come rain or come shine

小さな農業法人の経営、農産物生産担当、、、の忘備録。

『土壌微生物の基礎知識』西尾 道徳 著
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主に畑作の圃場の微生物についての本。

よく農業は土作りが大切だと言われるが、一般的に良い土の定義は多様であやふやなところも多い気がする。よく言われるのが排水性と保水性の両立とか、土壌フローラは多種多様だと病気が少なくて良いとか、黒い土は保肥力が良い、土を掴んだ時に軽く固まるくらいの感触が良いなどがある。
よく言われることを踏まえると、良い土壌というのは基本的に土壌の物理性(硬さとか、固まり方とか)に関することが多い。土壌三相(物理性、生物性、化学性)という土壌診断の視点があるが、本書は生物性についての本。その中で有用、有害な微生物について基礎的な部分を述べられている。

ハッとさせられたのはC/N比(炭素率)についてで、これは堆肥を入れる事とと密接な関係にあり、なぜ堆肥が大事か再認識させられた。

C/N比は土壌フローラを規定している。要は炭素が微生物の栄養源だからである。人間の炭水化物のようなもので、これが適正に保たれていると良い。

内容は難しいが、大事なことが簡潔に丁寧に述べらているのが白眉である。
土壌微生物の基礎知識
西尾 道徳
農山漁村文化協会
1989-02

最近カゴメの野菜ジュースを買って飲んでみたら結構おいしい。
うちの農園ではニンジンをジュース加工し販売している。それなりに手間をかけている割には、販売価格は
低く、相場に比べれば安いほうだと思っている。
かねてから量産を検討したこともあったが、生産するにもそれなりの手間や時間がかかる一方で、そのコストを販売価格で吸収しくい。また原料のニンジンは、年によって味に差があるので、選ぶ作業が必要になって、したがってその年ごとのジュースの生産量も変わってくる。
品質安定する生産技術を獲得したいが、年を追うごとに向上しているとはいえ、なかなか大規模に生産することができていない。現段階ではスケールメリットを生かしてコストを削減するという選択はない。

また労務管理もままならない。そもそも人材育成にかける時間と労力、お金がない。極力本人の意向を尊重したいが、そもそも「自分のやりたい農業をしたい」という希望が、うちで提供できるものとの齟齬がある。できるだけ本人のためになるようにしたいが、大企業のように事業部がいくつもあるわけではない。

こうしたことは親の世代が克服してきた課題とは異なるせいか、なかなか身近にこのことについて話せる人もいないので、ひとまずいままでは、若い人から高齢者までバランスよく雇用して、何となしに雰囲気をよく保つ程度のことだった。

自己利潤の最大化が現状の農業経営者、従事者の目的だが、大局的な見地(例えば国家百年の計みたいな)からみれば利潤はあくまで再生産を維持する程度にとどめて社会的責任を果たせる農業を模索し、いつしか農業経営そのものがステータスとなるように考えていかなければならない。

8月28日から10月3日まで地元消防団の操法大会に向けた訓練&練習していました。

優勝できてよかったけど、大変だった(>_<)来年も大変だ〜
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ご縁をいただいて、農業分野への障害者就労の促進を図る協議会の幹事になりました。
協議会の趣旨は「障害を持つ者が障害の種類や程度に関係なく、働きたいという望みとその能力や体力に応じて農業の分野においても就業できる環境を整備する社会の確立」となっています。
幹事は、農業分野での障害者雇用の促進、理解、関係機関への働きかけが役割です。
詳細は
こちら(関東ブロック障害者就農促進協議会)

野暮ったくなりましたが、関東1都6県の関係機関が関東農政局に集まって、成功失敗事例を協議して、共有しましょうというのが目下行われている活動です。

今まで、農業分野での障害者就労は、家族や親族等に障害者を抱える農業者が個人的に対応していたケース福祉施設等による園芸療法の一手段として取り組まれてきたのが現状でした(農村の労働力調整機能)。で、なぜ私がというと、こうした現状の中で、いままでと違う背景から、障害者雇用や就労移行を実践しているためであり、やっているからには洞ヶ峠を決め込むというわけにもいかないという気持ちが私にあったからである。

いわゆる障害を持つ人は人口の6%(740万人)ほどいて、うち就労しているのは約45万人で、大体一般の就労率に比べて20〜30%低い水準になっている。このあたりの詳細は割愛して、人口の6%(740万人)というのは少数ではない。さらに就労人口が低いのには事業者側の「合理的配慮」がないこともあるだろう。

今年も夏祭り(例大祭)の末席を汚してきた。
毎年思うが、私自身はお祭りが嫌いである。
生産している品目の都合上、海の日辺りは忙しいし、夜に酒宴があれば、次の日農作業事故による死亡事故の第一位である、トラクター作業が多いため、お断りしたいところだが、神事とあって無下にすることもできない。
心遣いはご無用であっても、お祭りの雰囲気がそうはさせないのが、難しいところである。
20150721 018

で、今年はトラクター作業を前倒しして行うつもりが、例年より梅雨明けが遅く、7月1日以降から20日までほとんど雨だったので、かなりやきもきした。
そもそも祭礼自体が、簡略化されればいいものをほぼ1週間費やすことから、その機会費用は看過できない。年配や、地域を離れた人が里帰り気分で参加するのはいいが、各種(氏子家々の喪中やら金銭面やら、青少年、未成年への配慮やら、お祭りで発生するゴミのことなどなど)課題を抱えているので、未然防止と、後始末に追われる者としては気が滅入る。
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なんやかんや後付で否定的になったみたいな文面だが、もともと幼少期から嫌いなのである。そもそも氏神信仰にかこつけて、学校以外に、住んでいる地域に階級社会が存在することが幼少から理解できなかった。学校でのヒエラルキーはすでに中学生に達していることから、なんとなく自分の階層は把握できる。わかりやすいのが「勉強ができる」「スポーツができる」「女の子にもてる」「明るくて面白い」とかとにかく、わかりやすい指標で目立つのが上層にくる。一方で「スポーツができない」「勉強ができない」「女の子から嫌われてる」「ネクラ」は下層に来る。
ところが地域社会のヒエラルキーは違う。「声が大きい」「荒くれ者」「数代前の祖先の人物評」「大人同士間での評価」が位相を決定しているので、中学生にはわからない。で、学校現場では看過されない罰則がありそうな行為や、不真面目な行為を”期間限定で”高く評価するのが、お祭りの一面だからである。
当時の世間のコンセンサスはまちまちで、見過ごすなら見過ごすで、態度をはっきりしてほしいが、ある大人は怒り、ある大人はほほ笑むという具合である。

最終的にお祭りは、これら含めてすったもんだしながら、一種のエンターテイメントと化している。

20150721 022

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