野菜の食卓 ベジテーブルの物語

新潟の価値向上を目指し起業。 新潟の農業の価値向上を目指し活動。 新潟の産業力向上を目指したコンサル業。 一人の人間としての幸福論。 一人の親としての教育論。 日々の想いを綴っています。

カラダに優しいスイーツを作る。

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超高濃度ビタミンC点滴療法のヒルズクリニックさまの監修で
低糖質スイーツを開発した。
http://www.hills-clinic.jp/

低糖質志向は、近年ブームの考え方だが、素人の僕らにも大変納得のゆく考え方。

現代の食生活は糖質に溢れている。
糖質の過剰摂取は血糖値コントロールに負荷がかかり、加齢とともに血管にダメージを蓄積する。
いわゆる生活習慣病を誘発する温床となるわけだ。

もちろん発病は様々な要因が絡むわけだが、目に見える形で楽しみながら健康を志向できることは
とても幸福感があるものだ。

よく「カラダに決して良くないものを食べたり呑んだりすることで幸福感を感じる」ということも聞くが、
大変不健全だ。
食の不健全は心の健やかさも阻害する。

食生活が健全な人は心も健全であるように感じる。
世界中の食が溢れ、極度に食文化が多様化した現代日本だからこそ、
原点を忘れず、土地の自然な食べ物を健全に頂きたいものだ。

さて、
スイーツの中でも糖質が少なく、脂質とタンパク質の塊であるところのチーズケーキ。
そこから砂糖をそっくり抜き、糖質を極限まで落とす。
甘味料は羅漢果エキスとエリスリトール。

これで糖質は実質0に近づく。
もちろん血糖値上昇が無いわけではないが、通常のモノに比べたら劇的に改善することが出来る。

糖尿病や各種食事制限がある方々にもスイーツを楽しんでもらいたい。
ヒルズクリニックさん的には、アンチエイジングの敵であるところの糖質を対策しながらも、
羨望のスイーツを楽しめる。

ヘルシーというキーワードで繋がったクリニックとレストラン。

新たな価値の創造が今また始まる。





ベジテーブル物語(栄養士監修の意味)

ベジテーブルの基本メニュー、メニュー構成の考え方の指導は、
三条で活躍する栄養士さんに拠っている。


泣く子も黙る超ベテラン。
それも3名の最強チーム。



なぜか。




最近ではタニタ食堂などのヒットが牽引し、栄養士さんによる献立設計の素晴らしさは周知のところ。
大切な1食の栄養バランスや、調理技術、アイディア、等など、
何気なくお腹を満たすだけの食事に、深い意味と「食べる」ということへの敬意を蘇らせてくれる、
そんな存在だ。

ただ、タニタやその後追従する自然派ファッション的「タニタ食堂っぽい」飲食店と違い、この道◯十年!という超ベテランの本気栄養士さんたちにお願いしたのは、「ベジテーブル」誕生への強い想いと期待がある。


ベジテーブルが目指すのは、 「この地に生きる幸せ」を噛みしめる飲食店だ。
この 「この地」というところが重要だ。


栄養学やメニュー開発などは、時代とともにやはり進歩し、
新しい考え方や新しい調理法、新しい食材などは、若く活動的な栄養士さんが
それ故の感度の高さから、ベテランに優るところもあるだろう。

しかし、人生をかけた「経験」だけはどんなに優秀な人材も、決して追いつくことはない。
この地で市民の健康を支え続けてきた筋金入りのベテラン栄養士さんは、
私たちにとって「知恵の宝庫」だった。


この土地ならではの食材で、

この土地ならではの調理法で、

この土地ならではの献立を、

この地に生きる人達のために立ててきた。

その 専門家としての経験と知恵

そしてもちろん新しいエッセンスも取り入れた、
「今」の人たちに「美味しい」と言ってもらえる献立設計が可能だ。



「家庭料理の大切さを伝えたい」

「草の根の活動で市民の健康に寄与したい」

栄養士チームが私たちと協働することになった 共通の想いをカタチにした場所、
それが 「ベジテーブル」なのだ。


そんな多くの専門家の想いの詰まったメニュー計画があるからこそ、

世界に一つだけの、

この土地に無くてはならない、

飲食店 「ベジテーブル」の存在意義
があると思うのです。

創業に至る思考。(回顧録)

環境共生。

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http://www.iwamura-at.com/atelier/esh/esh/esh.html

都市計画に関わる仕事をしていた頃。
出会ったのが岩村先生の作品。

そしてアンドリューワイル博士の思想。

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生態系の頂点に君臨するヒト。

「自然」をコントロールし、科学技術によってまるで万物の覇者のように文明を進歩させる。

西洋思想や戦後の日本の思想も、そこに違和感を感じない。
もちろん私自身、その成果を謳歌してきたといっていい。

ただ、近代的な都市計画に自然を入設してゆく仕事の中で、
どんどん違和感が膨らんでいた。


今でも、コミュニケーション技術は発達を極め、
人と人は24時間繋がっていられる。

それで私たちは幸せの総量が増えただろうか?
技術の進歩によって、幸福度は拡大しているだろうか?


どうもそうは思えない。


ではなぜなのか?


