ファレリー兄弟

June 09, 2005

『ふたりにクギづけ』Stuck On You  87点4

(仏題:Deux en un)

ふたりにクギづけ(監督:Bobby Farrellyボビー・ファレリー, Peter Farrellyピーター・ファレリー。Matt Damonマット・デイモン, Greg Kinnearグレッグ・キニア, Eva Mendesエヴァ・メンデス, Cherシェール。2003 米)
2005年5月27日(金)
(梗概)
 生まれつき腰の部分で体が繋がっている双子の兄弟ウォルトとボブ。ウォルトは社交的な性格で女の子にもモテ、役者を目指している。一方ボブは引っ込み思案でパニック症候群だがスポーツは万能。彼らは二人でバーガーショップを経営しており、その息の合った仕事風景は地元でも有名である。それなりに満ち足りた生活ではあったが、ある日ウォルトは俳優になる夢を諦めきれず、ハリウッドで挑戦してみたいとボブに打ち明ける。あまり気の進まないボブであったが、長年のメール友達であるメイに会えるかもしれないという期待を胸に、共にハリウッドへ行くことを承知する…。

・この兄弟監督の真骨頂、この作品は

ふたりにクギづけ1 僕の大好きなファレリー兄弟の最新作。
 僕のこの梗概の書き方では、ウォルトとボブの二人は体が繋がっているのに、つまりどこへ行くにも何をするにも二人は一緒でなくてはならないのに、まるで二人が別行動を取れるかのような印象を与えそうだ。
「共にハリウッドに」って書いたけど、「共に」がすでに大前提としてあるから、なんだかそれだけですでにおかしいような気がする。でもこれ以外に書きようがないのだ。
 この設定がスタートからして他の作品と一線を画しているということがよく分かります。

 この映画には、恐ろしく独創的な場面が数多く出てくる。
 ウォルトが余裕しゃくしゃくで演技をしているそのすぐ横に、普段着姿で滝のような汗をかきながら緊張のあまり過呼吸に陥りそうになっているボブ。
 ウォルトがナンパした女の子とセックスをしている間、カーテンを隔てたすぐ横でパソコン片手にまだ会ったこともないメル友に思いを馳せるボブ。
 などなど、今まで全く見ることのなかった構図であり、間違いなく笑える。
 なぜなら、これらのシーンは「シャム双生児」という設定なしでは絶対にあり得ないものであり、これまでに体の一部が繋がった双子をユーモアを交えながら肯定的に描いた作品などなかったからだ。

ふたりにクギづけ2 ファレリー兄弟の作品には必ずと言っていいほど、社会で何らかの偏見を持たれがちな人々が出てくる。今作では結合双生児であり、『ふたりの男とひとりの女』では、一目で分かる血のつながっていない親子。『いとしのローズマリー』では肥満など。
 彼らの作る作品は全てコメディーである。しかし、だからといって、上に挙げた人々を笑いものにしているわけではない。むしろその逆で、毎回きわどい材料を取り上げながらも、それらを全く「大したことではないこと」とする姿勢を一貫させている。
 それゆえ、これまた劇中必ずと言っていいほど描かれる、主人公たちを差別するような人々は、げにも明るく退治されたり、一笑に付されたりする。
 
「笑い飛ばす」という日本語が示すように、ファレリー兄弟が差別を吹き飛ばすために選んだ手段が「コメディー」なのだろう。
 深刻に考えちゃだめ、だってそんなに深刻に考えるほどのことではないんだから、ほんの少し違うだけなのだから、という態度。
 不謹慎かもしれないが、彼らの映画を見ていると、その何らかの障害を持った主人公たちが羨ましくなるほどの好印象を抱いてしまう。それくらい彼らは、確かに障害に悩みながらも、周りの素敵な人たちに支えられ、もちろん激しく悩みながらも、最終的にはその障害をものともせず幸せになる。

ふたりにクギづけ3 よく彼らの映画を評して「タブーを笑いにしている」という声を聞く。もちろんいい意味でだろうが、この作品などを観ていると、彼らは実は「タブー」とすら思っていないのではないかと考えたくなる。
 差をつけて取扱うことが「差別」であるならば、それをタブー視することだって差別と言えるのだ。
 この作品を観て、心の底から笑えない人こそ、その「差」にこだわってしまっていることの裏返しになるだろう。
 ならば彼らのように、純粋に映画の設定の一つとしてタブーとされてきたものを取り上げるほうが、僕には素敵なことのように思えた。

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December 03, 2004

『ふたりの男とひとりの女』Me Myself & Irene  69点3

(仏題:Fous d'Irène)

ふたりの男とひとりの女(監督:Bobby Farrellyボビー・ファレリー / Peter Farrellyピーター・ファレリー。Jim Carreyジム・キャリー, Renee Zellwegerレニー・ゼルウィガー, Anthony Andersonアントニー・アンダーソン。2000 米)
2004年10月22日(金) 
(梗概)
 真面目でお人好しの警察官チャーリーは18年間実直に勤務に励んできた。だが、妻に長いこと浮気を続けてきたであろう黒人運転手と駆け落ちされたことがきっかけで、心の中に溜め込んでいたストレスが爆発。エロ・下品・乱暴者という特徴を持ったもう一つの人格ハンクが彼の中で生まれてしまう。そんな爆弾を心に抱えたまま、ちょうどその時、署に無実の罪で連行されてきた女性アイリーンをニューヨークまで護送することになる…。


