カテゴリ: 太陽の黄金の林檎読書会

 

●対談が終わって

 

fee「というわけで、『太陽の黄金の林檎』読書会、終わりー!!」

 

残響「終わりましたね。長かったですねぇ……何回も読書会をやりましたが、結果数万文字。ひとつの短編集をここまで読んだっていうのもそうはないんじゃないかと。【精読】の名を冠してもよかろうみたいな」

 

fee「まぁなかなかないでしょうけど、自分たちでそう言っちゃうのもなんだかなぁ……で、お疲れ様会をやるって予告に書いちゃったけど、何を話せばいいんだ!?」

 

残響「うーん……(ノープラン)」

 

fee「そうそう、残響さんは『太陽の黄金の林檎』という短編集を読んでどう感じました?」

 

残響「【かわいい】なって思いましたね」

 

fee「かわいい!?」

 

残響「いやあの、題材の扱い方が。もっと生真面目なガチ・ハードSFかと思ってたら、すこしふしぎ系(藤子不二夫的ニュアンス)のSFだったというか」

 

fee「あぁ、なるほど……」

 

残響「それだけ【いわゆるディストピア小説】というイメージの『華氏451度』の印象が強かったんですよ、ブラッドベリ……読んでみたら全然違った……」

 

●ベスト5発表

 

fee「じゃあ、今回の収録作ベスト5をお互い挙げてみますか……いっせーのせ、で」

 

残響「わかりました。じゃあいっせーのせ、で」

 

feeベスト5(順不同):歓迎と別離、霧笛、山のあなたに、サウンドオブサンダー、四月の魔女
次点:目に見えぬ少年

 

残響ベスト5(順不同):ごみ屋、歓迎と別離、山のあなたに、草地、霧笛
次点:太陽の黄金の林檎

 

fee「なるほど……結構被ってますね。3つ被ってるのか」

 

残響「そうですね」

 

fee「『ごみ屋』を選んだんですかw ちょっと渋すぎでしょ!」

 

残響「職業小説というか、これを読んだ後に自分の仕事を思い返してしみじみ思ったんですよ。あれ、おれってこの仕事結構好きなんだなぁって。そういう気づきがあったんで……。手前味噌ですが、この回は自分でも良い文章(語り)をした気がする」

 

fee「なるほどなぁ……。じゃあ『対談をやって特に良かった作品』とか。お互いの意見が分かれた作品が幾つかありましたよね? 最たるものが『目に見えぬ少年』」

 

残響「これ、解釈が真っ二つに分かれましたね」

 

fee「ここはどちらかの意見を潰すまで激論した方が、見世物的には良かった気もしますがw でもお互い、自分の読みには自信があるでしょ?」

 

残響「自信があるというか、ぼくはこう受け止めた……は変わらないですからね。変えるつもりがない、っていうことでは全然ないんですけど、初読で【こう読んでしまった自分が居るんだからしょうがあるまい】みたいな」

 


●対談を経て評価が変わった作品

 

fee「僕が、残響さんに面白さを教えてもらった作品は、『草地』でした。一人で読んだ時は意味がわからなかったんですけど、残響さんの解説を聴いていたら、僕が思っていたほど難しい話じゃなくて、理解しやすい話だったんだなって」

 

残響「あぁ、そう言っていただけると嬉しいですねぇ。自分は理屈読みばっかりで、何かこの短編集の分解魔のように見えてるんじゃないかとw」

 

fee「逆もありましたね。『鉢の底の果物』とか『夜の出来事』あたり」

 

残響「うーん。あれは、ね。あれは」

 

fee「ハプニング大賞は『歩行者』ですね。これ、記事ではしれっと対談してますけど、一度対談した後に、2人共お互い誤読しながら読書会をしていた事が後で判明してw」

 

残響「警察【者】ならぬ警察【車】ね。二人してサラっと流してたっつう」

 

fee「だから、もう一度追加対談したり。『四月の魔女』あたりも追加対談が入ってたりしていますけど」

 

残響「これが裏事情暴露や!w」

 

 

 

●あとがき(残響分)

 

そんなわけで、『太陽と黄金の林檎』読書会、いかがだったでしょうか。改めて自分で読み返してみて、個人的にはなかなか面白い対談になっていると思うのですが。これがスペース星間に響き渡る手前味噌ってやつだぜ。

 

改めて言うのもなんですが、ぼくとfeeさんとはかなり「読み方」が違う、というのが分かりました。わざわざそれを探っていた、っていうことでもないのですが。二人が同じ本を読んで感想を言い合って、感想の趣旨・立脚点が自然と異なっていたり。あるいは感想を語るにおいて、各々ネタの「引っ張り方」が異なっていたり。

ネタの「引っ張り方」でいえば、feeさんは「物語そのもの」ときちんと向き合って、外部の情報をわりかし抜きにして語ってる。ネタを物語自身から引っ張る、って印象がありました。

対して残響は、あっちこっちから「外部の情報」を引っ張ってきて語ってる、っていう自己分析。まあ、残響の場合、んなたいしたもんじゃなく、胡乱なヨタトリビア知識を引っ張ってきてるってだけの話ではありますが。

 

ただ、このあたり。

「物語」に耽溺し、物語の中の一員として没頭しきれるfeeさんと、

「物語」をあくまで「考えるひとつのネタ」として、物語外部から観測して考察する残響。

これは、今までのエロゲ対談でも、かなり似通っている図式ではないか、と思うのです。

言い換えれば、一人称型没入と、三人称型観測。主人公プレイと、百合カプ観測と。別にこの小説、そんなにカップリングなかったけど……(百合者は夜のしじまに沈黙する)

 

どちらが正しい、ということではありません。ただ、ぼくとしては、「違うひとの違う見方」から何かを得てみたい。考えに触れてみたい、という目論見はありました。「読書会」とは言ってますが、この対談ブログの煽り文にもあるように、「バトル漫談」としての異種格闘技感想大会、みたいなフシもありますw

 

異種格闘技の醍醐味というのは、おそらく「通常の文脈の逸脱」みたいなところにあるのではないでしょうか。難しく言ってますが、ようは「えっ、そんな読み方アリなの?」みたいな。もちろん奇策・飛び道具みたいな、付け焼き刃で驚かせよう、みたいなのは興ざめです。お互いがお互い、自然に読んで率直な意見をぶつけた時にこそ、意外なモノが生まれ出ます。バトル!ノベル!バトル! これこそがナラティヴストラテジー、物語を巡る獅子戦争タクティクスはこれからも続く……(残響の自室は現在エアコンが壊れていて超茹だってます)

 

この対談をお読みいただいて、

「おお、じゃあブラッドベリを読んでみようか」「同じ本を読んでみようか」

「むしろ読んだけど語りたいことがあるんでブログコメント書いてみるか!」

「おれもあたしも対談ブログやってみようかなぁ」「SF読んでみようかな」

「読もう」「語ろう」

「バトル!ノベル!」

みたいなのが続いていけばいいなぁ、と、かすかに遠く星を見ながらの期待をしています。

 

もっと多くの「趣味の語り」を!といいますか。

ノベルバトルはしばらく置くとして、我々の生活には、多くの趣味文化の語りが必要なのです。「議論プロレスが活発になればいい」というよりは「文化としての語りが活発になればいい」みたいな。

ぼくとfeeさんは、この企画の最初から「何かたのしさが伝わればいいよね」みたいに話していました。押し付けるつもりはさらさらありませんが、「たのしさ」は、次の「たのしさ」に、さらさらと流れる小川のように続いていくのです。ぼくはそう信じています。

読書とは個人的な営みです。ましてや趣味としての小説読書など。それでも、ひとつの小説を通して、何かネットの片隅に「たのしさ」を置き残すこと。それが誰かにふとした形で伝わること。それをぼんやり夢想しています。

この感覚は、論理的に確かなものではありません。また、それほど強いものでもありません。遠くの星を見るかのような、そんなものです。ブラッドベリっぽいですね。

それでも。「たのしさ」は確かに続いていくのです。

 

てなわけで、次の読書会は、同じくブラッドベリの連作短編『火星年代記』を読みます。

feeさんはこの小説をブラッドベリのフェイバリットとして挙げておられて。ぼくはその意気にかられて。また、『太陽の黄金の林檎』でブラッドベリいけるんじゃないか、とも思ったので。そういった理由で、『火星年代記』です。

