イタリア対アメリカ その5 共鳴イタリア対アメリカ その7 世界最高峰のディフェンス

2020年10月25日

イタリア対アメリカ その6 覚醒の刻




リーフ・ポピンズから右サイドに送られたパスをチェチーリア・ボッシがカット。
ボッシに弾かれたボールはサイドラインを割り、線審がアメリカのスローインを指示。
その時、主審が甲高い笛を吹いて選手交代を告げる。

イタリアベンチ前のライン際には背番号10番。リリー・キャロネロが楽しそうな笑顔で立っていた。





 


交代ボードには「17」の数字が書かれており、これまで中盤前目でプレイしていたバンビーナ・バラルディとの交代である事が示されている。
バラルディは少しばかり悔しそうな表情を浮かべながらもベンチに向かって走り、外で待つリリーとハイタッチをかわす。
そして、リリーがピッチに駆け出すと、ゴール裏イタリアサポーターから割れんばかりの大歓声が巻き起こった。


「いよいよね」
「うんっ!」
メインスタンドVIP席で加藤優子がそう呟き、羽奈が嬉しそうに頷いた。しかし西園寺玲華は眉間に皺を寄せ、ピッチを睨み付けている。

「でも、アメリカもリリー・キャロネロ対策はしている筈よね。私はアメリカの守備が『ファンタジスタ』をどう抑え込むかの方が、興味あるわ」

玲華の言うことは至極尤もな事だった。
アメリカがリリーに対してなにも対策をしていない訳がない。
しかもアメリカは、大会初日の対日本戦で、同じく「ファンタジスタ」である桐島羽奈にハットトリックを演じられてドローに持ち込まれている。
警戒、そして対策を講じていない筈は無いのだ。



リリーはアンジェリ、カーラ・ブランピッラと一言二言話しをしてから前線にポジションを取った。
これまでのイタリアはマリル・ビノットをワントップとした4-5-1のシステムだったが、どうやら4-4-2にシステムチェンジ。中盤はブランピッラとピエラ・サルバーニを前目の位置に置き、アンジェリとボッシが下がり目の位置。所謂ボックスタイプの攻撃的な中盤構成になった。



「さて、やっと出てきたか」
アメリカのDFリーダーであるケイシー・キングはニヤリと笑みを浮かべる。
これで正真正銘本気のイタリアと戦うことが出来る。
キングは中盤のスカーレット・ヘンリットに目配せを送り、ヘンリットは小さく頷くとリリーにポジションを寄せた。


アメリカのスローインから試合再開。
マルビナ・アボットがボールを投げ入れ、サイドに寄ったリーフ・ポピンズがボールを受けるとブランピッラが背中に張り付いた。
ポピンズとブランピッラは元々ラツィオプリマヴェーラでチームメイトであり、お互いがそのプレーを知り尽くしている。
ブランピッラがボールを奪うように足を出し、ポピンズは顔をしかめながらそれを押さえ、後方にパスを送る。
ボールはアボットからDFラインのエイミー・ファイアストン、更にキングへと繋がる。
キングにボールが渡った瞬間、ビノットが詰める動き。
キングはビノットが距離を縮める前に大きなボールを前線に出した。
ボールは左サイドに伸び、サイドライン際を走るリンダ・ゴッドリッチを狙う。

これまでも、きっとこれからもアメリカは戦法を変えない。

ゴッドリッチに併走するようにボッシが追う。ゴッドリッチにボールが渡るその手前でヘッドで弾き返した。
ふわりと浮いたボールをアンジェリが確保し、後ろにバックパス。デニス・アマートがボールを受け、DFラインでパス交換を始めた。


「今の、ショートカウンターも行けたタイミングだったけど…」
玲華がそう呟いた。リリーが入って中盤の人数は減ったものの、まだイタリアが数的には有利の筈。
事実これまで同様の状況であれば、イタリアは速いパス回しから一気に前線に迫っていた。

「多分、リリーがピッチに慣れる時間を作ってるんだと思う」
羽奈がそう呟いた。
羽奈の視線はピッチをふらふらしているリリーに釘付けだった。
そして、あのプリマヴェーラの試合でも、リリーはそうやってピッチの質感、風などを感覚的に理解していった。

そして、そこからリリーは「空の支配者」として予想できないファンタジーを繰り出すのだ。


後半も25分をまわった。
イタリアは丁寧に中盤、そしてDFラインでボールを繋いでいる。
イタリアの選手は勿論、アメリカの選手でさえもそれはリリーの覚醒を待っているのだとわかっているから、積極的にボールを奪いに走った。
しかし、4-3-3の薄い中盤構成のアメリカでは細かく広くパスを繋ぐイタリアからボールを奪えない。

