-- 有限会社大橋工業 --

2019年03月30日

秦の始皇帝陵

今朝の玉野
気温マイナス2度、昨夜雪が降って、道路脇には真っ白に雪が積もっていた。
寒冷前線が南下していて、明日も寒いと・・・。

2019-03-30 008

シリーズで続いている兵馬俑
今日は直ぐ脇に隣接する秦の始皇帝陵をお送りします。

2019-03-18 774

秦の始皇帝陵博物館

2019-03-18 789

かなりの道のりをひたすら歩いた・・
只、歩きながらもガイドさんの秦の始皇帝の説明が続いていたので苦にならなかった。、

2019-03-18 794

これが秦の始皇帝陵
人工の山が築かれている。

2019-03-18 799

現在の高さは76メートル
建設時は100メートルを超す高さで頂上には神殿も有ったが数千年の自然現象で今の高さまで低くなったと。
私の写真の真後ろの陵
頂上付近の木が低くなっている部分がある。

2019-03-18 805

以前は陵に登る石段があって、登れたのですが
10数年前から陵の保護の為現在は通行できなくなっていた。

2019-03-18 824

当時の写真
階段で70mの陵に登れたのだった。

2019-03-30 012

秦の始皇帝は
中國統一を果たすと同時に自分の墓の建設に70万人もの人を集めて制作に掛かった・・・

te5[1]


「地下水脈を貫くほど深く掘られた場所で、周囲は地下水が流れこまないよう銅で固めた壁を巡らせ、文官や女官の控室や、財宝を積み上げた部屋がある」、

「盗難を防ぐために、自動で矢を放つ装置が仕掛けられているほか、水銀を満たした人口の川と海が作られ、地下の天井部分には太陽や月が描かれている」

「部屋は常に人魚の脂を使った蝋燭で明るく灯されている」とある。


te12[1]

近年の調査で陵から水銀反応が出ているのと
地下空間が確認できているのでまんざら夢物語では無いと言われている。

2019-03-18 814

博物館内に別料金でトロッコに載って
秦の始皇帝陵の成り立ちが3D画像などと併用して紹介する施設に入った。

兵馬俑の人形の制作過程
2019-03-18 883

人形に使われる砂は埋設後に兵馬俑から草木が生えないように粘土を焼いていた。

2019-03-18 888

不老不死の薬を採って来いと
徐福に命を出し、煙台の近くの港から徐福達が数百名を引き連れて日本に渡っているが
その後の消息は掴めていない。

2019-03-18 913

秦の始皇帝の棺のイメージ模型
水銀の湖に浮いている。

2019-03-18 907

秦の始皇帝は永遠の命を求めて
近隣の山から発見した鉱物を熱して採取た水銀を執拗に好んだ
不思議な形状に不老不死の薬になると思い込み、諸国訪問の旅で水銀中毒て50歳でなくなったととされているが、ガイドさんによれば、当時の平均寿命はもっと低かったので皇帝は長生きした部類だと・・・・

te6-1000x750[1]

昨日、ブログにふくちゃんさんから素晴らしい投稿を頂きましたので披露させて頂きます。

調べてみたら、NHKの「シルクロード絲綢之路」という番組がスタートしたのが1980年だそうです。喜多郎という人が作曲したシンセサイザーの主題歌も巷にずいぶん流れました。この番組が大層人気になり、世の中はシルクロード・ブーム。多くの日本人が観光のために中国を訪れました。
私も30年ほど前でしょうか、取引先の協力会が企画したツアーで、上海、西安、石林を巡りました。なかでもテレビの画面を通して見るのではなく生の西安の規模の大きさに大変驚いたことを覚えています。市街地を取り囲む城壁、始皇帝陵、兵馬俑のスケールの大きさに受けたショックは今も残っています。玄宗皇帝と楊貴妃の別荘地である華清池も訪問し唐の時代の繁栄に思い巡らしました。西安というところは中国4000年の歴史を累々と蓄えている場所で、いつかまた再訪したいと思いながら年月が過ぎてしまいました。庵主さまの西安レポートを毎日読ませていただき、その時の記憶が蘇ってきます。
長文で申し訳ありませんでした。

ふくちゃんさん、ご投稿有難う御座います。

te8-1000x670[1]

最後に
中国統一を成し遂げた皇帝は、一番先に通貨の統合を図る為諸国の通貨を溶かして共通の通貨を造った、
又、諸国の元王達を西安に呼び寄せて反逆できなくして地方の文化もとりいれたのだ。

次回は
楊貴妃・蒋介石をお送りいたします。
2019-03-18 915














farm_an at 09:17│Comments(0)

コメントする

名前
 
  絵文字