ひとつの都市に2つのクラブがあれば対抗意識が芽生えるというもの。つまりデルビー。いまやどれもが伝統の一戦となっています。デッレアルピとオリンピコで行われるユヴェントス、トリノから南に下って、ハイソなインテルとミラン、もはや治外法権のサンプドリアとジェノアなどなど。ヴェローナの降格で、キエーヴォとのロバさんダービーは再び消滅しましたが。
ところでウイニングイレヴンの実況を聞く限り、ローマとナポリとの間に中南部ダービー的なものがあるみたいだけど、これはどうやらブルーノ・コンティとマラドーナが両チームのトップを張っていた80年代末が最盛期で、今ではそのムードはないのだそうです。ぼくは長らくローマにも、もうひとつサッカーチームあればダービーで盛り上がるのになぁなんて寂しい思いをしてきました。しかし、みなさんもご存じなかったと思いますが、実はローマには、もうひとつプロサッカーチームがあり、昨日ランチタイムに試合だってんで観戦しました。それがこれ。


レガプロ(旧セリエC)
ルーパ・ローマ 1-2 リヴォルノ

ルーパ・ローマは、ローマ市内から約30kmに位置する都市、ティヴォリにあるプロ団体。このカテゴリーともなると、毎年なでしこジャパンが呼ばれてるアルガルベカップの会場くらいの、スタンド席すらないサッカー場で、この雰囲気はこれはこれで悪くはない。もちろん、たまに観るならば。
前半、アウェーのリヴォルノが重心を低く様子を見てきたので、ルーパは中盤をワンタッチでつないで相手のフォーメーションを揺さぶった。ただし、中盤におけるタレントの数で言うとリヴォルノに軍配が上がり、局面、局面でルーパが競り負ける場面は多く、これはマッチアップを避けてのボール回しであるということがバレはじめた。
後半、リヴォルノはラインを思いっきり上げて、コレクティヴな勝負に持ち込む。62分に35歳のエース・ストライカー、マルコ・チェリーニが右コーナーからのクロスに頭で合わせて先制。68分にはリゴーレで再びチェリーニ。アディショナルタイムでようやくボローニャからレンタルで加入したスペイン人DF、ルベン・パロメケが1点返すも、これは遅すぎた得点だった。

ルーパ・ローマは、昨シーズンまでガエターノ・ダゴスティーノがプレーしていて、そのダゴちんをwikiで調べるとパパがマフィアのボスという情報しか出てこないけど、今から12,3年前はローマ生え抜きの選手で、デ・ロッシ、アクイラーニ、ダゴスティーノの3人は年齢も近く、トッティ以降のプリマスターだった。トッティの後継者として、FK上手いんじゃないかてな評価もあったけど、その後移籍したメッシーナでは、そのプレースキックの精度がギャグレベルであることが露見する。ただフォローしておくと、彼にはなかなかの戦術眼が備わっていた(ような気もする)。話を変えよう。

以下、10数年前の昔話なので読み飛ばしてもよい。
この時期、確かメッシーナには小笠原満男がいて(*先日味スタで東京VS鹿島戦観たとき後半から出てきてた。元気そうでした)そのシーズンにB落ちして、それから財政難でセミプロのセリエDに下り、現在レガプロCまで戻ってきている。
そのメッシーナを現在指揮しているのが、リヴォルノでかつてプレーしていた大スター、クリスティアーノ・ルカレッリなのは時の移り変わりを感じてしまう。
天下り先と書くと聞こえは悪いけど、つまりこのカテゴリーというのは、かつてのセリエA選手がプレーできる場所を探してたどり着き、または監督となってセカンドキャリアを始める場所という側面もある。もっと懐かしい話をぶっ込むと、ルーパ・ローマの監督、ダヴィド・ディミケーレだから!

ローマ出身のストライカー、ディミケーレが熱狂的なロマニスタであるのは有名な話で、2007年のパレルモ時代には実際にローマとの移籍交渉も行われました。ディミケーレは、メディアを通じて「早くローマに行きたい」とラヴコールを送るも、所属先パレルモのザンパリーニ会長は「ローマにはそんな金はない」と一蹴。トリノ移籍が決まります。もしもあの時ローマに来ていたらどうなってたのかな。
トリデンテはカピターノ、マンシーニ、タッデイで固定だったけど、控えにヴチニッチ、モンテッラ、ミド、タヴァーノ、オカカがいたから序列をどこまで上げられたのか。想像すると興味深い。