フェミニストカウンセリング堺 スタッフ日記

大阪府堺市にある「フェミニストカウンセリング堺」のスタッフが持ち回りで書く日記です。

「高浜原発の運転差し止め 取り消し」

328日 大阪高裁は、高浜原発の運転差し止め仮処分を取り消した!!

 

高浜原発再稼働??

 

なんということ

 

信じられない。

 

福島の事故の教訓は、「自然は人智を超える」ということでしょう。

人間の想定やそれを基準にした安全基準など、自然の前では何の意味もないことを目の当たりにしたのに・・・

 

津波も恐ろしいけれど、原発の事故はそれを設置してしまった人間による人災。

その事故の悲惨さ、影響の大きさを知ってしまったのに、まだ、この人災の元になった原発の再稼働を許すなんて。

規制基準が適正かどうかとか、もっときびしくすれば大丈夫だという問題ではない。

何度も言うけれど、自然を相手に人間が安全基準の妥当性を検討するのは意味がない。

 

原発は、いったん事故が起こったときの被害の大きさを考えると、即時、全廃すべき。

 

それに、昨今、もしかしたら、自然より先に、人為的に破壊される標的になるかもしれない。

 

それなのに、どうしても、稼働させたいのか? 関電!!

 

電気料金を下げさえすれば、みんな、単純に 喜ぶと思っているのか? 関電!!

 

思っているんでしょうね・・・・・

 

でも、司法がそれを許してはいけないだろう 大阪高裁!!

(K) 

 

背割堤の桜

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背割堤の桜を見に行ってきました!

                                                                                            

 わが家から背割堤に行くには、京阪電車はもちろんですが、山道を登って石清水八幡宮をお詣りし、参道を降りて、堤防沿いまで、徒歩1時間弱で行けちゃうのです。ついでに八幡さんの麓で売っている『走り餅』も買えます。

 雨は降ってはいなかったけど、曇り空だし、前日風雨が強かったので、もう散りかけているかもと思って行ったのですが、結構な人込みでした。満開は過ぎていたけれど、ご覧あれ!桜のトンネルの中を通っているときは、花びらが散りかけて、少し残念だったのですが、トンネルを抜けて堤防の下に降り、桜並木を下から眺めたら圧巻!桜がぎっしりと続いていました。1.3キロの桜並木は見ごたえも歩きごたえもあります。

 男山の人以外私と同じルートは無理でしょうが、遠くからお越しの方は、反対のルートはいかがでしょう。背割堤の桜を堪能した後、走り餅で少し小腹を満たして、八幡さん(石清水八幡宮)にお詣りするのがいいですよ。足腰に自信のない方は、ケーブルでどうぞ。八幡さんは近年本殿を修築し、国宝に指定されました。なかなか見ごたえがあります。                

MU〜)

                                                                                 

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― 私の本箱 ―「喪失」について

「海よりもなお深く」という映画の中で、主人公役アベヒロシに母親キキキリンが言う。

「何かを得るためには、何かをすてなくてはならない。」と。

大分「クサイ」なぁ・・と思いながら「喪失」について ちょっと考えた。

何かをあきらめて何かを獲得する。確かにそうかも知れないが、それが人生の折り返し地点を超えると だんだんむずかしくなる。

年齢を重ねれば重ねる程に獲得するより失う方の重さを感じるようになる。「老いる」とは「喪失」を重ねることでもあり、人生の後半の課題はそれをどう生きるかなのか?目にはみえなくても喪失によって得られる何かがあるのだろうか?

 

60才を過ぎて、せいぜいめいっぱい生きてもあと20年かと思ったころから、ヒシヒシとそういうことを考えるようになった。そんな時 読んだのがこの2冊―佐藤由美子著「死に逝く人は何を想うのか 遺された家族にできること」ポプラ社2017年とバーバラ・ロバーツ著 入江真佐子訳「夫と共に死を見つめて」プレジデント社2004年―である。