(ちなみに、残響は『火星年代記』の洋書キンドル版も買ってる。たまに翻訳してみて、ひとつふたつネタを提供できたらいいなぁ的な)

 

あるいは、きゃんでぃそふと『つよきす』になるかもしれぬ……。

これは現在、feeさんがプレイしておられるエロゲのひとつで、feeさんになんとはなしに布教されて、残響め「あ、案外イケるかも……」という始末。これまでつよきすを、有名度合いのわりには食わず嫌いというか、避けてきたのですねぼく。「なんかギラギラしてそうで合わないんじゃないか」と。ただ、feeさんのブログ連載「つよきす三部作 やってます」シリーズがこう、味があってね……。文章がね……。で、興味を持って、体験版プレイしたら「あれ? 自分の波長にあってるかも?」と。「普通にたのしいエロゲだ……」

 

そんなわけで、現在の予定としてはこの2作品です。

また対談を収録したら、このブログにアップしますので、お楽しみいただけたら、と思います。

改めまして、読者の皆様も、「ブラッドベリ読書会」にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

残響

第19作目/全21作(「荒野」は除く)「サウンド・オブ・サンダー」 P209~236

残響評価 B+ fee評価 A

 

fee「タイムトラベルのお話です。恐竜ハンティングをサービスにした、狩猟タイムトラベル株式会社というのがありまして。過去に行って、恐竜を撃てるというサービスなんですが、未来世界に影響を与えてはいけないので、撃っても良い獲物は慎重に選ばれています。歩ける通路も厳密に決まっているんですね。ところが参加者のエッケルスさんが、色々と自分勝手をしまして。通っちゃいけない場所を通って蝶々を踏み殺してしまいます。そして現代に帰ると……」

 

残響「大統領が変わっているんですよね。P213ではキースというまともな大統領が選挙に勝って良かった、と言っているのに、P235ではドイッチャーというろくでもない大統領が選挙に勝った事になっている」

 

fee「そうです。このドイッチャーというのはドイッチュラント……ヒトラーを連想させるキャラクターなわけですが、それはさておき。まず、訳がうまいですね。

P211 4行目『狩猟タイムトラベル株式会社。あらゆる過去への遠征。獲物の名前を言って下さい。そこへ御案内します。あなたは撃つだけです』という宣伝文が、

P234 8行目『主猟タイムトラベル株式会社。あらゆる過去への延征。絵物の名前を行って下さい。そこへ御安内します。あなたは得つだけです』に変わっている。不安定な現実世界を巧みに描いた作家にフィリップ・K・ディックがいますが、ここの描写はどことなくディックっぽさを感じます」

 

残響「なるほど。現実が改変、浸食されていく感覚」

 

fee「外部情報の話をしますと、エッケルスさんが踏んでしまったのは蝶々ですよね。元々バタフライ効果という概念があったんですけど、それを有名にしたのがこの『サウンド・オブ・サンダー』だと言われています。その後、同名の有名な映画も作られましたし、たとえば『Steins;Gate』などにも取り入れられました」

 

残響「あぁ、そうなんですね。バタフライ効果というのは元々カオス理論*の表現なんですけど、ブラッドベリはネガティブな感じで使っていますよね。あー、やっちゃったーみたいな」

 

fee「ポジティブな意味でも使えるものなんですか?」

 

残響「そうですね。現実の可能性が固定されない……【そういう可能性もありうるんだ!】、みたいな。でもブラッドベリは、ネガティブですよね。やはりブラッドベリは、元々あるものを変えたくない、過去を大事にしたい、というタイプの作家なんでしょうね」

 

fee「ですね」

 

残響「しかし、カオス理論についてきちんと知っているあたり、あまり科学に興味がなさそうに見えても、ちゃんと調べているんですね。「山のあなたに」の記事でも話したぼくの深読みによれば、ブラッドベリは現代思想にも興味があった事になっていますしw この作品はなんだか凄く、SFって感じがします」

 

fee「この短編集の中で一番SFしてるんじゃないですか? むしろ他の作品がほとんどSFしていない……」

 

残響「確かにw」

 

fee「作品に話を戻しますと、まずエッケルスさんがヤンチャをしてしまったわけですが、冷静に考えるとエッケルスさんが悪いというよりも……」

 

残響「と、いうよりも……?」

 

fee「狩猟タイムトラベル株式会社、とかいう会社がいかにもヤバいですよね。だって、エッケルスさん程度の困ったチャンが出てきたぐらいで、このザマですよ? リスクマネージメントどころの話じゃないというかw」

 

残響「多分、一般上場とかはしていないすっごいマイナーな会社っぽいですよね。有限会社? ヤブというか、闇企業というか。金持ちだけに知られている、知る人ぞ知る、的な。このエッケルスさんにも金持ち特有の傲慢さ、愚鈍さを感じます」

 

fee「リスクマネージメントが全然できず、システムが暴走して悲惨な状況になるというのは、同じ恐竜繋がりのマイクル・クライトン『ジュラシック・パーク』などと共通している事ではありますが……エッケルスさんみたいな困った客が出てくる事ぐらいは想定していてほしいですね」

 

fee「ところで、この最後の『雷のような音』というのは、ブチ切れたトラビスさんに、エッケルスさんが撃たれた音ですか?」

 

残響「そうだと思います。P232 10行目『言っておきますがね、エッケルス、あなたを殺してやりたいくらいですよ』からもわかるように、トラビスさん、相当怒っていますからね……」

 

fee「後は……そうですね。ブラッドベリにしては珍しく、この作品には映画があります。予告編はこれなんですが……」

 

 

残響「どれどれ……なんだこれ、ジャングルの中をただ歩いてるだけじゃないですか!w」

 

fee「うん。なんか、いかにもつっまんなそーな……ブラッドベリ作品の映画化は『華氏451度』がそれなりに成功しているんですが、他はちょっとアレなんですよね。そのアレな話は、次に取り上げる『霧笛』でもお話するんですけれども」

 

残響「なんだろうw ちなみに『華氏451度』の方は悪くなさそうですね。『サウンドオブサンダー』の映画よりは面白そうだ」

 

 

fee「良かったら見てくださいな。『サウンド・オブ・サンダー』に関してはこれぐらいかな?」

 

残響「そうですね」

 

fee「面白かったし、好きな作品なんですけど、意外と語る事が少ないかなぁ。別に、二人の間で解釈が分かれるとかそういうのもなさそうですし」

 

残響「素直に面白かったんですけどね。まぁそういう作品もあるってことで、『霧笛』に行きますか」

 

 

 

*カオス理論……複雑系登場以前の典型的科学的思考は、各要素の煮詰め重視。「〇〇すれば、××になる」式のものでした。ざっくり簡単に言うと、「同じ原因だったら、同じ結果になるよ」というものです。
ところが、これは局所的な考えにすぎない、というのがカオス的な考え方です。そもそも事象(モノ、出来事)は、単独(一個だけ)の要素だけではなく、様々な要素が複雑に絡み合って成立している。

そういう自然の実際に対し、「〇〇すれば、××になる」といった考えは、ひとつの要素「のみ」を扱った単純な考えにすぎない。すべての要素が絡み合った事象の全体集合が、この自然世界なのだから、全体(システム論的思考)でもって物事を考えよう、というのが、基本です。
さて、バタフライエフェクトに関してですが、これはある意味でカオス理論の基本である「初期値鋭敏性」にも関わってきて。

蝶の羽ばたくか、羽ばたかないかなど、些細なものです。でも、カオス理論ではこの初期の小さい挙動のズレこそが、その後の全体(システム)に決定的な差異をもたらす、っていうこと。風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな。
しかし、こうしていくと、「えー、そしたらもう何も考えられんじゃないか、複雑すぎて!」となりますね。いや、そうではない。ここで提言されてるのは、要素一個のみをただ煮詰めて「〇〇すれば、××になるよ」ですべて事足れり、とする単純さでは、解決出来ないモデルが現実には山とある、っていうことで。

「システムという全体概念を重視せよ、無視するな」……個別の要素だけでなく、総合的な、矛盾も孕んだ全体をきちんと考えよ、というっていうこと。これがカオスの意味(の初歩)なのではないのかなぁ、と思うわけです。西洋的というよりは、東洋的、八卦的ともいえるのかも。(残響)

