【地球の裏側で!!】 食べて・踊って・恋をして☆ in アルゼンチン♪

南米のパリ☆ と謳われたブエノスアイレスを起点に、海外あれこれをお届けします。

どんな時でも「今、幸せ」と思えなかったら「一生無理だ!」と気付いた件

やっとブエノスアイレスに春が来た!姿は見えないのに華やかに香るジャスミンに驚きながら、大好きな生徒ちゃんカップルのお家の入り口を通り抜ける。彼女達の家は昔ながらの長屋といった感じの建物で、入口から二軒目にある彼らの住まいはこじんまりとしてはいるけれど、アーティストの家らしくセンスよく清潔で、日本画画家の彼女の、アルゼンチン人らしい色合いのセンスが加えられた作品を目の前に授業をする時間が私は大好きだ。

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私の大好きな Julieta の作品。彼女のHP はコチラ↓↓↓
http://julietajiterman.org/http://julietajiterman.org/
 
 
静かで明るいColegialesの住宅街の石畳の街並みから、一息つけるカフェを求めてにぎやかなParelmoへと歩く。ジェラートかカフェオレくらいにしておこうと思っていたのに、白木造りのオシャレなワインバーに吸い込まれてしまった。その日暮らしの生活のくせに、日本の生活で身についてしまった“ちょっとした贅沢”病はそう簡単に姿を消してはくれない(笑)。
真昼から、春の訪れたブエノスアイレスの明るい陽射しと街路樹につきはじめたグリーンを楽しみながらワインを飲む。そんな時間でもないとここでの生活は乗り切れない…。
というコトをこの街に住んでいる or 住んだことがある日本人ならよくご理解頂けると思う。

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この、冬から春に移り変わる時期の天気は非常に気まぐれだ(や、たいがい年中か…)。半袖で過ごしてもおかしくないポカポカ陽気が訪れたと思ったら、冷たい雨や台風のような風が吹きすさぶ日々に身を固くする。なんて様子でブエノスアイレスは冬から春に移り変わっていく。
雨の日に外を歩くこと程、この街でスリリングなことはない。
歩道のバルドッサは大抵ガタガタで、運悪く外れて下に水が溜まっているところを踏んでしまった日には大量の水を自分に浴びせることになる。道路の設計の問題なのか、工事技術の問題なのか道路には巨大な水たまりができていて、信号待ちに池のようになった水たまりをバスが通り抜け未だかつて浴びたことのないような大量の水を被る…、なんてことはもはや笑ってしまうレベルだ。
あぁ、今日は地雷踏んじまったナ…!くらいに笑い飛ばさなければやってられない。


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 寒かった冬もやっと終わる兆しの先月末、ブエノスアイレスは一年で一番Tango 界が華やぐ日々が続いた。Mundial y Festival de Tango。
世界中からTango に生きる人達が集い競い合う世界選手権、二週間に渡り、大御所から若手までTango界のアーティストにより日々繰り広げられる豪華すぎるコンサートにワークショップ、ミロンガ、…と踊りだけでなく音楽的にも多いに盛り上がった。
結局のところ、いつも私の人生を救ってくれる(生きる喜びを与えてくれる)のはTango なのだ。
まぁ、そうでもなければこんな地球の裏側の不便極まりない国で生き抜けるはずもない…(笑)。

決勝戦のチケットを取りに、私にしては珍しく朝から4時間も並んだ。
Milonga や選手権の予選で盛り上がる会場には、この国に根を下ろした日本人、そうなるべく頑張っている人、日本からやってきた人。と、多くの日本人ダンサー達をステージ上に見たり、出逢ったりした。
すごく印象的だったのは彼女達の笑顔。もちろん、晴れの舞台ということでテンションもマックスなのだろうけど、「ステージに立つ人」のあるべきオーラを見せてもらったというか、エネルギーをもらった感じで、なんだか元気になった。