アンドリューワイル博士が日本を訪れた時、
その「自然とともに生きる文明」に感銘を受けたと言われる。

日本人は本来、自然を敬い、自然とともに苦楽を共にし、生きてきた。
それがどれほど幸福に満ちた暮らしだったのか、今ははかることはできない。

ただ、ヒトが自然の一部であることを自覚することだけでも、
幸福に満ちたかつての日本民族のDNAを起こすことができるのではないか。

価値総量の増幅を目指した資本主義社会。
すべての人が等しく幸せになろうとする社会主義社会。
そのどちらも発想の原点はヒトだ。

環境共生はヒステリックに自然を守ろうということでも、
現代社会を批判しヒトの地位を下げようとすることでも
新な社会の仕組みに転換しようとすることでもない。


私たちの生き方を見直す視点だ。


魂が幸福に包まれて生きること。
それを私たちは目指していたのではないか。

そのために努力し、一生懸命に生きているのではないか。


環境共生は今でも私の人生のテーマだ。
その視点だけが、何者にも影響されず、
幸福総量を増やすことができる生き方だと思うから。




自然と共に生きる。




そのテーマを伝播し、幸せの総量を増やすために、
創業しようと決めた。


そういうことだ。

メイドインシーズンというコンセプト。

rogoのコピー


自社企画商品をつくろうと思った時、

「何を作るのか」

「どう作るのか」

「なぜ作るのか」

とことん自問自答した。

尊敬する先輩が「考えの深さが勝敗を分ける」と言っていたことが深く心に刻まれていた私は、
誰がどう考えても他にないというくらいまで考え尽くさねばならないと思っていた。
開発理念がしっかりとしていなければ、自信を持って勧めることができないだろう。
商品寿命が短くなるだろう。
そう思ったからだ。



われわれの故郷新潟の素晴らしさとは何か。
都会生活で、単なるノスタルジーではなく新潟が素晴らしいと思えたところはどこなのか。
当時30年そこそこしか人生経験のないなかで、過去を振り返り、未来を見据え、
開発コンセプトを絞り出していた。

結局、地方発の家内工業的商品開発といっても、コレが世界サイコーだ!と思えるものでない限り、
自信をもって勧めることができない。

それがメーカーの志だ。

考えが煮詰まると足を伸ばし海を見に行った。
大きい水面は好きだ。
信濃川と中ノ口川に挟まれた土地に育った私は、
10年の東京暮らしでも、辛いことがあると、また嬉しい事があると、
大きな川を見に行っていた。


300kmに及ぶ全国一の海岸線を持つ新潟県。
そこに沈む夕日。
佐渡を望み、日本海の穏やかな水面の輝きを伴って赤く染まる日章。
その情熱的で、センチメンタリズムあふれる姿は、私たちの心を動かし、鎮める。


この夕日こそ、世界に誇る故郷そのものだ!
そう思った。

今後星の数ほど生み出されるであろう商品郡に魂を吹き込むそのテーマ。
百年変わらない一貫した理念を、この開発ラインに設定した。

日本海に沈む夕日をデザインしたロゴマーク。
自然の流れとともに生きる環境共生思想。



そして生み出されたのが「メイドインシーズン」。
その季節に作る!という呼び名のブランドだ。

ふるさと新潟の魂が、100年、人々の心を癒やし、勇気づけますように。
そんな思いが込められたブランド。
それが「made in season」なのだ。

ベジテーブル物語(続きその3)

ベジテーブルが家庭料理を出す意義とはなにか。

料理とは、

 宴会的な飾る物ではなく、身につく食事。
 薄っぺらな拵えものではなく、魂のこもった料理。
 人間一心の親切から成る料理、人間をつくる料理でなければならないと思うのである。
 料理も芸術であると、私が言い続けている理由も、実はここに存するのである。

 良寛様が、料理人のつくった料理、書家の書、歌詠みの歌はいけないと言っておられるが、料理人が自分の庖丁の冴えを忘れて料理をつくるのも、書家が色を忘れてただ墨一色で書くのも、帰するところはひとつである。
すべて人間の価値がそこに滲み出て来るのである。
要は人間だということになる。
 さらにことばを変えて言えば、日常料理は常に自分の身辺から新しい材料を選び、こみあげて来る真心でつくらなければならない。 この点、何事もそうであるが、例えば、近頃市場に盛んに出廻っている南氷洋の鯨のべーコンなども、物慣れない人々によって、やれ臭いとか、不味いとか言って毛嫌いされているが、私など昔から鯨の美味を知っているので、好んでこれを入れた味噌汁を毎日賞味して飽きることを知らないくらいだ。
しかも、百匁六十円見当という類のない安さである。
安くて美味い。
近頃こんな結構なことはないではないか。
 要するに、材料の処理方法、料理の仕方を知らないから、宝の山に入りながらという次第で、大変な損失である。
これも日常食に対する教養の足りなさに由来するものと言えよう。

昭和二十二年
家庭料理の話

北大路魯山人


ベジテーブルが家庭料理を出すのは、いわばこの理由に尽きる。
家庭料理が受け継がれにくくなった現代、想いのこもった料理とはどういう味なのか。
あたたかい味わいとはどのような味だったのか。
土地の風土とはどのように移り変わるのか。

それは単なる伝統の蒸し返しではない。
マニアックな食材研究ではない。
日常からかけ離れた華やかな職業料理ではない。

そんなものは私たちにできるはずがない。
レストランという仕事はそんなに単純ではない。
圧倒的な研鑽を積んだ料理人が、人生をかけて創りだす世界観。
それこそがハレの日を飾るレストランのしごと。

