フェミニストカウンセリング堺 スタッフ日記

大阪府堺市にある「フェミニストカウンセリング堺」のスタッフが持ち回りで書く日記です。

自転車事故の記事に反応した私

915日土曜日の朝刊を読んでいた時のこと。

「自転車3人乗り 転倒して次男死亡 母親を書類送検」という見出しで、中身を読むと、保育園に子どもを預けに行く途中、傘が自転車に引っかかって、転倒し、抱っこひもで前に抱えていた乳児が死亡した。それに対して、識者の意見として、抱っこやおんぶでの自転車3人乗りは危険。ベビーカーを押していくのが安全。とありました。

 

今のこの現状で、車を持たない子連れの母親は一体どうやって働けばいいのかと思わず声が出ていました。

誰だって、危ないかもと思いながらも、雨の日も仕方なくそうせざるをえないでいるのに・・・。

私が年子で二人育てていたときも、一人ずつ別の保育園に連れて行ったり、着替えやおむつの替えなど荷物もいっぱい自転車に載せて、毎日自転車に乗っていました。週末、週明けともなれば、それにお昼寝用の布団まで積んで。

幸い子どもにけがはなかったものの、道路工事中のデコボコ道で自転車が横転してこわい思いをした経験もよみがえってきました。

 

家のすぐ近く、歩いてベビーカーを押していけるところに保育園があれば、自転車の前後ろに乗せなくてもすみます。そうでなくても入りにくい保育園。母親と子どもにばかり負担を強いる状況がずっと続いているのです。                  (豆)

父のこと

7月に父が亡くなった。

大量のモノを残して。主に電化製品と紙類。母がこれからも暮らす家のモノを少しでも減らそうと、車で30分余りの実家へぼちぼち通っている。

壊れて使えなくなったものや古い請求書、領収書まである。ゴミ屋敷の住民は淋しさを抱えていると聞いた覚えがあるが、父の淋しさのようなものを感じた。

3年近く前に病気が判り、病院の送り迎えや入院中など私が父といることが割と多かったのと、母はかなり前から耳が遠いのもあってか、父のそれまで聞いたことも無かった子どもの頃の話や「(母よりも)先に死ぬのか」という言葉も聞いた。

父と母は小学校の教員同士で出合い、母は病気になったことをきっかけに50過ぎで退職したが、それまでは仕事を続けていた。子どもの頃、二人が夕食時によく仕事の話をしていたのを覚えている。

アウトドア派の父とインドア派の母で共通の趣味などはなかったようだが、父は退職後は風呂の掃除や洗濯を担当し、1年余り前に免許を返納するまで、母が趣味に出掛ける時のアッシー君をするなど支え合って暮らしていた。

体力があまりなく、耳が遠いのもあってか、かなりマイペースな母を、父は時にイライラしながらも支え続けたいという思いを持っていたのだと思う。その思いが叶えられそうにないと分かったころに、イライラした父が母に当たっているところも見かけたりもした。

 

私が片づけをしていて、いろんなモノが出てくるたびに、母は父のことを「ホンマに、モノを買うのが好きな人やった」とあきれたように言う。

「今更何を言っているのだ」と娘の私は心の中でつぶやく。

 

小さな不満や行き違いは多分日々たくさんあっただろうけれど、二人はそれなりに仲良くやってきたようだ。それは一つには、あまり便利でないところにある小さな家だけれど、モノを溜め込むだけのスペースと、二人が家の中でそれなりの距離を置けるだけのスペースがあったこと。もう一つは母が自分の退職金、年金をそれなりにもらえていることで、父が買いたいものを買ってもそれなりの生活が出来ていることが大きいのだと思う。

そしてなにより、それぞれの楽しみを尊重できていたことがあったのではないだろうか。

父は実母とは1歳になる前に死に別れ、主に叔母さんたちに可愛がってもらって大きくなったという。その境遇は、父の淋しさの元でもあろうけれど、変な家族幻想を、あまり父に持たせなかったのかもしれないと私は勝手に思っているのである。

 

                                  彩

災害のお見舞いと感じたこと

台風21号、北海道地方の地震と災害が続き、被害の様子をメディアの報道で知り、心が痛みます。被害にあわれたみなさまには心よりお見舞いを申し上げます。また復旧作業に一生懸命働いてくださっている方々、本当にご苦労様です。

/4の台風では、今も道には飛来物、折れた木、割れたガラスなどがあります。電車からは家並みの屋根のあちこちにブルーシートがかかっていているのが見えます。

今回は早くから、交通機関の運休、会社、学校の休み、大型店舗やテーマパークの休業の対策がとられたのはよかったと思います。

ただ、中小企業や小さい店などは休業ではないところもあり、ピザの宅配スタッフの方が暴風雨の中、飛ばされそうになりながら配達したと聞いて驚きました。宅配便のドライバーの方も、車が横転しそうな中運転していました。

経営者は休業するか、それが無理なら外に出ないよう、依頼があっても断って従業員を守ることは考えないのでしょうか。受ける側も自分が出られないのに持って来いといいますか? スタッフが自分の身内ならどうなんでしょう...