 あまりにもストレスを自分の内面に溜め込んでたいばかりに、知らぬ間に自分の中に出来上がったもう一人の自分、もう一つの攻撃的な人格が、我慢の限界に達したときに現れるようになった主人公。
 一歩間違えばサイコホラーの主人公だが、ジム・キャリーが普段の情けない顔と攻撃的で自身たっぷりの顔をコミカルに上手く演じ分けている。
 
 気が付いたら同じ監督の作品を二本連続で見ていた。全く無意識的だったんだけど、最近うすうす自分がアメリカのばかばかしいコメディが好きだということに気付き始めた。ジム・キャリー大好きだし。
 でも、中途半端に考えられて作られたアメリカのコメディーは大ッ嫌い。『オースティン・パワーズ』とか面白くない。
 この映画の監督ファレリー兄弟が作るような突き抜けたばかばかしさが好き。顔芸も好き。
 
 この映画の主人公がホラーにならない理由としては、もう一つの攻撃的な人格の時に、態度が変わるだけで決して実際の格闘が強くなるわけではないというところにある。ただ単に性格が強気なだけ。これでもう一つの人格の時に喧嘩まで強くなってしまったら面白くはならない。
 態度だけでかくなって、実際喧嘩になると相手にぼこぼこにされる。で、気絶して目が覚めるともとのおとなしい性格に戻っていてとばっちりにうんざりする、という流れができるから面白い。
 
 ほのぼのとするのは、どう見ても見た目がワルな息子三人(見た目黒人なのでどう見ても妻の浮気相手の子供)が、ものすごく頭が良くて、不良特有の激しいギャグとか言うのに、本当に父親であるチャーリーのことを愛していて、最後は彼を信じきった上で助けに来てくれる。
 エミネムの友だちにいそうなヒップホップ系の格好と図体をしながら、原子とか分子とかアインシュタインの相対性理論のことで悩み、ちゃんと勉強しないとエール大を落ちてファッキンハーバードに行かなくちゃならなくなる、とか言ってるとこは面白かった。
 
 さりげなく黒人と白人の人種問題を話の中に盛り込み、それを「白人のダメなパパを助ける黒人の息子たち」というおかしな構図で穏やかな笑いに変える。
 この兄弟の監督が映画を通して意図していることとは、つまり、この現代社会に溢れる差別や偏見に対する距離感や垣根を笑により取っ払うことなのだろう。
 作品を単純なラブコメには決して終わらせていない。

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December 01, 2004

『愛しのローズマリー』Shallow Hal  80点4

(仏題:L'Amour extra large)

愛しのローズマリー(監督:Bobby Farrellyボビー・ファレリー / Peter Farrellyピータ・ファレリー。Gwyneth Paltrowグウィネス・パルトロウ, Jack Blackジャック・ブラック, Jason Alexanderジェーソン・アレクサンダー。2001 米)
2004年10月15日(金) 
(梗概)
 少年時代に死んだ父親の遺言が潜在的なトラウマとなり、見た目でしか女の子を判断できない男、ハル。ある日彼は恋愛心理カウンセラーの大家に出会い、催眠術をかけられる。そのとき以来ハルは、人の心の美しさが外見となって見えるようになり、体重136キロの肥満体質に悩むローズマリーに猛アタックをかけ、付き合い始める…。


・やっぱラブコメは肩の力抜きながら見れるからいいね

 主人公は、『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラック。
 彼やっぱすごくいいよ。ジム・キャリーばりの顔芸もできるし。このビデオのパッケージの裏面に載ってるキャプチャー写真、それに写ってる彼の笑顔は最高です。
 ローズマリー役は『恋に落ちたシェイクスピア』などで正統派美人女優のイメージがあるグウィネス・パルトロウ。
 ハルの目に映るときはそのままの彼女が演じ、他人の目に映る場合は特殊メイクで136キロを演じる。そのギャップもやりすぎだが純粋に面白い。
 
 ただ一つ気になったのは、主人公が催眠術を受けた後に、本当は外見に何らかの問題がある人たちがスタイル抜群の美人に見えたり、ハンサムガイに見えたりするんだけど、そういう「心の美しい子」がだいたいボランティア活動とかしてたりするっていう安易な発想はどうかと思いました。
 ボランティアする子は心が綺麗なのか、と。僕はボランティアが大嫌いだからそこに激しく引っかかりました。ボランティアしてなくてもこんなに心の綺麗な人がいるのに、と。
 
 でも決して、外見にハンデがある人に対して否定的な描き方をしないのは見事だと思う。
 今度公開されるファレリー兄弟の最新作『ふたりにクギづけ』では、腰の部分が生まれつき繋がった結合双生児を主人公に据えているが、ともすれば強烈な批判を受けそうな題材を毎回取り上げてそれを最後には少し泣かせるようなコメディに仕立て上げる手腕はさすが。

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