽善だったわけだが、狭い永田町ムラのことだ。この男の正体を今さら「知らなかった」なんて言わせない。オンナぐせの悪さは“超有名”だったのである


「宮崎議員は甘いマスクで女性秘書らにも人気ですが、親しくなるとすぐに手を出してしまうところがある。あまりの性欲に永田町では“自民党絶倫4人衆” と揶揄されるメンバーに数えられています。


 他の3人はすでに週刊誌などで女性問題を報じられた西村康稔前内閣府副大臣(53)、佐田玄一郎元規制改革担当大臣(63)、後藤田正純元内閣府副大臣(46)ですけどね。宮崎議員はスキャンダルはなかったのに肩を並べているのだから大したものです」(永田町関係者)

 宮崎議員は早大ボート部出身で身長188センチのイケメン。政治家になる前に自民党の加藤紘一元幹事長の娘、加藤鮎子衆院議員と結婚したが、3年で別れている。理由は宮崎議員のオンナぐせといわれている。そのため、引き継ぐ予定だった加藤家の地盤を継げず、京都3区から公募で出馬することになった。

「そんな男だから、現在の妻、金子恵美衆院議員(37)と結婚した時も周囲は猛反対したと聞いています」(前出の永田町関係者)

 ついでに言うと、金子は元ミス日本関東代表。不倫相手も07年の「ミス湘南」だ。

 宮崎議員は9日の本会議が終わると記者団をはねのけ、猛ダッシュで逃走。午後以降、事務所に電話をかけたがつながらなかった。

 菅官房長官は9日の記者会見で「政府としてはコメントを控える」、佐藤勉国対委員長は「ちゃんとけじめをつけるべきだ」とコメントした。

「宮崎議員は先輩議員に根回しせずにマスコミに育休発言をぶち上げただけにもともと先輩の覚えは悪かった。特に2人が所属する二階派幹部は中川郁子と門博文の路チューに続く不倫問題に頭を抱えている。離党に追い込まれるでしょう。宮崎議員の選挙区はもともと自民党の地盤ではなく、風で当選したようなもの。公認がなければ勝てません」(官邸事情通)

 当然の報いである。



週刊文春はまだ宮崎議員ネタを持っている キーワードは「結婚記念日」? 2016年2月12日 19時32分 J-CASTニュース
自民党の宮崎謙介衆院議員が不倫を認めて議員辞職を表明した2016年2月12日午前の会見で、不倫を最初に報じた週刊文春記者との「直接対決」も行われた。文春記者が、取材から逃げた理由などに加えて問いただしたのが、妻の金子恵美衆院議員との「結婚記念日」だ。

会見でこの種の質問が出るのは異例だが、宮崎議員は「プライバシー、プライベートなこと」だとして口をつぐんだ。宮崎議員は会見の中で、金子議員との結婚後に複数の女性と不倫関係にあったことを認めている。文春は続報を出すとみられ、その中で結婚記念日の宮崎議員の行動が焦点になる可能性もありそうだ。

2月5日の直撃取材では逃げるようにタクシーに乗り込んだ
週刊文春は1月30日に京都市内のマンションで不倫現場を撮影し、2月5日夜に都内で直撃取材した。この時点では宮崎議員はまともに質問に答えず、逃げるようにタクシーに乗り込んだため、今回の会見が文春と宮崎議員との「直接対決」だと言える。

宮崎議員は会見の中で、取材から逃げた理由や他の女性の有無を問う文春記者に

「動揺してしまって、とっさに嘘をついてしまったことを大変恥じている」
「(金子議員との結婚後の)女性(との不倫関係)ということであれば、否定はできない」

などと平身低頭だった。だが、「奥さんとの結婚記念日」に関する質問ではなぜか、口をつぐんだ

「結婚記念日につきましては、どうか、我々夫婦の間のことですので、ご容赦をいただきますように、お願いできませんでしょうか」
「(日付は)覚えてはいるんですが、どうか、2人の大切な思い出でございますので、プライバシー、プライベートなことだということで、ご理解いただけますと幸いです」

