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今日の焼肉チェーンの店長セミナーで「職業に貴賤はない」の話をしました。
韓国財閥副会長のウエーターへの転身です。

プライドは自分に〜「職業に貴賤はない」を証明したかった!

1998年1月、韓国ソウル市内にある人材情報センターに初老の男性が職を求めて訪れた。
同センターの所長は戸惑った。その男性が希望職種の欄に「食堂の従業員」と書いたからだ。

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「ご冗談でしょう。ご希望の職種は本当に食堂の従業員なのですか?」
「はい、そうです」
所長を困らせたのは男性の年齢ではなく、前職だった。男性は韓国を代表する財閥の一つ、三美(サンミ)グループの副会長、徐相禄(ソ・サンノク)さんだった。

前年、三美グループは不渡りを出し、徐副会長は引責辞任をした。
経営者としての失敗。何万人という従業員とその家族に迷惑をかけた。贖罪の気持ちでゼロからやり直すと決めた。

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「失業者が職を探すのは当然だ。ならば以前から一度やりたいと思っていたウエイターをやってみよう」と徐さんは思った。

人材情報センターを出て、家路にたどり着くまでのほんの数時間の間に、「三美グループの元副会長がウエイターの職を探している」というニュースで大騒ぎになった。

 友人から電話で「そこまで切羽詰まっているとは知らなかった」と慰められた。70歳の姉は電話口で「あんたがそこまで落ちぶれるなんて……」と泣いた。「お前が落ちぶれるのは勝手だが、俺の顔にまで泥を塗るような真似はするなよ」と怒る人もいた。

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だが家族は違った。
妻は「あなたは、自分だったら素晴らしいウエイターになれると口癖のように言ってたわよね。自信があるならやってみるべきよ。今までお世話になった分、お世話する側になれば学ぶことも多いはずよ」と言った。

気がかりだったのは結婚が決まっていた息子のことだった。三美グループの副会長ではなく、食堂のウエイターという肩書きで息子の結婚式に出席することになる。

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息子は言った。
「僕は、社会的な偏見を果敢に押し退けて、自分がやりたい仕事に挑戦しようとしているお父さんが誇らしいです」

病院の待合室で読んだ週刊誌の書評のページで、徐さんの自叙伝『プライド』(毎日新聞出版)を知った。日本以上に韓国は古臭い権威主義の国である。そんな社会で財閥の副会長だった男性が60歳にしてゼロから人生をリセットした物語はあまりにもドラマチックだった。

中身を少し紹介しよう。
就職活動は困難を極めた。どの経営者も自分より経歴の高い人を雇いたくないのだ。
徐さんの就職活動には信念があった。「失敗したらゼロからやり直すのは当然だ」「職業に貴賤はないことを証明したい」「自分がやりたい仕事をする」

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1998年4月、徐さんはロッテホテル35階のレストラン「シェンブルン」でウエイターの仕事を得た。
就職して最初に、副会長時代の秘書4人を招待した。正式にお出迎えし、順番に料理を運んだ。恐縮する秘書たちを和ませようと親しく話し掛けた。帰る時にはエレベーターまで見送り、45度の角度で頭を下げた。「またのご来店お待ちしています」という言葉も忘れなかった。

徐さんは言う、「自負心や誇りは誰かに与えられるものではありません。自分で自分に与えればいいのです。自動車の部品を作っていようが、飲食店で料理を運んでいようが、路上で靴を磨こうが、職場や顧客のために、そして自分自身のために必要な仕事をしている。そこに誇りを持てばいいのです」