神谷 和宏(批評家/教師)

 〈Official Site〉 http://kgs2.main.jp/
 
 〈著書〉  『ウルトラマン「正義の哲学」』(2015年 朝日新聞出版)
       『ウルトラマンは現代日本を救えるか』(2012年 朝日新聞出版)
        『ウルトラマンと「正義」の話をしよう』(2011年 朝日新聞出版)
       『M78星雲より愛をこめて』(2003年 文芸社)

教養

 思えば、教養などというものとは、かけ離れたところにいた。
 小学生くらいの頃は、大した勉強などしなくても、テストでそれなりの点数が取れる。中学校でもそんなものだろうと思っていると、まったくそうではなく、この頃はまったく、低迷期であった。
 結果、第2希望の高校へ進んだが、そこは進学を目指す生徒が少なく、また当時はいわゆるヤンキー校の風格をたたえ(一応、母校の名誉のために言っておくと、現在はヤンキー風の生徒などいないし、進学実績も良い)、退学者、また怠学者が多く、学年主任からはよく、「この学年は、3年間で1学級分の生徒が辞めた」と言われていた。たまたま片付けの最中に出てきた、生徒指導部の通信を見ると、「今月の目標:喫煙はやめよう」とあった。
 その高校に、来たくて来たという生徒が少ないことで、学校内に活気はなく、教師から素行を咎められると、腹いせにガラス戸を蹴破る者がいた。学校祭の準備期間は、勝手に学校を出て帰宅する者、コンビニで時間を潰す者が続出し、結果、監視の目の中で「楽しまされる」祭典となった。友達は、地域の、また札幌の進学校に進んでいたので、それらの学校の学校祭に行ってみたのだが、進学校に特有といえるような、独創的で、生徒主体の文化が披瀝されている様子に驚嘆した。修学旅行も当然、監視の下にあった。朝の出発集会で持ち物検査、自由時間後、ホテルに戻ってきたら持ち物検査…。例年、酒を買って宴会に耽ったり、刃物を買う者がいるのだという。
 7学級中、1学級だけが進学クラスであり、他は、その多くが就職を目指す高校であったので、必然的に授業中は就活対策を伴った。国語の授業では履歴書を書くこともあった。
 このような環境に不満を抱き、高校生活の前半戦は何事も周囲のせいにしていたと思う。それでも高校2年生の中頃から、与えられた状況でベストを尽くそうという、少々、思春期にしては愚直すぎる思いに至れたことは救いであった。
 大学受験者が少ないので、倫理政経とか、微分積分とか、古典、漢文の授業がなかった。僕のように、受験がある人は、国語機Ν兇慮電喫野の勉強では当然足りないので、放課後の特別講習で特訓的に勉強することとなった。英語の授業も、高3のときに、中1〜2レベルの内容。一般動詞を使った文を過去形にするような内容なので、特別講習ではやはり特訓。通常の授業のぬるま湯から急に熱湯を浴びせられるほどの刺激だったが、これがあったから大学へ行くことができたと思っている。
 優先入試という、難易度はそれなりに高いが合格点が低く、受かってから進学する学部学科を選べるという恵まれた内部進学受験で、大学に受かった。
 教養とは遠いところにいた分、教養に満ちた先生方の言葉には大いに鼓舞された。「うちの国文学科はすごいメンバーが揃っています」という言葉に、自分はこの国でも有数の先生方が揃った国文学科に来ることができたんだろうと喜んだ。(少々、誇大であったのかも知れないが、それでも当時の駒大国文学科は、各時代の文学研究における”大家”と呼ばれるような先生方が在籍していたことに違いはない。)他学科の先生が何かに寄せた歓迎の言葉だったと思うのだが、「大学では本物に触れなさい。できれば君たちが本物になれると良いのだが…」という言葉が響いた。この時鼓舞されたモチベーションは4年間、多少の波はありつつも、下がることはなかった。
 4年間の大学生活で特段の教養が身についたかどうかは別として、「勉強できなくても生きていける」といった居直りをしなくはなった。
 この経験がなければ、自分は間違いなく、反知性主義に身を落としていただろうと思う。そして歯切ればかり良くて空虚な言説を、あるいは攻撃的で偏狭なナショナリズムに満ちた言説を、元来自分が抱いていた規範意識であると疑うことなく、周囲に再話する迷惑な人間になっていたように思う。
 今春から、さらに学ぶ機会を得ることができた。このことに感謝し、少しでも学びの成果を残していければと思う。

北大博士課程

 この春より、北大国際広報メディア観光学院、国際広報メディア専攻、博士後期課程へと進むことに。
 転勤早々、二足のわらじで大変だけど、何とか規程の年数で、修了できるよう、やっていきたいと思う。
 放送大修士課程も無事修了。
 新たな学びの機会を得られたことに感謝。
 

転勤

(このブログの写真は、すべて在校生ではなく、卒業生であり、本人に了承を得てアップしています。)
IMG_3480kai この春の異動で、現任校を去ることに。
 6年間勤めた現任校は自分の母校。
 昭和61年に入学し、中3の1月に昭和が終わり、平成になって初めての春にこの学校を去った。
 それから20年の時を経て、教師として着任。
 最初は母校への赴任はあまり良い気分ではなかったけれど、今となっては、なかなか経験できない母校着任を嬉しく思った。

IMG_3478kai 転勤を知り、多くの生徒が顔を見せに来た。
 プチ同窓会状態。
 卒業してから一年が経つのに、すぐにその生徒といた時代の気持ちに戻る。
 持ち前の、些末なこと、どうでも良いことを覚えている(というより忘れられない)記憶力で、昔のことを色々語る。

 IMG_3479kai もう二十歳を迎える、一代前の卒業生たちも来た。
 もうこのくらいの年齢になると、やはりかっこうが大人っぽい。
 でも意外と中身は中学生の頃のようなあどけなさもあって、それで何だかホッとしたりする。
 大人になるのはいつでもなれるから。
 あどけなさが許されるうちは、そうするのも良い。

 IMG_3477kai 送別会に出るよりも、写真を見るよりも、やはりかつての生徒たちと会うと、これまでの自分の歩みを思い出す。
 手に手にお菓子など持ってきてくれるのも嬉しかった!
 100%オレンジジュースにチョコレート、豆乳…好きなものばかり。

 IMG_3476kai 昨年、卒業した子たちも今春から高校2年生。進路はどうするのかと聞くと、色々な答えが返ってくる。
 具体的に決まっている人、漠然としている人、かつての担任に色々話してもらっているうちに涙を流す人…。彼らにとって、人生の助走期間の終わりが近い。
 何をやるにしても10代の生き方で決まる部分があまりにも大きい。
 だから、しっかりと有益な情報を集めた上で、進路実現を目指してほしいと思う。
 
 少し、話し疲れたけど、話すのは好きなので、これはこれで、とても心地良い疲労感。
 充実した一日だった。

中高年層のネットにまつわることとフェイクニュース

 失礼ながら、中高年層の中に、ネットのモラル、リテラシーの未成熟な人がいることが目立つ気がしてならない。
 今時の子どもたちは、車に気を付けなさいと言われるくらいの頻度で、ネットの使い方に気をつけなさい、と言われているから、そこら辺は相当、刷り込まれている。
 思い出すのは、ワープロが普及しだした時代のことだ。
 手書きが主流の時代に、活字で打ち出された文書は、それだけで「正しさ」を感じさせられた。だが実際は、正しい文書だけであるはずがない。同様に、インターネット上で散見される情報は今日的に言えば、きわめてフェイクなものも相当数混ざっているのだが、どうも、公的メディアの情報との差異に鈍感な言論が飛び交っているように思われる。
 誰もがネットに触れられる時代、ネットのモラルやリテラシーを教わってこなかった世代に再教育する(啓蒙する)機会はなかなか作り得ないが、中高年がフェイクな言論に振り回され、悪意なくフェイクニュースの再生産者にならないようにしていかなければならないように思われる。

