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日本講演新聞に「涙活・心を潤すラブレター」が掲載されていました。
涙活(るいかつ)を手掛ける橋本昌人さんの「なみだのラブレター」、結婚する娘への父からの手紙です。涙が溢れましたので紹介します。人にはたくさんの隠れた想いや哀しい過去があります。 

僕が涙活をするようになったきっかけの手紙です。

ある飲食店がありました。お店の大将は元気で笑顔で、いつも僕を励ましてくれました。下ネタが多く、ツッコミどころ満載の大将でした。
奥さんはいなくて、たまに娘さんが手伝いに来ていました。

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娘さんが結婚する時、大将は娘さんに手紙を書きました。そして大将がその手紙を僕にくれたのです。
手紙を読んで、「あの陽気な大将に、こんな出来事があったとは」と驚きました。
「人にはたくさんの隠れた思いがある。でも人は信じるに足る生き物や」と思わせられた手紙です。
娘さんの名前は「ミサトさん」。当時、大将は60代前半くらいでした。

娘・ミサトへ

いよいよ来月、結婚するんやね。
おめでとう。

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ジューン・ブライドに憧れてたはずやのに、きみは結局、お母さんの旅立った八月を、式の日に選びました。お母さんも天国で喜んでるでしょう。

あなたの母親であり、私の妻であった、我々の最愛の女性は、ある、小さな記事として新聞にも掲載された交通事故により、きみがまだ6歳の時に亡くなりました。
突然すぎて、悲しみ抜いて、途方に暮れて、精神的に参ってしまった私は、死のうとしたんです。

バカなことに、きみを連れてお母さんを追いかけようとした。
その日、最後の思い出にと、家族でよく出かけた遊園地に2人で行きました。
きみは嬉しそうに、はしゃぎ回った。

いつも家族で乗ったメリーゴーランドにひとりで乗るきみを、私は精いっぱいの笑顔を作って、だけど力なく手を振って、きみが「お父さーん!」と呼ぶ声に必死で応えていました。

とにかくきみは楽しそうで、これが最後の遊園地になることも知らずに、いや、今日が最後の日であることも知らずに、元気いっぱいに走っては、乗り物をハシゴしてた。

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きみが楽しげであればあるほど心は痛んで、でも、心が痛めば痛むほど、必死で笑顔を作るようにしました。
やがて急流すべりを乗り終わって、こちらに駆けてきたきみは、満足げな表情で見上げつつ、私と手をつないで、ニコニコしながらこう言いました。

「もういいよ、お父さん。もう、お母さんのところに行こ」

きみは気づいてたんやね。きみを抱いたまま、ムリヤリ、父親の私がこの世を去ろうとしていたことを、なぜか知っていたんやね。

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この言葉で、私はハッと目が覚めました。
私はこんなことを言った。

「あほ! お母さんに怒られるぞ、ミサト! いつか、お母さんがゴハン作って待ってるのに、迎えに来てくれたオマエと駅前の焼き鳥屋に寄り道した時みたいに、『そんな勝手なことするんやったら、二人で出て行きなさい!』って、お母さんスネるぞ! スネたらひつこいぞ〜!」

こう言うときみは……お葬式の日以来、お母さんのことでは全く泣かなかったミサトは、セキを切ったように大きな声で泣きだしたね。

24年前のあの日のことを、きみは憶えていないと言います。でも、君に子どもが、そう、私とお母さんにとっての孫ができて成長したら、あの遊園地にみんなで行こう。お母さんの分も入園券をちゃんと買って、みんなでメリーゴーランドに乗ろう。

そしてみんなで、思いっきり笑おな。

ミサト、本当におめでとう。