 ほぼエネルギー切れというか、充電期間というかの状態に入っていたのだけど、この日(Tango Festivalに足を運んだ日)から、少しずつ少しずつTango愛(=私のエネルギー)を取り戻し、やっぱりMilonga でたくさん踊って、歌いに行くことの大切さを感じる日々。
 歌のコンクールでは決勝には進めなかったけど、一年で予選通過できるとこまでこれたのだし、こちらの素敵なミュージシャン達の生演奏で歌えるのだし、本当に感謝である。
「当然ながら、10年は必要だな。」というのが最近の私の答えなのだけど、とてもストイックに突き進んでいるダンサーの友人からすれば「そんなの5年でやってやる!」って思わなきゃダメだよ!
と喝を入れらている訳です。はい。

どうしても、いつになっても、誰といても「私は独りだ…。」感が抜けなかったので、根本を解決すべく“過去の大清算”をしていた8月、苦しくって悲しくって、半分ひきこもりになりながら、それでも「今、解決しなかったら、また姿かたちを変えて同じ問題がやってくるだけだ。」と腹をくくり、戦うコト数週間。
私は心の奥底では“人が怖い”し、“自分が嫌い”だと気付く。
人それぞれドラマがあると思うけど、家主君に「お前のそのドラマありすぎな人生は Tango に想いを込めるしかねーだろ!!」と喝を入れられつつ、「もう何年この問題に振り回されてるんだよ、私…。」「あぁ、もう本当に今度こそダメかも…。」なんてお得意の負のスパイラルに久しぶりにハマった日々。
ろくに仕事もせずに、歌の練習もしてんだかしてないんだか…位になりながら、日長ソファに座りこんで数時間バルコニーの植物ちゃんたちを見ながら考え事をしてるか、ベッドに寝転んで死にかけてるか、本読んでるか瞑想してるか、「日本でいうトコロの完全に“イタイ人”or “ダメな人”だな、私、今…。」と思いながらも、心のどこかで「今は私の心の奥底の問題を解決するために十分に時間をとっていい。」と腹をくくっていたのだと思う。生活的なことを考えれば少しでも仕事をとりにかかるべきトコロなのだろう。でも、「や、今は無理ッス。」と無理はせず、「何、甘えてんだ!」と顔を出す自分には蓋をさせてもらって日々を過ごした。

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悪態をついてばっかの家主君ではあるが、彼も同じような経験があるのだろう。「その負の連鎖を切らないといけないんだ。何でお父さんやお母さん、その人に何が起きてたのか考えてみろ、それを理解することでしかその問題からは自由になれないぞ。」と。
この国の人達はとにかく話を聞いてくれるし(それは自分も話すからというと話もある)、自分の弱さは特に隠すものでもないようだ。離婚が当たり前だから家庭環境は日本より余程ぐちゃぐちゃかもしれない。一人に一人カウンセラーがいるというし、そんなドキュメンタリー映画もあったし、私の生徒ちゃんは「私と私の彼氏、お兄ちゃん以外の知り合いは皆カウンセラーのところに行っている」と言っていた。
自分が幾つの時に誰といて、どんな思いを抱えていて、というのを子どもの頃にさかのぼってひたすら書き続けるという作業をしたのだけど、お父さんの死んだ頃なんかに差し掛かった日にゃー、もう、泣きすぎて筆が進みませんがな…。寂しくって不安で仕方なかった子供時代を振り返りながら、「あれ、この時お兄ちゃんどこにいたんだろう?」「この時、お兄ちゃんどんな思いだったんだろう?」と考えると、お兄ちゃんが心配で仕方なくなる。
兄上も同じ家庭環境で育ったのだ。同じ父の死に向き合い、母の死に向き合わないといけなかったのだ。どんな思いで過ごしているだろうか、元気なのだろうか、大丈夫なはずはないように思える。幸い?兄上は世渡り上手だし、人の懐に飛び込むのが私と違って上手いと思うので、その分救われている気はするけれど。
そんなこんなで一番落ちていた8月のとある朝、なぜだか「今、幸せと思えなかったらきっと一生無理だ!」という言葉が降ってきた。

