フェミニストカウンセリング堺 スタッフ日記

大阪府堺市にある「フェミニストカウンセリング堺」のスタッフが持ち回りで書く日記です。

──戦争を知らない──

 私は昭和30年に生まれた。終戦からちょうど10年──たった10年だったのだ……今ならそう思う。父も母も戦前に生まれ、まさに戦中・戦後を生きた世代である。大阪生まれの母は空襲で家を失い路頭に迷ったというし、父の腕には銃弾の傷跡があった。「空襲の後は黒い雨が降る。」「近所の人が『家焼けてもた。』とつぶやいていた。」などと母は時折その頃の話をしたが、父は過去を語らぬ人だった。たぶん実戦の経験はないと思うが、どこで何をしていて傷を受けたのか、私は何も聞いた記憶がない。終戦の時父は22歳、母は17歳だった。彼らがどのような日々を生きたのか…そういったことを私はこの年になるまでしっかり考えてみたこともなかった。戦争について考え始め、関係する書物を読むようになったのはここ数年のことである。そして改めて自分が何も知らないことを知った。学校では戦争の実態を教えない。それは歴史や年表の中のこととして、テストのために暗記する対象としての印象しかない。戦後72年たって、体験した人達はどんどん少なくなっていき、記憶も薄れていく。これは怖いことだと思う。

 「平和のための」戦争など存在しないと私は思う。武器を手にした時から暴力は始まる。平和を守るとは、「我が国が…」とか「我が国を…」と声高に叫び、正義を振りかざして他国の非を糾弾し、分かりやすいものを「敵」として集団の団結心をあおることではないはずだ。

72年間かろうじて守られてきた平和を今後も守り続けていくために、私たちは今なにをしたらいいのだろうか。ただ祈っているだけでは流れをとめることは出来ないが、まずは戦争の何たるかを胸に刻み込むことが必要なのではないか。そのためにわたしはこれからも戦争を語る本を読み、このことを考え続けたいと思っている。         <三子>  

 

1/28のFemitalk+報告です。

P1010012_preview1/28(日)、NPOぴーすの山本明美さんをお招きして、Femitalk+を開催しました。

当日は寒ーくて、参加者も多くはなかったのですが、NPOぴーすの活動についてはもちろん、山本さん自身が息子さんの障がいを受け入れるプロセスで直面した葛藤や自身の母娘関係がその葛藤に大きな影響を与えていたこと・・・など、とても充実した内容のお話を聞かせてもらえました!

ティータイムを挟んでの後半では、参加者の方も一緒にフリートークタイム。子どもの発達障がいと学校での苦労、参加者それぞれと障がい者(児)のかかわりなどについて、おしゃべりをしました。

障がい児の子育て、ケアなどは母親が一手に引き受けているケースが多いこと、母親が孤立しないようなサポートや自己尊重感についてなど、山本さんの活動とフェミニストカウンセリングはとてもリンクしていることを確認し、「やっぱり社会構造の問題だ!」ということを共有できた時間でした。

以下は参加者の感想です。
★お話を聞いていて、最初は私、あまり障がいのある人と今までかかわってないなぁと思っていたのですが、途中から「あ、そういえばあんな事あった。あんなのもあった・・・!」と、どんどん思い出してきました。
普段記憶に埋もれていても、とても大事な気づきがあったことなど色々思い出せてよかったです。
障がいの事も女性の苦しみも、社会の構造のせいであって個人のせいではないなぁ、フェミカンだなぁとしみじみ思いました。
★今回のお話を聞いて、自分にあてはまる点がたくさんあり、共感することができました。
自分の中でなかなか消化することができなかったことも「ストン」と落ちた感覚がありました。
「ありのままでいい」という考えで心が楽になりました。
★私は子どもの支援、母、父、親の支援もしています。
今日は障がいを持っている子が(人が)どんな風に世界を見ているか、きいているか、感じているか、具体的にきけて、とてもよかったです。本当に社会の問題だと思いました。

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次回「Femitalk+」は6月、ゲストとの対談は、毎回予想以上に楽しかったり、深かったり、感動したり・・・です。やはり「語り合う」ことって素晴らしい☆
(すいか)





『 歳を重ねるということ 』

いま私の身近なところに、誕生しようとしている命と、日々成長している子どもと、子育てに奮闘している親、そして、成長がずっと進んだ形での「老い」を体現している母親がいる。

私はちょうど、その中間的な立ち位置にいて、しかも日常は離れているので客観的に観ることができるのかもしれない。

 