中盤の底の部分でボッシがボールを受け、ポピンズが決死の表情で詰め寄った。
ポピンズは元々リリーのバックアップとしてラツィオプリマヴェーラに所属していたこともあり、リリーの怖さをある意味よく知っている選手。
だからこそリリーが覚醒する前にボールを奪い、先制しなければいけないとわかっている。
ボッシはポピンズの突進をかわしながら、下がってきたアンジェリにパス。ポピンズは急ターンでアンジェリに向かって走る。
アンジェリはぐるりと周囲を見渡し、大きく右足を振り抜いた。
アンジェリの右足から放たれたロングボールは右サイドに向かって伸びていた。

そして、そのボールに向かって走るのは、右サイドバックのイレーネ・ベルティーニ。



「ここであのパイナップルを使うの?!」
玲華は椅子から立ち上がりながらそう叫んだ。
今までの時間稼ぎはリリー・キャロネロの覚醒を待つためのものでは無かったのか。
誰もが予想し得ない戦略、戦術。

これが、イタリアのレジスタ、クラウディア・アンジェリ。


「走りなさい!既にリリーは顔を上げているわよっ!」
クラウディアは前に走りながら大きな声を張り上げていた。
その声に呼応するかのようにイタリアの選手全体が前傾の姿勢を取った。
DFラインが一気に上がり、中盤カーラ・ブランピッラとピエラ・サルバーニが上がる。
右サイドに放たれたロングボールに対し、ベルティーニとマルビナ・アポットが空中で競り合い、僅かに勝ったベルティーニが頭で前にボールを落とし、アポットの寄せをかわしながらサイドライン際を突破した。

イタリアサポーター席から歓声、そしてメインスタンドからも大きな歓声。
後半に入り、ほぼ初めてイタリアが攻撃の牙を剥いたからだ。

ベルティーニはライン際でボールをトラップ。フォローに入っていたスカーレット・ヘンリットの伸ばした足先を掠めるようにクロス。ボールは一気にエリア内に伸びていった。

「マーク確認!!」
キングは叫びながら周囲を見渡す。ビノットにはキング自身がマークに付き、ブランピッラにはエイミー・ファイアストン。
サルバーニにはセシリー・スマイスが既に張り付いている。


キャロネロはどこだっ!?



ニアサイドに走り込んだビノットを肩で押さえながらキングは周囲を見る。
中央、ブランピッラの影から長く碧色に輝く髪が見えた。

シャノン・ブライトンのマークから外れたリリーがブランピッラを追い越してエリア内に駆け込む。
ベルティーニのクロスボールはリリーの動きに呼応するかのようにゴールから逃げるようにカーブ。リリーの走り込む場所にピンポイントで落ちてくる。

カーラに付いたファイアストンの背中側をリリーが抜ける。

(駄目だ、対応しきれていない)
キングはビノットから体を離してリリーに駆け寄った。



落ちるボール、そのボールがリリーの肩に当たった。
リリーは体全体を沈ませながらボールの勢いを殺し、沈んだ体を跳ね上げた。

ふわりとしたボールが横に浮かび、キング、ブランピッラ、ファイアストンの頭上を越えていった。


「ナイスパス。100万ユーロ出されても譲れない最高のパスだ」


キングのマークから自由になったビノットが左足を横に振り抜くボレーシュートを放った。
空気を切り裂く轟音を響かせたシュート。GKのファニー・アップルトンが横っ飛びで超反応を見せていた。
キングが動いたのを見て、もしビノットにボールが渡ったときのシュートコースを読んでいた。
これが、世界最高峰のGK。
アップルトンの右手がビノットのシュートを捉えた。
キーパーグローブに弾かれたボールはふわりとエリア内に浮き上がった。

いや、浮いた瞬間、そのボールが浮き上がる最中にリリー・キャロネロがそのボールを捉えて頭で叩いていた。

尋常では無い反応速度。
ビノットがシュートを打つ前にキャロネロは弾かれるコースを読んで飛び込んでいた。
どうやってそんなものが読み切れる?


リリーのヘディングシュートはアメリカゴール中央を射貫き、ネットを揺らした。



スタジアムから大歓声が巻き起こった。








VIP席で立ち上がっていた玲華と羽奈は同時に首を振った。
「反応が、速すぎたね」
「うん」






主審が断続的に笛を吹き鳴らし、線審を指さした。
線審は旗を前に突きだしていた。

オフサイドだ。

ブランピッラが主審に詰め寄るが、判定は覆らない。
スタジアムの歓声が萎んでいく。

しかし、戦慄はその場に残り続ける。
速いクロスボールを肩と背中で完璧にトラップし、パスに変える技術。
そしてボールの行く先を完璧に読み切る未来予知。

これが、「イタリアの至宝」リリー・キャロネロの実力だ。


 

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