高村光太郎が今いたら

 高村光太郎の「冬が来た」という詩がある。
 みんなに嫌われる冬だが、自分は冬が好きだ、という主旨だ。
 その一節に「火事を出せ」とある。
 火事は、空気が乾燥し、暖房をよく使う冬によく出る。冬は冬らしくあれといったところだろう。
 しかし、正義原理主義が横行し、表現の自粛が求められる今日であれば、高村は批判の的にされていただろう。

フェイクニュース

 今夜のクローズアップ現代で「フェイクニュース」を特集。
 これはこれでもちろん問題だけれど、悪意に基づかない不正確な情報、つまり結果としてのフェイクニュースはこれまでもずっとあったように思う。
 世の中がフェイクにあふれているのは今に始まったことではない。
 フェイクに操られないためには、自分の身体で世の中を読み解いていくしかない。
 この読解力を高めることこそが、国語教育の最終的で唯一の目的であるといっても良い。

キングジョー

 神戸の観光振興のキャラクターとしてキングジョーが脚光を浴びているとのこと。
 使い捨て同然、大量濫造のゆるキャラを作るよりよほど良いと思う。
 キングジョーはデザインが素晴らしい。

カミソリで髪を切る

 昔、工藤静香が、髪の毛を自分で切るときはカミソリで切っていたとテレビで言っていたので、自分で少し髪をボリュームダウンしたいときにはそのようにしている。
 結構上手くいく。今ちょうど良い感じ。

『のび太の魔界大冒険』を見ていた頃

 昨日、家で妻とDVDで『ドラえもん のび太の魔界大冒険』を見た。
 公開されたのは1984年3月。春休みに友達と見にいったのを覚えている。
 
 あの頃は、42歳で結婚するなんて思わずに生きていたんだろうな〜と考える。あの頃は毎日何考えて日々を過ごしていたんだろう。
 のび太と同じ、小学4年生を生きていた頃。

きやらか銀行?

 きやらか銀行なんて、銀行があるのかと思ったら、きらやか銀行だった。
 左腕から、変幻自在の球を投げそうなネーミング。
 自分的には、右のサイドスロー、ぼすこが好き。

【書評】『東京ラブストーリー After 25 years』



 言わずと知れた、『東京ラブストーリー』、25年後の後日談。
 作品としては25年ぶりなのだけれど、この25年間を生きてきた作中人物の背負ってきた歴史が交錯していく。主要な登場人物のその後も十分読み応えがあるのだけれど、リカの子の父親であり、リカとカンチのかつての上司である和賀の人生の締めくくりに目がいった。25年前の作品で、和賀は42歳であったことが語られる。もっと上だと思っていたが、今の自分より1歳若かった。
 その和賀の25年間の生き様は、主要な登場人物の25年間と相対化される。なぜかと言えば、作品の最後に語られるメッセージ、人生を並走したものにだけ見える風景があるということを考えたとき、カンチとさとみ、三上と長崎は夫婦であり相互に並走していると言えるし、リカにも息子という並走者がいるのに対し、和賀は並走者を失った状況からの25年を過ごしていたと考えられるからだ。(もっとも、三上と長崎は節目を迎えようとしているが。)
 自分も、並走者を得るのか得ないのか、決してタイムリミットが遠くない中で、得るに至ったばかりだ。だから、自分の置かれた状況が恵まれていることを改めて感じた。

 一点だけ、気になった点を言えば、テレビ版と原作の最大の違いである、集合的なトラウマの原因、田々井アズサについて触れられていないことが上げられる。しかし、今回、決して多くない分量の中で、高校時代に自殺した同級生のことを忘れられないカンチやさとみを描くのは困難であり、物語が散漫になる可能性があったのだろうとも考えてみる。また20代の頃は払拭できなかったトラウマを50代の彼らは克服しているのだとも解釈できる。
 
 その他、気付いた点と言えば、スカイツリー、スマホ、ドローン、インターネットと質問サイトなどが出てくる点。これらはいずれも、25年前にはなかったものだ。スマホもドローンもある今を、カンチやリカが生きているのだということを印象づけていた。

 読むうちに、テレビドラマ版のBGMが頭をよぎり、知らぬうちに口ずさんでいた。

怪獣表象論講義 at鳥取大学

 先週金曜、飛行機で岡山空港へ入り、土曜日に鳥取大へ。
 昨年2月以降、3度目となる怪獣表象論講義。
 今回は、『ウルトラセブン』「第四惑星の悪夢」「あなたはだぁれ?」、『ウルトラマンティガ』「蜃気楼の怪獣」を題材に。
 私たちの社会秩序の頂きに、合理や数値が君臨することで生じる問題点--人間の抽象化--が、匿名性優位の社会を形成し、そこでは公的なものが機能不全を起こすということを論じた。そのような状況下ではポピュリズムが台頭しやすく、ポピュリズムは、素人(専門外)の多数決が何より優先される社会なので、多数派による誤った方向への舵取りが行われることにもなりかねず、それが今日の社会の閉塞感を招く。また、人間の抽象化は、さらに私たちの互換可能性を高めるという点などにも触れた。
 さらにはお招きくださった佐藤匡先生の近代論講義が相まって、自分自身も大変勉強になる有意義な二日間であった。
 また初日は、学部生の卒論発表、院生の修論発表会も兼ねており、これがまた有意義であった。多くは僕にとって未知の学問領域であったが、一言居士に徹し、思ったこと、疑問、批評を伝えた。特に教育問題を取り上げた二人の院生には、それなりに役に立ててもらえるであろうコメントは発せられたかなとは思っている。
 土日とも、夜は懇親会であったが、これがまたとても有意義であった。もう3回も会っている学生もおり、距離感を縮め、今の大学生の価値観や問題意識、ビジョンに触れることができた。
 ちょっとおいしいものも食べ過ぎた。少しカロリーセーブしようと思う。

サーグ(ほうれん草)カレー

DSC_0903 インド(またはネパール)カレーのサーグ(ほうれん草)カレーにドハマリ中。
 ナン食べ放題の店なら三枚くらい食べてしまう。サーグチキンが特に好き。
 昔、戦場カメラマンの渡部陽一が、世界を旅する中で美味しかったものはの問いに、「ほうれん草のカレー」と言っていたのを聞き、試しに食べて以来のドハマリ。
 一度だけ自分で作ってみたが、やはりなかなか上手くいかない。

焼き鳥100本

DSC_0919 大学時代、「焼き鳥100本くらい食ったことがある」と豪語した友達と、「寿司は100貫は食べられる」と豪語した友達がいた。二人とも話は盛り過ぎなのだが、前者の友達は強気で譲らす、後者の友達は本当に食べられるという風だった。
 50本の焼き鳥でもすごい量だと思った。100本は絶対に食べられない。

