イタリア対アメリカ その1 事実上の決勝戦イタリア対アメリカ その3 パイナップル・アタッカー

2020年06月21日

イタリア対アメリカ その2 最初の攻防




両国の国歌斉唱を終え、試合前のセレモニー全てを終えた両チーム22名の選手たちがピッチに散らばった。
コイントスによりキックオフはアメリカとなり、センターサークルにはフィリス・キャッシュマンとリンダ・ゴッドリッチが並んだ。
対するイタリアはワントップであるマリル・ビノットがサークルギリギリの位置で笑みを浮かべながら中央に置かれているボールを奪おうと目を光らせている。

黒の審判服を着た主審が首に掛けた笛を左手で持ち、口に咥えて右手を高く挙げる。
両チームの選手たちは一様に緊張を走らせる。
それは満員のスタジアムの客席にも伝わり、それまでの喧噪を静めさせた。


そして、甲高い笛の音が埼玉スタジアムに響き渡った。





 




わっという歓声が響き、VIP席の羽奈は両手を挙げてその歓声に加わる。
西園寺玲華は眉間に皺を寄せ、一瞬たりとも見逃さないという決意でピッチを見下ろした。
加藤優子は小型のモバイルPCを膝の上で広げたまま、ピッチと画面を交互に見比べ、時折メモを取るように細い指でキーボードを叩く。
黒いスーツに身を包んだアーカムはまるで表情を変えないまま、しかし周囲を見渡しながら警戒を緩めない。


笛の音と歓声が響く中、ゴッドリッチがボールの上部をスパイクの裏で掠め、キャッシュマンが真後ろに大きくボールを蹴り出した。
ビノットは笛の音と同時にアメリカ陣内に向けて走り出し、デニス・アマートを中心としたイタリアDFはラインを整えて前に押し上げた。
アメリカの両サイド、 左のスージー・グルフィスは一気にイタリア陣内に向けて駆けだしたが、右のリーフ・ポピンズは長い黒髪を横に二つに纏め、その2本の尾がひらひらと舞っているがセンターラインを越えた辺りで上がることを止めている。

イタリアはアマートがDFラインを押し上げ、中盤がそれに伴いやや上がるように前に出ているが、前線ビノットとの距離は幾分空けている。
5人の中盤の内、ダブルボランチと思われるクラウディア・アンジェリとチェチーリア・ボッシは自陣中央付近で周囲を確認しながら、左右に広がったバンビーナ・バラルディとピエラ・サルバーニの中間位置をポジショニング。トップ下のカーラ・ブランピッラはセンターラインギリギリまで前に出ているが、アメリカの陣地に入ろうとはしていない。


「えらく消極的、に見えるわね……」
玲華がそう呟く。
いくら守備的なイタリアといえど、そこまで自陣に人を集めているのは合点がいかない。
早めに前線にチェックに行かなければ、アメリカが得意としているサイドへのロングパス、所謂「北米スタイル」の攻撃が来る。準々決勝でドイツがアメリカに対したのは、前線での素早いチェックでそのロングパスの精度を落としてアメリカを苦しめた。
最強国アメリカに対するには、ドイツが取った戦術が恐らく最適だと思っていたが、イタリアはそれをしない。
それほどまでに守備に自信があるというのか。
それとも他に何か、玲華が気がつかない戦術があるのか。

「どう思う、羽奈……」
そう呟きながら玲華は隣の羽奈に顔を向けた。しかし羽奈は周囲の観客と同様に手を振り上げて歓声を上げていた。その様子から見ると、偵察に来ていることを完全に忘れている様にも見える。

(監督、人選失敗だったかもしれませんよ)
玲華はそんなことを思いながら、改めて視線をピッチに向けた。
キャッシュマンのロングボールはCBのケイシー・キングの足下に収まっていた。
そして、そのキングに迫るのはイタリアFWビノット。
ボールを奪おうと足を出すが、キングはその大きな体躯に似合わぬ俊敏な動きでボールと共にビノットの突撃をかわし、右足を大きく振ってロングパスを出した。