 前者は音楽療法士である著者がホスピス等での関わりを通して「人を見送る」ことについてかいた本であり、後者は自ら夫を自宅で見送った女性のかいた手記である。両者の大きな違いは喪失の対象が、柳田邦男のいう「3人称の死」か「2人称の死」かということだろうか。これらの本は悲しみや苦しみを率直に表現することの大切さと、それぞれの人に固有の悲しみ方や乗りこえ方があり、その人なりの歩みをいきつ戻りつしながらいくしかないのだと語っている。ごくあたり前のことのように思えるが、実はそれがなかなかむずかしい。人生という「登山」は登りも苦しいが下りも又楽ではないということか。(ガックリ)

〈S〉

驚きのサファリパーク

 先日孫たちと姫路セントラルパークへ行きました。サファリゾーンでは車のすぐ側の動物たちにワクワク興奮しました。そして驚きはウォーキングゾーンでの体験でした。

 象の所へ行くと丁度ショーの時間になりました。金網の真ん前の数十センチのところで象さんが大きく口を開け中を見せてくれたり、脚の裏を見せてくれます。鼻に水をため噴射します。そして何よりびっくりしたのは餌やりタイム!金網の下からこちら側に突き出た象さんの鼻の穴に食パンを入れるのです‼︎なんとも衝撃の体験でした。

 帰りの車でパパが「楽しかったね、何が一番楽しかった?」と孫に尋ねると「ぞうさん」とのこと。あんなに泣いていたのに楽しかったのね                                      りく

 

 

 

いつかは死ぬ ……身近な死はつらい

多感な思春期に、『人間はいつか死ぬ』と頭で納得した。

絶対、いつかは死ぬのなら、楽しく生きたいと、『東京がダメなら。大阪』と視点を変え、自分なりに楽しく生きる努力をした。生活に「喜笑愛楽」を目指すが、老い、病、死は寄せてくる。

恵美さんが今朝亡くなった。

恵美さんは、私の初めての卒業生で若い友人。

今から18年前、恵美さんから中学3年生時の同級生Tさんのライブを協力して欲しいと頼まれ親しくなった。

Tさんは中学からの夢を実現し、ジャズピアニストとして活動していた。恵美さんはTさんが東京を拠点にした時もライブを企画していた。20年間頑張っているTさんと自分たちの中年へのエールを重ねてライブを企画したいので、と誘われた。

10歳年長の私にはよく分からない部分もあったが、やってみた。何回か企画会議で恵美さんの家を訪ねた時、彼女が作ってくれたバラ寿司のおいしかったことは忘れられない。

彼女の闘病中、多彩な彼女の経歴を聞き感心した。また、一つの仕事しかしていない私には驚きだった。ファッションやイベントの企画の仕事をし、結婚し2人の子どもを育てながら自営業の夫を支え、色々なことにチャレンジしていた。子どもたちが独立し、自分の青春を再びと思った時、肝臓がんが発見された。

「まだ、死にたくない」と、担当医もびっくりする辛い治療を積極的に受けていたが、昨年秋に医師からもう、手の施しようがないと。しかし、彼女は一日でも長く生きれるよう、痛さに耐え、必死で食べ、しゃべっていた。彼女の家族や中学時代からの友人に支えられ、明るく闘病していた。私は彼女と会う間隔が空くと、もう会えないかもと不安になった。 今回も私が体調を崩し長い間会えなかった。最後に会った友人は6日後に病院でジャズライブしてもらうと喜んでいたと。しかし、翌日は意識が無くなり、夜、夫より家族以外の面会は医師から止められていると連絡が入り、そして、亡くなった。

闘病中もいつも自分は恵まれていると感謝していた。

年末、年始体調不良で会えなかった私がやっと、会えると思った時、彼女は語らぬ人となってしまった。

昨秋会ったときは、自分が亡くなった後の夫が心配なので、2人の子どもに頼んであると明るく話していたが、何から何まで段取りの良い人だった。

私は、2年前、彼女が肝臓がん発病を公表し始めた頃から交流が深まった。

当時、私自身も母が壊疽で入院し、介護が重度になる退院後のことと3歳の孫育てに苦しんでいて2週間眠れなかったのが、彼女と話して彼女の明るい積極的な闘病決意を聞いて、吹っ切れた。  ありがたい方だった。

明日3月5日彼女にきっちりお礼を言ってお別れしよう。

                                                                                    Now on jarinko
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