いじめに関する認識が平板化していないか

 「いじめは被害者側にも原因があるとする回答が3割」あったそうで、それは望ましくないとする見解が述べられた記事。
 そもそも、明確な被害者と明確な加害者がいるという旧態依然としたいじめを想定しているのだろう。そういういじめのみが存在するなら、この見解は妥当なものと言える。
 だが、最近は文科省も次のような例をいじめの例として挙げる。
「Aさんが算数の問題を一生懸命に考えていたところ、隣の席の算数が得意なBさんは、解き方と答えを教えてあげた。Aさんは、あと一息で正解にたどり着くところであり、答えを聴いた途端に泣き出してしまった。このことでBさんは困惑してしまった。」
 同様の例は見たことがないが、加害者にまったく悪意がないのに、いじめが生じるというケースはよくある。
 このケースの場合、Bさんは加害者だ。加害者が絶対的に悪いという立場に立てば、原因はともかく、結果として被害者を出したBさんは非難される。しかしBさんはAさんに対し、好意的な働きかけをしていたわけだ。なのに、ステレオタイプな観念を持っていじめ問題にあたれば、結果的にBさんを責めることになる。それだっていじめだということに思いを馳せていないように思える。(結果、新たないじめを生んでいるわけだ。)しかも、Bさんを責める人がいたとすれば、それも攻撃性というよりはAさんを庇う気持ちに拠っている可能性があるわけだ。
 深いところに病巣があるのに、皮膚上の傷を見てそこのみに処置をすればますます病状を悪化させかねない。

昔はそんなに良い時代であったか

 アメリカでもイギリスでも日本でも、とかく政治家の口から「もう一度」とか「再び」「取り戻す」「○○回帰」といった言葉が飛び交う。
 どうしてこうも、現代という時代に自虐的なのか。
 そんなに昔は良い時代であったのか。
 甘美なノスタルジーに浸っているだけなのではないかと思う。

【映画】『紙の月』

 宮沢りえ主演の映画。
 40代と思しき夫婦。妻が夫との関係に飽きたらず、若い男とくっつく展開も、自分が金融機関で働いているということで、横領に手を染めるということも(それが若い男と満ち足りた時間を過ごすためであることも)、若い男が最後は若い女に走ることも、既存の作品にあるようなことで目新しさは感じなかった。
 ただ、主人公が子どもの頃、宗教系の学校で教わった、弱者に目を向けよという教えが、偏った思想として根付き、それが大人になってからの行動も規定しているという展開こそがこの作品の特色だったと思う。

忘れられない立ち読み

 「子ども番組とそうでない番組の違いは、ベッドシーンの有無」
 「この世の始まりには宗教か哲学のどちらかがあった」

 それぞれ、別の本だったが、大学時代東京の本屋、多分渋谷のどこかの本屋で読んだ一節。
 今からでもその本にあたりたいのだが…。

ポップカルチャーを取り巻く状況が顕在化した2016紅白

 2016年の紅白歌合戦。
 SMAPが出場しないことで、4番欠場の感はあったが、それでもタモリが出ることで、画面が締まる感じはあった。
 特徴的であったのは、シン・ゴジラに関わる演出。大杉漣、長谷川博己まで出て作品世界を再現。
 そのゴジラの破壊活動を止めるには、歌の力が必要なのだという。
 そして、PPAPや、XJAPANの歌が放たれる…。
 この演出は、元来、ポップカルチャーであったはずの紅白が、さらに〈ポップカルチャーらしい〉コンテンツを入れ子構造のように取りこんだ演出であったように思う。
 

四半世紀ぶりの夢の国

IMG_2788 この冬は、放送大学院の口頭試問があったので上京。妻と二人でディズニーへ。
 高校2年生の修学旅行で、行ったきり、四半世紀ぶりの夢の国。
 賑わいの場がネットへ移行しつつある時代に、人混みが何だか嬉しかった。
 でも、この世界のキャラがmade in Japanではないことを改めて考えてしまう。
 日本製のキャラ単発ではアミューズメントパークは難しいだろうけど、ゴジラ、ジブリ、ワンピース、ドラえもん、ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊…こんなにコンテンツがありながら、最大のアミューズメントパークが外国のキャラであるのは何とも惜しい。

神と神話

神様がいるかいないかはわからないけれど、神話は確実に存在し、太古から我々の生き方を規定してきたように思う。近代以降の世界も神話の延長線上にあることに変わりはない。

2017年 あけましておめでとうございます。

年賀状2017 あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 新婚で迎える初の正月。
 土日は執筆したり、研究したりということで休まらないのはここ数年続いていたことではあったのだけど、去年はそこに結婚の準備も加わり、本当にバタバタしてあっという間の一年。
 この年末年始はようやく少しだけ、ゆっくりできたかな。
 でも間もなく行われる、鳥取大での授業内容を練ったり、論文書いたり、間もなく忙しくなりそう。この心地良い忙しさが有難い感じ。
 

2016雑感 

 プライベートなことでいえば、今年は何といっても結婚したということが大きい。
 正直、この数年は、結婚する人生、そして結婚しない人生の両方のビジョンが頭にあった。
 独身生活が長かったためか、いまだに結婚したという実感が湧かない部分もある。

 今年は『ウルトラ』生誕50周年ということで、それに関わることも多かったのはありがたかった。
 特にNHKとTBSでのラジオ出演は本当に貴重な経験。

 修士論文も執筆終了。来年早くに口述試験があり、それをパスすれば修士課程修了。来年はさらに一歩、歩を進めたい。

2016年 雑感

 今年はとにかくブログを書かなかった。いや、書けなかった。
 もっとも、このブログで僕が何かを発信することに、そう多くの人が期待しているわけでもないと思うので、ほとんど備忘録の感覚で書いているに過ぎないのだけれども。
 
 書こうと思っていたことを、今日と明日の分でまとめようと思う。

 まず、「保育園落ちた日本死ね」問題。
 何が発端であれ、ある社会問題に関心が寄せられ、その結果、事態が少しでも改善するのならそれに越したことはない。けれどもここで懸念されるのは、この騒動の発端となった書き込みが、匿名であったということだ。
 今回、強烈なインパクトを持つ匿名の言論が社会に波紋を広げたことで、今後も匿名の意見が無視できなくなるばかりか、むしろ、匿名であるからこそ威力を持つようになるのではないかということが懸念されることではないか。
 本来、言論というものは「どんな意見か」が何より大切なのであって、「誰の意見か」は付随事項に過ぎない。しかし、その意見の是非をめぐる前に、誰の意見であるのか、その人のポリティカルなスタンスはどうかということに関心がいってしまい、自分と異なるスタンスからの意見であれば脊髄反射的に拒否、非難されてしまう。それを避ける手段として、匿名の意見こそが重んじられてしまえば、「匿名の意見(非専門家、あるいは非専門家をよそおう専門家の意見)>非匿名の意見(専門家の意見)」という倒錯した価値観がはびこってしまう。
 私たちの社会のヒエラルキーの高い位置には、匿名性が君臨し、実社会で匿名になりきれない私たち生身の人間にとってはますます生きづらい世の中になってしまうだろう。

 非専門家の問題でいえば、イギリスのEU離脱問題。
 国民投票の結果、EUを離脱することになった直後、多くの国民が深刻に後悔するシーンが報道された。
 離脱することのメリットを強調するデマを含め、不正確な意見に自分たちが扇動されたことに気付いたということだった。
 離脱の是非はよくわからない。でも、わかったことは、非専門家である素人に、重要な判断は難しいということ。

 永六輔や大橋巨泉が鬼籍に。
 永六輔は『テレビファソラシド』や、ラジオ『誰かとどこかで』が思い出深い。名人というイメージだった。
 大橋巨泉は『クイズダービー』『世界まるごとHOWマッチ』に『ギミア・ぶれいく』。欽ちゃんのような好感度はなかったけれど、この人が出ると番組に安定感があったような。

 これはまったく感覚的なことなのだけれど、社会の草食化のピークは2015年の夏から秋頃だったように思う。根拠はない。あるのは肌に感じる感覚。日常を生きていて思う主観に過ぎない。
 日本では、凶悪犯罪も少年犯罪も死亡交通事故も減少し続けてきた。増えていかなければ良いが…と思う。

