フェミニストカウンセリング堺 スタッフ日記

大阪府堺市にある「フェミニストカウンセリング堺」のスタッフが持ち回りで書く日記です。

ジェンダーと犯罪 〜孤立する女性たち〜 

FC堺では、内閣府のアドバイザー派遣事業に、1111日、1が4つ並ぶこの日に、講座「ジェンダーと犯罪 〜孤立する女性たち〜」を企画した。講師は刑務所で女性受刑者のカウンセリングや更生プログラムを担当するフェミニストカウンセラ―の福田由紀子さんだ。福岡県から遠路遥々来てもらった。

私にとって刑務所は、映画やドラマで見る想像の世界である。彼女(受刑者)たちが刑務所でどのような生活をしているのか、なぜそこに入るに至ったのか、講師が語る全てが興味津々であった。2時間半の講座だったが、あっという間に感じた。

受刑者の背景については予想していた以上に、悲惨だった。多くが生きる気力、自活する力を失い、経済的にだれかに依存して生きていた。そして多くが、家族や社会から排除され孤立していた。多くが、なんらかの精神障害を持っていた。摂食、障害を持っている人も実に多かった。そして、みんなみんな、心に深い傷を抱えていた・・・・・。子どものころ、親から虐待されていたり、愛されることを知らずに育ったり、レイプにあったり、いじめにあっていたり、家族がいつもけんかしていたり、DVの家庭だったり・・・。

辛くて、辛くて、悲しくて、悲しくて、どうしようもない苦しさから

忘れさせてくれる覚醒剤に逃げた。                      

買い物やセックスに依存した。                                    P1000980

食べては吐いての過食嘔吐を繰り返した。

万引きがやめられなかった。

人を傷つけた・・・。

 

講師の話を聴いていると、彼女たちがそうなったのも無理はないと思った。

そして、やり場のない怒りを感じた。彼女たちを追い詰めたものに怒りを感じた。

生まれた時から犯罪者も加害者もいない。彼女たちを犯罪や加害行為に駆り立てたものは、他ならぬ過去の傷つき体験なんだ。充分に手当てされることも、癒されることもなかった心の傷が、彼女たちを犯罪に追い詰めていった・・・・だとしたら、一方的に彼女たちの加害を責めることは出来るだろうか。

彼女たちも被害者だったんだぞ!!・・・そう思う私は不謹慎なのだろうか。

 

講師が最後に言った。『過去の自分が受けた被害について「自分は悪くなかった」「傷ついた」と自分自身が受容できないと、自分の加害性を引き受けることができない』と。

私もそう思った。自分にも落ち度があったと思っている限り、自分が作りだした被害者にたいしても落ち度があったと思ってしまう。まず自分の被害を受け入れてこそ、自分の加害に向き合えるのだ。

 

それにしても、DVや子ども虐待、性暴力、いじめ等、暴力がなければ、次の犯罪を作りだす火種にならない。もうこれ以上、子どもや女性が被害を受けるのはごめんだ!!           ☆彡  


※参加者のアンケートから

刑務所での仕事の内容について興味深くお話を伺いました。被害者としての女性という観点で考える場面はよくありますが、加害者になってしまった女性についても考える機会をいただきました。

性暴力、性だけに限りませんが、暴力は被害者の問題ではない、加害者の問題である、暴力を決して許さないという社会が必要だというところは本当に強く共感しました。

「自分と向き合って、自分が被害者だった、つらかった」と受け止めた上でないと、事件を見つめることができないという言葉がとても強烈でした。
 

11月のふぇみとーく

 

「古布で結び合う女たち」の集い


女性たちは古くから、持ち寄った布を何かの形にしていく作業を通して時間を共有し、語り合うということをしてきました。アメリカのキルトだけでなく、世界の国のあちこちの居間や囲炉裏端で、それは静かに続いてきました。輪になって座り、針と糸から小さなものを作ることによって、心がほぐれ、しまっていた想いがこぼれだします。そうやって女性たちは、力を取り戻し、歩みを進めてきたのです。

そんな試みをちょっぴり体験してみませんか?