素人たる私たちにそんな芸当ができるとは到底思わない。

ただ私たちが、どんな有名レストランにも負けないと思うのは、
温かな心の通った食卓をつくること。

私たちが掲げた使命により感じて欲しいのは、
まごころのこもった、どの家庭にもあった憩いの食卓の追憶。

この土地の楽しさを、
ここに生きるみんなのことを思って作られる、

あの美味しい家庭料理を食べてもらいたい。

私たちの想いは、ただそれだけなのだ。

新潟の夏を伝えるために茄子漬を売る。

nasuduke

茄子漬を売り始めたのは2000年。
実は有限会社四季の定期便が設立された目的は、この伝統料理を売るためでした。

当時地域振興を目的に実施されていた郵便局の「ふるさと小包」。
現在は普通の通販事業のようですが、当時は「全国各地の魅力を広める」という壮大なテーマを掲げたすばらしい事業でした。

そこで地元愛の強いある郵便局長さんに、「この地域の魅力をなんとか発信したい」という相談を受け企画し、売りだしたのが

「十全茄子の浅漬」

でした。

企画当時は「どこにもある浅漬なんか売れるか」とか
「スーパーで安売りしてる漬物がギフトになるか」とか
散々でした。
しかし私には確信がありました。
なぜなら茄子漬の味は「新潟の夏」そのものだからです。

だからこそ、その商品企画には、今までにないシンプルさを与えました。
スーパーで安売りする食品には「そこで売られる食品」ならではの問題を抱えています。

長期陳列に耐えるため、雑菌の繁殖を抑えるような調味液を調合する必要がある。
また
不特定多数に美味しいと思ってもらうことが必要なため、万人受けする味にする必要がある。
さらに、
コストを意識しながらパッケージで商品解説をする必要が有るため、いわゆるどこにでもある漬物パッケージになっている。

私はこの真逆の企画をすることで、あの懐かしい茄子漬をつくろうと思いました。

私の育った三条市、燕市は、十全茄子の産地で、近所の農家さんが分けてくれた鮮度の良い茄子を塩でもみ、色止めをしてすぐに食べたものでした。
それはそれは爽やかで、歯ごたえの良い、夏のカラダを潤す瑞々しい美味しさが有りました。
東京の料理店で出た茄子漬と枝豆の不味さに衝撃を受けていた私には、新しい茄子漬のオリジナルな商品企画はあまり難しい思考ではありませんでした。

ただ、私にはそもそも料理の知識がありません。
もちろん家庭料理の経験もありません。
「こんな感じの食感で、こんなかんじの味わいで。。。」みたいなふわっとしたイメージを県の食品研究機関の担当者に伝えながら、食味、食感、細菌検査、製造方法、製造設備、パッケージ、すべてを一から作り上げていきました。
(担当者の方には今でも感謝しております)
しかしながら、当初イメージした味わいを商品にするにはなかなか衛生問題をクリアーするのが難しく工程は難航しました。設備や備品を揃えながらのブラッシュアップはなかなか進まず、思ったより大幅に時間がかかってしまいました。
ただ商品として売りやすくするために味を妥協したのでは本末転倒です。
売り方や流通方法も含め、既成概念にとらわれずに何度も製造設計を見直し、なんとか本格的な夏を迎える前に、当初イメージしたような茄子漬ができていました。


分かる人にだけわかってもらえれば。


そんな青臭い考えもあったと思いますが、
とにかく限りなくシンプルで、
限りなくあの昭和の家の食卓に出た、
新潟の夏を表現する


「ふるさとからの夏ギフト」
「十全なすの浅漬け」


が2000年の夏に郵便局から売りだされました。

実は発売初年度には、そんなに売れるとも思っていなかったことも有り(けっこう売れないよと言われていたので・・・)原料の確保意識が甘く、県央、新潟地域の茄子をかき集めて漬けに漬け、当時は製造を外注していたことも有り、製造が間に合わないほどによく売れました。
(2003年にはゆうパック拡販に貢献したということで郵便局さんから表彰も受けました。)

とにかくドタバタ劇で始まったこの通販事業ですが、全国に広がる新潟県人の存在もリアルに感じることができたこの商品で、私は今も通販事業を支えてくださる全国の新潟に縁のあるみなさんと、最初の出会いをすることになるのです。

四季の定期便で 夏、 冬、 年2回発行している
「ふるさとからの味だより」には、現在多くの新潟特産品が載っていますが、
そのほとんどの商品は、この時のお客様から頂いたご要望で追加しながら増えたものばかりです。


まさにこの茄子漬が私が「ふるさとの魅力をもっともっと広めよう!」
と事業を広げてゆくすべての始まりとなったのです。




ベジテーブル物語(続きその2)

コンフィチュール

made in seasonを作った理由

創業以来、私たちは「季節感」にこだわってきました。
四季彩鮮やかな新潟の季節感の価値。

その深く多様性に富んだ彩り
その春の大地の華やかさ
その初夏の風の薫り
その夏の川の輝き
その初秋の黄金色の地平線
その冬の空気の密度と透明感
そしてそこに住まう四季折々の
生き物の躍動

そのどれもが他の地域ではなかなか感じられない自然の恵み。
そしてそのどれもが人の心を常に癒やし、励まし、包み込む。
自然とともに生きていることを実感させる鮮烈な季節感。

これこそ新潟の価値だと思うから。
そこで作られる食品は、生鮮品のように季節感をまとったものであること。
これが絶対条件。
いやそれがないのなら、新潟で作られる理由がない。
そう思ったからです。

2003年。
私は当時まだコンフィチュールという言葉が珍しかったとき。
フランスの片田舎のパン屋で評判のジャムをつくる
クリスティーヌ・フェルベールさんのブログ記事を目にしました。
当時すでに世界中に有名(であったらしい)なフェルベールさんが作っていたのは
銅鍋で一本一本手作りする、土地の魅力を詰め込んだジャムでした。

