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日本講演新聞の社説に「動と静の調和がもたらす勇気の光」が掲載され感銘しましたので紹介します。

「動」と「静」の調和がもたらす勇気の光  中部支局長 山本孝弘
世の中には「動」と「静」という二つの有り様が存在している。川の流れや風の梵(そよぎ)のように絶えず変化し続けるものがある一方、山のように揺るがず存在し続けるものもある。

東洋思想において、これらは離隔した概念ではなく、互いを補い合い、調和を保つものと考えられてきた。動と静、昼と夜、男と女、陰と陽。どちらか一方だけでは世界は成り立たない。

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私たちの日常も「動」と「静」によって形づくられている。働く時間と休む時間、交流の時間と独りの時間。活動と休息のリズムがあるからこそ、人は健やかに生き、力を蓄えることができる。「動」と「静」は切り離せず、むしろ一つの循環の両極として存在しているのである。

犬養道子という作家がいた。犬養毅(総理大臣・勲一等)の孫にあたる人だ。平成29年に96歳で亡くなったが、先日道子さんの若き日の体験談を知った。その物語には異国の人たちから道子さんに送られた凄まじい「動」の応援があった。

戦後間もない頃、ニューヨークに留学していた道子さんは結核を患った。療養のために西海岸のモンロビアという街にある専門の療養所へ行くことになった。持っていたのは友人が用意してくれた特急列車の片道切符と古びたスーツケース。

道子さんは高熱と咳に苦しみながら、ロサンゼルス行きの特急に乗り込んだ。ロサンゼルスに到着した後は通過したモンロビアまでバスで引き返さなければならない行程だったが、そのバスの便はとても少ない。

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列車の乗務員たちは病身の彼女を常に気遣ってくれた。そして、モンロビアまでの道のりの困難さを案じた。ロサンゼルスに到着する前日、こんな車内アナウンスが流れた。

「この列車にはモンロビアの病院に向かう病気の日本人留学生が乗っています。そこで列車は臨時にモンロビアに停車します」
乗務員は関係機関に電報を打ち、特別停車の許可を取り付けていたのだ。

その数年前まで日米は戦争をしていた。敵だった国の一人の学生に向けられた善意に、道子さんは深く胸を打たれた。翌朝、小さなモンロビア駅には駅長と担架が待っていた。車内からモンロビアの駅長へ連絡を取っていたのだ。

彼女一人のためにロサンゼルスへの到着が遅れることになった乗客は、列車の窓から顔を出して道子さんに大声で叫んだ。
その声は怒号ではなかった。
「早く良くなれよ!」「勇気を忘れるな!」

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そんな声援だった。中には名刺や十ドル札を投げてくれる人もいた。道子さんは駅長の手を握りしめて泣いた。(犬養道子著『アメリカン・アメリカ』文藝春秋)
関係機関への働きかけや用意された担架は「動」の応援である。大声での声援や贈り物もそうだ。

一方、車内の多くの人たちは、道子さんの行く末を祈るような気持ちで見守っていたことだろう。彼らの「静」の応援もきっと道子さんに届いていたのではないかと思う。

道子さんはそこに3年入院したが、その入院治療費は「あの列車の一乗客より」という名前で送られてきたお金で賄われた。道子さんも帰国後に無名でその療養所に長年寄付金を送る「静」の応援をした。

応援には「動」の力強さと「静」の深さがある。それらが織りなすハーモニーは、人を元気にし、勇気をもたらす光となる。