結婚発表の文面では日付を明かしていない
結婚記念日は、地方自治体に婚姻届を提出した日や、結婚披露宴を開いた日をあてることが多い。後者であれば15年12月23日だが、文春記者が意図しているのは前者だとみられる。宮崎・金子議員がソーシャルメディアで結婚を発表したのは15年5月19日だ。結婚の時期については、2人とも同じ文面

「お互いに選挙区を預かる立場であり、まずは小選挙区で二度目の選挙を勝ち抜くことを第一に考えてまいりました。そして昨年末の総選挙をお陰様で当選させて頂き、また春の統一地方選挙を終えた段階でこの度、結婚のご報告をさせて頂くことといたしました」


と説明している。衆院選、春の統一地方選(後半)の投開票日は、それぞれ14年12月14日と15年4月26日。「結婚記念日」は、この4か月半の間にあることになる。宮崎議員は会見の中で、今回不倫が発覚した女性と初めて会ったのは「1月4日の今国会の開会日」だと説明しているが、文春記事では不倫相手の女性を「よく知る芸能関係者」が「昨年冬頃」だと指摘している。いずれにしても、金子議員との結婚1周年の記念日に関連した記事が掲載される可能性は高い






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12日午前、自民党の宮崎謙介議員が会見を開いた。「(女性を誘ったのは)私からだったと思います。」「(女性との)関係があったということは、否定はいたしません」と、 10日発売の「週刊文春」による報道を認めた上で、議員辞職をすることを表明した。一方で、男性の育児休暇への思いを語り、「何年後になるかはわからないが…」と、政界復帰への思いも滲ませた。

冒頭発言

この度、マスコミで報じられている件につきまして、私の不適切な行為により、多くの皆さまに多大なるご迷惑をおかけしましたことを、心からお詫び申し上げます。そして、私を信じてくださった全ての皆様方に、心からお詫びを申し上げたいと思います。誠に申し訳ありませんでした。

京都の有権者の皆様、先輩・同僚議員の皆様、私が所属をしております自民党及びご支援いただきました公明党、その他各種団体、支えてくださった皆様方に、心からお詫びを申し上げます。

そして何より、妻とその家族の皆様、妻を支援くださっている全ての皆様、本当に、本当に申し訳ございませんでした。

最後に、男性の育児休業について、賛否に関わらず真剣に考えてくださった方々に深く、深くお詫びを申し上げます。

今回の経緯につきまして、私からご説明申し上げます。

1月4日の今国会の開会日に、着物の着付けを第一議員会館におきましてしていただきました方の一人が、今回の報道をされている方でございます。そのときが初めて、その方とお会いをしたタイミングでございます。

その後、SNSでメッセージ丁寧なメッセージを頂きました。そこから連絡のやりとりが始まりました。電話やメール等のやりとりを中心に、コミュニケーションを取り、お会いしたのは3回だと記憶しております。京都でお会いしたのが最後です。今現在は連絡を取っておりません。

妻には一部始終を説明しました。産後、直後にも関わらず、妻には大変酷なことをしたと深く深く反省をいたしております。その上で謝罪をしました。

実は大変な出産でございました。産後、回復を思うようにしておりません。これから、妻と子どもに対し改めてしっかりと謝罪をし、一生涯償って参りたいと思っております。

本日までお話できなかった理由は、私の状況の整理と、気持ちの整理と、頭が混乱をしていた、そのために遅れましたことを、説明が遅れましたことをお詫び申し上げます。本日はしっかり話したいと思います。

育児休業について、私は男性の育児参加というものは、今の日本の社会において、日本の女性活躍と少子化対策、その両方を実現するためには、男性の育児参加が絶対に必要だと思っています。

その導入として、男性が育児参加をする導入として、効果的なのが男性の育児休暇の取得だと思います。世の中がこの事について大きく議論してくださり、気運も段々と変わって来た中で、私は大きな期待を抱いておりました。にも関わらず、自らの軽率な行動によって水を差してしまったことについて、言葉には表現できないような申し訳ない気持ちでいっぱいです。

