情報リテラシー論のぼやき

長岡造形大学の情報リテラシー論という授業でのレポート、感想などを載せていきます。

2015年10月

今回の情報リテラシー論の内容はスマートフォンの普及と課題という事で、スマートフォンが今どれだけ普及し、それによって世の中がどう変わっていくのか、今後どういう対応・対策が必要になって行くのかを学びました。
 
私が携帯電話というものを初めて持ち始めたのは中学生の時で、いわゆるプリペイド形式(月額3000円までの制限)のものでした。 その時に携帯についていた機能は、電話、メール、カメラ、ちょっとしたミニゲームぐらいのもので必要最低限のものしかありませんでした。高校に上がると、携帯が変わってネットに繋げるようになり、mixiやモバゲーなどのSNSが少しずつ流行り始め、学校以外での友達同士のコミュニケーションが増えたように感じました。iPhoneを見かけるようになったのは高校3年くらいの頃で、当時は「タッチ画面で操作するのは逆に面倒くさそう」と思っていたし、友達が持っているのをみてもこれは絶対流行らないだろうと思っていたのを覚えています。
 
今や携帯のシェアのほとんどを占めているスマホですが、懸念されていることも多いようです。「若者の◯◯離れ」という言葉はいつの時代も使われていますが、テレビや書籍などスマホで事足りるようなものは◯◯離れの原因になっています。こじつけなような気もしますが、タバコや車などもその原因と言われているようです。(個人的には不況だったり消費の不安から来ているような気もしますが…)しかし、これから広がりを見せていく分野として「six sense device」というものを授業で紹介しました。なんとこれは壁や紙などにプロジェクターのようなもので画面を表示させ、指で感覚的に操作できる新たな携帯の形です。映画や小説の世界が現実に存在すると思うとワクワクしますね。
 
いつの時代も新しいものは叩かれるというか、出る杭を打つのは日本では特に強いですが、暗いところばかりに目を向けないでもっと柔軟な考え方がこの先必要になってくると感じました。

今回の情報リテラシーはソーシャルメディアについて学びました。

 ソーシャルメディアとはいわゆるTwitterやfacebook、LINEなどのSNSを指します。 私が使っているのはTwitterとLINEで、Twitterは情報収集や友達の近況をなんとなくみて、基本的には呟くことはしません。あくまで情報収集のツールとして使っています。LINEはやはりメールの代わりで、友達同士のチャットのように使えるので気に入っています。(既読は少しやっかいだなと思いますが)また、無料通話となるとLINEでもいいのですが音質が良いSkypeを使っています。
 このようにソーシャルメディアは多様化していて、少し増えすぎかな?とも思います。もちろん今のままでも便利で良いのですが、使う環境にわけていちいちアプリを切り替えるのは正直なところ面倒ではあります。

また、授業内ではソーシャルメディアが社会に及ぼす影響にも触れていました。エジプトでは大々的に反政府の仲間を集めると捕まってしまうと考え、SNSをうまく利用し反政府の仲間を集め、革命運動を起こしたのです。デモの様子は生放送で全世界に放送され、多くの人々に知るきっかけを与えました。
 このようにソーシャルメディアは通常通り使う他にも様々な可能性を秘めていることがわかります。バカッターなどという迷惑な使い方ではなく、正しい使いかたをしていきたいと感じました。

 第2回目の情報リテラシー論は検索エンジンの歴史についてです。主にyahooとgoogleの二つの検索エンジンを例に挙げて理念の違いなどを学びました。私はどちらの検索エンジンも特にこだわりなく使っていますが、どちらかというと使いやすいと感じるのはgoogleです。ユーザー視点で二つの検索エンジンを比べたとき、yahooは情報や見る場所が多く、反対にgoogleは自らの情報の発信を大幅に削り、至ってシンプルにまとめています。この時点で「検索」という行動において優秀な方はgoogleと言えます。しかし、これは私がインターネットを利用する時に、明確に何を検索するのかという目的があって利用しているため使いやすいと感じるのであって、使い方や年代によっては、需要が大きく異なるとも思いました。yahooのトップページは最新のニュースや流行りもので溢れていて新聞のようにも使えるし、ただなんとなくインターネットを開いた時に、誘導してくれるような働きがあれば目的も生まれます。電子機器を「説明書がないと使えない!」という人と「なんとなくいじってたら覚えた」という人がいるように、二つの検索エンジンにもそれぞれ異なる捉え方があると感じます。

さて、ここで授業の最後の方に出てきた”検索を繰り返す事で脳が記憶力を失い退化する”というお話についてですが、私は全く逆の意見でした。もちろん脳科学的な研究でもそれらは証明されたようで、深刻な問題ではあると思いますが、それが果たして退化しているのかという点に甚だ疑問です。 記憶する必要がなくなり、検索するための単語や言葉における分野が広がりを見せているのではないでしょうか。現に”検索脳”というジャンルが出現し、検索するときの脳の働きが認知症の予防になるという研究まであります。脳も新しいテクノロジーやツールに順応し、退化ばかりでなく進化していく働きもあるのではないでしょうか。

 インターネットの歴史はまだ浅くて、長い目で言えばつい最近できたといっても過言ではないそうです。私が初めてインターネットというものを知ったのは祖父の部屋に置いてあったWindows95のパソコンでした。当時からしてみればかなり高価なもので、触るのも怖かったものでしたが、祖父に教えてもらいながら絵を描いたりネットに接続したりと、なんだかよくわからないけど面白かったという思い出があります。当時はあんなに大きかったパソコンが、今ではさらに高性能に、手のひらのサイズに納まるようになってしまいました。10数年の間に、ここまで変わってしまうと、ここからさらにどう変わっていくのか楽しみですね。

 さて、この情報リテラシー論は、ネット社会での情報活用能力、情報収集、情報機器などを効果的に利用する力を高めるために、どうすればいいのかを学んでいくようです。某巨大掲示板の管理人は「嘘は嘘であると見抜ける人でないと掲示板を使うのは難しい」と語っているが、そのような暗黙のルールであったり、未だ知らないネット社会の情報などもしっかりと学んでいきたいと思います。

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