フェミニストカウンセリング堺 スタッフ日記

大阪府堺市にある「フェミニストカウンセリング堺」のスタッフが持ち回りで書く日記です。

映画と肺炎

連日新型肺炎に関するニュースが流れ、それを聞くと不安な気持ちになる。〇年間生きてきて、こんなことは初めてだ。サーズの時や鳥インフルエンザの時も、これほどではなかった。一体全体この状況はなんなのだろう。薬局からはマスクやアルコール消毒液が消えうせ、ますます焦燥感が強くなる。ニュースというのは何のためにあるのかと、ふと疑問にも思ってしまう。そういう私自身、慌ててマスクや消毒薬を買いに走り、人込みを嫌がるようになっている。

でも、でもどうしてもみたい映画があった。昨年からずっと公開を待っていたので、諦めがつかない。映画館という閉鎖空間に出向いていくことに、平素では考えられないくらい躊躇する。迷った挙句にやっぱり行くことにした。マスクをして一番後ろの端っこの席に座る。席は3分の2程度が埋まっている。映画はたっぷり2時間余りある。ほんのたまにだが、咳をする人があると、そのたびにびくっとする私。でも映画は期待通りの作品だった。おまけに次にみるべき作品にも出会えた。「ああ来てよかった!」大満足の休日だった。

累積していく患者数ばかりをニュースでは伝えているが、回復している人もいるはずだ。もう少し違う報道の仕方はないものなのだろうか。わが身を振り返りつつ、事実(あるいは「ことば」そのもの)を適確に伝えることの難しさを感じる。        <フー>

 

映画【パラサイト 半地下の家族】を観て

ホンジュノ監督の映画 【パラサイト 半地下の家族】は、未だに鳥肌物の衝撃が残っている。

久しぶりに何か映画みたいなあという気持ちになっていたときに、是枝裕和監督とホンジュノ監督のインタビューをTVで見て、面白そうだなと軽い気持ちで行ってしまったのだが、まあ重かった、重かった。

本当によく考えられているストーリーで、多分私が気付いた以上にもっともっと色々なメッセージがそこかしこに込められているのだろうと思うのだが、まざまざと格差社会というものを考えさせられる映画だった。

ジャンル別ではブラックコメディと言われるように、時々クスッと笑わせてくれるところもあった。しかし話しが進むにつれ、笑いは恐怖に変わっていき、クライマックスシーンはもうあまりの衝撃で映像を直視することはできなかったし、なんでここまでのことやらなくちゃいけないの?と理解に苦しむところもあった。

それでも心に残る映画の一つとなったのは、映像を通して訴えかけてくるもの、これでもかと格差を表現する技法の巧みさに圧倒されたからだと思う。

例えば主人公達が住んでいる半地下の家と言うのは、北朝鮮からの攻撃に備えて作られたそうで、家が半分以上、地上部から低くなっており、窓の景色といえば外で歩いている人のひざ下ぐらいしか見えない。トイレが目線より上にあるのは、下水がその高さにしかないからなのか?

富裕層達は山手の豪邸に住み、主人公たちが自分たちの家に帰るときは下へ下へと階段をどんどんどんどん下っていく。洪水が起きれば、家が全部水の底に埋まってしまうようなところに半地下の家がある。しかし洪水被害を全く受けず、下で起きていることを気にもかけない富裕層はお気楽にパーティを開くといった格差の描写が次々と続いていった。

この映画に出てくる富裕層の家族は悪い人たちではない。しかし自分たち以外の人のことに対してあまりに無関心すぎる。その無関心こそ、格差社会が是正されない原因の一つだろう。

それは私にとっても言えることかもしれない、声を出せない人たちに私はどれだけ目を向けられているのだろうかと思った。

最後に、もしこの映画を観るならば、どうぞ元気なときに観てください!!