しかし、全ては私の不徳の致すところであり、とても今申し上げたようなことを私が論じる資格は無いのですが、この流れが止まらないことを願うばかりであります。私の後に、日本の多くのリーダーがこの道を切り開いてくれることを切に期待をいたしております。

最後に、私は高い志をもって国政にチャレンジし、親戚が4人いるだけという、ほとんど落下傘のような状況で政治活動を始めました。その私の5年前のスタートの時から、私という一個人を応援をしてくださった京都3区の、そして、その他の有権者の皆様と支援者の多くの皆様の気持ちを思うと、この場を通して皆様方にお伝えすることは大変不本意であり、申し訳ない気持ちでいっぱいでありますが、これから、お一人お一人にしっかりと丁寧に、今から話すことに対しご説明したいお思います。

道半ば、志半ば、成し遂げたい政策、実現したい社会、日本に夢を与えたい、その思いを実現したい気持ちは今でも変わりません。

しかしながら、"信なくば立たず"。国会議員の端くれとして、主張してきたことと、自らの行動の辻褄が合わないことを、深く、深く、深く、反省をし、議員辞職をする決意を固めたところでございます。

一から出直して、いつの日かまた、私の理想と実現したい政治を追い求めることが出来る資格を与えて頂けるように出なおしてまいりたいと思います。全ての皆様に、そして妻と子に対し、深く、深く、お詫びを申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。
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本当に最後まで、毎日、毎晩、悩んだ
―議員辞職の理由については

先程も申しましたとおり、国会議員としては、言ったことと、やっていることが一致をしないというのは、政治家としてのもっとも大事な原則からはずれてしまったということであり、国民の皆様に対して深い政治不信を与えてしまった。

党にも関係団体にも多くの皆様にご迷惑をおかけした。その意味を最大限表すとしたら、やはり議員辞職が一番、そのけじめになるのかと思った次第でございます。

当初、多くの方から「踏ん張れ」といわれました。支援者の方、私個人のことを心から応援してくださっている方が、そのようにおっしゃってくださったこともあり、本当に最後まで、毎日、毎晩、悩み二転三転しました。

しかし、そういった方々に対しても期待に応えることができなかった、その未熟さをしっかりとお詫びをし、その皆さんの思いも、いつの日か実現できるように、大きくなって帰ってこれることが出来ればという思いです。


妻に対して、一生涯をかけて償っていこうと
―奥様とはどのような話をしたのか?父として夫としてどのように接していくのか。
妻と話をしましたのは、2月6日夜だったと記憶しております。病室で妻の顔を見て、息子の顔を見て、罪悪感、後悔の念、一気に溢れてきて、話にくいことも含めて話しました。

夫として、まずは妻に対して、一生涯をかけて償っていこうと思っております。父としてということにつきましては、もしも許されるのでしたら、最後に申し上げたいと思います。

一個人として、育児に向き合っていきたい
―育休に議論に対しての思いと責任について

今回の育児休業取得宣言、私は国会議員という立場で申しあげたわけでありますが、原理原則からすると、法的な側面を含めると、「国会議員が育児休業を取得するというのは馴染まない」。そのような反対意見もある中で、時代は変わっている。現実は、20代、30代、40代、子育て世代は、切実な思いでやっている。

子育て支援に向き合っている中で、やはり女性にだけ「働け、産め、育てろ」と押し付けるのは、なかなか難しいところがある。やはり、それを阻んでいるのは、社会の重たい空気であり、それを何とかルールを越えて、国会議員が実践をすることで「空気をかえてほしい」。そういう強い思いを受けておりました。

だから私は、今とてもそのようなことを言える立場の人間ではないのですけれども、これからは一個人として、育児に向き合っていきたいと思っています。
「動揺してしまって、とっさに嘘をついてしまった」「いろんな方々を傷つけてきた」
―当初、「知らない」と答えたことについて。または、今回の女性以外にも関係を持ったことは。また、奥さんとの結婚記念日について。

