2007年01月11日

特別な思い入れ

物事には、いろいろな出来事や思い出が重なって、特別なこだわりと言うか、思い入れのあることがいくつかありますよね。

今日は、私にとって、ちょっと特別な思い入れのあることをお話します。

世界最高峰の自動車レースF−1(フォーミュラー1)といえば、いまではとてもメジャーですが、私がまだ小学生のころは、スーパーカーブームで多少知っている程度でした。

「ティレル」というチームの名前をそのころはまだ、「タイレル」と読んでいたと思います。このチームのマシーンの特徴は、タイヤが6輪あったことでした。

その独特な風貌は、当時プラモデルやスーパーカー消しゴムなどでも、人気があったように記憶しています。

ところで、私にとっての特別な思い入れと言うのは、大学生のころのことです。このころには、フジテレビがF−1を大々的に取り上げて、深夜などにレースが放送され始めたました。

ここまでは、べつに特別なことはないのですが、ある日のこと。大学の休みの日だったと思います。何の用事だったのかは忘れましたが、私は大学をぶらぶらしていたのでした。ふっと、陸上競技場あたりで、グランドを見ると一人モクモクと走りこんでいる男性が目に入りました。

よーく、見てみるとそれは、あのF−1ドライバー中島悟さんでした。ひたむきに走りこむその姿を見て、私はハッとしたのでした。

と言うのもF−1って、自動車レースですよね。しかも世界最高峰でレースクイーンなんかいたりととっても華やかな世界で、今私のいる世界とは全然かけ離れた雲の上の世界的に感じていたのです。

その世界にいるはずの中島悟さんが自分の大学のグラウンドでひたすら走りこんでいる姿に、世界のトップクラスに存在するための原点を垣間見たような気がしました。

それ以来、隠れ中島悟ファンになったのは、言うまでもありません。

実は、そのころの中島悟さんのトレーナーが大学の教授をやっていたのでグラウンドで見かけることができたのですが、もう一つ特別なことがありました。

なんと中島悟さんが現役時代に大学の特別講師として、講義を行ってくれたのです。(といっても、いわゆる講演会みたいなものですが…)

ところが、このころの中島悟さんって、世界のトップクラスのアスリートたるもの人前でぺちゃくちゃおしゃべるするものではない的な男らしさで、このときの講義もあまり話が盛り上がらず、早々に質問コーナーになったりして…


それから、20年近くの年月がたち、なんとなくF−1レースも当たり前のように見ていたこのごろでしたが、去年のことです。忘れもしません。レース後の表彰のときに日本の国歌が流れたことがありました。

その時に、私はハッとして、気付いたのです。この表彰の場面で日本の国歌を聞いたのは、初めてだと言うことを。

体全身、鳥肌がたち、熱いものがこみ上げながら、自分の中でのF−1の始まりと20年の歴史をフッと思い浮かべたのでした。

最近では、世界のトップクラスで活躍する日本人が多く、表彰のたびに感動とともに国歌を聞く事が多々あったかと思いますが、F−1レースでは確かに初めてでした。

トヨタ、日産、ホンダなどなど、自動車にまつわる産業で日本が成り立っている部分が大きいので、なんとなく漠然とした夢ではありましたが、「JAPAN」なんていうチームができて、それそれのメーカーのいいとこ取りをしたら、きっとすごいだろうなって。(もちろんそんなチームはありえないでしょうけど…)

表彰台で国歌が流れたことは、そんな漠然とした夢をかなえてくれた、そんな気持ちにさせてくれる出来事でした。





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