-- 有限会社大橋工業 --

2011年03月31日

震災の爪あと・・・2

昨日の続き
運送会社をあとにし、運転しながら大きなオニギリ2個を頬張り
原町火力発電所の脇を通り抜ける通称浜街道を通過(此処で社員の妻が津波の犠牲に)
瓦礫で地震前の景観は大きく変貌していた。
道路も至る所で寸断され殆ど手付かずの状態で途中から鹿島に抜け、6号線を相馬方向へ

写真は原発30膳内立ち入り制限区域の表示が・・・・・。

2011年3月29日0177






















相馬道の駅から
海岸に向かって進むと磯辺地区方向ですが、6号線から300メートルも向かうと
川には瓦礫が散乱し柏崎地区には前回来たときと何ら変わりなく瓦礫の山・・・・・
磯部に向かう途中、自衛隊の人達が遺体捜索するのに泥土に棒を差して探っていた。

玉野の消防団も遺体捜索に要請が掛かって捜索しているが
半月以上過ぎているので遺体も腐敗が進んで匂うのだと。

2011年3月29日0178





























磯部の魚市場も見る影も無く
遠くに見える白い建物は海浜自然の家

2011年3月29日0179






















磯辺から岩の子浜に向かう田圃の真ん中の直線道路も
見渡す限り松ノ木の倒木で覆われて、田圃の面影は無い。
2011年3月29日0181






















巨岩で出来た 丹下左膳の碑はビクともしない。
此処は瓦礫が片付けられトラックの交換場になっていた。

2011年3月29日0182






















浦の直ぐ前の民宿杉ノ目
一階部分は壁が無い。
2011年3月29日0183






















文字島の前では被災のあとかたずけ
海水で泥を洗い落としていた。
何処の民宿も一階部分は壊滅状態だ

2011年3月29日0184






















この狭い道路まで進んでいくのは、私と報道カメラマンぐらい
私は、現状をこの目で確認する為訪れている・・・・・・
けっして野次馬では無いと自分に言い聞かせ車を進めた。

2011年3月29日0188






















岩の子浜 旅館 はやしや
鉄筋作りのせいも有るのか一階部分だけの損傷でこの付近では軽症な方に思える。

2011年3月29日0185






















対岸に見えるのは中州
中州の堤防や松林も津波で削り取られ、外海と繋がってしまった。
2011年3月29日0187






















松川浦の港に停泊していた殆どの船が
瓦礫と一緒に漁船やクルーザーまで
打ち上げられ痛々しい程に大津波は甚大な被害を与えた。
2011年3月29日0190






















相馬の春一番観光地
和田のイチゴ園、イチゴ畑は全て津波にさらわれ御覧の様

2011年3月29日0191






















この辺に津波の犠牲になった社員の家が有った筈だが全て津波にさらわれてしまった。

原子力の放射能漏れの影響なのか、相馬や原町では遺体の捜索や瓦礫の撤去作業は
遅れに遅れ苛立ちを覚える。
原発の放射能漏れだけでも何とかして欲しい
今日は決算月の31日
どうにか支払いは過ごせたが来月の支払いは目処が立たない。
2011年3月29日0172

farm_an at 15:53│Comments(0)TrackBack(0)

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