一つ目、「知らない」と申し上げたことについて。人として動揺してしまって、とっさに嘘をついてしまったこと。大変恥じております。あの時、失礼な態度を取ったことに対して、お詫びを申し上げたいと思います。申し訳ございませんでした。

さらに言いますと、私はその時に、「どうにかしてごまかせないものだろうか」と考えてしまいました。正直なところです。お互いが黙っていれば大丈夫だからと思ってしまった。恥ずべき思考であり行動だったと思っています。

その他の女性のことでございますが、これまで私も35年間生きてきた中で本当に恥ずかしい限りですが、いろんな方々を傷つけてきたということはあったと思います。本当にそういった皆様方に対してもお詫びを申し上げたいと思います。
―それは結婚した後のことを言っているのか。

女性ということであれば、否定は出来ないところであります。申し訳ございません。

結婚記念日につきましては、どうか我々夫婦の間のことでございますので、ご容赦いただきますようにお願いできませんでしょうか。

―記憶がないということか?

覚えてはいるのですが、どうか2人の大切な思い出でございますので、プライベートなことだということで、ご理解いただけますと幸いです。

再起の道が描けていない中でも、この思いは引き続き持ち続けたい

―奥さんとは何を話したのか。また、今回辞職して、なお国会議員を目指すということについて。

おっしゃるとおりで、皆さんの不信感をそう簡単にぬぐえるものであるという風に思っておりません。また、今回議員辞職をするという事は、議員の仕事して、皆様方に対して、その罪を帳消しにすることすらも出来なくなるわけであります。

一般の人間となって、一般人となって、再起を狙うというのは、本当に難しいことだと思っていますが、再起の道が描けていない中でも、この思いは引き続き持ち続けたいと。

それすらも許されない人間であることは、重々理解をしているつもりであります。けれども、とめるにとめられない、この国への思い、社会への思いというものも一方で持っていることも事実でございます。

妻からはというお話でありますが、私が、今回の話をするまでは良好な回復傾向でありましたけれども、なかなか今の状況は厳しいものがあります。そして、それを子どもというのは敏感に察知するんでしょうか。保育器に出たり入ったりを繰り返しております。

子どものことは最後に申し上げますが、そのことを考えても、しばらくは政治のこと口にせずに、ひたすら妻と子どもに対して謝罪をし続ける、尽くしていくというのが政治家である前に、人の道なのではないかと考えております。

妻は大変厳しく、「私に対して、政治家としての自覚が足りない」。主にそういった趣旨のことを言いました。

会場に来るまで、最後の最後まで私は迷っていました
―奥さんが議員辞職すべきだと?

妻は言っておりません。決断は、実はこの会場に来るまで、最後の最後まで私は迷っていました。党の幹部の皆様にもご相談を申し上げましたところ、大変寛大なお沙汰を出していただき、「最後はお前に任せる」とおっしゃっていただきました。最後の最後まで迷いました。ですので、今回の決断は私、宮崎謙介としての決断と受け止めていただければと思います。
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日本に希望をもたらしたい、それが私の志でした

―宮崎さんの高い志、政治家としての理想とは?

やはり閉塞感のある日本、課題先進国である日本、多くの問題がありますが、それを地道に一つ一つ解決をして、日本に希望をもたらしたいと。それが私の志でした。

特に私は仕事をする中で、若い、未来のある若者の将来と向き合う仕事をしてきました。その彼らが、当時なかなか「日本の未来に希望が見出せない」「夢がもてない」そういっていたことが、私が政治家を志したきっかけになりました。

若者が希望を持てる社会を実現したい。生まれてきた子どもたちが借金を背負っているような状況じゃなくて、生まれた瞬間から本当のスタートが始まって、第一歩を踏み出して、夢を追っていける。そういう社会にしていきたいという理想を持っておりました。
自民党の中で理想を実現していきたい
―次の選挙は目指すのか?離党はしないのか?

私としては、まず議員辞職はしたいと思っています。私はやはり、政党で考えますと、日本の国の中で政治をするのであれば、私は思想としても自民党でございます。

もしも党が「自民党を離党しろ」とおっしゃるのであれば、党から出ることを辞さないわけでありますが、出来ることであれば、自民党の中で理想を実現していきたいと思います。

―議員辞職の時期については?