週末を迎える都会の夕方

IMG_2195 今日は開校記念日で休日。
 久しぶりに平日の札幌。

 紀伊國屋書店二階のスタバは夕方が良い。雨が降っているので眼下を行き交う車のテールランプが路面に反射して綺麗。
 週末を迎える都会の夕方。すべてが心地良い。

 気持ちは穏やかだけど、やっていることは結構ハード。修士論文を含めていくつかの論文を仕上げている最中。つかの間の安息。
 

結婚式から一ヶ月半を経て

 明日は43歳の誕生日。
 結婚して初めて迎える誕生日。

 結婚式を終えて一月半。
 この間は、色々と慌ただしく、でもその隙間、隙間はちょっと細切れの時間もあって、物思いに耽ったりしていた。
 もし、20代そこそこ、あるいは30代初頭で結婚していたら、結婚式自体挙げなかった気がするし、挙げたとしても、こだわりを発揮しきれず、しかも場の空気に飲まれ切っていたように思う。
 この歳になると、段々、怖いものも減ってくるので、堂々と胸を張って結婚式とその前後を終えることができたと思っている。
 新婚旅行をどうするか考えつつ迎える43回目の誕生日。

結婚式4

IMGP2772kai 二次会は果物のビュッフェと、100%生ジュース、100%生カクテルのお店。49人もの方々が来てくれたことに感謝。
 披露宴よりもよりじっくりと、話すことができて良かった。
 僕はバナナジュースがとてもおいしかった。普段なかなか接することのない異業種の方々同士が打ち解けて話せる雰囲気を目指した。どれくらいかなっただろうか。
 IMGP2782kai その後は、17人で定山渓へ宿泊。夕食はバイキングだったが、二次会が果物中心だったこともあり、みんな結構食べていたような。夕食後も部屋に集まって色々と話す。そして温泉へ。
 最近の結婚式後の楽しみが何よりこの宿泊。2011年は定山渓、2012年は下呂温泉、2014年は十勝川温泉へ。ゆっくりと話す。昔のこと、今のこと、将来のこと。今回は初対面の人たち同士が多く、あまり込み入った話はしなかったけれど、それでも各々の背負っているものが交錯し合う時間とはなった。
IMGP2828kai 翌日は小樽へ観光。運河を見て、その後街中をぶらりと散策した。
 僕にとって、結婚式は、その前夜から始まりこの日まで続いている感覚だった。段々と参加人数はしぼられていくけれど、その分、かつて濃厚な付き合いをした面々と交わす会話が増えていく。この小樽に着いた辺りから、結婚式イベントが終わるのだなという実感が湧いてきた。
IMGP2637kai その後、参加していた色々な方々から、写真を頂く。これがまた嬉しい。プロの撮った写真もこの後、600カット以上、もらえることにはなっており、それはもちろんすごく楽しみなのだけれど、僕らを知る人たちがとったかけがえのない一枚一枚にも物語が底流している。
 こんな貴重な時間をともに過ごしてくれたみんなに感謝。
 

結婚式3

DSC00015kai フォトラウンドはキャンドルサービスと違い、場内が暗くならないので、ゲスト同士では話の妨げにならなかったと思う。もちろん、フォトラウンドのあの照明を落とした雰囲気も良いのだけど、画用紙にコメントを書いてもらえてとても良かった。
 そして次は怪獣表象論講義。3分でやるつもりだったが、実際はもう少し掛かってしまったかも。
 DSC00019kai この写真だけを見ると、結婚式の最中とは思えない。研究発表みたい。
 そして、この辺りからは進行がとても駆け足に。
 余興は、ギャングスターズのメンバーによるカラオケ。歌う前に、4人がコメントをくれる。あのユニフォームはやはり特別。あれをまとった瞬間、大学生のころに戻れるから。
 DSC00022kai
 でも、この時点で相当、時間がおしており、ちょっと焦り気味の中で歌ってもらうことになったのが申し訳ない。
 大学時代は本当にしょっちゅう、カラオケに行っていたっけ。
 そしてこれが終わるとフィナーレ。
 花嫁の両親への手紙。
 涙、涙…ではなく、37歳女性が結婚できる可能性が以下に低いか、国勢調査の結果を引き合いに説明。僕もこの時初めて聞いたのだが、紋切り型のお涙頂戴ではなかったのが斬新。
 DSC00031kai そして僕の挨拶が終わり終演。
 プチギフトには、回転式の多機能ペンを配った。
 僕は多機能ペンが好きなんだけれど、カチカチと押す方式のではなく、回転式が好きなので、それを配った。
 
 あっという間に終わった披露宴。
 でも、当事者にはあっという間でも、ゲストの方々にとっては決して短い時間ではなかったのかも知れない。もしかしたら長すぎるくらいの時間だったかも…と思い、式が終わってからその辺りを聞いてみたが、割とその辺は気にならなかったみたいでホッとしている。
 
 そして二次会へと向かった。

結婚式2

 入場曲は『大岡越前』のBGM。
 
 いつだったか、たまたま僕が風呂上がりに『江戸を斬る』の主題歌を口ずさんでいると、時代劇のBGMって良いよねっていう話になり、大岡越前にすることに。
 入場は努めて、堂々と行った。これがあと15年早ければ、きっと、下を向きがちだったり、場の空気に圧せられることもあっただろう。視線も気にしただろう。でも、そんなものは今の僕にはない。一生に一回の機会を堂々と前を向いて歩く、そんな気概を胸にゆっくりと歩いていった。新婦が実はこの時泣いていたことに気付いたのは後からだった。
 入場後すぐに、新郎からのウェルカムスピーチ。結婚式は一定の自己満足も得つつも、やっぱりゲストにとって、印象深く満足行くものであってほしい。そこで、自分なりの式へのこだわりを話した。

IMG_4520 1 ごはん物を最初から食べられるということ。しかも、屋台方式なので、ごはん物を食べない人の分がテーブル状で残されて終わることがなく、食べたい人がその分まで食べられるということ。

 2 二次会も含めジュースは果汁100%であること。

 3 冊子を手作りしたこと。またこのコストをうんと安く抑えたこと。

 これらを話した後、僕の恩師、高橋文二先生と、妻の恩師、河口明人先生にスピーチして頂いた。
 その後の祝電披露では、森次晃嗣さんからメッセージを頂いたのでご披露した。
 そして、僕の所属校の校長先生による乾杯を経て、宴が始まった。

 IMG_4517料理は和食の老舗、なだ万のもので、美味しかった。僕は食べられなかったが、天ぷらも屋台で揚げてもらう。
 これは絶対においしかったと思う。
 なだ万の方が、その場で寿司を出し、天ぷらを揚げる。こんなパフォーマンスに満ちたことができたのは、スイーツと刺身をカットしたことによる。
 ケーキ入刀を生ケーキで行うこともあり、全員にケーキがあたるので、なだ万のデザートは削った。
 また、寿司を出してもらうので、刺身もカット。
 事前に、なだ万の支配人と打ち合わせをすることで、こういうことが可能になった。

 やがてインタビュー(テーブルスピーチ)。新郎側、新婦側それぞれ3人の知人にスピーチをしてもらう。
 その後、お色直しで中座となった。
 IMG_4464kai この少し明るい銀というかグレーのタキシードは、主役感がありつつもあまり派手ではなかったので、服に着られてしまう感じがなかった。新婦の衣装も、最初が色鮮やかな打ち掛けだったので、白のしかもちょっと幽玄な感じのドレスはイメージががらりと変わったように思う。
 再入場とともに、フォトラウンド。
 フォトラウンドの際には、あらかじめ用意しておいた画用紙にメッセージ等を書いてもらった。
 フォトラウンドが終わると、いよいよ式も終盤へと差しかかる。

