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三島商工会議所での飲食店経営者のセミナーでした。32名の経営者・管理職・店長が参加され皆さん熱心に受講していただきました。

以前の「日本講演新聞」に「話をする、それは真剣勝負の時間」が社説に掲載されていましたので紹介します。私もセミナー講師の端くれなので、このことを強く意識して講義しています。

多少なりともあちこちで講演をしているので「話し方」には結構気を付けているほうである。だから書店でその手の本のタイトルが目に入ると放っておけない。
先週のこと。ある雑誌の見出しに引かれて買わずにはいられなくなった。それは「話が絶望的につまらない人の7つの共通点」

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本文を読んでみると、そこまで「絶望的」というほどの内容ではなかった。たとえば、ー慢話をする◆峪笋覆鵑董帖廚伴分を卑下するF経新聞に載っている誰でも知っている話をする等々、物の本に書いてあるような内容だった。編集者の見出しの付け方がお見事だったと言わざるを得ない。

僕が考える「絶望的」とは、人前で話をする立場にありながら、滑舌が悪く、話の構成もできてなく、聴いている人にかなりの負荷を掛けつつも、そのことに気が付かず、司会者の「今日は素晴らしいお話をありがとうございました。もう一度大きな拍手を…」と言われて、満足気に壇上を降りる「先生」のこと。

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講演は、自分の「いのちの時間」を割いて話を聴きに来ている人たちの為にある。

僕が長年学んでいる永業塾の中村信仁塾長は「アウトプットは、聴いた人の人生に化学変化を起こさなければならない」と言い、(株)タニサケの松岡浩会長からは「講演には『行動の着地点』がなければならない」と教わった。
聴く人の心に何かが伝わり、その人の人生に何らかの影響を与えなければ、無駄な時間だったというのである。

多摩大学名誉教授で、田坂塾を主宰している田坂広志さんが、ある講演会で大学院生時代の苦い経験を話されていた。ある日、ゼミで研究発表をすることになった。事前にいくつもの論文を読み、資料を作った。持ち時間は15分だったが、発表を始めて10分ほど経過した頃、教授に止められた。「後で研究室に来なさい」と言われた。

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ゼミ終了後、叱られるのを覚悟で研究室を訪ねた。教授は言った。「君の話は分かりにくい」。それくらいの叱責は覚悟していた。しかし、次の言葉に田坂さんは衝撃を受けた。
「君があの分かりにくい話を10分したことで、君はその場にいた20人の人生の時間を10分無駄にしたんだよ」

胸に突き刺さる言葉だった。「そこから本当の学びが始まった」と田坂さんは話した。
あの日の教授の言葉は、卒業後に就職した民間企業で生かされた。営業の担当になり、得意先から1時間、商品説明の時間をいただくと、いつもあの言葉が聞こえてきた。

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「あんたに1時間預けたのは無駄だったよ」と言われるか、「あんたに1時間預けてよかった」と言ってもらえるか。「いつも真剣勝負だった。まさに修行だった」と田坂さんは当時を振り返った。

江戸時代から日本人の読み書き能力は、どの国にも引けをとらないほど高かった。だが、話す能力はそれほど重要な教養とは思われていなかった。
明治のはじめに「スピーチ」という言葉が入ってきた時、和訳に苦労したそうだ。日本語に相当する言葉がなかったのである。そもそも日本には「スピーチ」という文化がなかった。そんなことを言語学者・外山滋比古(とやま・しげひこ)さんが著書『国語は好きですか』(大修館書店)に書いていた。

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「何でも欧米の真似をしてきた日本だが、話す文化は例外だった。そろそろ話すことを勉強しなくてはならないのではないか」と言う外山さん。この本を出したのは、なんと91歳の時である。
「国語の先生は読み書きの先生で、話す教育のことは考えていない。学校の先生で話の上手な人は少ない。これが日本の不幸である」とまで言い切っている。

確かに多くの人が「話す技術」を持たぬまま社会人になる。「話す教育」を受けてこなかったのだから仕方がない。校長先生ですら話のうまい人は少ない。話下手は恥じることではないが、「話し方」を磨けば抜きん出ることは間違いない。いずれにせよ、人前で話をする時も、日常の人間関係の中でも、思いがうまく伝わらないと悲しいし、伝わったらこんなに幸せなことはない。

話をする時間も聴く時間も、貴重な人生の時間である。そう意識すると、話し方・聴き方が変わってくる。