日    時   11月26日(日) 10:30〜12:00

場 所 FC堺講座室     

参加費 1620円(材料費・消費税込)

手縫いできる裁縫セット&ハサミが必要ですが、お持ちでなければお貸しします。ずいぶん長く、針や糸とはご無沙汰している方もご遠慮なく参加してみてください。                                                                                                             <S

 

先日【NPO法人 ムラのミライ】の『対話型ファシリテーション』についての講座に行ってきました。

対話型ファシリテーションとは

WHY? 『なぜ?』やHOW?『〜はどうでしたか?』ではない質問方法で

国際協力から日常生活まで、様々な人間関係をより良いものにするためのコミュニケーションスキルです。

 

子どもに『今日、学校どうだった?』と尋ねたら

返ってきた答え 『別に…』、『フツウ…』or『・・・』という経験はありませんか?

 

質問の仕方を変えてみたら、子どもが自然と話しをしてくれるかもしれません。

 

3つの質問を比較してみます。

1.朝食は何を食べるのが好きですか?    答え『ご飯』

2.朝食はいつも何を食べますか?      答え『ご飯』

3.今朝、朝食に何を食べましたか?     答え『パン』    エッ!?

 

1の質問は、〜が好きという感情をきく質問。

3は、ズバリ事実。      

では2の質問は?   それはその人の考えです。

 

人の考えていることには希望や思い込みが入り混じっているので、

≪意外と人は自分のやっていること(事実)と、考えたり思ったりしていることとは違う≫

ということに気付かされます。

ですから相手のことをちゃんと知りたいと思うとき、

3のような質問によって得られる情報が一番正確な情報であるといえるでしょう。

 

最初に出てきたWHY?HOW?はなぜ使わないのでしょうか?

WHY?『なぜ宿題しないの?』

何だか責められている気持ちになって、出てくる答えは言い訳ばかりになる可能性 大!!

建設的なコミュニケーションの始まりにはなりません。

HOW? 『学校どうだった?』

具体性に欠ける質問で、あまりに幅が広すぎて答えにくいですね。

また相手の顔色伺って、そつなく答えてしまう、つまり本当の答えではないこともありえます。

 

日常使いがちなWHY? HOW?質問を封印するかわりに、

WHEN? WHAT? WHERE? を駆使して相手とコミュニケーションを図る

これを事実質問と呼ぶそうです。

 

いつ、朝食を食べましたか?

誰が朝食を作りましたか?

朝食は何を食べましたか?

何がおいしかったですか?

誰と朝食を食べましたか?

朝食のとき、何を話しましたか?   ・

 

ここで交わされる内容は事実のみです。

この事実から様々な気付きが浮かび上がってきます。

そして気付きによって自分で何をするべきかを自ら模索することで生きる力を身につけていくことが出来る。

ここで大切なのは、≪自分で何をどうすべきかを考えること。

相手の力を信じて助言はぐっと我慢。  

すぐ気付くこともあれば、気付くのに時間が必要な場合もあります。

≪雛が卵の殻の内側からコツコツと打ち砕き、外に出てくるのを親鳥はじっと待つ≫イメージだそうです。

 

実は講座でワークをしたとき、

『この講座に参加した理由は何ですか?』について5分間で30個の質問を考えてください、と言われました。でも出てきたのは10個もありませんでした。(泣!!)

 

やはりこの事実質問はトレーニングが必要だと思います。

お子さんのいるかたは、お子さんの学校での様子を知るための質問をするならば

『教室に着いてどこにカバンを置いたの?』から質問を考えるといいですよと講師がおっしゃっていました。

 

勿論、機械的な口調になったり、尋問みたいにならないように、相手と気持ちの良い関係を保つために、

そこは工夫が必要なことは言うまでもありません。

 

この対話型ファシリテーションに興味のある方は、本も出ています。

*詳細はムラのミライHPをご覧ください。

また、この団体がやっている国際協力や町おこしの活動内容もHPに掲載されています。

お金や建造物だけを提供して、おしまいの支援ではなく、村の人たちが、この対話型ファシリテーション

によってめきめきと力をつけ、自発的に物事を進めていくようになるさまは、読んでいて本当に心地よい

感動を覚えます。対人援助がどうあるべきか、再認識させてくれる内容になっているのでよろしければ

読んでみてください。

                                 (みんと)

 

 

今、働く女性は!?