もちろんその味は、根っからの日本人である私には口にあうものではありませんでしたが
そのものづくりの精神に強い衝撃と親近感を受けたのを覚えています。

当時ジャムといえば
パンにぬるもの。
ハネモノの果物を使って作るもの。
安い。
甘い。
子供の食べるもの。

そんなイメージしかなかった時です。

私は「私が新潟で作る理由」のあるジャムをつくろうと思いました。
私は学生時代、大学のあった千葉県の2件のバーで通算3年間働きました。
その一件は外国人の多いお店。
料理はフランス料理を出していました。

そこでフレンチの概念や、カクテルの奥深さや作り方。
世界のお酒の歴史やものづくりの精神を叩きこまれていました。
オーナーは大変厳しい事業家でしたが懐の深い、若者に期待の大きい人物でした。

私は私のジャムに、このカクテルの概念を持ち込もうと思いました。
当時流行り始めたコンフィチュールは、様々な相性の良い果物やスパイスを合わせた、
新しいおいしさや意外性がウリでした。

またカクテルの多くは果物からできたお酒、リキュールやフルーツジュース、ハーブを合わせ、
独特な色合い、風味、美味しさも楽しみの一つです。

早速地場の果物に、相性の良いリキュールを合わせた、オリジナルのレシピを50種類程度作りました。
「大人のコンフィチュール」として売りだしたこのシリーズはギフトを中心によく売れました。
全国の百貨店、結婚式の引出物、各種ギフトに2人のスタッフで数万本を手作りしました。

現在はこのコンフィチュールはオーダーのみで作っていますが、実はあまりの激務に
スタッフが腕を悪くし、業務に支障をきたすようになってしまったからです。
しかし、売れない時も売れるときも、この「私がここで作る理由」が明確な商品に、
私は自信を失うことがありませんでした。
これは私の人生から生まれた、世界にたった一つの理由で生み出された商品だからです。

このシリーズからはじまった季節感を大切にした農産加工品を、わたしたちは
「made in season(旬に作るもの)」
として

ドライフルーツ

新潟のジャム

ジンジャーシロップ

果実黒酢飲料

果物ジュース

ハーブソーダ

と展開してゆくことになるのです。

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ベジテーブル物語(続き)

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有機栽培玄米のごはん

ベジテーブルのご飯は有機栽培米にしよう。
それも機能性に富んだ玄米がいい。
そう思いました。

玄米は完全食品と呼ばれるほど栄養のバランスがとれていると言われています。
白米よりも、ビタミン、ミネラル、食物繊維を豊富に含んでいて、
人間が健康を保つために必要とされる栄養素をほとんど摂取できる。
食育の観点からもやっぱりご飯は玄米で。
そう思ったのです。

しかしです。

玄米食にはいくつかのデメリットも言われています。
まず、
白米に比べると美味しく(感じ)ない。
健康には良いが歯ごたえが出すぎて食べ疲れる。
皮膜に有害成分が含まれる(かもしれない)。
皮膜がせっかくの栄養摂取を妨げている(のではないか)。
その他諸々。

白米の美味しさを持ちながら
玄米の栄養素を併せ持つ。
そんなご飯を出したい。
そう思って作り出したのが今の「有機玄米ブレンド」です。
ベジテーブルの有機栽培玄米は旧栄町地区の山哲夫さんのものを使っています。
インテリで研究熱心な山さんの育てたコシヒカリは、お米本来の風味が感じられる
黄金色に輝くとってもきれいなお米です。

あとは私の実家の大島の田んぼでとれた、五分搗きのコシヒカリとブレンドします。
信濃川沿いの小さな田んぼですが、活き活きと育った美味しいお米です。
これを合わせます。

有機玄米は限りなく安全で美味しいので玄米で使います。
但し五分搗きのお米とブレンドするので当初炊き上がりにムラが出てしまいました。
玄米だけプチプチと残ってしまう感じです。
そこで玄米の表面だけ薄くそぎ落とすことにしました。
いわば一分搗きです。
これによって炊きあがりのムラは解消され、ふっくらとした、美味しいご飯ができました。
また、玄米の良さはそのままに、白米(五分搗きですが)の美味しさを併せ持つ、
そんな理想的なご飯です。

美味しい旬のお惣菜を引き立てる、機能性に富んだ美味しいごはん。
それが「ベジテーブルの有機栽培米ブレンド」なのです。


ベジテーブル物語  

ベジテーブル物語                 

野菜の食卓ベジテーブルは、2011年10月25日、三条市本町1-3-17にオープンしました。
http://ameblo.jp/vegetable-room/
運営会社である私たち有限会社四季の定期便は、2000年から四季の風景美しい新潟の農産物を通信販売する事業を営んでいます。
http://www.rakuten.co.jp/fourseasons/
設立当初は県内全域を歩き、老舗のお店を回り、新潟の素晴らしさを発信したいという志を伝えながら、広く協力業者を集めていきました。幸い多くのみなさまから賛同を得、全国に広がる新潟応援団の皆様に、四季折々の新潟の美味しいものを届けてきました。
また同時に新潟物産展などで多くの老舗企業、農家のみなさまと、東京をはじめ全国を周り、新潟うまいものPRの旅にも出てきました。