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冬の間中、枝ばかりになって、ただ見守るしかなかったブーゲンビリアちゃんが今、たくさん新緑の若葉をつけているように、私も少しづつ元気になって、花を咲かせる用意をしているような春。外側から見たら、何も変わってないように見えて、もうダメなように見えても確実に成長していて、時が来たらこんなにも元気にたくさんたくさん芽を出すのだ。
だから大丈夫。寒い日も太陽の見えない日も、自分の中で整理するべきことを整理してエネルギーを蓄える時間も人生には必要。
この時間を通して、暗くて悲しい思い出だけが表面を覆っていて見えなくなっていた実家の風景も、たくさんの幸せで楽しい日々を思い出して、明るくて穏やかな風景へと変わった。
だからかな?悲しいTango を重苦しくしか歌えなかったのが、少し軽やかに歌えるようになってきた気がします。

Festival y Mundial de Tango(世界大会)に思う☆ その2

Salon 部門のお話etc。

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何が良かったって、音楽ですよ、ええ。
Salon 部門は3曲その場で発表され、即興で踊る訳ですが、だからこそ選曲をするDJが大々的に紹介され、出場者が10組ごとステージに上がり、曲目が発表される度に会場がどよめく。
「う~ん、いい曲!」「そうきたか!」「なるほどね~!」といった感じに。
この会場の反応がたまらなく面白い。
大概が ①オーソドックス系(Troiloとか)→②刻み系は、王道D’arienzo(ほぼ確定)→③ドラマチック系(Pugliese とかDi Sarliとか)という流れになっていた感じ。10組×4グループも踊られた日には、しかも予選を勝ち抜いた強者揃いとあって、なかなか見るのも大変。
 
ちょうどモンテビデオで知り合ったプロのバレリーナちゃんと一緒だったので、Tango人ではないプロのダンサーの意見が知りたくて2曲目が終わる毎に「どのペアが好き?」と聞き、そのペアを最後の曲で見てみる、なんてことを楽しみつつ、やはりサロンは美しい。ショータンゴの派手で豪華な ”魅せる” Tango とはまた一味も二味も違う、二人の世界観だったり、醸し出す雰囲気だったり、”滲み出る” Tango と言ったところか。
やはり(!?)バレリーナちゃんは上品にまとまった綺麗なペアが好きで、私は例によってちょっと泥臭いペアが好き。ちょっと下品までいくとダメなんだけど、いわゆるこちらの野性的とも感じられる“男”感、“女”感のあるペア。
 
すごく面白かったのが、いかにも「俺、ポルテーニョ(ブエノスっ子)だぜ!!」って感じで入場の時から超かっこつけて歩いてくるキザ男!が何人かいた件w。”いかにも” な“遊び人”感が、これまたTangoっぽいといえばTangoっぽくてツボでした。
今回は残念なことにアジア勢が韓国の男性一人のみで、純粋にアジア人二人のペアは不在。“大会”というものに疑問を覚えることも多いとは言いつつも、世界の舞台が用意されているとなると、やはり愛国心がくすぐられるのは否めない。
コロンビア勢が健闘していて、Tangoの歌の神様 Carlos Gardel が飛行機事故で亡くなったメデジンという土地は、すごくTango が愛されていると聞いてはいたけど、歌だけじゃないのかと学ぶ昨今。結果も1位~4位はアルゼンチン勢が総なめの中、5位にコロンビアが一組入り健闘。