結婚式1

 朝7時に起床。
 少し涼しげな秋の空気が家の中にも流れこむ。
 
 ――2016.9.18 結婚式当日――

 ずっと意識してきた日の朝が来たことに感じる間もなくシャワーを浴びる。
 ひげは前日には剃らなかった。その方が、当日より深くしっかりと剃れるから。もっとも、一日くらい剃らなくても目立たないほど、ひげは薄いのだけれど。
 到着し、衣装等の準備と、細々とした最終確認。何度か経験したテレビやラジオ出演時に、スタジオ内で待機しているときのようなテンション。
 
 IMG_1793kai 今日は特別な日――その意識はものすごくあった。でも緊張はしていない。それはそれで良いことなのだろうけど、緊張感があまりにもないとぱりっとしない。糊付けしていないワイシャツの襟のように。だから意識的に緊張感を高めた。
 壁に掛けられた麻由香のドレスが、まるで着られるのを待っているかのようだった。

 11時から、神前での挙式。
 するなら神前。そう決めていた。
 雰囲気は教会式も抜群に良い。友達の教会式に参会したこともあるが、厳かで優美な空気感が新郎新婦と列席者を包む。僕たちも参考までに、いくつかの式場周りをした際に、教会を見たがどこもとても良かった。パークホテルでは、疑似挙式にまで参加するほどだった。
 IMG_4493 それでもあえて、神前にこだわったのは、この国に土着の精神や様式をもって夫婦になり、この後の人生を歩みたいと思ったからだ。この2年間で、明治神宮はもちろん、伊勢神宮、出雲大社にも参ってきた。伊勢神宮以外は麻由香とも行くことができた。北海道神宮や、苫小牧市の樽前山神社には幾度となく詣でている。自分には神前が相応しいと思った。誓詞を読むのも楽しみだった。

 挙式の前もそうだったが、披露宴の前にも参列者とロビー等で話せたのが良かった。式や宴の最中には、まずそうそう話せないと思ったから。最近は年賀状でのやりとりくらいしかできなかった方々とも多く話すことができた。
 自作の冊子が受付で配られる。この冊子こそ、僕が結婚式準備で相当心血を注いだものだった。A4オールカラーで40頁。11人もの知人から寄稿を頂き、もちろん自分たちの文章も書き下ろし、写真をふんだんに取り入れた。こういったものを業者に頼むと、40頁にも亘る場合、一冊当たり、2500円以上はかかる。200部も刷れば50万円。
IMG_1759kai でも、自分で編集したので、印刷と製本のみをネットで業者に発注して、送料から消費税まで込みで一冊198円。
 何より、多くの人たちが寄稿してくれたことに感謝。

 そして式が始まる。
 ドアの前に立つと、自作のムービーが流れている音。
 MY LITTLE LOVER『Hello,Again〜昔からある場所〜』のマイラバ自身のカバー曲をBGMにしたのは、去年の自作の演劇の劇中歌にもした、思い入れのある曲だったから。
 劇中でもそうしたように、2番からのフェードイン。そして、フェードアウトと同時に、帰ってきたウルトラマンの変身時のSEが入り、いよいよ入場――。

結婚前夜

IMG_1781kai 「結婚前夜」という美しく、後の躍動を秘めた語感の四字熟語が頭に残ったのはやはり、「のび太の結婚前夜」。小学3年生くらいだっただろうか。原作を読んだのは。
 その後、90年代には映画化。いつ来るとも知れない、あるいは来るかどうかすらもわからない「結婚前夜」を半ば無意識のうちに、待ち遠しく思うようになったのかも知れない。
 そして今日がその結婚前夜。
 前日までの相当な慌ただしさからもほぼ解放され(スピーチはまだ考えていないが)、明日を待つ。
 「のび太の結婚前夜」で、のび太がそうしたように(それはのび太のミスであったのだが)、会場のホテルへと向かう。明日ここで式を挙げるのだという気持ちを新たにする。
 本州勢の友達とも合流し、幸福で特別なひとときを過ごす。
 籍はすでに入れているにせよ、やっぱり今日は特別な日。
 結婚前夜を過ごせたことを幸せに思う。

 ――いよいよ明日は、結婚当日――。

報告

 IMG_0835kai報告します。

 この度、結婚することとなりました。
 挙式&披露宴は札幌パークホテルにて、今度の日曜、9月18日に行います。
 すでに入籍はしました。
 お相手は写真の女性で、助産師(看護師)で、大学の非常勤教員もしている方です。

IMG_1484kai 結婚を決めてから、ここまで本当に慌ただしく、またこれ以外にも色々と行うことがあり、人生でも何番目かというくらいに忙しくしていました。でもそれは、とてもありがたいことだと思っています。
 
 結婚を機に、ますます色々なことに精進していこうと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

 2016年9月吉日 神谷和宏

【講演】8月27日「成田亨とイカロスの翼―”ウルトラ”シリーズに見る日本の近代化」at苫小牧美術博物館

 美術講座「成田亨とイカロスの翼―”ウルトラ”シリーズに見る日本の近代化」
 日時:2016年8月27日(土) 14:00-15:30
 場所:苫小牧市美術博物館 研修室
 講師:神谷和宏(批評家・国語教師)

 当日参加でOK(事前予約がなくとも)です!

『シン・ゴジラ』

 7月29日、公開初日に視聴。

 未見の方がこの記事を読まないとも限らないので、あらすじは伏せるが、すべては宣伝文句の「現実対虚構」に尽きるのではないか。この文句にはルビが振ってあって、「現実」と書いて「ニッポン」、「虚構」と書いて「ゴジラ」と読ませている。

 先日、『中日新聞』から取材いただくに当たって、先に特集した『ゴジラ』論の記事を頂いた。そこでは評論家の小野俊太郎氏が、ゴジラは鏡であるから、作品を見る人の意識によって、読み取れるものが変わる(だから色んな意見が出てまとまらないとも)と述べており、それに納得していたのだが、今回の『ゴジラ』はまさに鏡として機能していると感じた。

 自分は鏡に何を見たか。それは近代化のアンチテーゼとしてのニッポン(=現実)と、それを可視化するための補助線としてのゴジラ(=虚構)だ。

 ちなみに帰りに小野俊太郎氏の『ウルトラQの精神史 (フィギュール彩)』を発見。買って帰るもまだ読んでいないので、読むのが楽しみだが、同じ日に買った、長山靖生氏の『ゴジラとエヴァンゲリオン (新潮新書)』から読み始めているので、なかなか読めない。どちらも、特撮論をこれまで述べてきた作者によるものだが、既刊本がかなり読み応えあるだけに、楽しみ。
 『シン・ゴジラ』の影響で、ちょっと特撮本ラッシュの様相。

 (ちなみに最近買って読み切れていないのは、『ユリイカ 2016年7月号 特集=ニッポンの妖怪文化』『1980年代 (河出ブックス)』『大転換 - 脱成長社会へ (中公文庫)』)
 

『荻上チキ SESSION-22』出演記

IMG_0622kai 7月22日夜、出演させて頂いた『荻上チキ session-22』「生誕50周年、今あらためて語るウルトラマンの魅力」
 司会の荻上チキさん、南部広美さん、そして切通理作さん、倉敷保雄さんと5人で『ウルトラ』を語ったが、あっという間に時間が過ぎていった。
 荻上さんのことは、もちろん知っていた。石原千秋先生のもとで、テクスト論を学んだ方で、その手法は単に文芸の読解のみならず、社会を読み解く方面に生かされている。国語教育の最大の目標は社会の読解であると考えている僕にとっては、荻上さんの意見には共感できる部分が多い。以前、このブログでもそれは取り上げたことがある。
 倉敷さんは、未知の方であったが、この方の特撮愛と知識量はすごかった。またサッカーの解説をやっていらっしゃるだけに、話に方向性をつけたり、間を開けずに進行させる手際は見ていて大変、勉強になった。控え室では、『ウルトラ』や『ゴジラ』の話の外、有名ではないが、すごいテーマを扱っているマンガについて伺うなどできた。それにしても、56歳とは思えない軽妙な語り、私たちに気を遣って下さる細やかさなど、魅力あふれる方であった。
 そして切通さん。大学時代、この方の書いた、『ウルトラ』の作家論である『怪獣使いと少年』を読んでどれだけ刺激を受けただろう。その切通さんが今、目の前にいて一緒に番組に出ていると思うだけで嬉しかった。
 『ウルトラ』で様々な事柄を語ることは可能であるが、このシリーズのエンターテインメント性がどれだけ魅力あるものか、それを忘れてはいけないというスタンスに共感。