退職し9年が経つ。孫を育て、保育所に毎日行くようになり、4年が過ぎた。30代の働く女性たちと孫を通じて親しくなり、I市北部の、幼児を育て働く女性の状況が身近に感じられるようになった。

安倍首相は、就労人口が減る現状打破のため、女性の労働を奨励している。しかし、保育所不足。女性に提示される仕事は使い捨てが多い。(馬鹿にしている)

出産のため、仕事も保育所も終了したあるお母さんは、2年のブランク後、1歳児を保育所に預ける時、前の職場に復帰を願い、雇い主の条件と自分の状況を色々考え、やっと探し出したのは、短時間の保育補助員の仕事だった。彼女は「次の仕事は退職金があるか、復職が保障されたものを探したい」と言っていたが、かなわず。また、この頃は在宅勤務でも保育所に預けられるが、幼稚園に比べて保育料金は高いと幼稚園に通う。

女は家庭、男は職場と役割分業が支配した時代に、私は公立中学校保健・体育教師として働き始めた。自分の好きに使えるお金を得ることに楽しさを得、定年退職まで働き続けたいと感じた。

女性の人権を社会に訴えるフェミニズムが必要だ。そして、男性中心社会の職場で女性がまず、女性である自らを尊び(自尊感情を持ち)、女性の人権が認められた社会を作るためには女性同士の連帯(シスターフッド)が必要だと気づいた。分かったことを毎日の生活で実行することには大きな葛藤が生じる。その葛藤を自分なりに整理し希望の方向を求めてフェミニストカウンセリングに惹かれた。

女性の人権侵害裁判を支援し「リブの女性たちの底力」を体感した。そして、やっと、自分自身が支援されたフェミニストカウンセリングで、人権侵害に苦しむ女性たちの心理的支援について焦点化できるようになった。

今の方が子育てと働くことの両立は難しくなっている。いつも、家庭基盤充実を補完する女性の人権。格差は広がるね。と……。
                                    
Now on jarinko

ギクっとしました

お片付けの本を読むと物の整理がしたくなってしまいます。

引っ越した時に処分しているので、物はそんなに多くはないけれど、こんな風に動かしたら使いやすくなるのでは、とかいつも思っています。

その日も前日図書館で借りた片付け本を読んで、ムクムクとやる気が出て、タンスの場所を入れ替えたり、中身をあれこれ移し替えたりしました。時間にして、1時間ちょっと。途中から少し腰が張るなとは思ったものの、夢中になって最後までやり終えてみれば、腰から背中から板のよう。

でも、もう午後からの気功教室に行く時間です。てあてもせず、教室に着いて「今日は腰が張っているので、気功をして治します」なんて言って、はじめました。いつも通りほぼ痛みもなくできましたが、意外につらかったのが腰をそう動かすとは思えない首回し。

そして、その日は夜から習う方の気功教室がある日でした。どうしようかなあと思案したものの、やったほうが良くなるかもと参加しました。まあ大丈夫。でもまだ嫌な感じは続いたまま、その日は眠りにつきました。

翌日、ええっ、寝返りをうつのもつらい!顔を洗うのにうつむくだけで痛みが走る。これってぎっくり腰?そろそろと動いて、右腰のここかなと思うあたりにカイロを貼ります。寝ているのもつらい。正座が一番楽だけれど長くは続かない。立って腕をぶらぶら振るも、前後に揺れるだけで響く。何しろ、息をするだけでも腰が痛むのです。やれそうな腰痛体操を何回が試してみるも、痛くはないが、画期的に効くふうでもない。

今日は休みで良かった、とだらだら本を読んだり、料理したり、同じ姿勢はつらいので、立ったり、座ったり楽を求めて落ち着きなく動いてました。夜になって、テレビを見て、友達に電話していたら、あれなんだかこわばりがとれてきたみたい。でも、怖くて痛くなりそうな動作はできません。

一晩ぐっすり寝た次の朝、三日目にして痛みから解放されました。右腰が患部と思い込んでいたけれど、最後まで痛みが残っていたのは、右わき腹でした。ねじり系統の腰痛です。

朝風呂に浸かりながら、そうか、私の体も秋を迎えるために調整してくれたんだ、とつくづく思いました。秋は、のどの痛み、腰の違和感、泌尿器系といった、ねじれによる疾病に、皆さんもご注意を。             (豆)

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