無力感に満たされる。
残念ながら何度も通う東京では、自分の無力感をどんどん増してゆく10年間となりました。
私たちが感じている産地感覚が全く浸透していかないのです。
終いには悔しさや悲しさを通り越し、疑問に思うまでに至っていました。
よく新潟県人はPR下手だから…と言われますが本当にそうでしょうか。
全国を行脚した実感としては、どうもそれだけではないような気がしました。
そもそも新潟県人でさえ産地感覚がない。
新潟が食の宝庫だと、様々な作物の産地だということを、そもそも新潟県人自身が意識していないのではないでしょうか。

産地を自覚するということ。
米、酒、枝豆、茄子の自覚はあっても、苺、キャベツ、ネギ、白菜、小松菜、さつまいも、、、その産地である実感が、どれだけの新潟県人にあるでしょうか。
食卓に登るほとんどの野菜、果物が産地として近所で作られています。
行政や企業がいくら頑張っても、肝心の県民がその自覚がなければやっぱり広まりません。
まさに宝の山である新潟の地。
私たちはその自覚がないゆえに、その楽しみ方さえまったく享受できていないように思えました。
よく言う「新潟には何もない」という言葉の通り。
特に野菜は鮮度がその美味しさを最も左右します。
せっかく隣の畑に茄子がなっていても、スーパーで県外産の茄子を買ってきてしまう。
茄子が好きでないひとも多いですが、一つは美味しい茄子を食べていないということもあると思います。
採れたての野菜の美味しさや収穫の喜びは、産地でなければ味わえない贅沢です。
その贅沢を自ら放棄していたことに、そろそろ私たちは気付かなくてはいけません。

産地の価値を知る人。
2012年から、私は燕三条地域の農家の皆さんと「燕三条畑の朝カフェ」というイベントを開催しています。
そこでは最も畑の魅力を感じられる朝に、収穫や農作業を体験し、採れたての野菜や果物を味わい、そして生産農家の熱い想いを聴きます。
なんでもあるような都会でもなかなか味わえない贅沢だと、全国からお客様が集まってきます。
そして時には外国からも。
この「ここ」にしかない喜びは参加者の価値観を変え、生き方を、人生を変えています。
足元にこんなにも素晴らしい宝物を手にしている私たちは、その特等席を確保する権利を生まれながらに持っていたのです。

子供たちのために。
2011年に、私たちは三条市本町の中央商店街に、野菜の食卓「ベジテーブル」をオープンしました。
採れたての野菜をお腹いっぱい食べられるというコンセプトの、小さなカフェレストランです。
子どもたちの食環境は今、危機的状況を迎えています。
共働き率の高い地方では、どうしても食卓が出来合いのものになりがちです。
また、近代教育が食育をあまり重要視してこなかったため大人の食に対する意識の低さもあって、学校の健康調査では多くの子供達が栄養バランスに問題があると評価されました。

「地場野菜のレストランをまちなかに出したい」
この企画を最初に持っていったのは地域の栄養士さんでした。
後に専属栄養士となって指導いただくことになる、3名の栄養士。
学校や病院、幼稚園の給食に長年尽力され、当時は行政の栄養教室などで講師を務めていたベテラン栄養士のグループです。
ビジネスの王道から言えば、今や人通りの少ない旧中心市街地にお店を出すなどセオリーではないでしょう。
ではそもそも町を歩くことの少ない地方都市で、人通りの多い土地とはどこでしょうか?
ここならお店が繁盛するなどという場所があるでしょうか?
そんなことより、私たちは土地の魅力の発信基地は“中心市街地”だということに
少しこだわってみたのです。

栄養士の思い
「食育は民間でやらなくては駄目だ!」行政の食育に長年携わってこられた栄養士の皆さんが最初に言ったことは、意外にも行政主導の食育事業の限界でした。
公民館や学校で行われる食育では、そもそも意識の高い人か、もしくはイベント的に参加し、学んだことが日常に活きないことがほとんどだといいます。
あくまでも自然に、その恵まれた食環境に触れ、食に対する意識を醸成できる、
そんな場所が必要だと、食育を長年推進していた栄養士が、そう思っていたというのです。
この栄養士グループのみなさんは、二つ返事で協力いただくことが決まりました。
私たちの要望はひとつ。
「地域の旬の食材で、地域に根ざした料理を、地域のお母さん方が作れるメニュー」を開発してもらいたい。
ということでした。
私たちにはプロの料理人がいません。
土地の食材で、土地の料理を、土地の人が作り、土地の人が食べる。
この関係性がどうしても必要です。
それはお店の存在意義がいわゆる「食育」にあるからです。
お店で出ている料理を、家庭に持って帰ってほしいからです。
そのためには特別な調理法や、業務用の設備がなくてはできないような料理ではいけません。
どの家庭にもある調味料で、どの家庭にでもある調理器具で、旬の食材を調理できなくてはいけないのです。
一年間に渡り、栄養士のみなさんはみっちり私たちを指導してくれました。
スタッフは良く学び、一生懸命期待に応えてくれました。
一年間で300品目以上試作し、200品目以上をお店で出しました。
私たちの想いはお客様に確実に伝わっていました。
多くのお客様が食材に、生産者に、そしてメニュー(調理法)に興味を持ち、
スタッフに訪ね、持ち帰っていきます。
経験を積んだ栄養士の開発メニューは、伝統をしっかり踏まえながら、
新しい調理法や気の利いた味わいをまとい、
マンネリになりがちだった多くの家庭の食卓に彩りを与え始めています。