 倉敷さんにせよ、切通さんにせよ決して特撮を語ることに追い風が吹く中で活動されてきた方々ではない。むしろ、そのようなものに興味を持ち続けることを奇異の目で見られたり、あるいはそこまで行かなくても、特撮作品がカルトな趣味の一領域程度にしか認識されていなかった時代に生きてこられたのではないだろうか。それでも、真摯に作品を愛好し、自分なりの問題意識で作品を消費、そして何らかのかたちで再生産してこられたのではないかと思う。立派な先達がいたからこそ、僕のような者でも、少しばかりの批評活動を行えるような土壌が作られたものと思っている。
 
 これまで特撮を対象とする著述者にお会いした経験があまりなかったので、同士との連携の可能性を見出せたことに、新たなムーブメントの予感さえ感じている。
 
 

荻上チキ session22 ウルトラマン特集

ちょっと急にオファーを頂き、生出演します。
今、成田からバスで東京へ向かう最中。
切通理作さんもいらっしゃるということで、楽しみ&緊張。
聞ける方は宜しければご視聴下さい。
TBSラジオで22時45分くらいからです。(番組自体は22時スタート)

祝宴 NHKでのウルトラ50周年の祭典

 DSC_0822kai 先週の土曜日は、ウルトラマンのお祭りの日。
 1966年7月10日。「ウルトラマン前夜祭」から『ウルトラマン』の歴史は始まった。同年の1月2日に『ウルトラQ』がスタートしていることを考えれば、『ウルトラ』の歴史自体は、その日に始まったと考えて良い。でも、『ウルトラマン』の放映開始は、後のシリーズ作品のスタートとは一線を画する特別なことであった。
 これを記念して、2016年7月は「ウルトラ50周年」イベントが多く行われた。
中でも、NHKでラジオ→BSのメディアミックスで放映された特番は、イベントの目玉であり、50年に一度の大祭と称するに相応しかったと思う。
 そのお祭りの一端を担わせて頂けたことを幸福に思う。
 
 IMG_0061kai 僕が出させて頂いたのはラジオの『祝ウルトラマン50〜光の国からのメッセージ』。出演はウルトラマンコスモス、春野ムサシ役の杉浦太陽さん、円谷プロの渋谷浩康さん、近年のウルトラ映画の監督を務めている坂本浩一さん。
 NHKの広いスタジオを仕切った空間での生放送。失敗できないという緊迫感もあったが、控え室で予め結構話をしていたことで、緊張感は適度に削ぎ落とされた。(ちなみに、杉浦さんがいたということもあり、コスモスの話題が中心で、カオスヘッダーに関する話などをしていた。)
 司会の秋鹿アナウンサーはさすがプロ。滑舌が良いとかそういうレベルではなく、聞いていて心地良いスピード、話の持っていき方。どれも安定感抜群。杉浦さんも、本番になると、もうスイッチオンという感じだし、何より、時折完全に、ムサシ隊員になっていた。カラオケでは、やはり主題歌など歌うそう。本当に、作品を大切にしているということが伝わり、嬉しかった。
 IMG_0072kai 渋谷さんは、90年代の入社だが、当然、ご自身が視聴者として見ていた時代の作品にも詳しい。やはりウルトラ愛に満ちている方で、昭和のウルトラ作品のスピリットをしっかり引き継ごうとされている。話もわかりやすい聡明な方だった。
 坂本監督は最近のウルトラ10勇士などを監督されている方。出演は後半からだったが、やはり細部にこだわって、そして得意のアクションをふんだんに盛り込んで映画を撮られているということが、伝わってきた。
 内容的には、多方面に話が及んだし、上原正三さんが「怪獣使いと少年」について語っているのが貴重。
 その後、制作サイドや円谷プロの方々に配慮頂き、テレビ『祝ウルトラマン50 乱入LIVE!怪獣大感謝祭』を観覧。
 IMG_0074kai あの、出演者たちの入場シーンは素晴らしかった。
 最初、新マンの曲が流れ、団さんと新マンが入場。続き、森次さんとセブン、そして黒部さんと初代マンが入場。なんか、ナックル星人の回を思い出した。
 そして、つるのさんとダイナ、杉浦さんとコスモスも入場。
 スタジオには、円谷プロ大岡社長、怪獣絵師の開田裕治さんもおり、まさにこの場は50年に一度の祝宴の場であった。
 祝宴の場にいられることを嬉しく、そしてありがたく思うと同時に、このような場にいるには、日常をいかに生きるかが大切なのではないかと、珍しく規範的なことを思いつつ、NHKを後にした。至福の一日だった。(写真はすべて、許可を得て掲載)

祝 ウルトラマン50 光の国からのメッセージ

 7月9日(土)17:05〜18:50までNHKラジオ第一『祝 ウルトラマン50 光の国からのメッセージ』に出演いたします。
 視聴いただければ幸いです。
 なお、連動して、『祝ウルトラマン50 乱入LIVE!怪獣大感謝祭』も放映されます。

漢方薬

 最近、ずっと漢方薬のお世話に。
 今、飲んでいるのは半夏厚朴湯など。
 内視鏡でも異常がない胃の不快感や、食道の狭窄感を治すために飲んでいるのだけど、色々と良い効果があるように思う。
 薬局だとすごく高いけど、お医者さんに処方してもらえるので格安に。ありがたい。

「妊娠と学業」

 どこかの高校で、妊娠した女子高生に実技体育を強いたことが非難されている。(実際には学校側は休学を勧めていたよう)

 この件について、文科省は「妊娠と(高校生としての)学業は両立可能」「妊娠した女子高生と働く女性は同じ」という見解を示した。
 画一的に、「妊娠と学業を両立不可」であるとして、無言のうちに妊娠中絶と退学との二者択一を迫るようなことがあってはならない。けれども即座に「両立可能」とお墨付きを与えてしまうことには疑問だ。(もちろん、大学の学業と両立可能ということなら話はまだわかる)

 最近読了した『言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)』では、アメリカのある学校で、校内に妊娠している生徒が52名いるエピソードが載っており、このことが「生計を立てない男性」「一人で子を育てる母親」「孤立している人々」の問題とリンクしていくことを示唆している。

 本来示すべきは、「高校生が妊娠することは、決して望ましいことではなく、母胎にとっての負担が大きいこと」「高校段階での妊娠、その後の出産というルートが社会的に様々なハードルに当たる可能性が高い」ことではないだろうか。その上で、妊娠してしまった場合のベターな方策として、(後の復学、あるいは退学の選択を本人に委ねることを前提とした)休学なり、妊娠したままやむを得ず、登校する場合の配慮事項を示すことであったのではないか。

 

