-- 有限会社大橋工業 --

2011年04月04日

頑張れ・・・・・。

震災から3週間が過ぎても放射線流失が続き
福島県の被災地は、一向に行方不明者捜索や瓦礫の撤去作業が進まず
被災された方々は苛立ちと将来への大きな不安を抱き
まだまだ多くの被災された方々が避難所での不便な生活を送っている。

そんな中、
先日のブログで紹介したように、津波で被災された人達は 海や水への恐怖心から
静かな場所で第二の人生を送りたいとの想いがを持つ被災者達が某社の先輩社長へ訴え
是非、玉野で空き屋を探して欲しい旨の要請で先日玉野地区の空き屋をデジカメ片手に探しましたが、
実際すぐに住めそうな住宅は1軒だけ、
十年以上放置され廃墟・・同然で屋根と外壁だけは何とか使えそうな住宅が3軒だけだった。

相馬のアパートは原町や小高などの人達や震災にあった方々が
先を争うように借りまくり今では、空き屋は一軒も無いと・・・・。
玉野に移住して頂くビックチャンスだったが現実的には個人ではどうにもならない

2011年4月1日0205





















津波の犠牲に
弊社の社員も、又、社員の妻も大津波の犠牲に・・・・・・・・。

昨日社員の妻の葬儀が葬祭式場でしめやかに執り行われました。
享年49歳、まだ小学生の子供もいて慰めの言葉も無い。
原町でのパートの仕事の面接が終わり、地震直後に社員と電話連絡を取ったのが最後で
帰宅途中に大津波の犠牲に

磯部の社員は
相馬工場で地震後帰宅し、家に到着後消防の広報活動に7名で勇敢にも
大津波の襲来を多くの人に告げていて津波の犠牲に。

遺体は発見され火葬も済み
現在はアパートが借りられ父母と小学生の息子とで仮住まい生活を過ごしている
父親によると、屯所のシャッターが地震で開かないく皆で困惑していたので大工の父親がバールでこじ開け息子達を送り出したのだ。
母親いわく・・。
消防の団員でも、広報に参加せず逃げた人達は全員助かっていたと・・・・・。
彼の葬儀は殉職となるのでまだ決定していない。

2011年4月1日0181






















頑張れ日本
4月6日、中小企業家同友会相双地区で会員が社会保険労務士をしている方が
現在の危機的現状下での雇用の維持・政府の緊急対策等についてのセミナーが行われます。

相双地区(双葉町から新地まで)の中小企業は地震と津波とで危機的なダメージを受け
数百社は事業所ごと津波にさらわれてしまったり放射能での立ち入り禁止区域だったりと
失業者は相双だけで3万人を超えると。

福島原発放射能対策・瓦礫の撤去・農家への保障・震災復興・・・・・・・・・
今回の震災で国家予算以上の天文学的な歳出が出るという
まだまだ全体の被害状況が掴めていないが
損壊した製造業の生産施設等によっては物資不足や電力不足等によって
未曾有の経済不況を呼び起こさないよう祈るだけだ。

2011年4月1日0203

farm_an at 08:44│Comments(1)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 千葉です   2011年04月04日 13:38
地震・津波・は天災だけど原発は人災です。
早急に政府はこの人災に対する対応をして
被災者・避難者に手厚い援助をするべきです。

家族を奪われ住む所を奪われ仕事を
奪われ避難所で恐怖の日々を過ごしている
人たちを真剣に早急に考えてもらいたい。

我々が出来ることは微力ですけど
みんなで今できることやっていきましょう!

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