日本対ブラジル その8 熱視線日本対ブラジル その10 成長痛

2020年03月29日

日本対ブラジル その9 培った経験と勘



『さあ、日本対ブラジル後半キックオフです。日本はまず一手として吉川に代えて日比野を投入しました』
『いいと思いますよ。まずは何かを変えて、流れを変えるのがいいですねえ』
『2点ビハインドと苦しい状態ですが、奇跡を信じて応援しましょう!』







 






エンジェル・イレブン11人は日本陣地の中央で円陣を組み、藤田みのりの気合いの声で散開した。
それぞれがポジションに散る中、後半から投入された日比野あすみと桐島羽奈がセンターサークルの中央に並んだ。
羽奈はキョロキョロと周囲を見渡し、そしてブラジルゴールを見据えてから笑顔を見せた。その様子を眺めていたあすみはふっと息を吐いた。

「2点ビハインド、厳しい状況だってのに、お前は相変わらずだな」
「そーかな。これでも結構プレッシャーなんだけどなあ」
羽奈はちょっと難しそうな顔をして眉間に皺を寄せる。視線の先には黒い肌の選手、ジャネットが捉えられている。
「そうか、まあ前半はいいとこなかったからな、お前」
「うっさいなあ、これでも頑張って…」
羽奈の反論を、あすみは手を出して阻止した。そして空いている左手で紫色のバンダナを直しながら羽奈から視線を外した。

「大丈夫だ。後半は俺がいる。お前を存分に活躍させてやるよ」
言葉を封じられて多少むくれた表情を見せた羽奈だったが、その言葉を聞いてにぱっと笑って頷いた。



そしてキックオフ。羽奈がスパイクの裏でボールを擦り、あすみが右後方に大きく蹴り込んだ。
ブラジル3トップのフェアリー、ラム、リンディノが同時に日本陣内に走り込む。
サイドに放たれたボールを高遠エリカが受けてすぐに中央、鷹取うららにボールが渡り、そこから縦に大きく蹴り込んだ。

ボールは一気にあすみの頭上を越えて前線駆け込む松風かなえに向かったが、その手前でモニークがヘッドで弾く。弾かれたボールをマルガリーダが確保し、羽奈のチェックをかわしながら前に走るリメルダにグラウンダーのボールを送った。

「ナイスパス」
リメルダは口元を緩めて笑顔を浮かべながら後ろから来るボールを走りながら器用にトラップ。しかしスピードが緩んだ瞬間にあすみがリメルダの前方眼前に躍り出た。
そのままあすみはリメルダに激しいチャージ。リメルダは顔を一気に歪ませる。上半身をぐらつかせながらもリメルダはボールをコントロールしてキープ。あすみは舌打ちをしながら更に体を押し込んだ。
リメルダは後ろに倒れそうになりながらも右足を振ってボールを右に蹴り込んだ。右サイド走るリンディノへの絶好のパス。清水洋子が緩めのパスをインターセプトしようと滑り込むが僅かに足が届かずボールはリンディノの足下へ。
洋子が抜かれたことにより右サイドはスペースが生まれるはずだったがうららがカバー。リンディノに張り付いた。
リンディノはうららのマークをかわしながらゴール前に大きくボールを蹴り込むアーリークロス。エリア中央に入り込むラムへの絶好のボール。
ラムには近藤榛名と西園寺玲華が二枚マーク。落下点で榛名とラムが同時にジャンプ。玲華はシュートコースを塞ぐ動き。

ボールに僅かに速く届いたラムは頭を横に振ってシュートでは無く横に弾いた。


「ポストプレー!」
声を震わせて玲華が叫び、ボールの行方を追う。
真横に弾かれたボールに走り込むのはフェアリー。 エメラルド色の瞳を爛々と輝かせてラムの弾いたボールに走り込む。しかしフェアリーには木曾崎佳乃がマーク。足を振り上げたフェアリーのシュートコースを塞ぐように足を出した。
フェアリーは表情を変えず、振り込んだ足の速度を急激に緩めながら丁寧にボールをトラップし、軸足の後ろにボールを流し、反転する。
恐ろしいほどのテクニックに佳乃の体勢はぐらつき、マークが外れる。改めてフェアリーが足を振り上げてシュート体勢を取るが、そのかわしたワンテンポのうちに玲華が横に走りながらフェアリーのシュートコースに体を入れた。

