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日本講演新聞の社説に日本の伝統的な風習の「陰膳」についての記述がありましたので紹介します。
日本一の旅館、加賀屋さんでは位牌を部屋に置かれるお客さんがいる。その時、そっと亡くなった方へ陰膳を出されるといわれています。

「いないのにいるかのごとく飯を盛る!」

先日、とある研修会に参加した折、「陰膳(かげぜん)」というものを体験する機会があった。初めて聞く言葉だったが、中身を知ると、これまでの人生の風景に似たようなものはあった。

陰膳とは、家にいない家族のために、実際には食べないお膳を用意するという、日本の伝統的な風習である。長旅に出ている家族の無事を祈って、出征した夫や息子の武運長久を祈って、食卓にはいないけれども、いるかの如く食事を準備して一緒に食する。

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これは、葬儀や法事の時の供養膳、神仏への供物、それらと違い、あくまでも「生きている不在者」の無事を祈るための膳である。

浅田次郎原作のドラマ『おもかげ』の中にもそのシーンがあった。定年まで勤め上げたサラリーマンの主人公は、送別会の帰りの電車の中で意識を失って病院に搬送される。妻は三日間付き添うが夫の意識は戻らない。「一度家に帰って休みなさい」と、友人が付き添いを代わってくれた。妻は帰宅してその日の夕食を作るのだが、いない夫の分まで作って膳を並べた。陰膳のことを知らなかったら見過ごしていたシーンである。

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さて、前述した研修会で陰膳の説明を聞いた後、カードを渡されてこう言われた。
「今はもう叶わないかもしれないけれど、もう一度一緒に食事をしたい人の名前を書いてください」

静かに目を閉じて想いに耽った。子どもの頃の食卓の風景が脳裏に浮かんだ。両親がいて、姉がいて、弟がいた。5人で食卓を囲むのが日常の風景だった。やがて姉が中学を卒業し、隣県の女子高の学生寮に入った。次に単身赴任が決まった父親が日常から消えた。

そして自分も東京の大学に行き、3年後には弟も福岡の専門学校へ。僕ら3人兄弟はそれぞれに都会の景色に染まり、自分のことしか考えていなかったと思う。1人、また1人と、家族の姿が消えていった後の食卓のことなど微塵も思わなかった。

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カードには4人の名前を書いた。昼食の時、お膳の上に何も入っていない茶碗があった。その中に自分のご飯を半分取り分けて入れ、カードを上に乗せる。そして最初の10分間はカードに書かれた人と一緒に食事をしていることをイメージしながら、黙って食べるという時間だった。なぜか涙が溢れた。

民俗学者の柳田国男は日本各地に古くから伝わる文化や風習を調査・研究し、数多くの書籍にまとめている。その中の一つに「陰(影)膳の話」という章がある。
島根県隠岐(おき)の島の、戦前の様子が書かれてあった。男たちが出稼ぎのために島を出る。その中に1人か2人、消息不明になる人がいる。そのことに触れてこう綴っている。

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「それは陰膳をしてくれる人の無い者ばかりということです。この島では家族が外に出ると、どの家でも陰膳を供えているのです」遠く離れた家族の安寧を確認する通信手段がなかった昔は、祈るしかなかった。陰膳そのものが祈りだったのだ。

高度経済成長の時代になり、通信手段が発達し、日本中から陰膳の風習は消えた。
ただ、地方を出て、都会で元気に一人暮らしをしていた人たちの背後には、自分の安寧を祈ってくれていた人が故郷にいたのだと思う。大事なのは「陰」、即ち、「祈り」である。それが風習や季節の行事になったのだ。

そんなわけで我が家も夫婦だけの暮らしになったが、今年も鯉のぼりを上げた。遠く離れたところにいる子や孫の安寧を祈って。
いない者をいないままにせず、いるかの如く行う年中行事に込めた祈り。美しいこの日本の風習を受け継いでいきたい。