 

 

 

第20作目/全21作(「荒野」は除く)「霧笛」 P9~26

残響評価 A fee評価 A

 

 

fee「いよいよビッグネームの登場です。マックダンさんという灯台守と、語り手のジョニー、2人がいる灯台に、灯台の音を仲間の恐竜の声だと勘違いした恐竜が、やってきます。で、まぁ勘違いだとわかって帰っていくという……」

 

残響「プロットだけ取り出すと身も蓋もないな……でも、すごくいいお話だと思います」

 

fee「表現がとにかく綺麗なんですよね。P18の7行目『その叫びは水と霧の数億年を越えてやってきた。ぼくの頭と体がふるえ出したほど、孤独で、悩ましげな叫びである(中略)孤独な、深い、遠い音。孤立の音、視界をとざされた海の音、冷たい夜の音、別離の音』とか、P19の3行目『この世界は、あいつに向いていない。この世界じゃ、あいつは隠れていなきゃならない(中略)かすかだが聞きおぼえのある音を聞くと、あいつの腹の中の炉が熱くなる。あいつはすこしずつ、すこしずつ上昇を開始する』などなど。P24の16行目、『奴もいい勉強をしたものさ。この世界じゃ、どんな相手でも、あんまりふかく愛しちゃいかんということをな。海の底の底へ帰って、奴はまた百万年ほど待つだろう』というのも。全文引用してもいいくらい」

 

残響「そうですね。本当に美文だと思います。ときに、ぼくは短編集を順番どおりに読んだので、最初にこの作品を読みました。ブラッドベリ自体初めてなので、これが初ブラッドベリ作品になったんですが、『やるなぁ』『いいなぁ』と思いました。深く響くというか……詩的ですよね。これなら最後まで投げ出さずに、まぁいけるかな? と思ったんです。feeさんはブラッドベリの文章(文体・語り口・地の文)についてはどう思いますか?」

 

fee「巧いなぁ、と思います。残響さんの仰ったとおり、詩的な良い文章で。ただ、たまにやや過剰に思える事もあって。短編の長さならいいんですけど、長編だとちょっと冗長さに焦れてしまう事もあります」

 

残響「なるほど……。この辺り難しいですね。詩的な文章ゆえに、逆に読者をぐいぐいっと強引に持っていくドライヴ感が欠落……もたついてる? と批評は出来ますが。このあたり『あちらを立てればこちらが立たず』というか。さて、『霧笛』に話を戻しますと、ぼくはマックダンさんというキャラも好きですね。良い感じに老成しているというか、渋いというか。少年のジョニーと比較して……」

 

fee「いやいや、ちょっと待って。ジョニーは少年じゃないですよ。P24の5行目に『小さな田舎町で職場と妻を得て身をかため』ってありますし」

 

残響「あっ、ほんとだ(やべえ)」

 

fee「マックダンさんの方が年上ではあるんでしょうけどね。5歳か、10歳か、それぐらいは。というか、ジョニーって何者なんでしたっけ? 同僚? ただ遊びに来ただけ?」

 

残響「さぁ……どうだったかな……?」

 

fee「まぁ、それはいいか。海の底から恐竜がやってくるというのはロマンですよね。悠久の時を海の底で待ち続けた恐竜の耳に、灯台の音が遠くから聞こえてくる。ひょっとしたら仲間がいるんじゃないか。そう思い、水圧の問題もありますので、これまた長い時間をかけてゆっくりゆっくり恐竜が海の底から上がっていき……。そして、仲間の姿は見えず、消沈して帰っていく……。恐竜に感情移入してしまうと、すごくしんみりとしてしまいますね。ところで」

 

残響「あ、なんでしょう?」

 

fee「この作品は、ある有名な怪獣の元ネタにもなっているんですが、なんだかわかりますか?」

 

残響「えっ……なんだろ……」

 

fee「ガッディーラです(石原さとみ風)!」

 

残響「がっでぃーら?(意味不明)」

 

fee「……ゴジラです(しょんぼり)」

 

残響「あ!あ、そうか(やべえ) え、ゴジラって、あのゴジラですか?」

 

fee「はい、『サウンド・オブ・サンダー』と同じく、この『霧笛』も映画になったんですが……それがこちらの『原子怪獣現わる』という作品でして」

 

 

 

残響「うわっ、なんじゃこりゃw 全然『霧笛』じゃない! そして確かにそこはかとなく初代『ゴジラ』っぽい。一応灯台は壊してますけど……ブラッドベリは単に客寄せに使われただけなんじゃw」

 

fee「多分そうですw 『霧笛』とは別物の怪獣パニック映画なんですけど、これに影響を受けて『初代ゴジラ』が生まれたので、乱暴に言っちゃえば、ブラッドベリはゴジラの産みの親と言えるのではないかとw」

 

残響「すごいな……これは全く知りませんでした……」

 

fee「それとは別に、日本のアマチュアの人がupしている『霧笛』の動画があるんですが、こちらも良かったら見てください」

 

(この動画はブログ埋め込みが出来なかったので、リンクから見てください)

 

残響「あっ、これ、なかなかいいですね。こちらの方がずっと、ブラッドベリっぽい……」

 

fee「ですよね。ブラッドベリの良さをちゃんと捉えている、良い動画だと思います。『原子怪獣現わる』とかよりもよっぽどw」

 

 

第21作目/21作(「荒野」は除く)「歓迎と別離」 P371~386

残響評価 S fee評価 S

 

fee「いよいよ最後の作品になりました。『歓迎と別離』。あらすじは、不老不死……不死じゃないのかな?」

 

残響「不死についてはわかりませんね。不老は間違いないです」

 

fee「はい。不老の少年、ウィリーが主人公です。彼は本当は43歳なんですが、見た目が12歳のまま成長しないんですね。なので、何年か暮らすと、周囲の人に怪しまれてしまい、街を離れないといけません。何年か暮らしては街を離れ、何年か暮らしては街を離れ……そういう暮らしをずっとしてきたわけです」

 

残響「まさに『歓迎と別離』ですよね。ひとつ所に留まれない、別れを繰り返す物語」

 

fee「この作品は、僕が考えるブラッドベリらしさが凝縮されているような作品です。寂しさ、優しさ、暖かさ、切なさ、郷愁……」

 

残響「そうですねぇ。寂しいお話でもあるし、優しいお話でもある……」

 

fee「邪悪な人間は出てこないんですよね。むしろ暖かい人たちが多い」

 

残響「皆、ウィリーをわかろうと努力するんだけど、わかってあげられない。ウィリー自身もそれをわかっている。冒頭の一文『でも、もちろん、行かねばならない。ほかにはどうしようもない』からもそれがうかがえます」

 

fee「ウィリーの周囲は暖かい。けれど、別れは必ずやってくる。別れを繰り返して生きていかざるを得ない」

 

残響「さよならだけが人生だ(井伏鱒二)、じゃないですけど、そんな感じですね」

 

fee「つまらない事を言うと、実際には43歳だとしても、外見が12歳なら、12歳として人から見られる。そして、12歳として生きていくんだなぁというのは思いました」

 

残響「ウィリーの屈託も描かれていますよね。『成長しない自分』として、成長していかなければならない、というような。P382の11行目『「あなたは淋しくなることはないの。おとなのすることを――いろんなことを、したくならない?」「それはずいぶん、苦しみました」と、ウィリーは言った。「ぼくは自分に言いきかせたんです。ぼくは子供なんだ、ぼくは子供の世界に住まなきゃいけない。子供の本を読み、子供の遊びを遊び、ほかのことからは自分を切り離さなきゃいけない。つまり、ぼくはたった一つのもの――若さ、であればいいんです」』

 

fee「ふむ……」

 

残響「イノセンスの喪失、というものがアメリカ文学の一つの伝統だとぼくは思っているんですが、ウィリーの存在自体がイノセンスの塊ですよね」

 

fee「イノセンスの喪失、というのは?」

 

残響「無垢なるもの。子供が大人に成長するにつれ、失われていくもの。近代以降の欧州の物語類型(「小説=ノベル」)では、それをポジティブに成長物語(いわゆるビルディングス・ロマン)とする例が多いように思うんですが、アメリカ文学ではむしろ成長と引き換えに失われていくもの、見失ってしまうもの。そちらに目を向けるケースが多くて。そこに、もう一つのアメリカ文化表現……アメリカ映画の伝統でもある、ロードムービー。旅物語、ですか。その要素もこの作品には含まれている」