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Salon の結果発表が何より感動的だったのが、優勝したペアの男性は日本でいうところのいわゆる“巨漢”レベルで、大きな身体でキレよく踊る姿が私には印象的だったのだけど、タンゴダンサーの修行中のお友達によると「歩き方が素晴らしかった」とのこと。そう、Salon Tango は歩きが全て…。
最近Tango を始めた日本人の女の子からすれば「優勝する人っていったら“スラっとしてて見栄えがよくて”」というイメージがあったらしく驚きだったようだけど、家主君は「Tango は誰だって踊れれるんだ!それがTango だしアルゼンチンだ!」と少し誇らしげ!? に語ってました。
そのビッグサイズな彼が優勝の発表があった瞬間、床に倒れ込んで涙を流し、しばし起き上がることができず…、という姿を見ながら「どれほどの努力をしてきたら、あれだけ感動するんだろう。」「どれ程、悔しい思いもしてきたから立ち上がれない程泣けるんだろう。」と思うとすごく感動的で、「私も頑張ろう!」と力をもらえて、そんなエネルギーを与えることのできるTango がまた美しいと思えたりもして…。
そんな胸いっぱいの想いにさせてもらえた決勝でした。

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歌の修行の身としては外せない!ということでPodesta と Godoy という近年亡くなった伝説的なTango 歌手のドキュメンタリー映画を観にBocaへ。
ちなみに世界大会の予選や、Festival の音楽プログラムやMilonga の行われるUsina del Arte がBocaという地区にあるのでしょうがないのだけど、実はこの地区、現地の人もあまり行きたがらない治安の悪い場所。ちょっとバスを乗り過ごしてしまえば、なんとも言えない気怠さと軽い殺気の漂う道に…、迷い込んだらおしまい!そんな場所です。

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下の写真の美しい会場の周辺はこんな感じです。ええ、それがアルゼンチン…。そして迂闊に近づかないこと!

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お友達曰く、「僕の知り合いのミュージシャンが何人も楽器を盗まれてるし、必ずタクシーで会場に行って。」と。
タクシーなんて久しく乗ってないですけどね…。


そして会場の横を走っている高速道路はちょっと行った先には、軍事政権の頃、虐殺された人達が埋めらてるとかいないとか。そんな話を聞いた数日後にバスからそれらしき場所を目撃。何とも言えない不気味な感じで土が盛り上がっている斜面に何本も何本も白い木の板が無造作にさされている…。
政府による監視、弾圧、拉致、拷問、虐殺…。そんな時代がほんの数十年前の過去というのがこの国。国としての歴史も浅ければ、情勢が落ち着いた(とも言えないか…)のもここ数十年の話なのだ。
そんな中でTango は衰退したり息を吹き返しつつあったり、そんな中で世界中から愛されたり”消費されたり”、この国から“輸出されたり”している訳だ。

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ブエノスアイレスが他の南米の国と違ってどこか物悲しいと言われるのはそんな歴史の影響も多いんだろうな、と感じる今日この頃。

 さて、ドキュメンタリー映画の話に戻ろう。二人はすごく対照的な歌手で、Godoy はギャンブラーを絵に描いたような人生。というかギャンブラー(笑)。競馬に行ってひと山当てて、そのお金ですぐさま車を買ったと思いきや、女の子といちゃつこうとしてたトコ(奥さんいたのに…、ねぇw)に柱が倒れてきて「新車もダメになりゃあ、女にも逃げられちまったぜ!」とか、すごい大富豪に可愛がられて信じられないようなドンチャン騒ぎの時間を過ごしていたり。でも、そこに至るまでは、同じ楽団にいた人気歌手を超えられず、彼の代わりに歌った日には、フロアで踊ってた人達がさーっと引いていくという、「あれ程、ツライ思いをしたことはない。」と苦しい日々を送っていたり。Podesta は人の好さが滲み出たようなおじいちゃんになっていて、本当に真面目に生きてきたんだな、と思わせる内容。二人からのメッセージは「たくさん勉強して、たくさん練習して、たくさん歌いなさい。」ということ。

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当然のメッセージではあるんだけど、感慨深く会場を後にすると、このドキュメンタリーのナビゲーターをつとめていたColor Tango の歌手君が。これはお話ししなければ!と、声をかけ感謝と決意を伝え、嬉しい気持ちで家に帰る。
あ、ちなみにUsina de Arte の横に Museo de Cine(映画博物館)があって、そこで上映だったのですが、Tango 全盛期は映画スター=Tango スターなので、ポスターとかに私、大興奮してました(笑)。すごい~!こんな時代があったんだ~!!こんなにたくさんの女性歌手が、こんな映画に出てたんだ~!とか、一人ニヤつく怪しい日本人は私でありますw。

