2005年07月29日

セネガルの星inナッフリカ(8/12追記あり)

「俺はディウフよりサッカーがうまいんだ!」とママドゥ・トゥレは言った。

玉のような汗を浮かべた褐色に光る肌は絵の具で描くのが難しいだろうな・・・俺はそんなことを脳裏の片隅で思いながら、興奮して時々意味不明の奇声を発する少年のような瞳の34歳のセネガル人と肩を抱き合っていた。

05-07-28 等々力スタジアムで行われた川崎フロンターレvsボルトン・ワンダラーズFCのスタンドはガラガラだった。
それでも駆けつけた4518人の観客の中で、ママドゥほどこの試合が忘れられない記憶となった者はいないだろう。

ゲーム自体に特筆すべきものはなかった。
等々力スタジアムをホームとする川崎フロンターレにとってはリーグ戦に比べ極端に少ない観客数と、いつもは鳴り響く太鼓に合わせた応援がないこと以外いつもの“等々力“だったし、ボルトンにとって1−1という結果は前々日に神戸ユニバで行ったヴィッセル神戸戦と同じものだった。
いや、フロンターレにとってはこれがクラブ史上初めての海外チームとの試合だったのだから、もしかしたら選手やクラブスタッフの内面はいつもとは全く違うものだったのかも知れない。
しかし少なくともそれらは表面上には表れないものだったし、第一、ゲームからはそういった緊張感のようなものは一切感じられなかった。

等々力のピッチの上でイバン・カンポやエル・ハジ・ディウフ、ジェイジェイ・オコチャたちがボールを追いかけている。
それはおそらく平日にも関わらず仕事をバックレたかなんかで駆けつけたであろうフロンターレのサポーターたちにとってどんな意味を持っていたんだろう?

誇らしい気持ち?
意義がわからない試合?
中断期間に入りしばらく会えなくなる自分たちの選手を見るための試合?

いずれにしてもそこだけはビッシリ埋まったバックスタンド1階に陣取るフロンターレ・サポーターたちからいつもの熱気は伝わって来なかった。

「こういうのもいいのかも知れないな・・・」そんな思いがふとよぎった。
鳴り物が一切響かないサッカーの試合。
どれくらいぶりなんだろう?
少年サッカーや草サッカー以外で声援と拍手(ついでに審判への野次も)だけが青黒い闇に染まった空と緑の芝に吸い込まれていく、そんなサッカーを見るのは本当に久しぶりだ。
もしかしたら日本リーグの頃まで遡って思い出さないと記憶がないかも知れない。
今では女子サッカーや室内で行われるフットサルの試合でまでドンドコうるさいったらありゃしない。
応援するのはいい。
いや、応援するべきだと思う。
それがイコール鳴り物と直結する思考がわからない。
きっと俺が怠慢だからなんだろう。

まぁいいまぁいい、その話はまたいずれ機会があったら。
とにかく静かな“サッカーらしくない”スタジアムだった。
ボルトン側ゴール裏に集まった30人ほどの連中を除いては。

試合は前半、ホーム川崎フロンターレの選手の方がモチベーションで勝っていた。
それが早々と結実したのが11分のマルクスからボルトンDF裏に抜けるスルーパスに反応した黒津の先制ゴール。
怪我でしばらく試合から遠ざかっていたマルクス。
フロンターレの今野章言うところの『ベストプレーヤー』、スペシャルな選手ジュニ−ニョと、衰えは見えるものの左サイドからの得意の切り替えしと燃えるような闘志はまだまだ健在のアウグスト(ついでに若いフッキも)らがブラジルに帰っているにも関わらず、ひとりチームに残ってこの試合に臨んだエンガンチェのモチベーションが低かろうはずがない。
そしてそのギャップを突いたパスに反応する得意のプレーできっちりゴールを決めた黒津勝にしても、この日やはり怪我から復帰後、初めて先発した我那覇和樹のサブに逆戻りするのはご免蒙りたいところだろう。
ギャランティに何らかの問題があるらしいことを他チーム関係者から耳にしていたこのゲームにあって、フロンターレの選手達をモチベートさせていたものはチーム内におけるポジション争いと、プロとしてのささやかな抵抗だったのかも知れない。

ボルトンは数人のイングランド人選手を除けばフランス、スペイン、ギリシャ、フィンランド、ポルトガル、アイルランド、イスラエル、ポーランド、ウェールズ、ジャマイカ、ナイジェリア、そしてセネガルと、選手の国籍が多岐にわたったチームだ。
かつては現セレッソ大阪の西澤明訓や(この移籍は完全に失敗に終わった)元フランス代表のユーリ・ジョルカエフなども在籍していた。
“ビッグ・サムの再生工場”と呼ばれるこの多国籍チームはしかし、イングランドが伝統的に得意として来たパワープレイを自分たちのスタイルとし、昨シーズン(04/05)プレミア最多となる15ものヘディングゴールを決めているチームである。
そんなチームにあって、試合後にフロンターレ監督の関塚が触れたようにオコチャやディウフといったアフリカ人選手独特のリズムを持った展開力は重要なアクセントとなる。
55分に休みをもらって交代するまでのディウフのパフォーマンスはオコチャ同様、疲れているボルトン選手の中にあって見るべきものが確かにあった。

