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日本講演新聞に「苦難を歓迎する覚悟を持て!」の社説が掲載されていましたので紹介します。

『耆(ろう)に学ぶ』(HS)という本は5人の共著である。その中の1人、文筆家の執行草舟(しぎょう・そうしゅう)さんが、『毒を食らえ』というタイトルで強烈な文章を寄せている。
ちなみに「耆」とは、「徳の高い老人」という意味で、「老ける」「老いる」というネガティブな意味は含まれていない。

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執行さんの言葉を借りれば「そもそも年を取るとは、衰えることではなく、魂は成熟し、精神は強くなり、人として美しくなること」
しかし、実際の「老い」は、「美」から「醜」への移行であり、社会的には厄介者扱いである。

なぜそうなってしまったのか。それは「戦後の日本人が『毒』を避ける生き方をしてきたからだ」と執行さんは考える。
「不条理なこと、理不尽なこと、思い通りにならないこと、その苦悩こそが『毒』であり、それが人間を真に人間たらしめるものである」と。

すなわち、「毒を食らえ」とは、不幸なこと、苦しいことを、「受け入れろ」「引き受けろ」「それこそが生命の本質である」というのである。
自然の生き物は言わずもがな、ペットですら人間に捨てられたら野生化して生き延びるか、野垂れ死にするか、どちらかだ。

「なんで? こんな不幸が、わが身に?」と疑問符など抱かない。

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「可愛い子には旅をさせよ」ということわざは、「旅行に行くと見聞が広がり、いい経験ができるから子どもには旅をさせたほうがいい」という意味ではないことはご承知の通り。
それは、「親元にいつまでも置いておくと、つい親に甘え、苦労することもない。それでは何の成長もない。だから親元から離して、世の中の厳しさや苦しみを経験させたほうがいい」という意味だ。

苦悩を経験すればするほど、人間の精神は鍛えられる。押し付けられた無理難題に挑むからこそ成長がある。たとえ逆境を乗り越えられなくても、挫折や失敗という経験ですら、その人の人間味を熟成させてくれる。

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しかしながら、実際には、そういうことのない人生が幸せだと多くの人は思っている。
人間は、その賢さゆえに、悩みや苦痛、不安や不便を一つひとつ解決・解消して、幸せというものを手に入れてきた。

苦悩のない人生を「幸せ」と勘違いして人生の中から「毒」を排除してきたのだ。
ところが、こんな便利で豊かな社会に生きていても、人生には思わぬ苦難が待ち受けているものである。

「だったら最初から苦難を歓迎する覚悟を持て」と執行さん。

苦悩することを「よし」とする。「これは自分の運命なのだ」と受け入れる。「自分を鍛えてくれる神の愛だ」と考えるのである。
自ら進んで毒を食らうと、どうなるか。目の前から「不幸」という景色が消え失せる。苦悩はあっても、不幸という概念がなくなる。

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どうしたらそうなれるか。コツはない。「己の運命に体当たりするだけ」
執行さんの奥さんは、子どもを産んで三か月後にがんで亡くなっている。
「その現実を受け入れることで死んだ女房とそれからずっと一緒に生きている。人生70年を振り返って一番幸せだったのは女房と一緒に暮らした新婚時代の2年間だ」と執行さん。

「人生に訪れる毒をどんどん食らっていると、いろいろな幸運も次々に出てくる。歴史上の人物もみんなそうだった。私の尊敬する先人たちもそうだった。私もそれに倣(なら)って生きているだけ」と。