 

fee「ロードムービーはアメリカに多いんですか?」

 

残響「多い、とは言われていますね。ある種の典型。『イージー・ライダー』とか。まあ、少なくとも、アメリカ文化の作品に多くみられる形式だと思います。何しろあの村上春樹(小説家としてだけでなく、アメリカ現代文学の翻訳者でもある)が大学時代、卒論で書いたテーマが『アメリカ映画における旅の系譜』だったりしますから」

 

fee「なるほどなぁ……」

 

残響「イノセンスの喪失だと、たとえば『ピーター・パン』とか『ハックルベリー・フィン』とか。あるいは『ライ麦畑でつかまえて』とか」

 

fee「あぁ……ハックか。確かに、このウィリーは、ハックルベリーフィンの感覚に似てるかもしれない」

 

残響「はい。そういった作品のオマージュのようにも思えるんですよね。意識してか、無意識にかはわかりませんが、ブラッドベリが今まで読んできた作品群からの影響というか。feeさんもこの作品にSランクをつけていますけど、feeさんはどうお感じになりましたか?」

 

fee「いや……なんか、残響さんが素晴らしい感想を言ってくれたので、僕からはもうあまり……」

 

残響「いやいやw」

 

fee「いや、ほんとそうですよ。僕から言えるのはそうですね、最初にも言いましたけど、胸が締め付けられる、優しくて美しい物語だということ。この短編集には、他にもブラッドベリらしい作品、寂しさを感じる作品はありますけど、イメージの美しさ、鮮烈さではこの作品と『霧笛』の二作が最高峰かなと思います」

 

残響「ただあれですね。この作品は、長編だと書けないですよね。もたない、というか」

 

fee「そうでしょうね。なのでブラッドベリは基本、短編の人なんですよ。もちろん長編にも良い作品はありますけど、短編の方に見るべき作品が多い……」

 

残響「ふむふむ(ブラッドベリ初心者的首肯)」

 

fee「イノセンス、という意味では、『10月はたそがれの国』に入っている『みずうみ』と双璧かなぁ。こちらも是非読んでほしいんですが……というか、『歓迎と別離』が好きなら、ブラッドベリをどんどん読んでくださいよw」

 

残響「とりあえず『火星年代記』は読む予定なのでw しかし、長かった『太陽の黄金の林檎』21作品レビュー、とうとう終わりましたね」

 

fee「そうですね、楽しかったです」

 

残響「こちらこそ。最後に、何かいい締めの言葉はないかな……ブラッドベリの引用とか……」

 

fee「『世界は自己の表象であり、世界の本質は生きんとする盲目の意志である』」

 

残響「と、突然なんですかww」

 

fee「え、いや、締めの言葉を探してるっていうからw」

 

残響「唐突すぎますよw なんなんだ……ホントになんなんだw というかいいのかいなコレ(saphireさん御健在なのかしら……)」

 


次回へ続く……(『太陽の黄金の林檎』読書会 総まとめ&お疲れ様会)

第17/全21作(「荒野」は除く)「山のあなたに」 P237~262

残響評価 A fee評価 A+

 

fee「コーラさんというおばさんが山奥に住んでいます。夫のトムと、隣近所のブラバムさんぐらいしかいない、人里離れた田舎です。そこに、甥のベンジーが夏休みの間だけ訪ねてくるんですね。コーラさんは文字が読めません。隣のブラバムさんの家には手紙が結構届いてるんですが、コーラの家には届かないので孤独です。そこで、文字の読めるベンジーがいる間、コーラさんは通販のカタログとか通信講座の資料とか、その他なんでも思いつく限りの手紙を書いて、手紙を受け取るんですね。そうして誰かと繋がって、孤独を癒す。ラストはベンジーが家に帰ってしまい、文字の読めないコーラは再び孤独に取り残される、そんな話です」

 

残響「……時代性なのかなぁ。識字率が低い故の悲劇というか……」

 

fee「いくら孤独だからって、迷惑メールを大量にもらって喜んでるというのも寂しい話だなぁと思ってしまうんですが」

 

残響「あ、やっぱり迷惑メールを思い浮かべました?」

 

fee「うん。あるいはスーパーのチラシとか。いくら寂しくても、それじゃ気は紛れないでしょ」

 

残響「まぁねぇ。でも、それでも一応そのメールの向こうには『人間』がいる、ということなのでしょうか」

 

fee「今ならインターネットがありますからね。それこそTwitter、SNS、2ちゃんですよ」

 

残響「うーんw (ささやかに感じ取る地獄テイスト)」

 

fee「一応隣にブラバムさんという人が住んでいるのに、孤独は癒されないんですねぇ。仲良くできれば一番いいのに」

 

残響「それは……無理なんでしょうね。なんつうか、同族嫌悪?」

 

fee「世界中で人類が2人だけになっても、仲良くなれない……『火星年代記』にもそんな話があったな」

 

残響「このブラバムさんという人も相当病んでますよね(完全にお前が言うな案件)」

 

fee「僕、ちょっとこの人は意味がわからないですね。この人も孤独なわけでしょ? で、手紙を自分の郵便ポストに入れて、これ見よがしにコーラさんに見せる。『私はこんなに郵便が来るのよ』って……寂しい者同士で何やってんだろ、って思う。何が楽しいのかなぁ?」

 

残響「でもこういう人、いますよ……ぼくのリアル知人にもいるな……」

 

fee「現代ならあれですね。Twitterのフォロワー競争で『私、フォロワーが1000人もいるのよ?』的な……」

 

残響「ブラバムさんは、クソリプ製造機なイメージw」

 

fee「絶対に相互フォローします、みたいなアカウントを片っ端からフォローして、フォロワー人数1000人を誇る感じじゃないですか? コーラはbotに話しかけまくって、リプをもらっちゃ喜んでそうだし」

 

残響「酷い……インターネッツ地獄界隈や……」

 

fee「まぁ、何がしたいんだか僕にはさっぱりわかりませんわ……わかりたいとも思わないけど。ブラバムさんはいいとして、コーラに話を戻しますが、やはり今のアメリカなら田舎でも識字率は高いんですか?」

 

残響「多分高いと思いますよ、今なら。流石に。コーラの悲劇は学校教育を受けられなかった弊害、的なものも……」

 

fee「でもこれ、通信講座が出てくるじゃないですか。P256の9行目、『当通信教育学院独特の衛生技師資格通信講座申込書一部をお送り申し上げます』。あの、現代で言うアイキャンみたいな……」

 

残響「ユーキャン?」

 

fee「そうそうw ユーキャンの講座。ユーキャンなら……あった、『日本語の常識』講座。ね、こういうのを使って英語を覚えれば良かったんですよ」

 

残響「29000円か……微妙な値段だ……。コーラに払えるのかなぁ」

 

fee「コーラ、たぶん専業主婦ですからねぇ。旦那のトムが払ってくれれば……」

 

残響「『女に教育はいらん!』とか昭和時代の劇画調で言って、そのお金で安酒買いに行きそう……」

 

fee「酷い……。こんな田舎じゃ、バイト先もなさそうだしなぁ。後ね、コーラはなんでどうでもいい資料請求とかばかりしてるんでしょ? 文通相手とかを作れば良かったのに。現代のSNSもそうですが、少なくとも、入りもしない講座の資料を請求するよりはメル友でも作った方が遥かに良いような」

 

残響「まあ確かに」

 

fee「とにかく、コーラは文字を覚えれば良かったんですよ。通信講座が無理なら、ベンジーが家にいてくれる間に、少しでも習うべきでした。別に難しい構文とか要らなくて、簡単な単語だけで良いじゃないですか。それで、文通でも始めればまだ世界は変わったかもしれないのに……」

 

残響「コーラにとって、文字(テキスト)の世界=知の世界、はあくまでも憧れの世界であって、自分が属する世界ではなかったのかもしれませんね」

 

fee「P259の16行目『でもね、ベンジー、わたし結局、文字をおぼえなかった。手紙を出すことばかりに夢中で(中略)、文字をおぼえるひまがなかった……』。コーラは、きっと文字を覚えたい気持ちはあったんでしょうね。でも、やっぱり難易度が高かった」