大変申し訳ございません。それに関してましては、私もルールがよくわかっておりませんので、 なるべく早く。まぁ地元の皆様に対してもしっかりと説明をしたいと思っておりますが、なるべく早くケジメをつけたいと思っております。

この場所に来るまで決めておりませんでしたし、私を当選させていただきました皆様に対しても、しっかりとお話をしたいと思いますので、その最低限のプロセス、そんなに長く時間を取りません。 その後に(辞職届)出したいと思います。

党のプロセス、国会のプロセスが、どういうものか、わかっていないので、何とも申し上げられませんが、しかるべき手続きを踏んでやっていただきたいと思っております。嘘偽りはございません

人間としての欲が勝ってしまった
―奥さんには辞職は伝えたのか?

妻には、妻にだけは伝えるべきかと思いましたが、最後まで「政治家としてケジメをつけてこい」と言われました。
―それはいつ?

出てくる前です。

―奥さんとのやり取りを詳しく教えてほしい。また、今回このようなことになってしまった理由は?

一言で申し上げると、私自身の非常に未熟な、人間としての欲が勝ってしまったということだと思っております。

妻とのやり取りに関しまして、正直な話、私も相当、精神的に弱っていたのもありますので、明確な記憶というのは定かではないのですが、印象的な言葉がいくつかあったと思います。

「政治家としての自覚が足りない」というのもそうだと思いますし。「私が大変な時に・・」という話もされました。

(誘ったのは)おそらく私だったのではないか

―女性と3回会ったということだが、最後にあった京都の時に誘ったのどちらか?またバレンタイン前後で会う約束などはしていたのか。

それは記憶をたどりますと、おそらく私だったのではないかと思います。そして、バレンタイン以降・・

―これから会う約束をしていたのか?

いや、してません。

ただすぐに選挙の事は正直、考えおりません

―辞職した後の活動については?また宮崎議員の議員辞職により、他に政治資金の問題などが指摘されている議員の進退について影響するのではないか

一つ、辞職をした後に関しては、お詫びを致します。ただすぐに選挙の事は正直、考えおりません。5年後かもしれませんし、10年後かもしれませんし。今の状態では正直、私は難しいと思っています。

党からも「出ろ」ということは言われないと思います。それほどまでに私は今、国民の皆様の信頼を失っていると、不覚を反省をし自覚を致しております。

―結果的に、育児休業のような状態になったことについては?

そこにつきましても正直な話、プランは未定なんですけれども。まぁ深く考えているわけではありませんが、妻も大変な状況ですので。今回のことで本当に心労をかけてしまっているので、謝罪の意味を込めて出来る限りサポートをしていきたいと思っています。
―他の議員の進退に影響する可能性については

それは私としては、その方々がお考えになり、お決めになることですので、私のコメントは控えたいと思います。
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週刊誌以外の女性についても否定はいたしません

―今回、週刊誌に書かれた以外にも別の女性もいたのか?また、今回の育児休業宣言についても売名行為ではないのか。

女性と関係がなかったとは申しません。ここから先の話は、私だけのことではなくなってきますので、どうかご勘弁いただきたいと思います。私自身も深く反省を致しております。

また、売名行為の話でございますが、そうとられてもおかしくない言動を私はしてしまったと思っております。

本当に深く反省を致しておりますが。その上で、また私などが申し上げる資格などはございませんけれども、この育児休業制度、男性の育児参加は日本の社会に対して必要なことではないかと思います

―週刊誌以外の女性についてもということですか?

否定は致しません。

思わせぶりなことを申し上げたかもしれません

―一部報道で、宮崎議員が今回の報道について「ハニートラップ」といっているとされが、それは本当か?離婚については?
私自身の方で、気を持たせるようなこと、コミュニケーションを取ってしまったことは否定いたしません。

離婚に関しまして、これは私が決める話ではございませんので。出来れば、私は妻とこれからも一緒に生活をしていきたいと思っておりますが、そんな虫のいい話はないだろうなとも思っています。

―女性から何らかの意図をもって近づいてきたということは?