産地と向き合うということ。
「ベジテーブル」の運営構想の中に農家メンバーの深い関わりは不可欠でした。
野菜の価値を本当に知るには野菜の生育を知らなければなりません。
その生命の迫力。
その育みの苦労。
その収穫の喜び。
その味の確かさ。
それを伝えられるのは、農家でしかできないからです。
もちろんそれは言葉だけではありません。
見たこともないような採れたての鮮度で野菜を届けてくれたり。
まるで知らない野菜の成長過程を身振り手振りで伝えてくれたり。
農業の取り巻く状況を切々と語ってくれたり。
農作業の大変さを伝えてくれたり。
そんな農家の皆さんと、その時々の野菜の表情、状態を打合せながら、店長がメニューを組み立てます。
決してテレビや新聞で伝えられる全国的な旬情報に従うことなく、
まさに「ここ」の旬に合わせた食材、メニューを提供してゆくことにこだわります。
「旬」というのは南北26度の緯度差のある日本では、全国で時期が少しづつずれています。
まさに「ここの旬」は「ここにしかない」わけです。
自然の摂理に従えば、そこに住まう人々は、そこの旬の食べ物を食べるようにできているわけですから、
農家さんの旬に、いや、野菜の旬に合わせてメニューを提供してゆくのは、
私たちにとって至極当たり前のことでした。
現在、残念ながら苺がその代表であるように、消費者の要望は果てしなく、
いまや食材の旬などは小売店の棚では判断が難しい時代になりました。
しかしそれは私たちが求め、物流技術を革新してきた成果でもあるのです。
わたしたちは自然の摂理を超えてまで食べたいものを食べることにこだわり、
その代償として大切なものを見失ってしまったのではないでしょうか。
ベジテーブルでは、その失われた産地感覚、旬の感覚を、もう一度取り戻してもらうために、
農家の皆さんの全面的なバックアップを頂いて運営しているのです。

スタッフへの想い。
ベジテーブルにはプロの料理人が一人もいません。
素人の集まりです。
しかし私は彼女たちをこう呼びます。
「スーパーシュフ」。
もちろん未婚の女性もいるわけですが、
今までメインで料理を作っているのはいわゆる「主婦」です。
それも筋金入りのベテランの主婦が支えてきました。
一日に三度食事を作り、また仕事で料理をする。
相当な料理好きでなくてはとても務まりません。
「ベジテーブル」の名が知れてくると、働きたいというありがたい要望も増えてきます。
野菜料理の店ですから、そこで料理をしたいという人は、
どの人たちも優しく朗らかで魅力的な人物ばかりです。
しかしながら仲間になってきたのは最終的には
「料理が好き」な人です。
好きだというのは大切なことです。
料理が好きだからこそ、
食材の魅力を感じ、
前向きなアイディアが生まれ、
チームワークを大切にし、
職場を大切にし、
調理器具を大切にし、
その結果、
お客様をとても大切に思えるようになります。
家庭の事情や進学によって残念ながら卒業したメンバーも少なく無いですが、
皆料理が好きで、お客様を大切にしてくれるメンバーばかりです。
そんな彼女たちを私は最大級の敬意を込めて
「スーパーシュフ」と呼び敬愛しています。
ベジテーブルの心臓部であるキッチンは、
どこの料理人にも負けない料理好きな彼女たちによって、
まごころのこもった美味しい家庭料理が毎日調理されているのです。

野菜スイーツの魅力
私たちはカフェレストランなので、スイーツ開発にも力を入れています。
もともと食品加工もするメーカーですので農産物の加工は社内で行います。
生姜や食用菊、野菜などを粉末に加工し、チーズケーキやシフォンケーキに使います。
3年目を迎えて今もオープンから一番人気の「生姜のチーズケーキ」は、マンツーマンで栄養士のみなさんから指導を受けた店長がレシピをつくり、発売以来多くのお客様に喜んでいただいている大ヒットスイーツです。
また自家製ドライフルーツを使ったバターケーキ、自家製野菜パウダーを使ったシフォンケーキ、さらに自家製コンフィチュール(ジャム)を添えたプレーンシフォンケーキ。
そのどれもが人気の野菜スイーツバリエーションとなりました。

ハーブソーダ
3年目を迎え、今はドリンク開発に取り組んでいます。
2014年発売した「ハーブソーダ」は、ハーブコーディネーターの私が、自家栽培したハーブを、
自社加工したハーブティー原料からエキス抽出し、炭酸水でボトリングした、
世界にひとつしかない燕三条地域のコンセプト商品です。
これはお店のメニューにとどまらず、全国から好評頂き、レストラン、小売店をはじめ、
そのパッケージの可愛らしさから雑貨屋さんにも引き合いが絶えません。
これも土地の恵みの賜物です。

ベジテーブルの目指す先
今、私たちは新しいステージに向かう準備をしています。
しかしそれは決して2号店、3号店を出すというような経済原理ではありません。
もっと多くの人が、もっとその土地の恵みを享受し、もっとハッピーに生きていけるように。
食を中心とした幸せのあり方を発信したいと思っています。
私たちの取り組みは今始まったばかりです。
燕三条、新潟、日本、世界中が、私たちの住むこの土地の素晴らしさに気づき、
またその人たちが自分たちの住まう土地の素晴らしさに気づき、
そこでしか味わえない贅沢を生活に取り入れて生きる。
それこそが“自然と生きる幸せ”だと思います。
人は自然の一部です。
悠久の自然のリズムに寄り添い生きることで、人は本来の生き方を取り戻してゆきます。
ベジテーブルは、そのきっかけをきっと気づかせてくれます。

今まで忘れていた何かを取り戻し。

囚われていた何かを捨てる事ができる。

そんなレストランになれるよう、これからも私たちはどんどん魅力を身につけていこうと思います。

ただ、

ゆっくり。

ゆっくり。

大自然のリズムは壮大です。
急がずゆっくり。

私たちの挑戦はゆっくり、しかし一歩一歩確実に進んでいます。
一歩、
一歩。
ゆっくりと。




作り続ける理由

画像1ゼクシィ1月号で特集いただきましたmade in seasonのコンフィチュール。地域の素材を輝く宝石に変え、幸せを生み出すあたりまえのジャム。されど、どこのモノとも違うオリジナルテイストは、スタイリッシュな感度の高い人々に愛され続ける。ありがたい。また目標ができた。がんばります!