 

残響「この小説の原題は『The great wide world over there』。直訳すると『ここからの広く、広大な世界』でしょうか。コーラの世界は、閉じられた、狭く、文字のない世界。そして山のあなたに広がるのは、人が多く、広大で、(文字のある)知的な世界」

 

fee「コーラが人生を変えるには、1.『文字を覚える事』 2.『引っ越しをする事』 3.『ベンジーが救世主になってくれる事』。この3つのうちどれかを成し遂げない事には……」

 

残響「経済的な問題、場所的な問題、能力的な問題、色々と制約があって……」

 

fee「そういうのもあるでしょうけど、結局、一番の問題はコーラが自分の枠を壊せなかった事なのかなぁと。人間、何歳になっても新しい挑戦をして良いと思うんですが、コーラには今までの55年の人生を変えるのは難しかった……」

 

残響「P261 10行目『とうとう、ある日のこと、郵便箱が風に倒された。それでも朝が来るたびに、コーラは小屋の戸口に立ち、白髪を撫でつけながら、黙って山を眺めるのだった。年は過ぎていき、それでもコーラは、倒れた郵便箱のそばを通るとき、きまって意味もなく箱に手をつっこみ、そしてむなしく手をひっこめ、それから野原へさまよい出るのだった』」

 

fee「泣ける……」

 

残響「この、『野原』へさまよい出るというのも象徴的な感じがしますね。知の世界から背を向けて、文字のない自然の世界をさまようという」

 

fee「なるほど……」

 

残響「古代ギリシャの哲学者プラトンの使った言葉で、『コーラ』という哲学用語があるんです。これは『(母なる)場所』のことを表すんですが……ブラッドベリはその辺を意識して書いたのかもしれませんね。デリダとかと同時代だったはず。まあ、(ブラッドベリが現代思想にどれだけ親近性を持っていたかは疑問ですが)。だとするなら、コーラは『山のあなた』にはたどり着けない……彼女・コーラの割り当てはこの、文字のない自然界なのですから *1」

 

fee「深いなぁ。僕はその方向から深めることはちょっとできないので、どうでもいい話をしますと、P255 11行目の『あの、申しわけありませんけど、もし御面倒でなかったら、すみませんが……郵便箱に入れていただけません?』というところが面白かったです。手紙を直接渡されるんじゃなく、ちゃんと郵便箱から取り出したいですねw 形から入るというか。このコーラさんの面白いところは、P261の8行目『むこうでもわたしたちの手紙を待っているのに、わたしたちは書けないで、むこうもだから返事を書けないのね!』」この辺りも、コーラさんの無邪気さが炸裂しているというかw」

 

残響「ですねw しかしこれ、文字が読めたら別の絶望が生まれかねないような。あと、ちょっと思ったんですけど。トムってなんなんですかね? 一応旦那さんのはずなのに存在感がまるでないというか……トムがコーラと仲睦まじくできれば、それだけでだいぶ癒しになる気がするんですけど。トムはこの状況、どう思ってるんだろう。何も感じてないようにも見える……」

 

fee「ひょっとしたらトムは山の向こうで仕事をしているのかもしれませんよ。だから、仕事の時間は人とのふれあいがあって、知の世界にもある程度接しているのかも。ずっと家にいるコーラとはその辺で差があるのかも」

 

残響「なるほど。あと、ベンジーという甥がいるんですから、コーラには子供がいるはずですよね」

 

fee「言われてみればそうですね。子供を頼って引っ越すわけにはいかないんでしょうか。……せっかく子供を作っても、子供は親を見捨てていくんですよ……邪魔者扱いされたりしてね、しょうがないね……。でもベンジーは本当にいい子ですよ。おばさん孝行をすごくしているし、P259 14行目 コーラ『いい夏だったわ』に対して、『ほんとだね』と答えてくれてるんですよ」

 

残響「清涼剤ですなぁ。まぁでもそのうち来なくなっちゃうんじゃないですか? もう少し大きくなったら……だいたいそんなもんですし。都会のチルドレンは」

 

fee「確かに、コーラのところに来ても特に楽しくないだろうし……」

 

残響「暗いなぁ……」

 

fee「この話、めっちゃ鬱ですからね。大体、他人事みたいに言ってますけど、残響さんって結構山奥に住んでいらっしゃるんでしょ? もしインターネットがなかったら、どうですか? おまけに文字も読めなかったりしたら」

 

残響「うっ……それは、ヤバい……地獄とはシマーネ農業王国のことでありけり……」

 

fee「残響さんが、コーラの立場になっちゃいますよ。ブラバムさんみたいな人もいるみたいだし」

 

残響「これはよしましょうw この話はあまり深めない方がいい気がする……」

 

fee「わかりましたw やめましょう」

 

残響「しかし随分喋りましたね。この作品、今までので一番長く喋ったんじゃないですか?」

 

fee「一番最初、まだ読書会に慣れていなかった頃にやった『二度と見えない』あたりも長かった気がしますが、慣れてきてからに限定するなら多分これが一番長いですね」

 

残響「やはり、色々言いたくなる作品だったということで、良かったです」

 

*1……このあたり、フランス現代思想の哲学者、ジャック・デリダの『プラトンのパルマケイアー』の説明のニワカ仕込みの孫引きをしております残響さん。あと同じくフランス現代思想のジュリア・クリステヴァとかのも。学生時代、そのあたりの本をボンヤリ読んでたので……。詳しくはこちらリンクとか

http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1018/

 

 

第18作目/全21作(「荒野」は除く)「目に見えぬ少年」 P103~124

残響評価 B fee評価 A+

 

残響「魔女と、いたいけな少年のお話ですね」

 

fee「かわいそうなおばあさんと、魔性の少年の話じゃないんですか?」

 

残響「えっ!?」

 

fee「えっ!?」

 

残響「相変わらず、なんだこの違いはww」

 

fee「ちょ、ちょっと順を追っていきましょうか。おばあさんのところに少年がいますよね。

このおばあさんは、魔女の振りをしています。構ってちゃんなので、少年と遊びたくて仕方ないんですね。でも少年は、バーチャンと遊んでもつまらないので帰りたがる。そこでおばあさんが嘘をついて、『透明人間になる魔法をかけた。このままじゃ家に帰れないよ』と脅す。まぁほんとはそんな魔法はかかっていないので、おばあさんは少年の姿が見えない振りをするんですね。で、少年はいい気になってアカンベーしたり、勝手におばあさんのベーコンを食べたり。この辺の、哀愁漂うユーモラスなやりとりが面白いなぁと思うんですが……」

 

残響「うん、はい。異論はないです」

 

fee「で、最後におばあさんが根負けして、とうとう魔法が解けたと宣言します。少年は意気揚々とおうちに帰ります。寂しいおばあさんを一人残して……」

 

残響「いやいや、ちょっと待ってください! P123の3行目に『今度こそほんとうに見えなくなったチャーリーは老婆のあとをついて来た』とありますよ。どうしてかはわかりませんが、『透明人間になる魔法』が最後、本当に少年にかかっちゃったんですよ」

 

fee「うーん、そうかなぁ?? とりあえずそこの話をする前に、最後の8行目まで……つまり、作品の始まりから、P123、2行目の『老婆はぐったりと疲れて』までの展開についてはお互い意見は同じなんですよね?」

 

残響「はい、そうだと思います。問題になっているのは最後の8行、ラストパラグラフです。『今度こそほんとうに見えなくなった』とあるんで……」

 

fee「残響さんは、『透明人間になる魔法』が少年にかかった、と。僕はこれ、少年は普通に家に帰ったんだと思います。最後のこれは、おばあさんの妄想ですよ」

 

残響「妄想ですか!!」

 

fee「うん。このおばあさんは、寂しさのあまり少年に構ってチャンしてたわけで、それにも関わらず少年が帰ってしまった。そこでおばあさんは、目に見えない少年が戻ってきた、という妄想にふけってしまったんですね。P123の6行目『今度は奪われる心配もなく老婆はベーコンをたべ、それから何かの呪(まじな)いをして、棒きれやボロや小石で作ったチャーリーを抱き、ほんもののあたたかい息子のように子守唄をきかせ、しずかにゆすり、二人はいっしょに眠った……眠い声で何かキラキラ輝くもののことを語り合い……やがて夜明けがちかづき、焚火はすこしずつすこしずつ、消えて……』」