やりたいことをやる――閏土にならないために

 好きなことをやる人とやらない人がいる。
 やりたいことをやっちゃう人生の方が面白い。

 矢沢永吉が出ている車のCMのセリフだ。
 もちろん、好きなことをやれれば良いに決まっている。でも、やりたいことをやれるとは限らない。
 思えば、僕たちは閏土(ルントー)になってしまっているのではないかと思う。
 古くから中3の国語教科書に載る、魯迅の『故郷』。そこには閏土という人物が描かれる。閏土は幼い頃、やんちゃ坊主だが、主人公が数十年ぶりに会うと、くたびれはて、全く生気のない男になってしまっていた。思い税金、地主、小役人…つまり社会が彼をそんな風にしてしまったのだと、主人公たちは考える。
 『故郷』執筆当時の中国とは比べるべくもないだろうが、それでも僕たちは、閏土と同じ道を歩まされているのではないか。社会に適合する生き方という大義名分で。
 先の矢沢の言葉が心に響くようでは…と思いつつも、このベタな言葉がちょっと響いてしまう。
 随分と用心深く生きてきたように思う。
 これからも、用心深く生きていくだろう。
 だからこそ、時にはやりたいことをやってしまおうと思う。

不寛容社会

 昨日のNHKスペシャル『不寛容社会』がおもしろかった。
 今の社会が、不寛容になったと感じている人はNHKの調査では約50%。意外と少ないと思った。
 不寛容社会では、不倫した経験のあるタレントをCMに出すのも、昆虫を表紙にしたジャポニカ学習帳も許されない。それを不快に感じるという「正論」は、多様性に勝るということなのだ。
 ネット社会が不寛容社会を助長しているとの声が多い中、「ネット以前の社会を美化しすぎ」といった宇野常寛の意見に頷ける。
 僕も思う。もともと、みんな不寛容だった、と。
 ドリフターズもファミコンもいつもやり玉に挙がっていた。
 『仮面ライダーV3』も『ウルトラマン80』も俗悪、害悪とされた。
 ただ違うのは、「そのくらいまあまあ」という空気感があったことだろう。これらのコンテンツが存在した1970〜80年代はイケイケの時代。特に80年代は軽佻浮薄であることこそクールな時代だったのだから、異議を唱えるなんて野暮ったい行為が支持されるはずもなかった。
 でも、90年代以降、つまり「失われた」と称される時代以降、社会が不満を内包するようになった。自分の環境に満足できなくなった。収入が思うように得られなかったり、そのために家族を形成できなかったり。ほしいものだって手に入らない。そして、その理由を誰も自分のせいだなんて思いたくない。とすれば、自分が不幸な理由を他人のせいにしたくなる。それが不寛容社会を形成しているのだと思う。
 あとは80年代の、ノリが何よりも優先されるという中で、言ったもの勝ちの世界になってしまったということもあるだろう。もちろん何をいっても勝てるわけじゃない。だから、「正論」を言い放つ。それが多様性を奪おうとも。多勢に無勢になり、いじめ同様の構図を持とうとも。
 
 不寛容社会は、自主規制社会でもある。
 最近見られる、座って本を読む二宮金次郎像も、誰かに批判されたのではなく、「〜しながら〜する」という行為が、「歩きながらスマホをする」といった行為と同一視されるおそれがあるからなのだという。
 批判されたから、自粛するのではなく、批判されるかも知れないから自粛する。
 お互いに監視し合う、相互牽制、相互監視の社会。
 ダイバーシティー(多様性)なんて言葉は定着する前に死語になるんだろう。

私学の授業料の問題は難しい

 私立高校の授業料滞納、北海道がトップとの記事が先日の北海道新聞に載っていた。
 この問題の根は深い。
 昔から指摘されているように、家庭の経済力と学力とは比例する。一応解説しておくと、これは塾に行けるからとか、そういう問題ではなく(それも一面的にはあるが)、一般論としては、経済的に成功を収めている家庭ほど、学校的な価値観、つまり学びの努力を後押しする空気感を持っているということが理由だ。(あくまで一般論。)
 そして、北海道の場合(多くの地方都市で同じことがいえると思うが)、高学力の生徒は高い確率で公立高校を目指す。普通科に進学し大学進学を考えるとき、あるいは職業科に進んで就職を目指す場合、ともに公立高校が実績を残しているからだ。その結果、経済的に困窮している家庭の生徒が、私立高校へ行かざるを得ないというケースが多く生じている。
 自分自身、私立高校、私立大学に学び、私立高校で教員生活をスタートさせており、私学なくして今の自分はなかったと思っている。けれども、今の構図はなかなか簡単に解決しそうにはない。

男も女もかっこつけていた時代

 昨日のブログで、沢田研治の『勝手にしやがれ』への返歌として、山口百恵の『プレイバックPart2』があるという話をしたが、両方の歌詞を見れば見るほど、男も女もかっこつけて生きていた時代であるのを感じた。
 昔の大人って、本当に大人だったのだなと。
 よく、子どもの頃に30歳って聞くと、すごく大人に見えたけど、いざ自分がなってみると、そうでもないと思える、なんて言うけど、実際に昔の30歳は今の30歳よりも大人だったのだと思う。
 先の、二つの曲には覚悟や孤独がある。都会のビルの一室で、愛を紡ぎ合った男女が、相手のことを見つめつつ、自分の信念や美学を貫こうとする姿がある。そして、一人では生きていられない寂しさに揺らぐが、それを一人で抱え込み、自力で打破しようとする姿もある。
 なんだろう。
 こうして考えてみると、昔の歌って、どこか映画的だ。
 曲を聞き終えたときには、映画を見終えたような、物語を読み終えたような気分になる。
 このことはまたどこかでゆっくり考えてみよう。

返歌としての『プレイバックPart 2』

 Pen(ペン) 2016年 5/15号 [いとしの歌謡曲。]が、おもしろい。
 歌謡曲→J-popの半世紀が詰まっている感じで。かなり著名な人々の寄稿も良い。
 その中で、山口百恵の『プレイバックPart2』の歌詞中に出てくる「勝手にしやがれ」というフレーズが、ジュリーの『勝手にしやがれ』を意図的に引用したものだという解釈があった。(齋藤孝氏の解釈)
 以前から、「勝手にしやがれ」という詞から『勝手にしやがれ』を連想はしていた。(ちなみに、ジュリーの『勝手にしやがれ』という歌には、「勝手にしやがれ」というフレーズは出てこない)
 しかも、ジュリーの『勝手にしやがれ』は女が自室から出て行くのを無言で見送る男の歌だし、『プレイバックPart2』は、男のもとから出ていった女の歌だ。それぞれ逆の立場だなくらいには思っていたが、なるほど、歌詞をもう一度読み返すと、『プレイバックPart2』中の「勝手にしやがれ」は、ラジオから流れてくる「ステキな唄」であり、夕べの彼のセリフでもあるのだという。これはもう、明らかに『勝手にしやがれ』を意識した作詞だろう。
 『プレイバック Part2』は『勝手にしやがれ』の返歌とも言えるわけだ。

 ところでこの『プレイバック Part2』、聞いていてどこか笑ってしまいたくなるような感じもするのは僕だけだろうか。衝動的に飛び出してきた女が、最後はまるで郵便物が返送されるかのようなイメージを抱いてしまう。全編が緊張に満ちたスリリングな曲調なだけに、最後、ワンタッチで巻き戻しされるカセットテープのようにヒュルルと戻っていくかのようなシーンが浮かび上がってしまう。

「恋愛史上主義」の変遷 軽佻浮薄から規範へ

 昨夜のブログに書いた岡田斗司夫の愛人になった彼女とならなかった私 サークルクラッシャーの恋愛論 (コア新書)