                                     みんと

 

 

 

2月の「ふぇみトーク!」 テーマは「母娘かんけい」

 2月の日曜講座「思いっきり!ふぇみトーク!!」のテーマは、「母娘かんけい」です。カウンセリングの現場では、「母娘かんけい」の問題にしばしば出会います。

 

夫との関係がしんどい

子育てに悩んでいる

職場での人間関係が辛い

ママ友との付き合い方がわからない

自分の欠点(と本人が思っていること)をどうすればいいのか・・・

 

を語っているのに、その合間に語られる「母」との関係、「母」への葛藤、息苦しさ。さらには友だちに話してもわかってもらえず、かえって傷つく悲しさ、自責感。

 

 フェミニストカウンセリングにとって、「母娘かんけい」は永遠のテーマです。安心・安全なフェミカン堺の講座室で、「母」への気もちを語ってみませんか。みなさまのご参加をお待ちしております。        木村

 

 

日時 :2020223日(日) 10301200

参加費:1000円+税

場所 :フェミカン堺 講座室

担当 :小田切・木村

『小さい小さい春の兆し』

   

今年の冬は暖かいですね。

 とはいえ、二十四節季・大寒の今ごろは、やはり寒くて体が縮こまります…。

 

 冬の木の芽の写真が「顔」のようにみえて楽しい、福音館書店の絵本「ふゆめがっしょうだん」(冨成忠夫・茂木透 写真/長新太 文)が大好きです。

 

 毎年この季節になると木々に「顔」を探しています。

 小春日和だった先日、近所の公園で、こんな写真を撮りました。ちょっとだけ早い春のおすそ分けです。





 DSC_1889DSC_1895
   

DSC_1890

DSC_1892





























まだまだ春は先だけど、春に向かって準備している「顔」を見つけるとほっこりした気持ちになり嬉しくなります。

 

 知らず知らずのうちに、日常に追われて心に余裕がなくなってしまうことがある私ですが、時々こうやって身近なものからゆったりと暖かい時間をもらっています。

 今年もできる限り肩の力をぬいて、楽しんで生活したいと思っています。   

                                                         (qan)

 

                                         



            












私の新年

画像1



















明けましておめでとうございます。

新年初なので明るい話を、と思ったのですが、さて。

 

昨年は次女のことでバタバタと一年が過ぎました。(バタバタしたのは娘であって、私ではない、筈なんだけど)

1月に彼を連れてきてから、もっとのんびりの筈だったのが、入籍、顔合わせ、引越し、結婚式、12月中旬に出産。で、年末年始も、ほぼ夫さん込みで、娘ファミリーが我が家におり、産後の娘と私はほとんど正月と関係なく過ごしました。

 

娘の夫は、かなり昭和?(もしかすると昭和以前)の働き方をしそうな職場もありそうな業界の人。(私の偏見か?)

娘が「お父さんに似てる」と言い、当人も「似てると思う」と言う娘の夫の言葉に、私は時々モヤッとします。

TVが付いている居間に一緒にいて、娘たちが話しているのが聞こえて、「誰に向けての年収自慢?」

と思ったこともあります。(私の僻みか?)

歌番組を一緒に観ていて、「○○、こんなに男らしいのにゲイやもんなぁ」と言った時は‘残念そうな’

ニュアンスを感じ、私は沈黙してしまいました。「どういう意味?」

 

0歳児を抱えて、4月から関東に行ってしまう娘達。9歳年下にもかかわらず、娘は偉そうにものを言い、二人は仲よさそうに過ごしているので、要らぬ口は出さずにおこうと思っているバアバ。

3月までは近くにいるので(3月は同居になりそう^_^;)何かと振り回されそうで、近くにいない方が私自身は身体的には(精神的にも?)楽かもしれない、とも思いつつ、知らない土地での育児は大丈夫だろうかと今から気になってしまう私。

 

いやいや、きっとなんとかなるやろう、親が思うより、娘はしっかりしていると思って送り出そう!

 彩

  • ライブドアブログ