確かに女性の方からメッセージをいただいたのは確かなんですけれども、その後のやり取りに関しては、私に非があったことを認めたいと思います。思わせぶりなことを申し上げたかもしれません。
パフォーマンスといわれても仕方がなかったなと

―結果的に、本当に育児休業取得を希望する人たちを不利な状況に追い込んだことについて

その後指摘に対しては、本当に申し訳なく思っております。

育児休業を取得したいということで、真剣に苦しんでいる方々いらっしゃること。男性もそうですし、女性もそうですし。私は、今回はじめて、おしめを変えたり、ミルクを作ったり、夜泣きに付き合う中で、本当に大変なんだなと、今ようやく始めて、実感をしつつあります。

それがわからない中で声をあげていたこと、それをパフォーマンスといわれても仕方がなかったなと。そう思っております。ただ、世の中の皆様には、こういった現状がある中で、私が逆風をふかせてしまうことになったかもわかりません。それが本当に取り返しがしたと反省を致しておりますが、政治家として、本当に申し訳なかったと思っております。

これからの人生で政治家としてではなくて、罪滅ぼしをしていきたいと思います。

―お気持ちをより具体的に

今になって本当に申し訳ないことをしたと。筆舌には尽くせない思いです。大変な裏切りを 私の軽率な行動によってしてしまったと思っています。このことは、本当に言葉では表現できませんので。あの時に勇気を下さった皆様には逃げずに謝罪をしたいと思っています。

わが子の顔を見て、最初に喜びと同時に罪悪感を感じました

―謝罪のタイミングについては
タイミングは落ち着いてきたら。できれば、私と会っていただけるのであれば、お一人お一人にお会いして、さらにお困りの現状等もうかがっていくことも含めて。政治家の立場ではなくなりますが、真摯に向き合っていきたいと思います。申し訳ございません。

最後に。

この度、本当に多くの皆様に対して、政治家という立場でありながら、ご迷惑をおかけいたしましたことに、改めて深くお詫びを申し上げます。皆様方がおっしゃったとおり、報道されていたとおり、私は政治家を、バッジをつけている資格はない人間だとは思うのです。

ただ、私は2月5日子どもが誕生し、出産にも立ち会いました。Facebook、ブログには書いたと思うのですが、本当に壮絶なドラマで感動しました。感動したのですが、わが子の顔を見て、最初に喜びと同時に罪悪感を感じました。

子どもは親を選べない。その直後に子どもは保育器に入りました。なので、私はその日に子どもを抱けなかったのですが、翌日病院に戻り、夜中に子どもを抱いた瞬間に、子どもは親を選べないけど、親は子どものために変わらなければならないのだと思いました。
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子どものために、私は生まれ変わって、もう二度と、これから同じ過ちは絶対に繰り返してはならないのだと。父として、父として出直していきたいと思います。

もうこの時計の針は巻き戻せませんので、いつか本当に残酷な話ですが、私の子どもは今回のことを知ることになるでしょう。そう考えたら、胸が張り裂けそうになります。でも、これは私のまいた種であり、身から出たさびであると思っています。

だから、子どもを始めて腕に抱いたときから、決心をした気持ちを忘れることなく、務めを果たしていきたいと思います。私はこれ以上、責任のとり方は、私のない知恵では思い浮かびません。


どうか妻の体調もあります、子どものプライバシー、将来のこともあるので、私の辞職に免じて、ご容赦いただけますように、ご配慮いただけますようにお願いいたします。

最後になりますが、この度日本中、また世界中の皆様に対して多大なるご迷惑をおかけしたことに対し、そして妻と子どもに対し、心から深く深くお詫びを申し上げます。

本当に申し訳ございませんでした。



 