 台風後もコンビニに物資輸送ができない、スーパーに水がない、懐中電灯の売り場には長い列ができる、頼んだものが届かないなど、自分が不便なことにクレームを言う人がいるそうです。こういう状況なら仕方ないし、言っていくところが違います。

日本に来られている外国人の方には、慣れない国で言葉も日本の情報も分かりにくい中、ケアが行き届かないこともあったと思います。

普段から、弱い立場の人をないがしろにしたり、言いやすいところをはけ口にすることのないように、少数派の存在に敏感に、気を付けたいと思います。

また、日常の暮らしは「みなさん仕事だから当たり前」ではなく、みんなのおかげと感謝しなくてはいけないな、とも思いました。                       (y)

 

 

老後はひとり暮らしが幸せ?

『老後はひとり暮らしが幸せ』の著者は大阪府門真市で耳鼻咽喉科医院を開業している辻川覚志医師で、彼の診療所に来院した60歳以上の人全員と、門真市医師会「お元気ですかコール」の参加者で60歳以上のひとり暮らしの人を対象に、総数484名の内回答者は460名(男性158名、女性302名)、平均年齢73.2歳のアンケートの結果から考察されたものです。

 独居の高齢者の選択肢としては、子を持つ人は、独居、同居、ホーム入居の3つで、子のない人は独居かホーム入所になる。 独居の高齢者の私にとって、できるなら考えたくなくて避けてきた問題です。

狭くても自分だけの空間、時間の使い方も物事の優先順位も決めるのは私、少々しんどくても、今のひとり暮らしの自由を続けたいのが本音だ。とは言え頭も身体も不具合続出で、医院に通う回数が増える。「ひとり暮らし→孤独死」というイメージがあり、可哀想な人と決めつけられるのは嫌だ。孤独死だって自分が選んだんだと胸をはって言えるほどの自信もない。同居では三世代世帯のような人数の多いほうがひとり暮らしの人の満足度と同じ程度という。子世代(4050代)を取り巻く環境は厳しく、支援を要請せざるを得ない状況で、親からの支援要請に応えられない現実だという。たとえ同居しても、自宅で最後を迎えるか、同居家族に気遣って施設で最後を迎えるか判断が難しい。そのような時、病院で最後を過ごすという選択肢も両者にとって良い場合もあるという。現在最も多い夫婦だけの世帯は、すばらしく高い満足度を示すもあれば、まったく評価しない人もあり、当たり外れが大きいといえる。

 私と同じ身の丈の市井の人達のアンケート結果は、ひとり暮らしがもっとも現実的、理想の姿であり、もっとも幸せに近いことがわかりました。医療や介護の助けを得れば、ひとり暮らしを支える人達にも大きな負担をかけずに、やっていけることがわかったんです。確かにひとり暮らしは、寂しさも不安も多いけれど、満足度は高い。できるだけ、他の人に迷惑をかけず、あちらに逝きたいならば、自分自身だけで生きていくように努力し、人を頼ってはいけないという。

自らの暮らしを厳しく律することで得られるものは、「自由に気ままに、最後まで。」うーん、これも結構厳しいよね。  (ア)

 ──再読「母に歌う子守歌」(落合恵子著)──

以前私は、この本を苦々しい想いで読んだ。パーキンソン病、アルツハイマー病を抱えた母を、自宅でかいがいしく介護する著者の愛情に満ちたエッセイ集は、母を施設にゆだねた私を「いやな気持」にさせたからだ。そして「母親を施設にすてた。」と豪語する佐野洋子の本は、「ほっとして」読んでいた。人にはそれぞれの母娘関係があり、事情があるのだ。比べることなどできないとわかってはいても、なおかつ何がしかの罪悪感は残る。在宅で介護する人の労苦は並大抵のものではないと知っているから、それを実行する人には頭が上がらないと感じる私がいた。

今年90歳を迎える母が、施設に入所してから既に9年が過ぎた。現在要介護度は5となり、面会に行くたびに心身ともに老化が進んでいると感じる。それを見ているのは何ともつらく、悲しいことであるが、「しかたないわ。」とつぶやいて、母が「今ここにこうして生きてある」ことを受けとめ、感謝するしかない。そして、今は素直な気持ちで「母に歌う子守歌」を読む私がいる。なぜなら私も確実に、この母と歩んできたのだから。            <落込恵子>
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