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KFCの座ったカーネルサンダースをご存じでしょうか?
私の友人の広告会社の社長が、KFC本部に提案して採用されました。
「カーネルが座ってもいいんじゃないの?」で開発して、現在日本に5体あります。増える可能性がありますね。^^

さて、今週のメガFCの店長セミナーで、「人生に遅すぎることはない!」の話をKFCのカーネル・サンダースの人生を例に解説しました。
数年前のブログにも紹介しましたが、もう一度紹介します。

「人生は遅いことはあっても、遅すぎることはない」

ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースは、父が6歳で亡くなり、母が工場で働きながら3人の子どもを育てました。家計を支えるため、サンダースは10歳から農場に働きに出て、14歳で学校を辞めています。最終学歴は、小学校卒(6年修了)です。
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15歳で母の再婚相手に暴力を振るわれ、家出して年齢をごまかし軍隊に入ります。一兵卒として海軍に所属しますが、1年で除隊します。その後、農場勤務、市電車掌、判事助手、保険外交員・・・と40種類以上の職業を経験しました。

30代後半に、知人の石油会社の支配人の薦めで初起業!
タイヤのセールスマン時代に出会った石油会社の人の縁で、「自分の将来は自分で決めよう」という思いから、ガソリンスタンドの経営者になりました。

そして6席ながらガソリンスタンドの一角に「サンダース・カフェ」も開業、カーネルは、ガソリンスタンドの支配人、調理係、レジ係の全てを担当したそうです。後に州の料理への貢献が認められ、ケンタッキー知事から「ケンタッキー・カーネル」の名誉称号を授かりました。この時で既にカーネルは45歳です。
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息子の死、ガソリンスタンドの倒産、火災等、幾つもの災難がありました。
その頃に完成したのが、現在も世界中の店舗で秘伝となっている11種類のスパイスのオリジナル・レシピです。しかし、負債が多く店舗経営から一度身を引きます。一文無しになったカーネルは既に65歳。

そうは言いながらフライドチキンの技術で直ぐに這い上がります。車で各地を回りFCを募集して復活します!70歳になりフライドチキンのノウハウを車1台で全米中(1000店舗)を走り回り、レストランの厨房などで実演し、FC契約を結ぶ営業活動の旅に出ます。これが大成功!

チキン1本にいくらというFC契約を結び、73歳の時には600店舗を抱える大企業になりました。素晴らしい大器晩成です。90歳で亡くなるまでに、全世界に6000店舗のKFCが出来上がりました。

人はやりたいことがあっても、なぜか一歩が踏み出せません。そのことに「自分はダメだ」と思う人もいるでしょうが、私はこう思います。
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「一歩踏み出せないのは、今の自分に必要ないからです。本当に必要になったら自然に足が動きます。やりたくなったときが必要なときなのです」どうしても、やりたいことがあれば、そしてそれにあなた自身がやる価値があると思えば、はじめるのに遅すぎることはないですね。

カーネルサンダースは、65歳からKFCを立ち上げたのですから、定年退職してからでも遅くないということです。^^
将来の夢のために考え方に少しだけ工夫を加えて、今からでも準備を始めることですね。