幼子たちが日々成長・変化していくことを周囲は喜び、本人もできることが一つずつ増えていくたびに嬉しさを隠せない様子である。

一方、「これまでずっとやっていたこと」が一つずつできなくなっている最近の母親は、「老いによる衰え」を感じ、自信を失い「情けない」と悲嘆し、未経験の「死」が自分の身にいつ、どのように訪れるのかという不安を抱えながらの日々を送っているようにみえる。

 

「歳を重ねていく」ということを常に私より先に経験している母の生き様は、私にとっては良い意味でも悪い意味でも「手本」だと思っている。敗戦後を生き延び、これまで一人でやってきた母が、介護認定を受け、ホームヘルプを受けることになった心境を想像してみると悲嘆する気持ちも無理ないとも思う。

 

しかし、一見、年齢とともに衰えていくようにみえていることも、実はすべて、人間が成長し続けている姿ではないのか。一人の人間が産まれてから進化・発展している姿ではないのか。それは子どもが成長していることと変わらないのではないだろうか。だとすれば、「できなくなること」は決して情けないことではなく、むしろ誇りを感じても良いことなのではないのだろうか。

あらためて人が歳を重ねるということを、命の誕生から辿って考えてみたら、私にはそんなふうに思えるのだ。

母に私の思っていることをこの休みに伝えてみた。今の母には厳しいことを言っているのかもしれないと思いながら。

 

                       

*ふぇんねる*

自己主張講座を終えて思うこと・・・・

自己主張トレーニング 

第6回目 2018112

☆コミュニケーションカードより、HPでの公開に○をつけてくれたものです。☆AT

 

          自己主張講座を終えて思うこと・・・・


           Yes, But〜. 

           ふぁ〜っと。   もう素晴らしい!です。

      一杯、感動、勉強、気付きになる事がありました。

      たくさんあり過ぎて、書ききれませんが、一回一回の講座の内容を大切に、

            心と文章に残していきたいと思います。本当に、先生方 ありがとうございました。
      又、講座、受けたいなぁ〜と思っております。 


☆いつでも、自己主張すればいいというわけでなく、相手によっては、何も言わない 
       流すほうが  い いということもあるんですね。
     
私も、他の人もみんな、適切な自己主張ができるようになれば、もっと幸せになれますね。
 


☆「自分は自分でありつづける」「相手を敬いつつ 正直に簡潔に言う」

「相手の顔をつぶさない」「ふにゃと言う」

相手と状況を見ることは、自己主張の大切なスキル

これからマスターしたいことばかりで、今年の目標にします。
                                                                                                            (
☆彡) 



上海の公園で

年末年始、久しぶりに長い休みが取れたので、友達と上海、蘇州などを34日の格安ツアーに参加して、お任せで回ってきました。

 

観光地や食事はおいておくとして、私がすごいなと思ったのは、上海市民が公園の使い方がとっても上手だということ。

 

市内にはいくつか大きな公園があって、その中の一つ、魯迅記念館のある魯迅公園での自由時間でのこと。1時間あったので、公園内を一回り。緑の中を散策路がのびていて、旧正月ほどではないらしいが、中国でも年末の休みに入っていて、家族連れでそぞろ歩いています。入園料は無料です。

 

公園に入ってすぐの場所は黒山のひとだかり。近づくまでもなく、美しい歌声が響いていて、それに聞き入る人たちです。歌っている人は30人ぐらいはいたでしょうか。舞台の上の立派な合唱団のように、パートに分かれて、次から次に歌っています。大阪と同じぐらい寒い吹きさらしの公園で。

 

少し行くと、ラジカセの中国歌謡に合わせて、社交ダンスしています。男性の数が少なくてもものともせず、白髪の女性同士がピンと背筋を伸ばして、それはそれは笑顔で生き生きと踊っていて、圧倒されます。

 

そして、少し木陰になって薄暗いところには、20人ぐらいの男性がたむろしていて、ちょっと怖い。ところが、近づくと流暢な日本語で「日本のどこから来たの?」「上海の食べ物はおいしい?」とあちこちから声がかかります。ここに集まって、日本語会話を勉強しあい、通りかかった日本人と会話力を磨いているのです。

ベンチでは、老人たちが二胡を抱えて、優雅な曲を奏でているといった風で、思い思いに、公園で休みの日を過ごしていました。

 

公民館の場所取りもなく、指揮者や外国語の先生もなし。お金がなくても、ダンスの服をあつらえなくても、心底楽しんでいました。

中国だって日本以上に金儲けに走っている人たちはいる。でも、庶民は、庶民で今ここの時間を目いっぱい味わって生きていて、そのたくましさ、そして、どことなく感じるゆとりが、印象に残る上海の旅でした。

                          (豆)

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