 

残響「美文ですなぁ……味わい深い文章だ」

 

fee「うん、素敵な文章だと思います。けど……本当に目に見えないチャーリーがここにいるなら、こんなに大人しくしてますか? ベーコン奪って、あかんべーするようなチャーリーですよ? これはおばあさんが、自分の寂しさを慰めるために妄想した、理想のチャーリーだと思います」

 

残響「うーん……そう言われてしまうと、確かにそうも読めるから困る……。でも、ぼくはfeeさんと違って、このおばあさんは本当に魔女なんだと思います。冒頭から『カエルの干物をすりつぶして』いますし。なんちゃってコスプレ魔女がここまでやりますかね?」

 

fee「ただ、冒頭から既にチャーリーは来ていますからね。チャーリーのいないところでは普通のおばあさんなのかもしれませんよ? でもまぁそう考えていくと決め手に欠けるというか、どっちにも読めますよね」

 

残響「そうですね。どちらにも読めるように、解釈の余地を残しているというか」

 

fee「これに関しては、僕は自説『おばあさんの妄想エンド』に自信を持ってはいますが……ただ、この読書会の趣旨は、自説の正当性を主張して相手の読みを叩き潰すところにはないんです。むしろ、そういう読み方もあるのか、と幅を広げていくような方向性でありたい」

 

残響「そうですねぇ。読書は……小説は、自由だ!(ガンダムビルドファイターズ風) しかし、ここまで読み方が違うとは、本当に面白いですね」

 

fee「うん、面白い。この作品を読んだ人は、僕と残響さん、*どっちの読み方で読んだ人が多いんだろう。アンケートとか取りたいですよね。多数派が優れているとかそういうんじゃなく、純粋にどうなのかな、と」

 

*あるいは、更に別の(fee)

 

 

残響「気になりますよね」

 

fee「僕の見方だと、この作品は『山のあなたに』に似てるんですよ。寂しがり屋のコーラ=魔女で、コミュニケーションの断絶のお話。結構かわいそうなお話だと思ってるんです。おばあさんはこんなにもチャーリーを思っているのに」

 

残響「ふーむ。ブラッドベリは結構印象的なおばあさんキャラを出しますよね。『大火事』でもおばあさんが活躍しましたし。あと、ぼく、結構おばあちゃんっ子だったんですよ。それも読み方に関係しているのかもしれません。ぼく、この作品は好きですね」

 

fee「僕もこの作品は好きです。でも残響さんが好きなのは、最後に少年が透明人間になっちゃう『目に見えぬ少年』で、僕が好きなのは、少年が家に帰って、おばあさんが妄想で自分を慰める『目に見えぬ少年』でしょ?」

 

残響「ですねww」

 

fee「確固とした正解はなくて、お互いどちらも自分にとって好きな結末を選んでいるだけなのかもしれません。残響さんは怪奇幻想色の強い結末が好きで、僕は寂しい結末が好き、みたいなw でも、読書なんてそれでいいんだと思うんですよ」

 

残響「それは本当にそうですね。この作品でも、自分では気づかなかった別の読み方を、お互い知ることができました。ブラッドベリという作家自身、ひとつの確定的真実の押しつけではなく、複数の解釈ができるように作品を作っているのもいいなと思いますし、読書会にピッタリな作品だったのかも」

 

fee「ですね」

 

第7回に続く……(「サウンド・オブ・サンダー」「霧笛」「歓迎と別離」)

 

第14作目/全21作(「荒野」は除く) 「発電所」 P263~282
残響評価 A-   fee評価 B-

 

fee「いつもは僕があらすじを言うんですが……僕この話、ちょっとよくわからなかったんですよね……」

 

残響「これ、いい話なんですよ。えと、登場人物は一組の夫婦で旅をしてるんですが、奥さんの方がちょっと人生に疲れちゃったんですね。先行きも不安で、なんか心細い。で、休憩で発電所に立ち寄るんですが……そこで不思議な出来事が起こって電波みたいなのを受信する、と。その電波に癒されて『私は一人じゃないんだ』という穏やかな気持ちになります。同時に、隣にいた夫の事もより深く理解できるようになる。夫も同じように『自分は一人じゃないんだ』といつも思っていたからこそ、常にどっしりと構えていられたんだ、と奥さんは理解する。そして、『これからは時折、発電所に来ましょうね』と奥さんが言って、夫も同意する。そんなお話ですね」

 

fee「そんな話だったのか……」

 

残響「文中で、最初のほう、キリスト教的な単語が出てきます(「教会」「聖書」「牧師」)。それを考えると、元々、一神教的なキリスト教(God)の教えが、奥さんにとってはあまり馴染まないものだったのかな、と。しかし奥さんにとっては、後半で示唆される、【神(Spirits)は遍在する、どこにでもいる】という、アニミズム的な宗教観が肌に合っていたのではないでしょうか。発電所の電波から福音(? あるいは霊感?)を受けたというか、そうした気づきを得たというか。だから *1いい話だなぁと思うんですけど……feeさんはどんな話だと思いましたか?」

 

fee「えーと、僕はこれはエロゲの『雫』みたいな話かなって。あの、『雫』未プレイなんで適当な事を言ってるんですけど、毒電波みたいなのを受信した話かなって」

 

残響「『雫』!w なんてこったい、凄いところ来ましたねw」

 

fee「電波を受信した後、奥さんが謎の音楽をハミングするじゃないですか。このハミングを聴いてしまった人が、またハミングをする。ハミングの連鎖が起こって、世界中が発電所の毒電波に洗脳される。そんな感じのホラーかなと思って読んだんですけど」

 

残響「『巫女みこナース』でも流してるんですかねww 頭痛生理痛(略」

 

fee「しかも奥さんは、また発電所に行きたがっている。末期の電波中毒ですね。そのうちご近所誘って発電所に行くようになります。そして新興宗教、電波教の誕生……」

 

残響「なんかラヴクラフトっぽいな……この電波を、善きものとして読むか、禍々しいものとして読むかは読者によって変わってくるのかな。しかしまあ、確かに電波、そして物語の描写、確かに禍々しい感じもするな……」

 

fee「この作品を読んだ読者の方にアンケートをとって聞いてみたいですね。善きものとして読んだのか、禍々しいものとして読んだのか。それにしてもこの話、難しかったです」

 

残響「何が書かれているのか、ざっと読んだだけじゃ掴み切れないですね。もっとも『草地』の方が難しかったかなと思いますけど」

 

fee「あぁ『草地』か……次はじゃあその『草地』で行きますか」

 

残響「了解です」

 

 

(注1)……残響がこのように発言しているのは、昔読んだ和風伝奇/クトゥルー神話趣味漫画、八房龍之助『宵闇眩燈草紙』(やつふさたつのすけ・よいやみげんとうぞうし)の影響が濃い。漫画後半、アメリカを舞台にした「シホイガン編」にて、作中でこんな問答がある。

 

 

「そんな事はあり得んッ 正しき信仰を胸に日々悔い改め続けた正しき我ら神の子に正しき神が正しき救いの正しき恵みを正しく与えたもうに正しく違いない!!」

 

「神父よ、おそらく貴様等と我々では『神』の概念が違う。神とは比類なき何がしかのベクトルを持って突出したエントロピーの代名詞に過ぎん。水、風、大地、獣、路傍に転がる石コロに致るまでそれは神たりうる。神とは崇め奉り何とかして欲しいと救いを求められるモノじゃない。神とは畏れ、伏しどうか何もしてくれるなと宥め賺すモノだ。あの日、騎兵隊の虐殺戦の前夜、族長 ロッキング・ボアから俺が言いつかったのはただ一言。『あるがままなり』」

 

「野卑な原始宗教の言いそうな……」

 

(残響)

 

 

 

 

第15作目/全21作(「荒野」は除く)「草地」 P313~342

残響評価 A fee評価 C+→読書会を経てB 

 