新米の新聞記事から。

今朝の新聞に新潟米販売不振の記事。
まあ予想はしていたけど改めて記事になると背筋が寒くなる。

他産地産米の食味向上は近年よく言われることだが、結局未だにブランド力に優る新潟産米はこれといった新戦略を打ってこれなかった。
米の消費自体が落ち込む中で、関係者のご苦労は計り知れない。

そんな中先日、TVで長粒米が主流の中国大陸内陸部で、短粒米の試験栽培が行われている様子が報道されていた。
教えに行っているのはなんと県内の農業法人である。

かつて工業会が中国に技術流出して大損害を被った歴史(現在進行形だが)を農業でもまた繰り返そうとしてる。

いやいや農作物は関税で保護しているから大丈夫、と一瞬思ったわけだが時を同じくTPP(最近は議論が下火だが)への参加も水面下で進み、すでにカリフォルニアで栽培されているジャポニカ種米の輸入規制が外れることと、大陸で短粒米が大規模に栽培されることで一気に世界中に美味しいジャポニカ種がばら撒かれることがいよいよ現実味を帯びてきた。

それもあと10年かかるかどうか。

日本の伝統文化そのものである稲作をいかにして存続させるのか。
いやしかし絶滅危惧種として保存を目的に産業としての役割を終焉させるのか。

何れにしても当事者には現代ニッポンらしく未来の国家思考が欠落している感が否めない。
原発の問題、オスプレイの問題では激しく声を上げるが国土領海問題では価値観の相容れない中国、韓国国民の勢いに圧倒され思考停止する。
これもまた未来思考の欠如だと思う。


ますます縮み志向の強まる日本は何処へ向かうのか。
国民意識も、領土領海も、そして国家そのものも、70年前に描かれたシナリオ通りであることに
心ある国民は気づき始めている。

かつてアルバート・アインシュタインが言った通り日本が本当に世界に誇る「尊い国」であるなら、
日本国民は世界で最も優れた知恵を生み出すはずだ。

世界は甘くない。

中国、韓国、台湾、日本。
アジアの主要国が今、領土(資源)を求め緊迫している。

そもそも竹島、尖閣が、日本人の多くが思っているように、
公平、公正に、歴史的、合法的、常識的に日本の領土、領海だと、
だから周辺国がおかしいんだと、

本当にそうなんだろうか?

世界にそもそも共通の常識なんてない。
世界中の人が、地球市民的共通の常識を持っているなんて感覚があるのは
おめでたい日本人だけだ。

そもそも世界は常識も、法律も、歴史観も共有しない、異次元の人間たちが
限られた大地、資源をシェアしあって生きている。
だから人類がうまれてこのかた戦争の歴史を繰り返してきたんではないか?

外交とは人が殺し合わない戦争だ。

建国以来、一度しか戦争に負けていない日本国は、その衝撃があまりに大きかった。
命をかけて国体をかろうじて守った先人の意志。
その志を今の僕らは本当に理解しているのだろうか?

いつも国内に敵を作り、いわば安っぽい常識で論争できる相手としか戦わない。
内輪もめで正義だ悪だとチワゲンカを繰り返す幼稚な国民。

戦前の日本国民はまさに世界常識を身に着けていた。
大志を抱く若者、社会を動かす大人に見えていたのは、
世界の国々と対等、それ以上の国力と威厳を持つ、誇り高い祖国日本だった。
それは外国語に堪能でなかったかも知れないが、日本伝統の精神を磨き上げた人物の、
その拙い英語で伝えられる言霊は、多くの外国の要人を感動させた。

今では語学に堪能な若者が多い。
簡単に外国に出かけ、居住経験もあり、外国の友人も多くいるだろう。
だがしかし、その堪能な外国語で話される“コトバ”はあまりに薄っぺらい。

尖閣や竹島が日本人にとってどんな意味を持つのか。
理解している日本人は少ない。


これではやがて日本は、アメリカの計画通り、ほぼ100年で消滅する。
祖国日本がカルタゴの歴史を歩まないことを願わずにいられない。

なんか違う感。

地域活性化が特に地方都市で声高に叫ばれる昨今。
今年2011年もそのミニマムなスケール感、プライベート感、SNSの発達により、
様々な立場の人が行動を起こしてきた。