しかしフェアリーの動きは更に思惑の先を行く。
振り込んだ足の速度を落としながらボールを突く。ふわりと浮き上がったボールは玲華の肩口を掠めながらエリア内縦に緩く小さく放られる。
そして、榛名と競り合ったラムはそこで動きを終わらせてはいなかった。着地の瞬間体を反転させながらDFラインの裏へ抜ける動き。
玲華が一歩後ろに下がっていたため日本のDFラインは1メートル後ろに設定されていた。
その隙間を飛び込むラムにフェアリーの小さい浮き球が完璧に合う。
スタジアムが悲鳴を上げ、ラムは落ちるボールに右足を合わせた。


パン!


ボールが弾かれる乾いた音。そしてラムによって放たれたシュートは大きく真上に弾き飛ばされていた。
ラムの驚愕の視線は目の前で大きく息を吐く藤田みのりに注がれていた。






『止めた!止めたー!!ニッポンの大ピンチを救ったのはキャプテンの藤田!最後の最後でブラジルの攻撃を読み切って止めた!』
『いえ、多分読めてないでしょうね』
『そうですか?』
『読めてたらもっと前に抑え込めてます。あのブラジルの多彩な攻撃を読み切れる選手なんて、世界を見渡しても殆どいませんよ。多分勘と、これまで培った経験。そういったものが最後の最後で止める力になったんでしょうねえ』

夏川美沙はそんなことを解説しながら、つい1ヶ月ほど前の紅白戦を思い出していた。
葵奈津実と美沙がエンジェル・イレブンの激励に行き、何故か紅白戦に参加することになった時のことを。
あの時、みのりは美沙に向かって「日本で2番目のボランチ」と言い切った。
別に日本一の選手だと思っていたわけでも無かったが、単純に美沙にとっては疑問だった。
彼女にとって、フル代表の自分を超える選手とは誰のことなのか。


なるほど
美沙はその事を思い出しながらクスリと笑った。
これだけの経験を彼女に詰め込めたのはその「先輩」のおかげだ。
そして、彼女とその先輩の所属するクラブが、藤田みのりをここまで育てたのだ。

確かに、ある意味日本で一番のボランチだ









大きく浮き上がったボールは紺野美咲がジャンプでキャッチした。
そしてすぐさま大きくパントキック。美咲のパントキックは正確さが売りであり、このボールも前に走るあすみに正確に届いていた。
あすみが振り返って胸トラップで受け、足下にボールを落とした瞬間、リメルダとマルガリーダが前後から挟み込むようにチャージ。あすみは口角を上げながら反転動作の中でふたりを弾き飛ばした。


「ぬるいなあ」
リメルダとマルガリーダは諦めずにあすみに詰める。しかしあすみは少しずつ前に進みながらボールキープし、ボールを渡さない。
後方両サイドから清水洋子と高遠エリカが飛び出し、中央は鷹取うららが走る。
それを見届けたあすみはふたりのチャージを受けながら右足を振り抜いた。

シュートのような勢いのグラウンダーパスは前線羽奈の足下へ。
あすみは両サイドとうららを囮に使い、交代後初めてのキラーパスは羽奈に打ち込んだ。
エリア手前前線の羽奈に向かってあすみのパスが飛ぶ。しかし羽奈にはジャネットが張り付いている。
羽奈は反転動作のフェイントを入れ、ジャネットを揺さぶりながら右足を伸ばす。



いくよ、かなえちゃん



右足に触れたボールは揺さぶられたジャネットの右脇を抜け、エリア内にふわりと飛ぶ。
かなえがそのボールに合わせるようにDFラインの裏に走り込み、モニークのマークをかわしながら右足で合わせた。
かなえのシュートはクロスバーを大きく超え、スタジアムから落胆の声が響いた。


シュートの行方を見たかなえは落胆の息を吐き、肩をすくめた。しかし振り向くと笑顔の羽奈が親指を立てていた。

「ナイスシュートだよ、かなえさん!」
羽奈の笑顔にかなえも釣られるように微笑む。
「ありがとう!どんどんパス出してね!」


後半5分、ブラジルと日本、双方シュート1本ずつ。
ブラジルはテクニックをベースにした変幻自在の攻撃を披露し、日本はカウンターで応戦。
日本ベンチの松原聖は眉間に皺を寄せた難しい表情でピッチを見据えていた。




 

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