残響「あらすじです。映画の撮影現場で働く夜警のおじいさん、スミスさんが主人公です。映画のセットが取り壊される事になるんですが、スミスさんはどうにか壊させまいとするんですね。そこで出てくるお偉いプロデューサーのダグラスさん。彼がオカシなスミスさんを説得しようとするんですが、しかし最後、ダグラスさんはスミスさんに逆に説得され、映画のセットは守られる。そんなお話になっています」

 

fee「これ、最初に読んだ時は難しい話だなぁと思ったんです。でも、こうして聞くと結構単純な話だったんですね」

 

残響「映画のセットの描写がやけに細かいんですよね。固有名詞(世界各国の建築物名)もバンバン出てくるし」

 

fee「そう。ニューヨークの聖パトリック教会とか、ロストフのギリシャ正教の教会とか、オシュコシュとかスワッソンとか、色々言われても全然イメージできなくて。ダルいなぁ、難しいなぁと思って読んでたんですけど……何てことはない、世界中のあらゆる場所が映画のセットになっていたんだな、って考えればそれでいいんですね」

 

残響「難しいと言えば、ぼくはスミスさんの行動原理がよくわからなかったんですが。なんでこんな撮影セットにこだわるんだろうって」

 

fee「そこはほら、ブラッドベリは大体昔のものをそのまま残そう、みたいな人だから」

 

残響「うーん……それにしてはクレイジーな……」

 

fee「ジオラマみたいなものでしょ? そりゃ大半の人から見たらどうでもいいものかもしれないけど、スミスさんにとってはめちゃくちゃ愛着があるんですよ」

 

残響「あぁ、そう見るのか。それならわかりますよ。ぼくもスミスさん側だ。どれだけ手間暇かけてジオラマを作ったと思ってるんだ!ってなりますよ *2」

 

fee「まぁ、この撮影セットを作ったのはスミスさんではないですけどねw ただ、P320 7行目『三十年間、わしはこの土地が育って、こんな世界になるのを、見守ってきた。この土地といっしょに生きてきたんだ。楽しいくらしだったよ』って言ってるぐらいですし、30年間働いてきた職場なわけでしょ。そりゃ愛着も湧きますって。土地開発とかと同じですよ。昔ながらの商店街を壊して、新しいショッピングモールを建てようって言ったら、嫌がる人は絶対いるでしょ。土地の所有者ではないのに嫌がって反対運動をするのは、道理としてはおかしいし、皆がそんなワガママを言っていたら何も進みませんけど……しかし、気持ちとしては大いにわかりますね」

 

残響「なるほどなぁ……確かにわかる。そもそも、スミスさんが抱く、虚構(撮影セット)への思い入れみたいな、そういう虚構が生み出す何かしらの『感情』が映画産業そのものを支えているとも言えますし。『虚構&感情』がなければ、映画という『創作』はそもそも成り立ちえない。そういう意味で、『虚構』を壊したくない、残したい、という気持ちもスミスさんは持っているのかもしれませんね」

 

fee「言われてみれば確かに、あるでしょうね……。僕はそこまで深くは読めていませんでしたけど、納得です。『火星年代記』にもそんな話がありました……」

 

残響「原型みたいなものなのかな。アイディアの再利用というかw やっぱり夜警のおじいさんが主人公というのも良いんでしょうね。これがもしスミスさんが美少女だったら……」

 

fee「ダメでしょ。大体美少女だったら『30年間』の重みが出ない。つい最近バイトで入ってきた美少女なら、『新しい職場を探してください』で終了でしょ。でも美熟女ならいいんじゃないですか?」

 

残響「美熟女ねぇw ロリババアみたいなのでもダメじゃないですか? ……しかし、これは差別意識なのかもしれないけど、やっぱり夜警というか、うだつの上がらなそうな職業……」

 

fee「まぁ金持ちだったら、自分の土地でやってどうぞ、で終わっちゃいますからね。明るそうな人はダメですね。生活に疲れてそうな人が良さげ」

 

残響「もう私にはこれしかないんだ、的な……」

 

fee「そうそう」

 

残響「この作品で面白いのは、ダグラスさんがスミスさんに説得されて、映画のセットを残すという結末ですね。これがもし『歩行者』の警察だったら……」

 

fee「『歩行者』の警察車は文字通りひとでなしですからw ミードさんと同じようにスミスさんも捕まっちゃいますよ。しかし、そう。『歩行者』と違ってハッピーエンドなんですよね」

 

残響「うん、そう。優しいお話だと思いました」

 

fee「そうですね。なんか、難しい話だと勝手に思ってたけど、こうしてお話してみるとそうでもなかったな。面白かったです」

 

(注2)……対談ではあっさり流した残響ですが、これをこと細かく言っていくと、へっぽこモデラー/模型マニアとしては、激おこぷんぷん丸となってしまうカム着火怒りのファイヤー!なので流しました(古!)

何しろ模型を知らないひと、「ものづくり」を知らないひとは、こういうジオラマにかかる労力、時間も、ちょいちょいっと作るように思えてるんだからアレ。現実はマインクラフトじゃないんだっちゅうの。まずボードの設定をして、そこに粘土や発泡スチロールで地面や岩石の土台を作り、ライケンやパウダーとかで草地を表現(これでもシーナリー造形を大幅に簡略化した説明)。同時に建物をキット流用だったとしても所々改造して手を加えながら作りつつ、鉄道模型だったらフレキシ線路の処理をしたり、AFV(戦車模型)だったら全体の戦場の流れを設定したり、という作業(これでもストラクチャ造形を大幅に簡略化した説明)。そして楽しいウェザリング(退色表現=サビとか空気の質感を表現する「汚し」作業)!! そんなふうに無限に何時間何十時間も手が入れられる楽しい工作の成果を、本文であるようにバッカーン!と壊されようものなら、これはもはや「生命を賭けた時間を破壊しているのだ」と表現して差支えはないっ!! まさに激おこぷんぷん丸ですよ!(残響)

 

 

 

第16作目/全21作(「荒野」は除く)「太陽の黄金(きん)の林檎」 P387~400

残響評価 A- fee評価 C+

 

残響「あらすじですが……これ、どう説明したらいいんです? 太陽にGo!みたいな感じですか?」

 

fee「冷たくなってしまった地球のもとに、太陽の熱を持ち帰ろう、というお話です。この話は、何というかおとぎ話ですね。何に似てるって、『勇気一つを友にして』ですよ。昔ギリシャのイカロスは~ってやつ。太陽の熱でロウが溶けちゃう」

 

残響「神話(的)ですよね。叙事詩的というか。SFという感じじゃない。データとか数値とかも全然出てこないし。イェーツとかスタインベック、シェークスピアなどの名前も出てきて、文学的な感じはありますが」

 

fee「これを読めば、ブラッドベリがハードSFの作家だ!なんて口が裂けても言えなくなりますよw」

 

残響「イメージ重視というか……そう、イメージ表現ですね」

 

fee「この短編集の他作品だと『ぬいとり』に似ている感じがします。太陽の火を持ち帰るのに、杯を使うというのもいいですね。ついこないだ、*アニメの『Fate/Zero』を見ていたんですが……」

 

残響「なるほど、これもまた一つの聖杯伝説的な……。何回も言いますが、ラヴクラフト的な感じというか。以前注に書いたんですが、ブラッドベリはアーカムハウス出身の作家だということで、怪奇幻想小説の要素を持っているんですよね」

 

fee「子供がサーカスに抱く、恐怖、憧れ、畏怖のような。ブラッドベリは、そういう作品を結構描いていたりしますね。長編『何かが道をやってくる』とか、短編集『10月はたそがれの国』あたりにそういう作品が多いですが、『刺青の男』にもありました。宇宙を舞台にした神話でありながら、P399 8行目『一つかみのタンポポを持って学校から帰る小学生のような気持ちだ』というのも、いかにもブラッドベリという感じがします」

 

残響「ですねぇ。……この作品はこれぐらいかな?」

 

fee「そうですね。次はどうしましょう」

 

残響「『山のあなたに』あたり行きますか?」

 

fee「了解です。そうしましょう!」

 

注:アニメよりも小説版の方が、より一層お薦めです(fee)

 

 

 

第6回に続く……(「山のあなたに」など)

 

第12作目/全21作(「荒野」は除く) 「大火事」P355~370
残響評価 B fee評価 B+

 