多くの無名の有志が素晴らしい活躍を果たし、
その地道な活動が確かなまちづくりに貢献してきている。

だが一方、似たような趣旨ではあるが、いかにもそれらしく運動を起こしている人たちもいる。
目的至上主義を叩きこまれた人間としてそんな輩を見た時

「なんか違う感」

を感じる。
何が違うのかな〜と調べるとやっぱり「目的がない」に尽きるのだ。

向かうべき着地点。
通るべき段階。
配慮すべき人、モノ。

目的がないから全てが曖昧。
そこにあるのは個が主体の「なんか面白いこと」だったりする。
それは哲学が存在しない軽薄な存在だ。

すべてが考えられてないからその「なんか」もわからない。
だからせっかく気の力があるのになにものにも結実しない。

残念だ。
そんな彼らに学ぶべきはやっぱり歴史。
日本民主主義の核心を知ることから始めるのだ。

何に対して本物なのかが重要。

今の時代、やっぱり本物でなければ生き残れない。
ただ、何に対して本物なのかはかなり自由だと思うし、そんな概念が重要だ。

世界が身近になり、すべてのひとが一流を体験できる現代、特に日本。
そこで本物を提供するということがどういうことか考えてみた。

たとえば、ある地方にイタリアンレストランが繁盛していたとする。
じゃあそこがイタリアンの本物なのか?というと実はそうでもない。
そこは、地産地消について本物だったりする。
だから、その店について、「あそこはニセモノだ」とか、「あんなのはイタリアンじゃない」とかいうことは、
そもそも観点が違っているし、意味が無い。

だってその店は、イタリアンで勝負していないのだから。


また、僕らのようにジャムを作っている人たちを見回すとどうだろう。
これがいかにハンパ者が多いことか。

いえいえ、勘違いしてはいけない。

そもそも日本でジャムを作ろうとする以上、本物のジャムを作ることが出来ないのだから、
本物のジャム(概念として)を目指すこと自体、実は意味が無い。
(その歴史も知らない人がほとんどだけど)

ではその人たちはどこで勝負しているのか。


すると・・・やっぱり本物のジャムを目指している。
だから永遠に本物になれない。
だから評価されない。

「美味しいのに」

という気持ちはわかるが、
ジャムのように簡単な加工品は、そもそも「誰でも美味しく出来るもの」なのだから、
プロ(お金をもらう職人)はそこで間違った勝負をしていてはいけない。


では足元を改めて見て、僕は何と勝負しているのか。



それがクレドに書かれるもの。
未来をつくる仲間たちだけが共有するそのミッションステートメントこそ、
すべての商品の源泉なのだ。



電卓の数字だけはいつでも景気良い。。。

今日はコーディネイトしている新商品の打ち合わせ。
コンセプト、パッケージング、販売チャネル、売価、卸値、マーケティングに製造オペレーション。
すべてのコーディネイトが高評価。

最近はこんな相談が増えてます。
正直これで食えるといいけどね。
これまでいくつもヒットを飛ばしてきたが、すべてクライアントさんの利益。

今回も商社依頼の商品開発につき、電卓は景気のいい数字がはじかれる。
いーなぁ。
うれしいんだかくやしいんだか。

明日への希望が必要だ!

大震災から早二週間。爆心地の状況も未だ詳細が不明だ。そんな中、勇敢な仲間達が石巻に支援物資を運んだ。そこから伝えられた壮絶な状況は、あたかも先の戦争後を思わせる。
幸運にも被災を免れた地域に住む私たちには、義援金や僅かな物資を届けたりしか出来ないのだろうか?
僕は幸か不幸か零細企業の経営者だ。僅かな時間や資金が務め人よりも自由になるのだろうが、逆にこのご時世に、毎日が綱渡りなのもまた現実。
そこでだ、資金的にも時間的にも限界のある僕らに、被災者の皆さんのために出来ること。それは未来への希望を示してあげることではないだろうか。
簡単に言えば、働く場所、仲間、そして人生のおぼろげな道のり。
現地では、塩害や放射能汚染で農作物の名産地が吹き飛んだ。その産地を支えた優秀な農業者が希望を無くし、自から命を断つものもいると聞く。
そんなことがあって良いはずがない。
皆さんは、今の日本に必要だ。これからの日本に必要だ。
ここ新潟には、耕作放棄地が近年増えている。農業者が足りないのだ。流行りの若者ではなく(でももちろん良いが)強靭なプロの農業者が、もし、かの地を追われ、希望を失いかけているのなら、ここ新潟で新たな未来を歩くのも良いのではないか。
その受け皿となり得る農業法人の設立こそ、経営者の端くれが出来る希望の作り方、支援の仕方の一つではないか。

復興の道のりは、険しく長い。
多くの賛同者が必要だ。
被災地の、そして日本の未来のために共に頑張りましょう。

顧客認識の相違だな。

四ヶ月もの間、チームで練り続ける事業が一向に前に進まないのは、上部集団とのマネイジメント的顧客認識の相違が原因だ。経営者が集まっていると思えない混沌に辟易。

資本主義的行動原理。

迷った時には原点回帰。でも、近代資本主義と日本の伝統的思考のギャップに逆に混乱したりして。

燕三条名物なのだ(カボンのパパ風)

モノナビプレゼント燕三条ラーメンセットの売れ行きが止まらない(うれしい悲鳴なのか?)材料を作っている関係でなかなか製造が追いついていない。麺もスープも遅れ気味だ。。。(販売店舗は5箇所もないというのに。。。)
しかしこの商品はいままでの商品開発の概念を180度変えたヒットだ。
特産品開発、またはブランド構築、はたまた地域着地型企画開発まで、地方発信の新しい時代が到来したことを確信させた。

客観的にはわからない商品開発のパラダイムシフトがここにある。
教えてほしい人はどうぞご来社ください。

評価と時代

9a3662e5.jpgものの評価は時代と共に変わっていくもの。
確固たる信念を持って生み出した価値が必ずしもその時代に評価されるとは限らない。商売人である僕は時代感覚を的確に捉えなくてはいけないが、正義はまげられない。
何時の時代も悪意のメッセージは強力だ。
強い心を持たねばならない。
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