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もう一つ、感動したというか、やはりそうなのね、と思ったのは世界大会でJapón(日本)という単語をどれだけ耳にしたかという件。審査員の紹介がある際は、ほぼ全員が「日本での〇〇」的な経歴が紹介されたり(他の国の名前はほぼ出てこない)、ミュージシャンは以前から会う人会う人「日本に行ったことあるよ~。」と言うので知ってたけど、ダンサー陣も当然のことながら名のある人達は必ず日本に行っている。そして今回ステージ部門で優勝したダンサー達も日本ツアーが待っている。これに貢献している団体に感謝はしつつ、今や世界各国の人に愛されているTango だけど、日本とアルゼンチンのTango 界での歴史の長さに、もっと誇りをもって精進しようと思う今日この頃。そして、各国の勢いが凄いだけに、負けたくはないよな~、なんて言える立場にもない私が思ってみたり。でも、“楽しく踊れること”が一番なんだよな~。なんて原点は忘れずにいたいなと思ったり。や、歌いますよ、まずはね。はい。


ということで、2016年 Salon 部門チャンピオンの踊りをご覧あれ!

と言いつつも、この二週間の世界大会とFestival、これとは別だけど参加したコンクールで気付いてしまった結論は、「やばい…、知ってたけど…、覚悟はしてたつもりだけど…、10年は必要だぞ!?」という件。「なんで“歌”選んじゃったんだよ、Kaori…。」と自分に言いたくなる程、道のりの遠さを確認してしまった今日この頃。結局、アルゼンチン生まれのアルゼンチン人と同じレベルで(大分難しいと思うけど)スペイン語を話し、歴史を知って感じ、街や人の空気を吸収し続けなければ、私が目指すとロコの、本当の意味でTango を歌う(=語る)ことはできない。
“歌う”ことは技術を学べば外国人にもできる。でも、「Tango は”歌う”んじゃない、”語る”んだ。」と、どれだけの人に(直接にせよ、自分で感じ取ったにせよ)言われたことか。
 
そろそろ日本が恋しくなってた矢先、気付いてしまいましたよ…。
頑張れるのか私…w、でも多分大丈夫。
「Tango をやってる限り、Tango はあなたを見捨てない。」って先生言ってたし。
頑張りま~す♪

Festival y Mundial de Tango(世界大会)に思う☆ その1

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「あぁ、やっぱり私、Tango と死のう」(=Tango に生きたい)ということを感じさせてくれた世界大会決勝戦。会場中が優勝したペアの創り出した世界観に酔いしれ、熱狂する様子を肌で感じられたことは本当に幸福なことだと思う。
誰がなんと言おうと、Tango は私にとって本当に美しいものなのだ。

アメリカンドリームならぬ、アルゼンチンドリームで、地方の子が一旗揚げる手段の一つにTango があると聞く。日本の“地方”とアルゼンチンの“地方”の感覚は比べ物にならない。まず、日本がいかに“国として”生活する上で恵まれているかは、いわゆる“先進国”以外の国に住むコトなしには実感できない。道路がちゃんと整備されていて、電気が通って、普通と思っている公共・民間サービスともにかなりハイレベルなもので、社会が素晴らしく機能していて…。そんな日本では当然のことも首都のブエノスアイレスですら全く当然ではない。いったん“地方”に出れば(といってもブエノスアイレスから一歩出てしまえば、日本の8倍もある国土はただひたすら平原の続く田舎であったり、貧しい小さな町が点々としていたりである)、生活環境は格段に下がる(南の方には裕福な地方がなくもないのだけど)。
 そんな地方の代表には応援団が観光バスで乗り付けて来て、スタジアムの一部を陣取って大きな歓声を送っている。そんな決勝戦に至るまでの二週間、Tango への愛と理解を深めることができるプログラムで私の心に響いたこと。少しこの場でシェアできればと思う。

