日本講演新聞に、評論家の金美麗氏の「日本再生への道!台湾人の日本精神」が掲載されていましたので紹介します。
1895年から終戦の1945年まで日本は台湾を統治していました。その50年間に日本人が台湾に残していったものがあります。それを高く評価した台湾人が「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉を作りました。
なぜ台湾人がそういう言葉を作ったのか。
敗戦で日本は台湾から撤退し、替わって中国から蒋介石による国民党軍が入ってきて、軍事政権を樹立しました。
でも、台湾の人たちは「この政権と比べたら日本統治のほうがよっぽど素晴らしかった」と思ったのです。以来、台湾人の多くが日本に憧れを寄せるようになったのです。

日本人が台湾に残していったものに「目に見えるもの」と「目に見えないもの」とがありました。
「目に見えるもの」はダムや鉄道、医療機関、生産施設、そして一番大きかったのは島の隅々にまで建てられた学校でした。
今、台湾の医療制度のレベルは非常に高く、台湾大学医学部は世界トップレベルです。それはその50年間に日本が医学校を作ったからです。
「目に見えないもの」は、当時の日本人の働き方です。仕事に対する献身的な態度、そういうものすべてを「リップンチェンシン」と呼んだのです。
台湾で「あの人はリップンチェンシンよ」と言うと、絶対信用できる人を意味します。
「あの会社はリップンチェンシンよ」と言うと、絶対信用できる会社なんです。
台湾にも「メイド・イン・タイワン」の優れた製品はたくさんあります。でも「メイド・イン・ジャパン」のイメージには勝てません。
ある日本の製薬会社は台湾に造った工場を閉鎖し、支社だけを残しました。台湾工場で作ると「メイド・イン・タイワン」になってしまうからです。日本国内で作った「メイド・イン・ジャパン」の商品のほうが売れるんです。
だから「メイド・イン・ジャパン」の信用を日本人自らが落とすようなことがあってはいけません。

そして、日本再生の方法は「メイド・イン・ジャパンへの回帰」しかないと私は思っています。
ある日、息子の家に行ったら素敵な漆塗りのカップでコーヒーを出してくれました。持った触感がとてもよく、一目惚れするようなカップでした。
「これ、いいね」と言うと、「輪島に出張に行った時に買った」と言いました。一つ、1万5000円だったそうです。これ、とても大切なことです。旅先や出張先で何らかの消費を心掛ける。その土地の物がよそからの客に売れていけば地方は元気になっていきます。
日本の豊かさは、先人がこれまで大切に育ててきたものすべてだと思います。
豊かな水も日本の財産です。水田や清流、これは日本が世界一長寿国であることと関係があると私は思っています。

こうした豊かで、美しい自然や生活環境に加えて、医療レベルの高さも、国民皆保険制度も、衛生に対する考え方も、メイド・イン・ジャパンの食べ物が何よりも健康的であることも、日本人自身が評価していないことがとても残念なのです。
農産品だろうが、工業製品だろうが、自国の製品を支えるのは自分たちである。これを基本と考えて消費行動をしていきませんか。
これが日本を再生する唯一の方法です。
つまり日本人自身が日本国に対する信頼、メイド・イン・ジャパンに対する信頼を取り戻すということです。