ボルトンゴール裏に集まった決して多くはないファンのほとんどは、シゲモトと言うひとりの青年の呼びかけに応じて形成されていた。
シゲモトは98年のワールドカップでナイジェリアの試合を見て以来、オコチャのプレイに魅せられた青年だ。
そのシゲモトが命名した「オコチャ・エリア」をボルトンゴール裏に設定し、この日のために作成した手作りの横断幕三枚がささやかながらも誇らしげに貼られていた。
ハーフタイム中、シゲモトと彼の事前の呼びかけに応じた10人ほどの連中は「オコチャ・エリア」にもっと力を集結すべく周り中に声をかけ、後半に入る頃には30人ほどが立って声を嗄らしながらボルトンと選手達のコールを続けた。

試合終了後、ボルトンの選手達がゴール裏近くまで来て彼らに手を振って感謝の意を表した。
それはシゲモトたちにとって歓喜の瞬間だったろう。
横断幕作成も初めてならゴール裏で声を嗄らす応援も初めて。
それどころか中には生でサッカーを観たのはこれが初めてという人間もいる。

遡ること7時間前の14時、13番ゲート。
そこにはすでにシゲモトともうひとりの青年が入場待ちをしていた。
キックオフまでにはたっぷり5時間。
ほどなくまたひとりの青年がやっと完成させた横断幕を持ってやって来た頃、シゲモトは落ち着きを失くしていた。
「俺一度帰らなきゃ・・・」シゲモトが呟くように言った時、他のふたりはうまく意味がつかめなかった。
「チケット家に忘れちゃったんだ・・・」表情こそ変えなかったがその声と視線には不安と緊張が宿っていた。
若い彼には必要以上の持ち合わせがなく、定期で往復出来る自宅のある相模原まで行って帰って来る時間だけがあった。
俺はシゲモトを車で武蔵小杉の駅まで送った。
試合が始まる前「オコチャ・エリア」に行くとシゲモトが俺の姿を見つけ、嬉しそうに興奮した面持ちで手を振ってくれた。
他のふたりも試合前にしてすでにハイテンションのようだった。
そんな彼らの目の前で試合を終えたばかりの選手達が手を振って声援に応えてくれている。
サッカーからもらったかけがえのない気持ちを今彼らは初めて味わっている。
そしてその中にはハーフタイムの彼らの呼びかけに応じてゴール裏に来たママドゥの姿もあった。

「ミー トゥサウザン ティビー ミナイ。ズット スピリチュアル タカメタネ!」
片言の英語と日本語で興奮しきったママドゥ。
彼は途中交替したディウフがひとり遅れてゴール裏に来て声援に感謝した時、客席とピッチの仕切りを乗り越えて警備員ふたりにショルダー・ブロックされながらもディウフと話し込み、肩を抱き合い(警備員込みだったが)、最後にはディウフが着ていたサブ用のアンダーシャツをプレゼントしてもらったんだった。
ママドゥは自分が着ていた白いシャツをお返しとして離れていくディウフに力一杯放り投げ、セネガルのスーパースターはそれを拾い肩にかけた。

「今ディウフと一体何を話していたんだい?」俺のそんな問いかけにママドゥが答えたのが先の言葉だ。
「アッフリカ セネガルネー!ディウフ ミー!スピリチュアル タカイネー!」とまた奇声と共に両手の人差し指を天に向けた。
下手をすると10代にしか見えないママドゥにとって、サッカーとはどんな位置を占めるものなんだろう。
そんなことが俺にわかるはずもない。
ただママドゥは自分もサッカーをやっていてとても上手いんだと言った。
「ディウフよりも?」と俺が笑いながら聞くと「イエス!ディウフヨリ ウマイネ!フジサワ サガミハラ イロンナトコロデ フットボー ヤルネー」そう言いながら俺の肩を抱いて来た。

ママドゥがひとしきり周りの人たちと雄叫びをあげながら写真を撮ったり抱き合ったりするのを見ていたら、日本人の女の人がママドゥに何か声をかけている。
ママドゥは彼女の腕を取り「ママドゥ ノ オクサン!」と聞いてもいない俺に向かって笑った。
その笑顔は俺が今年に入って見たどの笑顔よりも無邪気なものだった。
そしてそれは05-07-28の等々力スタジアムに駆けつけた4518人の中で最も誇らしい笑顔であったに違いない。

ママドゥ、シゲモト・・・ボルトン・ワンダラーズFCのゴール裏に集った決して多くはない彼らの歓喜に満ちた長い夜はそこから始まった。




*8/12追記:このあとフィオレンティーナの選手として来日していた中田英寿がボルトンへ一年間のレンタル移籍を決めた。この試合があった日、フィオレンティーナの関係者とボルトン、そして中田の代理人が会って話を詰めたと聞く。
中田はヴェルディ戦の後、いつもの○○○の店でパーティか?

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