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二日に渡る決勝戦のチケットを友人と朝早くから寒さに凍えながら4時間並んでゲットしたのを皮切りに、Piazzolla の奥さんであり、著名な歌手であるAmelita の歌の表現・解釈の講演や、大御所Lavallen 氏のオルケスタを聴きに行ったり、会場横でのMilonga スペースで、普段、市内のMilonga ではあまり会わないような地方(Cordoba, Entre Rios, Formosa等々)からのTango Lovers 達と踊りながら語りながら、Buenos Aires で生まれたTango が世界中で愛されているのはさることながら、なんだかこう、アルゼンチン全体のTangoへの誇りだったり愛情だったりというのを感じた日々。

Amelita のお話は小気味よく粋で、「世界大会なんだけどな~…」、って心の片隅で思わずにいられない程、「Tango ってのはBuenos Aires のものなのよ!歌詞も分かんないような外国人にTango の何が分かるってのよ、ねぇ!?」というプライドが言葉の端々に…、というか、かなり直球で現れていた。
私は久しぶりに会った女性歌手のVivi と一緒だったのだけど、「誰かこの会場で何かオーソドックスなTango の歌詞を読んでくれないかしら?」とAmelita が頼んだ時、彼女は素晴らしくとあるTangoの歌詞を語り上げた。「Tango は歌うのではなく“語る”のだ。」と、耳にたこができる程聞いているし、一番苦しんでいる部分でもあるのだけど、この時間の結論もやはりそこ。そして、Tango が民衆のものになっていく時代時代のBuenos Aires の街がどんな様子だったか、作詞家はどんな背景のどんな思想の人達か。それを知ることなく、言葉一つ一つに漂う情感を感じることができる訳もなければ、伝えることなんてできるはずもない。

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面白しろかった話があるので、シェア。
ブエノスアイレスでTango が生まれ、流行りだした時代。生まれた頃のTango は粗野な男達のもので、フランスに渡ったTango が洗練されてこの街に帰ってくる。そのフランスでTango を踊っていた男性達が妹だったり従姉妹だったりを相手にTango を教える始める。「そんなに近づいて踊るなんて!」と目をひそめられつつ、それでもTango の魅力にはかなわない。郊外では地元の社交場で娘さん達がお母さんに付き添われて踊りにいく。男性が女の子を踊りに誘ってもお母さんの許しがなければフロアには出ていけない。踊り出し、何やらいい雰囲気になってくる…、…と、あまりに行き過ぎた雰囲気と判断するや“明かり係”のお母さんが「電気つけて!」と箒の柄で床を叩いて叫ぶ。
市内では相変わらずTango が踊られる場所は売春宿。この売春宿の話は面白くて、Tango の歌詞の研究をしている学者さん達の発表を聴きに行った時に出ていた話が、「ブエノスアイレスに20も学校がなかったころ、売春宿は400、500と市内にひしめきあっていた。」とか、講演発表の一つのセッションになる程、やはりこの“売春”と“Tango”の歴史は深い模様。それだけに、やっぱりTango は“泥臭い”感じがなんだか心に響くのかと納得。
そして、郊外の貧しい娘達が市内にやってきて最初に買い求めたのは絹の靴下だったとか、結局貧しさから抜け出せず、運よくパトロンを見つけられた女の子以外は小さな長屋にギュウぎゅう詰めで暮らしていたとか、市内生まれじゃない作詞家達(二人のHomero 、Manzi と Exposito等)の歌詞には田舎の風景が描かれていたり、草花が登場したり、等々、話は尽きない。