 

fee「マリアンちゃんという女の子が、恋をしました。超テンションが高いので、ママとパパはウンザリ。ですが、毎日のようにご機嫌なマリアンを見て、マリアンが結婚するんじゃないかと、ママとパパは期待を始めます。しかしラスト、おばあさんが真相を語る……。そんな感じのお話です」

 

残響「付け加える事は特にないです」

 

fee「MVPはおばあちゃんかなって」

 

残響「いいところ全部持っていきましたからねw P368 14行目『どんな女だって、こういう時期があるものよ。大変だけど、大丈夫、死にゃしないから。毎日、別の男とデートすれば、女は立派に鍛えられるわ!』このおばあちゃんの台詞が凄いw」

 

fee「このおばあちゃんも、若い頃はブイブイ言わせていたんですよw」

 

残響「そうですね。ブイブイとww」

 

fee「パパは男性だからまだいいとして、ママはちょっと鈍いですよね。もう少しマリアンの様子に気を配ってあげても……」

 

残響「ですねぇ。パパとおばあちゃんの絡みも良かったです。P368 16行目で『あなたという人は!』と叫んだあと、P369 1行目でマリアンがやってきて、もう一度P369 3行目で『あなたという人は!』とおばあさんにむかって、繰り返すw これ、面白かったなぁ」

 

fee「マリアンちゃんについてはどう思いました?」

 

残響「うーんw ぼくは否定はしない、否定はしないけど……」

 

fee「ブロンドの青年、背の高い色の浅黒い人、茶色い口髭の人、赤いちぢれっ毛の人、背の低い人と、マリアンちゃんの守備範囲は結構広いですね。自由にいろんな男性と遊べばいいとは思いますが、毎日はさすがに多すぎるw せめて毎週ぐらいにしてほしいw

 

残響「そうですねぇ……」

 

fee「このエネルギッシュな自分勝手さ、どこか『四月の魔女』のセシーに似ているような。あれですよ、トムがやってこなかった、あるいはトムに飽きちゃったセシーの慣れの果てですよ、これは」

 

残響「だからセシーはアンと結ばれれば良かったんですよ。しかし、ブラッドベリはこういうおてんばというか、元気な女の子が好きなんでしょうか。あまり深窓の令嬢みたいなキャラは出てこないような……」

 

fee「言われてみれば確かに。あと、どうでもいい点としてP359 16行目に『早春の異様なあたたかさに(温度計は五十五度を指していた)』とあります。この55度というのはもちろん……」

 

残響「華氏ですよね。摂氏ではなくて」

 

fee「そうです。でもこの華氏55度、ネットで計算してみると摂氏12.7度なんです。摂氏12.7度って、『早春の異様なあたたかさ』ですか?」

 

残響「うーん……」

 

fee「で、ですね。P362 10行目に『十月か、とパパはゆっくり計算した。「じゃあ、今すぐ死んだとして、百三十日も墓場で待たなきゃならんのか」』と言っています。パパの計算間違いじゃなければ、10月-130日ですから、5月の20日以降になりますよね。5月20日って、早春ですか? 早春で異様なあたたかさなんです? むしろ12.8度じゃ寒くないですか?」

 

残響「うーん……きっとカナダ寄りの寒い地域だったんでしょう、としか言えないんですよね」

 

fee「そう。これ以上深める材料がないんですよね。〇〇州、という地名も出てきませんし。あと、『あのなつかしい黒魔術』っていう曲が作中に出てくるんですけど、これはブラッドベリの創作なのかな? タイトルの響きがとても面白いなぁと思ったんですが」

 

残響「いや、これは多分『That old black magic』というジャズの曲ですね。これです」

 

fee「おっ、ありがとうございます! 後で聴いておきます!(追記:聴きました。軽快で楽しい曲でした)」

 

残響「ここに歌詞の日本語訳が載っていますが、微妙に作品内容に被っているんですよね」

 

fee「ふむふむ。この歌詞を参考にして読むなら、マリアンはそのうち刺されますね。男の方はこんなにマジにマリアンに惚れてるのに……」

 

残響「悪女というか何というか……罪作りな女の子ですね……しかしこれ、なんだか露骨にホームドラマっぽい気がします」

 

fee「古き良きホームドラマをブラッドベリが描くとこんな感じになるという、そんな作品だと思います」

 

 

 

第13作目/全21作(「荒野」は除く)「金の凧、銀の風」 P155~166
残響評価 B fee評価 B

 

 

fee「さて、次は『金の凧、銀の風』を読みたいと思います。舞台は中国。隣り合う二つの街が、ライバル心を剥き出しにしています。片方の街が城壁を豚の形に変えると、もう片方は棍棒の形に変える、というような。最後は疲れて、仲直り。それだけの話ですね」

 

残響「うん、それだけですね」

 

fee「舞台が中国だったり、寓話チックなところがどことなく『空飛ぶ機械』に似ていると思うんですが……残響さんの評価も似たり寄ったりで……」

 

残響「『空飛ぶ機械』よりも低評価かな……城壁を次々に作り替えていくという発想は面白いと思ったんですけどね」

 

fee「これ、時代はいつなんでしょう? 中国史に詳しくないのでよくわからないんですが、内戦してるのかな? 戦国時代?」

 

残響「いつぐらいですかねぇ」

 

fee「あと、主人公の『役人』がすごく偉い感じがするんですが。この人の指示で城壁を作り替えているんですよね? なんか『市長』クラスな気がするんですが、『役人』?」

 

残響「原文を読んだわけじゃないのでわかりませんが、これは訳のミスじゃないかなぁ。そもそも中国でいう役人って『科挙』を潜り抜けたスーパーエリートなんですよね」

 

fee「『公務員試験』とはレベルが違う感じですかね。『科挙』って言うと、50歳とかまで浪人して、それでも受かれば人生一発逆転するって聞いたことがあるし……」

 

残響「そうですね。feeさんが想定しているのはcivil servant、いわゆる『公僕』ですが、これはofficerな気がします」

 

fee「そもそもこの話は、隣の町が豚の形に城壁を作り替えた事を聞いた主人公の『役人』 が、こちらの城壁をオレンジから棍棒の形に作り替えたことから、城壁作り替え戦争が始まったわけですが……隣町は本当に、喧嘩を売るつもりで豚の形にしたんですかね? 何か別の理由があって、豚の形にしただけなのに、過剰反応しているようにも思えるんですが……」

 

残響「うーん……それはわからないなぁ」

 

fee「ネットとかでもよく見ますよ。全く関係ない人が、自分の悪口を言われたように感じて突っかかっちゃう光景って。こちらは変な意図ではなく、たまたま……たとえば家畜の豚の繁栄を祈って城壁を豚の形に変えたのに、隣の町が棍棒の形に城壁を作り替えてきた。なんだあいつらは、俺たちに喧嘩を売っているのか!? やっちまえ」


残響「ネットの地獄ですなぁ。この話でぼくが気になったのは、城壁というものに込められている……かもしれないメタファーについてです。マクルーハンという人が書いた『メディア論――人間の拡張の真相』という本に、『衣服が個人の皮膚の拡張で、体温とエネルギーを蓄え伝えるものであるとするなら、住宅は同じ目的を家族あるいは集団のために達成する共同の手段である。住宅は人が身を寄せる場であり、我々の体温調節機構の拡張――すなわち、共同の皮膚あるいは衣服――である。都市は身体諸器官をさらに拡張したもので、大きな集団の必要を調整する』という文章があるんです(長いっ!w)。城壁を作り替えること……それは、こう変わっていくんだという街の意思……そんなふうにも読めるかもしれません」


fee「うーん、ブラッドベリってそこまで考えて書いてるんですかねぇ?」

 

残響「それはわからない……」

 

fee「P160 13行目『だが喜びは冬の花に似て、たちまちしぼんだ。その日の午後、使者が中庭に駆けこんで来たのである』。喜びは冬の花に似て~の文章は良いなぁと思う一方で。『その日の午後』……城壁を1日で作り替えたってことになるんですが、さすがに無理じゃないですか?」

 

残響「その辺は寓話ということで……やっぱりあまり考えないで書いているような気がしてきたw」


fee「まぁ、作者が意図していなかったものを読者が読み取って楽しむというのも、それはそれで作品鑑賞としてアリじゃないかなとは思います」

 

残響「ですね」
 

 

 

 第5回に続く……

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