 そこには現代が恋愛推奨の時期であるということが述べられていた。
 確かにそうかも知れないと思いつつ、かつての恋愛史上主義とは大きく様相が異なることを思った。

 80年代後半、トレンディードラマの主題は恋愛であった。『東京ラブストーリー』を書いた柴門ふみは恋愛の教祖とまでいわれ、『恋愛論』というエッセイすらドラマ化された。年輩の小説家、笹沢佐保までもが恋愛指南書を書いたのには驚いた。
 とんねるずの『ねるとん紅鯨団』は開放感あふれる土曜の夜の看板番組であったが、その内容は愛の告白であった。
 あの時代は「恋愛ブーム」であったのだ。そしてその基底には、「明るいもの」「軽いもの」がうける軽佻浮薄な時代性があった。最大の快楽としての、恋愛であったのである。

 ところが今は違う。

 晩婚化、少子化を憂い、自治体が主導で恋愛を推奨する時代になった。
 恋愛することは良いことだ、結婚は良いことだと道しるべが示されるような、つまり規範性に基づいた恋愛推奨の期であるように思う。

【書評】『岡田斗司夫の愛人になった彼女とならなかった私 サークルクラッシャーの恋愛論』

 数ヶ月前に読破。岡田斗司夫の愛人になった彼女とならなかった私 サークルクラッシャーの恋愛論 (コア新書)

 すぐに書評を書こうと思いつつ、この複雑で微妙な内容をどう表現できるかと躊躇していた。

 「サークルクラッシャー」という言葉がまず、目をひいた。
 サークルといって、最初に思いつくのは大学のサークル。でも、そのサークルじゃないだろう、とまずは思った。だって、サークルを潰したって、誰も得をしないだろうと思ったから。
 でも、そのサークルだった。
 また、「er」をつければ「〜する人」になるからといって、「サークルクラッシャー」なんて呼称が当てはまるような人はいないだろうと思ったのだ。「パイプユニッシャー」とかいないし。
 
 そんなことを思いながら読み始めた。
 すると作者は、意図的に大学のサークルを五つも潰したのだという。

 僕にとって、サークルの存在はあまりにも大きい。
 友達と立ち上げた野球サークルは、そのもの僕たちの大学生活の何よりの思い出であり、ともに過ごした期間が4年足らずであったにもかかわらず、今に至る交流を生んでいる。
 また、『源氏物語』を研究した、「課外ゼミ」といわれる団体も、サークル扱いであった。ここで夜遅くまで、時には大学が閉まる時間となり、終電近くまで正門近くのモスバーガーなどで、文学論や人生論を交わした経験も今の自分の血肉になっている。
 僕だけではないだろう。大学生活の中核を成すのは、サークルではないだろうか。

 だからこそ、意図的に、しかも悪意でサークルを潰すようなことは許せないし、もし自分たちがそんな目に遭っていたら、今の人生はなかったとさえ思え、多少なりとも震える思いで読み進めていったのであった。

 サークルクラッシャーであったという作者は、サークル内の複数の男子に思わせぶりな態度を示し、男子同士の人間関係を険悪にする。そしてサークルそのものを解散させるように仕向けるのだという。
 自分の美貌や、男受けしそうな要素をよく自覚している女が、それを武器に男を手玉に取れるだけ取り、何人の人間関係を悪化させていけるか、どこかゲーム感覚で、あたかも記録作りを目指すかのように振る舞った、その備忘録のようなものであろうか、そうであれば、それはひどい話だと思った。

 ところが、話はそんなに単純ではなかった。

 文章を読む限り、作者がサークルクラッシャーとして全盛を誇っていた時期にはおそらく、ゲーム感覚を抱いていたであろう。けれども、その背景には過剰な期待を母からかけられる中で、押しつぶされそうになったという生育歴が浮かび上がってくる。さらには敬愛していたというある著名な先生(それが誰であるかは本書内で明らかにされていない)が男女の仲になろうと迫ってきたという大きな出来事がサークルクラッシャーになる道筋となったのだという。
 だが、とうとう最後まで、なぜサークルクラッシャーになったのかは僕にはわからなかった。それが極めて利己的な欲求に起因するものであったのか、それとも微力ながらも、社会を変えようという衝動であったのか。僕の読解力がないだけかも知れないが、その一点はクリアにならずに読み終えた。

 だが本書は、「恋愛強者/弱者」や「恋愛勝者/敗者」に二分しがちな若年層の心の動き、行動を事実を元に追ったものとしては読み応えがあるし、大学のサークルに所属したことがある人にしかわからないような、サークル内の様々な機微を外部に伝えるものとしては極めてニッチでありながらも、大学という限られた年限の外部に身を置いた瞬間に失われる、言葉にならないような思いを述べたものとしては、貴重なものですらある。社会学的なデータの引用もあったが、それをもとにした分析や筆者なりの意見がさらにあると良いと思ったのと、論理的でどこか冷徹な筆致がところどころ、エモーショナルになる点は気になるところではあった。

 この本の作者がまだ二十代ということを考えれば仕方がないのかも知れないが、「バブル期/現代」という二項対立を持ち出すのは、やや単純であったかも知れない。原田曜平や三浦展の分類に明らかだが、団塊世代とか、新人類世代、団塊ジュニア世代、さとり世代等に比べて、バブル世代というのは、きわめて短い期間に生まれた人々を指すからだ。別な分類にはなるが、僕らロスジェネ世代という、バブル世代とは価値観がまったく異なるような世代はバブル世代の数倍いるということは考えておく必要があるように思われる。

 岡田斗司夫の女性問題が発覚した際、多くのオタクは、岡田を自分らと同様の恋愛弱者であると思いこんでいたのだが、それが裏切られたという思いからバッシングに動いたという指摘は、考えても見なかったことで面白かったが、それにしても書名に「岡田斗司夫」を冠したのは疑問であった。本書は岡田の女性問題を論じるものではなく、「サークルクラッシャー」という耳慣れない言葉、概念を経験を元に述べるものなのだから。もしかするとそれは、版元の意向かも知れないけれど。

 ともあれ、久々に一気に読み終えてしまうような奇書(もちろん褒め言葉として)であった。

 ※昨夜、あるお店で隣のテーブルの人たちが「サークルクラッシャー」という言葉を発していて驚いた。それは現実的な話なのか、「○○ちゃんは魔性の女だよね」といった類の使われ方であったのかはちょっと、わからなかったのだが。

昨秋から交通マナーが悪化していないか

 ある時から急に、交通マナーが悪くなるわけもないんだけれども、それでも思ってしまう。
 どうも昨秋辺りから、ウインカーを出さずに車線変更をする車、急に割り込んでくる車、80年代的な爆音を立てて走る車が目立つ。
 反知性主義と、スポーツ的快楽をもとに国を盛り立てていこうとする中で起こっている一事象ととらえるのはちょっと穿ちが過ぎるか。

リーマンショック?

 リーマンショックという言われ方をするけど、あれはサブプライムローンの焦げ付きに端を発する、金融危機の一過程では?
 サブプライムショックという言い方の方が、的を射ているのでは。

ゆとり世代はさとり世代、バブル世代がゆとり世代

 ゆとり世代と一般に称されている世代はむしろ、「さとり世代」であるのだという言い様はおそらく、その通りであろうと思い、『さとり世代 盗んだバイクで走り出さない若者たち (角川oneテーマ21)』を読んだのだが、その中で、「バブル世代こそがゆとり世代である」と言われていた。
 
 僕ら団塊ジュニア世代よりやや上のバブル世代は、就職氷河期を味わった僕らからは想像できない厚遇の中で就職した人が多い世代。(景気の停滞期にはリストラを多く味わった世代とも言われているが、そもそも、まともな正規雇用を勝ち得づらかった下の世代よりは良いと思う。)
 敢えて言えば、大学進学はさとり世代より厳しかっただろうが、それでも18歳人口がピークだった、僕ら世代よりは広き門であったように思う。
 「バブル世代こそ、ゆとり世代」であるならば、現在40代後半となったバブル世代が、若者を一括りに、ゆとり世代と蔑視するのは、ちょっと違うなと思う。
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