★女を踏み台に国会議員までなりあがったけど、最後は女で自滅という、とてもわかりやすい人生

IT企業ドリコム退社時に社長批判ブログ発表して批判されまくる
迷言「人を大切にできないトップは頭から会社を腐らす(キリッ!)」www

2006年 元嫁・加藤鮎子(加藤紘一娘で衆院議員)と結婚※1歳上
婿入りして、「宮崎」姓から「加藤」姓になる

2009年 宮崎の不倫により3年で離婚
加藤家を追い出されて「宮崎」姓にもどる。

2012年 衆院京都3区から出馬し初当選
2014年 2期目当選
 (選挙区の有力財界人の娘をたぶらかして支援を受けるも、当選後に金子との交際が始まり破局)

2015年
5月19日 今嫁・金子恵美(元ミス日本関東代表で衆院議員)と結婚発表※2歳上
     育休パフォーマンスにより知名度up
12月23日 挙式・披露宴

2016年 
1月4日 夫婦で出席した衆院議員会館での和服イベントで、巨乳タレント宮沢磨由が宮崎の袴の着付けを担当した際、宮崎がナンパ。LINEなどで連絡を取り合い交際開始、議員宿舎近くの赤坂のホテル等で3回密会(宮崎会見による)
1月30・31日 宮沢磨由を嫁留守中の京都自宅に連れ込んでセクロス三昧
2月5日 嫁が東京の病院で出産したと宮崎ブログで発表
2月9日 「女性タレント連れ込み」と文春報道
2月11日 「ハニートラップに引っかかった、辞任も離党もしない」と発言
2月12日 記者会見で辞職表明←★いまここ

63 :名無しさん@1周年:2016/02/12(金) 11:06:58.92
不倫宮崎前科★さようなら 二度と自民党公認はしないよ 売国二階派激怒

2006年に自由民主党所属の衆議院議員・加藤鮎子と結婚したが、2009年に離婚

離婚原因は宮崎の女性問題であったと報じられた

前述の原因もあり、宮崎は引き継ぐ予定だった加藤家の地盤である山形3区を継げず、京都3区から公募で出馬することとなった

2015年5月19日、同じ自民党・二階派所属議員である衆議院議員・金子恵美との再婚を発表した

金子との再婚を発表する一方で、宮崎は自身の支援者の娘とも交際していたことが報じられた。

交際期間が金子と重複しているとも報じられたが、宮崎は取材に対し「全然全然マジ勘弁してって感じですよ。

妻と始まったのは二月中旬から下旬だから、時系列的には全然かぶってない。

俺、かぶせることしないから」と答えた。

168 :名無しさん@1周年:2016/02/12(金) 11:09:06.66
まあ、嫁の、金子恵美も 着物女王とか、ミスコンとかで相当チャライ生活を送ってきて
新潟市議-->県議-->国家気議員とあっという間に駆け上がった、成り上がりだからな

良妻賢母のお嬢様じゃなくて、男を手玉にとって、金玉を握るお付き合いを何回もして上がってきたんじゃないの
女を手玉に取った宮崎とは、似たもの同士のお互い様じゃないの。

育休休暇のアイデアも、嫁のチャラ子のアイデアのパフォマじゃないの、チャラ男の考え付くことじゃない
周りは二階派閥の古い自民先生ばかりだし、夫婦そろって、世の中を舐めて来た結果だよ




ニュースでは「仙台市の泉区にある、市立中学校」というだけで、学校名が伏せられたままでいる。
どこの中学校で起きたことなのか、学校名は伏せられたまま事件が語れており、また館中学校の二の舞のように県では隠蔽しているのである。

これでは、少しも進歩せず、保護者会も開かれたようだが、学校や教育委員会では焦点をぼやかしたままのようである。

記述すると、首をつって死亡した中学生の男子が所属していた中学校は


「仙台市立南中山中学校」である。

宮城県仙台市泉区にある公立中学校。略称は「M中」。wiki

所在地: 〒981-3213 宮城県仙台市泉区南中山2丁目26−1


なぜ、隠蔽したがるのか、よく理解に苦しむ。

学校側では、いじめはなかったとしている、この男子が担任されていたのも女教師で
館中学とよく酷似している。

館がある場所から、そう遠くもなく、立地条件としては近い。

創立も昭和63年と歴史も浅く、新興住宅地に立った新しい学校。
たくさんの住宅が立ち並ぶ・・・いじめはなくならない・・・先生の求心力のなさ、親の学歴の高さなど、全部が全部そうだとは言わないが…



