2007年02月12日

追憶紀行…エジプト、カイロ/Egypt, Cairo

追憶紀行…エジプト、カイロ/Egypt, Cairo

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カイロに到着してからの数日間は、想定外の出来事の連続だった。業界最大手の国際バンクカードにも拘わらず、どのATMからもキャッシュが引き落とせず、不審に思って問い合わせ窓口に国際電話を掛けたところ、何者かによって口座から全ての現金が引き落とされていたことが判明した。

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百数十万からの現金が失われたため、金銭的にもかなりのネガティブインパクトだったのだが、それよりも自分が友人だと思っていた人物が実は犯人だったという事実が判明したことによる、精神的ショックの方が大きかった。暫くの間「いや何かの間違いだろう」と信じ込もうとしたが、状況証拠が明らかになるにつれ、そんな願いは幻想に過ぎないということが鮮明になってきた。

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だが、そうした混乱状態は長くは続かなかった。危機に直面した時、一番重要なのは正確な現状認識と迅速な対応である。それは今までの短くない海外生活や仕事の経験から嫌というほど学んできた。まず「自分は騙されたのだ」という現実を直視し、銀行カードを凍結、その上で詐欺を立証して預金の補償を求める手続きを取ることにした。だが次のステップをどうするかが真に重要だった。即ち、一旦帰国するか否かの選択だ。

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金銭的には、旅行継続は不可能ではなかった。リスクヘッジのため、複数の銀行口座に資金を分散していたことが功を奏し、旅を続けるためのお金は残っていたし、クレジットカードも3種類持っていた。それに、折角憧れのアフリカ大陸の玄関口まで来たのにも拘わらず、ここで戻ってしまうのはあまりにも惜しいという気持ちも強かった。更に、2月にヴェネチアで開催される仮面フェスティバルにも、今帰国してしまったら参加できないことは確実だった。

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だが、問題はその資金の安全性だ。現段階でクレジットカード用の預金口座は無傷だが、それは必ずしも今後の安全性を担保しない。迂闊にも、三枚中二枚はバンクカードと同じ財布に入れており、犯人が実利に徹するのであればクレジットもスキミングなりなんなりしていても何の不思議もないからだ。正直、友人だった思っていた犯人を信じたい気持ちは残っていたが、それはあまりにも甘く危険な考え方だった。もし犯人が、クレジット機能を限界まで使った場合、最悪で500万円の損害になる。

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俺は悩みに悩んだ末、帰国という苦渋の選択を採った。カイロで最も旧いと噂される、8階建ての安ホテルのエレベーターがゆっくりと昇る軋んだ音を聞きながら、もっと安全な旅を選ぶべきだったのかと自省してみた。純粋にお金が無かった学生時代ならいざしらず、3年仕事してそれなりにお金も貯めたにも拘わらず、一泊数千円のお金を渋るあまり、結局は数百万円の損害が発生してしまった。これこそ「安物買いの銭失い」の典型だと言えよう。

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だが一方で、そういった貧乏旅行でなくては決して得られなかったものが多かったのもまた事実だ。安全で綺麗なホテルの個室は、実は日本のそれと大差ない。安ホテルに共通の、旅人同士の奇妙な連帯感は希薄だし、オーナーとの値段交渉といった面倒だが絶好の異文化体験も存在の余地がない。

88.0

突然、強い縦揺れが襲い、エレベーターが急停止した。6階と7階の途中で止まってしまったのだ。このエレベーターには自動ドアという気の利いたものなどついておらず、申し訳程度の手動シャッターがあるだけなので、見晴らしが非常に良い。というか怖い。だがこういう事態は昨日に続き二回目なので、特に焦りはない。

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俺はなるべく下を見ないように気をつけながら、7階の住人に向かって大声で「どうにかしてくれ」と叫んでみた。声を聞いた宿の主人も「やれやれだぜ」といった感じで、のろのろと近づいてきて、外部のボタンを押してエレベーターを引き上げてくれた。「すごいだろ、このエレベーター。」ドアを開けながら、彼は自慢気にニヤリと笑いかけてきた。こんな体験、高級ホテルでは絶対にできないだろうなと思いつつ、もう少しここに滞在してみようと決意したのだった。
  
Posted by feelproject at 13:22Comments(0)TrackBack(0)

2007年01月08日

世界を感じるための1冊/A book which makes you feel the world vol1…『アルケミスト』パウロ・コエーリョ著/Alchemist, written by Paulo Coelho

世界を感じるための1冊/A book which makes you feel the world vol1…『アルケミスト』パウロ・コエーリョ著/Alchemist, written by Paulo Coelho

言葉が好きだ。路上に転がる石ころのように、一つ一つはありふれた存在であっても、それが組み合わされ、研ぎ澄まされることによって、まるで磨き抜かれた原石たちのように輝きを放ち出す。そんな言葉達が詰まった作品の中でも、特に異国情緒を誘う小説、漫画等を紹介してゆく「世界を感じるための一冊」シリーズ。第一回目は、今世界中で旋風を巻き起こしているポルトガル人作家、パウロ・コエーリョ著『アルケミスト』を紹介したい。

世の中に作家と名乗る人達は数多くいるが、俺の中で彼らは三流から一流までの三種に分類されている。即ち、三流作家とは、簡単なことさえ敢えてこ難しくのたまう輩のこと、対して二流作家とは難しいことは難しく、易しいことは易しくいう、つまり対象を対象としてそのまま伝える作家、そして一流作家とは難しいテーマを易しい言葉を用いて語れる作家だ。そしてこのパウロ・コエーリョは、その基準に照らせば間違いなく一流作家の部類に入る。

アルケミスト―夢を旅した少年


彼を世界的な作家に押し上げた初期の作品『アルケミスト』は、エジプトのピラミッドに眠る宝物を夢みる羊飼いの少年の旅路を通して、人生の真理と運命の本質に迫ろうとするファンタジーノベルだ。旅の途上で少年が出会うあらゆる人が、あらゆる出来事が宿命的に絡み合い、その度に心を揺らしながらも、少年はそれをひとつずつ受け入れ、一歩一歩進んでゆく。主人公が少年という設定ゆえに、主人公の独白も、他の登場人物の彼に対するセリフも非常に平易なのだが、神や運命というある種の人間にとっては俄かには受け入れがたい概念さえもすんなりと心に溶け込ませてしまうほど、コエーリョの世界設定と文章表現は卓越している。

このシリーズでは、まだ読んでいない人のためにストーリーについては多くは語らないが、代わりに俺の心に響いた表現を紹介してゆこうと思う。

ぴらみっど「人は、自分の一番大切な夢を追求するのがこわいのです。自分はそれに値しないと感じているか、自分はそれを達成できなと感じているからです。永遠に去ってゆく恋人や、楽しいはずだったのにそうならなかったこと時のことや、見つかったかもしれないのに永久に砂に埋もれた宝物のことなどを考えただけで、人の心はこわくてたまりません。なぜなら、こうしたことが本当に起こると非常に傷つくからです。」
「僕の心は、傷つくのを恐れています」ある晩、月のない空を眺めている時、少年は錬金術師に言った。
「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、お前の心に言ってやるがよい。夢を追求している時は、心は決して傷つかない。それは、追求一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠の出会いだからだ」
  
Posted by feelproject at 23:16Comments(0)TrackBack(0)