ボールは左サイドに向け大きく流れる。落下地点に待つのはポピンズ。マークに来るバラルディを背中に背負う格好で胸でボールをトラップ。それなりに勢いのあるボールの威力をあっさり吸収するトラップ技術は流石だ。
ポピンズはバラルディのチェックを反転動作でかわしながら中央に上がるシャノン・ブライトンに送り、そのままバラルディを引きつけながら中央に向かって斜めに走る。
ブライトンはボールを受け、後ろからマークに向かうブランピッラが来る前にポピンズに折り返す。
ポピンズはバラルディが追いかけてくることを認識し、またクラウディア・アンジェリがフォローの動きをしていることを確認しながらブライトンのパスを軽く踵で触ってコースを変えるダイレクトパス。
アンジェリの裏をかくこのパスは左サイドラインに向けて芝を駆る。
そのパスに向かっているのはアメリカの左サイドバックであるセシリー・スマイスだった。

「ちっ!」
アンジェリは舌打ちをしながら急反転してボールを追う。スマイスは速度を上げながらポピンズの送ったボールをサイドライン際で受け取り、そのままドリブルでサイドをえぐる。
マークに入るイタリア右サイドバックのディーナ・ジェルマーニを速度に乗ったフェイントであっさりかわすとコーナーフラッグ付近まで走り込んでクロス。
ゴールから遠ざかるような軌道でエリア内に速いボールが打ち込まれ、中央走り込むキャッシュマンの頭に向かう。
キャッシュマンにはエリア・カスッテリーニが密着し、ふたりは同時にボールに向かって飛び込んだ。
そして僅かに勝ったキャッシュマンがヘッド。ゴール右隅を狙ったヘディングシュートだったがGKのレベッカ・ランチが横っ飛びでシュートを弾き、弾かれたボールはここまで下がったアンジェリが確保した。

いきなりのアメリカ攻勢、そして大きなチャンスシーンにスタンドからは大歓声。
アンジェリは試合を落ちつかせようと、チェチーリア・ボッシにボールを渡し、ボッシからアマートへゆっくりとパスが渡された。


「凄いクロスとシュートね。でもそれを止めたGKも素晴らしい反応。流石イタリア代表のGKね」
優子が感心した風にそう呟き、玲華の顔を見た。しかし玲華は小難しい顔をしたまま、ピッチを見据えている。

「ええ、確かにイタリアのGKは凄いですけど、あの攻撃は恐らくイタリアにとっては織り込み済みだったようにも思えます」

キャッシュマンのヘッドの瞬間、もうひとりのCBであるアマート、そしてボッシは連携しながらシュートコースを制限するようにポジショニングしていた。
つまりゴールの左側と中央のシュートコースを切っていた。そして、競り合ったキャッシュマンも、そちら側にだけは打たせないように体を寄せていた。
キャッシュマンにとってはゴール左側にしか打つ選択肢が残されておらず、そしてGKのランチはその事がわかっていれば対処はたやすい。横っ飛びまでしたのは、それでもキャッシュマンのシュートが良いコースに飛んでいたからだ。


とはいえ、アメリカの攻撃も凄まじい。
特にアクセントになったポピンズのプレーは「北米スタイル」を追求するアメリカの攻撃の幅を大きく広げるものになっている。
実際にイタリアの中盤はあの攻撃に多少の混乱を生んでいる。

そして、これでとりあえず前半の試合のポイントは定まった様に感じる。

「攻撃のアメリカ・守備のイタリア」

アメリカはこれからも攻撃を繰り返し、イタリアはそれを受けつつ一閃のカウンターを打つ。
きっと、そうなっていくだろう。


そこまでの予想をし、そしてこれだけのプレーで両チームの高度なテクニック、駆け引き、戦術を見せつけられた玲華の頭の中には戦慄しか無い。
どちらが勝つにしろ、その相手をどう戦えばいいのか。
今のところ、玲華にそれは見つけることはできなかった。



 


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