宮城県仙台市泉区内の市立中学 2 年の男子生徒( 14 )が自宅の部屋で首をつった状態で発見され、部屋には手書きのメモがあった。

現場の状況から男子生徒が自殺したとみて調べており、仙台市教育員会がいじめの有無について調べる。



仙台中2男子いじめ自殺「きもいと言われる」調査にトラブル示唆
宮城県仙台市泉区の自宅で、中学2年の男子生徒が首をつって自殺した問題で、仙台市教育委員会は昨年 7 月に実施した学校のアンケートに男子生徒が「 友人関係は最悪 」「 きもいと言われる 」と記していたことを明らかにした。

市教委は生徒の周囲の状況を把握する必要があるとして、中学校で全校生徒を対象にした緊急アンケートを行うことを発表、死亡するまでの経緯を解明する方針


仙台で中2男子自殺か いじめ有無調査

 3日午前6時10分ごろ、仙台市泉区の市立中学校に通う2年の男子生徒(14)が自宅の自室で首をつった状態で見つかり、家族が119番した。生徒は区内の病院で死亡が確認された。自殺とみられ、仙台市教育委員会がいじめの有無を調べている。
 宮城県警と市教委によると、3日午前7時5分ごろ、生徒の母親から「子どもが自殺を図り、亡くなった」と学校に連絡があった。
 いじめ自殺の可能性を視野に、県警が保護者と学校に事情を聴いたが、現時点でいじめに結び付く証言は得られていない。
 県警によると、生徒の自室の机の上にノートがあったが、いじめや自殺をほのめかす内容は記されていなかった。亡くなる前日の2日は、普段と変わらない様子で通学していたという。
 3日夜、仙台市内で記者会見した市教委の吉田広志学校教育部長は「生徒が亡くなったのは事実で、非常に残念だ」と述べた。生徒が通う中学校の校長は取材に「保護者と接触できておらず詳しい状況は分からない。早急に確認し、きちんと対応したい」と話した。
 仙台市では2014年9月、いじめを苦に泉区の館中1年の男子生徒=当時(12)=が自殺。学校側が「転校した」と虚偽説明し、市教委も1年近くいじめ自殺を公表せず、混乱が広がった。





Posted By: amenokakuya 2016年2月5日

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仙台市立南中山中学校(仙台市泉区)で、2月3日午前6時頃、2学年の男子生徒(14)が自宅で首を吊り自殺する事件が発生した。現在、仙台市、学校、報道各局は学校名を伏せている。インターネット上ではすでに学校名が判明している状態。

これについて、仙台市の対応が問題となっている。仙台市は、おととし9月に発生した館中学校のいじめ自殺事件が全国的に問題となったにも関わらず、今回も学校名を公表しなかった。仙台市教育委員会の発表は、「男子生徒は自殺のあった日の前日まで普段どおり登校していた」「特に変わった様子はなかった」と、うやむやな内容に終始。さらに学校側も、「いじめの有無を確認する」「他の生徒にはまだ事実を説明していない」「保護者と相談して対応を決める方針」と、館中学校のいじめ自殺事件に酷似した内容の発表に留まっている。

仙台市は2014年9月に発生した仙台市立館中学校の男子生徒のいじめ自殺事件を約1年もの間隠ぺいし、第三者委員会による調査発表後も、「遺族の意向」を理由に学校名を公表せず、今なお加害者生徒とその保護者の謝罪がないまま、第三者委員会の再調査待ちという事態が続いていた。今回も同様、奥山恵美子市長と仙台市教育委員会は、自殺があったことを即日公表したことのみで、いじめが原因と考えられる生徒の自殺への対策方針を実質改善していないことが浮き彫りになった。

2016年2月5日
天之加久矢


今回の自殺は、仙台市立南中山中学校だった。報道の様子とインターネットの反応は以下

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