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私の会社員時代(25年前)に、メガFCの営業責任者でしたが「KFC・ロッテリア・吉野家・デニーズ・びっくりドンキー・サーティワン・五味八珍」など120店舗を愛知・静岡・山梨県に展開していました。
KFCは50店舗で、ナンバー1のFCでした。その時に、QSCオペレーションの向上と売上の伸長率で、ベストコントローラー賞(最優秀部長賞)をいただきました。^^

私の店長セミナーでも、カーネルサンダースの歴史を話すことがあります。
「人生に遅すぎることはない!」を紹介します。数年前のブログにも紹介しましたが、新しい情報も追加しています。

「人生は遅いことはあっても、遅すぎることはない」

ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースは、父が6歳で亡くなり、母が工場で働きながら3人の子どもを育てました。家計を支えるため、サンダースは10歳から農場に働きに出て、14歳で学校を辞めています。最終学歴は、小学校卒(6年修了)です。

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15歳で母の再婚相手に暴力を振るわれ、家出して年齢をごまかし軍隊に入ります。一兵卒として海軍に所属しますが、1年で除隊します。その後、農場勤務、市電車掌、判事助手、保険外交員・・・と40種類以上の職業を経験しました。

30代後半に、知人の石油会社の支配人の薦めで初起業!
タイヤのセールスマン時代に出会った石油会社の人の縁で、「自分の将来は自分で決めよう」という思いから、ガソリンスタンドの経営者になりました。

そして6席ながらガソリンスタンドの一角に「サンダース・カフェ」も開業、カーネルは、ガソリンスタンドの支配人、調理係、レジ係の全てを担当したそうです。後に州の料理への貢献が認められ、ケンタッキー知事から「ケンタッキー・カーネル」の名誉称号を授かりました。この時で既にカーネルは45歳です。

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息子の死、ガソリンスタンドの倒産、火災等、幾つもの災難がありました。
その頃に完成したのが、現在も世界中の店舗で秘伝となっている11種類のスパイスのオリジナル・レシピです。しかし、負債が多く店舗経営から一度身を引きます。一文無しになったカーネルは既に65歳。

そうは言いながらフライドチキンの技術で直ぐに這い上がります。車で各地を回りFCを募集して復活します!70歳になりフライドチキンのノウハウを車1台で全米中(1000店舗)を走り回り、レストランの厨房などで実演し、FC契約を結ぶ営業活動の旅に出ます。これが大成功!

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チキン1本にいくらというFC契約を結び、73歳の時には600店舗を抱える大企業になりました。素晴らしい大器晩成です。90歳で亡くなるまでに、全世界に6000店舗のKFCが出来上がりました。

人はやりたいことがあっても、なぜか一歩が踏み出せません。そのことに「自分はダメだ」と思う人もいるでしょうが、私はこう思います。

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「一歩踏み出せないのは、今の自分に必要ないからです。本当に必要になったら自然に足が動きます。やりたくなったときが必要なときなのです」どうしても、やりたいことがあれば、そしてそれにあなた自身がやる価値があると思えば、はじめるのに遅すぎることはないですね。

カーネルサンダースは、65歳からKFCを立ち上げたのですから、定年退職してからでも遅くないということです。^^
将来の夢のために考え方に少しだけ工夫を加えて、今からでも準備を始めることですね。