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いわゆるShow Tango にありがちな振付(色気むんむんで、女が去ってくんだけど、男が「おい、待てよ…」的に取り戻しに行き、激しく技を盛り込んで、チャンチャン!的な)をするカップルがもちろんほとんどだった訳だけど、上位に入ったペアはその中でもすごく、”男”感、“女”感が強かった。この国でさんざん考えさせられた(笑)この”男”感、“女”感はアジア勢には真似できないし、それはそれで別の表現をすればいいらしいと見聞きする今日この頃。そもそも全く違うので、中途半端に真似するよりは独自の表現をした方がよいのだという意見があって、納得。でも、こちらに住んでTangoを徹底的に追求してすごく“泥臭い”Tangoを踊る日本人女性がいて、私はとても彼女の踊りが好きだ。彼女の“女”感、たるや半端ない!とにかく、こちらの女性は気が強い…、というか、強すぎないか?と見ていてこちらが心配になる程。でも、そうでもしてないと振り回されて泣いて終わりになってしまうのだろう(笑)。見習いたいものである。

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2位になったカップルは、あぁ、アルゼンチン人じゃないとこうはいかないよな…、と思わせる職人技的な技術と表現力。大概のペアが「これでもか!」ってくらい技を詰め込んで来て、「どや~!!!」ってガンガンやる中で、見てる側としては「はい…、お、お腹いっぱいデス…。」となっていた中、決して派手じゃないんだけど、ちょっとやそっとではできないような技を盛り込む。もう、それだけで会場中が大騒ぎ。こちらのMilonga で長年踊りこんできたおじいちゃんMilongueros 達の踊りとかを見てないと決して出せないような二人の世界観。そして最後はもちろんステージタンゴらしく派手に締めくくってくれた訳ですが、彼等が踊った時は会場中が大騒ぎでありました。

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そして今回、本当に感動したのが優勝したペアのTango。大概、Color Tangoだ、Vale Tangoだ、と、派手な音使いの曲だったり、Gallo Ciegoとか大定番の曲を選曲してくる中、難解極まりないPiazzolla の「ロコへのバラード」しかもGoyeneche の歌で!ときた!!
当然のように皆が露出の激しい“輸出用イメージの賜物”セクシードレスにダークスーツで踊る中、歌詞の世界感を表現したロコ(=おかしな人)になりきった薄汚れたスーツに、真っ白な長袖の貴婦人のような上品なドレス。そして柔らかいオフホワイトの鳥かごに入ったピンクの風船。歌詞の世界とぴったりにその風船を二人が取り上げて空に放った瞬間に、既に会場のあちこちでスタンディングオベーション…。
本当に本当に美しいものを見ました。

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個人的には、”個性的”を超えすぎてる歌い方をするGoyeneche の「へへへッ」的な笑い声まで踊りで表現している様子が好きだったり、Tango が死にかけた時代にTango を世界的なものにしたPiazzolla へのアルゼンチン人の誇りと愛を会場の歓声から感じたり、本当によい時間でした。
何年もトライを続けている彼等を見守ってきた人達の応援の声援もすごかった!


↑是非、ご覧ください☆

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技術力の非常に高いロシア勢が、これまでのTango にコンテンポラリー的表現を混ぜている感じは、「なる程、ロシア人はこのように表現するのね。」といった感じで、新しいものに挑戦しているように見える(もしくは、そもそも彼らのTango の捉え方がそうなのか?と思ったり。)けど、心に響くものがない。
対して優勝したペアは「新しいことを“革命的に”やり切った」ように見えました。ただ、優勝したペアを知る友人によると、彼は「新しいことに挑戦」してるつもりもなければ、「革命的なこと」をしてるつもりもなくて、ただただ彼の内から溢れるTango の表現があれなのだという話。
さすがアルゼンチン人!すごくすごくクリエイティブだと思う。

Tango を産み育みそして変化させ続けるのはやはりただならぬ彼等でしかないのかもしれない。私達外国人は彼らの誇りを刺激して、本場が変化していくのを促進する存在でしかないように思う。

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あ、Salon 部門、コンサート、ドキュメンタリー映画等々、続編書きます~♪

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