-- 有限会社大橋工業 --

2011年04月23日

玉野地区放射線説明会。

隣村の飯館が計画避難地域に指定され、福島県や相馬市からは何の説明も無いので
玉野地区民は動揺を隠せなかった。
市長に電話で説明会等を開催して市長が放射線は大丈夫な範囲だと励まして欲しい旨の
事を話した・・
結果の対策が県の放射能に詳しい職員達の派遣と長崎大学の医学博士の
高村 昇氏による放射線健康リスクについての講演が寒い中、玉野学校の体育館で開催された。

2011年4月16日0078






















放射線について地区民の関心は高く、平日の10時からの開催にも関わらず100名以上の
玉野地区の方々が訪れた。
○相馬市の放射線量について(相馬市職員) 
○営農・酪農の今後の展開(相双農林事務所)
○高村 昇氏の放射線の健康リスクについての講義が寒い体育館に座って行われた。

放射線の中でもヨウ素は半減期が8日・セシュウムは30年と長いが
地表面にへばり付く特性がある為に地中に深く潜り込む事は考えにくく
原子爆弾の話がやはり出た。長崎大学の博士が話すと説得力が増す・・・・
原爆投下後50年間草木は生えずに死の町になると言われたが、生物の学的半減作用や降雨・細菌や植物が放射線物質を代謝して長崎には6ヶ月で植物が生えてきたと・・・

直接の被爆が無い限り 内部被爆(食物等の摂取)では遺伝子の破壊(がん細胞の発生元)
に掛かる確率は200分の一以下だと。・・等の説明後に
 質疑応答
一番の課題は放射能による農作物の作付けや畜産関係者が悩んでいるは
今後の風評被害や玉野の農耕地への調査が不十分で安心して作物を作って大丈夫か
学校の校庭は許容範囲ギリギリの数字だが校庭で遊んで問題ないのか
等などと行政機関も多忙だろうが
玉野地区は隣村が計画避難地域なので役所の方々への質問する言葉遣いも荒々しくなって
止め処ない不安を何処にぶつけたらいいのかと
我慢強かった玉野の住民も怒りは爆発寸前だ

2011年4月16日0076






















津波の犠牲になった社員の家族に僅かな3月分の給料を渡しにアパートを訪問した。
間もなく四十九日になるが今日坊さんに供養をしていただいたと
津波の被害にあった自宅には戻って何か探そうにも綺麗サッパリ流されてしまい
基礎しか残っていないと・・・。
やや落ち着いた様子が伺えたので津波の話を出来るだけ相手の父親が話すのに聞き入った

一波の津波が一端津波が引いた後、軽トラックで家に戻ろうとしたが巨大な津波が松川浦から押し寄せたのと同時に外海の松林を越えて2箇所からの津波が磯辺地区で合流した
父親はとっさにバックでアクセルを一杯踏みしめギリギリの状態で助かったが
当時自分がした事は覚えていないと

数日前瓦礫片付けの重機が流された4tコンテナーを吊り上げた所
古い冷蔵庫が転げ落ち
中から1億円の札束が出てきた。
浜の人達はお金持ちが多く俗に言うタンス貯金だったと・・・・
コンテーナーの所有者を覚えていた近所の人の通報で一億円の持ち主は現金が見つかってホッとしていると。

津波で倒壊してしまった磯辺地区には住宅の建築許可は下りずに
堤防と海浜公園が奥幅2キロに渡っての開発構想が出来つつある

一日も早く地区単位で、高台などの安全な場所へ住宅の建設が急がれる。


2011年4月16日0078

farm_an at 13:05│Comments(0)TrackBack(0)

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