沖縄に行って来ましたマイ沖縄ノート(2)泡瀬干潟も辺野古の海も守りたい。で、その後は・・・?

2010年11月03日

マイ沖縄ノート(1)ひめゆり平和祈念資料館で、戦争のやり方を考える。

沖縄初日、那覇空港で東京から来た友人と合流して、彼女のお友達夫婦がレンタカーで案内してくれることになりました。

私:初めましてー、よろしくですー。
ご夫婦:ようこそー。で、どこ行きたい?
私:実はひめゆり資料館行きたいんですけど。

って、どんなひとかと思うよね(^^;
連れてってくれたご夫婦に感謝でございます。

「『平和』は退屈ですか?」を初めて読んだのはもう4年も前のことになるのか、と今自分のブログを見直してしみじみ。
2006年11月4日のエントリ
沖縄2回目でようやく行ってきましたよ。

東京の友人は、はたちくらいのときに初めて沖縄に来たときにひめゆりに行ったことがあって、「マジで精神的エネルギーを使う」と言ってたので、ちょっと構えては行きました。

見てみて、
怖かったり、涙がでたり、悲しかったりはしなかった。
とにかく腹がたって腹がたって腹がたってしょうがなかった。
何にって、第二次世界大戦のときの日本軍の戦争のやり方に。
悲惨な戦争だったというより、戦争の仕方をいろいろまちがってる。
いや、戦争のやり方知らなかったんじゃないの??としか言いようがない。

春にベトナムに行ったあと、病気休業中でひきこもりなのをいいことに、ベトナム戦争関係の本をたくさん読んで、その中に「ホーチミンルート従軍記」っていうスゴイ本がありました。


その中で「ベトナムはずっと戦争をしてきた。フランスの植民地支配と戦い、日本軍と戦い、アメリカと戦ってきた。その中で軍医学は発達していた」という内容の記述があったのね。
そりゃ、必要ないなら必要ないほうがいいけど、いざ戦争するときは軍医さんが頼りになる方がいいに決まってる。

実際この本の中では、最先端の外科医だった著者が、自ら機材をかついで一日80kmも行軍して山中に医療拠点をつくってまわり、自転車発電して外科手術をしたり、医師・看護婦が自分の血を輸血したりする様子が書かれてます。


なんで、この本の話しを出したかというと、私がひめゆり資料館を見ていちばん頭にきたのが、医療体制のことだったから。
生き残ったひとの体験記が読める資料室で、狭い壕の中にひしめきあう負傷した兵士が、傷にわいたウジをとってくれ、という話しを読んだ。ウジがわくとそれは痛いのだと。
もちろん、なんてひどい話なんだ、と思いながら読んでたのです。
そしたら、ひとりの体験記にこんな記述が。

南部まで敗走してきて、軍部から「解散」(あとは自分で逃げてね)命令がでて、逃げ回っていたけどアメリカ兵に捕まった。
足をけがしていた自分を捕まえて、米兵が服をハサミで切り始めた。裸にされると思って抵抗したが、米兵は傷口が出るように切ったあと、ウジがわいた傷口にオキシドールをかけた。すると、びっしりわいていたウジがきれいにいなくなった。
びっくりして、そのあと捕まったお友達にも「大丈夫、この薬をかけるとウジがいなくなるよ」と教えてあげた・・・。


日本軍、オキシドールもなかったんですよ。

軍隊の医療って、ケガすることが前提だから、殺菌剤ってまず必要なんじゃないの?
そんな物資もなくなって、戦争つづける判断ってどうなのよ?
南洋の戦場でマラリアで死んだ兵隊、感染症で死んだ兵隊もたくさんいたけど、医療体制がしっかりしてたら、死ななくていい人たちもたくさんいたんじゃないの!?

戦争はしてはいけない、と言うけれど、
やるならやるで、やり方があるだろう、と思う。
第二次世界大戦の日本軍のやり方は、やってはいけないやり方だ。
そう思ったのです。


それと。

ひめゆり平和祈念資料館には、修学旅行生が来てました。
でもねー、どうなんだろ?
修学旅行で来るって、ほんとにいいのかなあ?

この資料館の内容を受け止めるには、けっこう準備がいると思う。
第二次世界大戦にいたる日本の近代の歴史。
琉球の歴史。琉球と日本の関わりの歴史。
いまの沖縄問題。
わたしは35歳になってて、こういうことに興味あって、今までそこそこ本を読んだりもしてきたから、必要以上にショックを受けず、内容を理解して、受け止められた。

でもさ、高校生で集団で前勉強もなしに連れてこられたらこれヘヴィだよ。
重苦しさに思わず茶化しちゃうしかないと思うよ。
受け止めるのに必要な時間もそれぞれ違うと思うし、今がそのタイミングじゃない子もいると思う。
すごくちゃんと受け止めた子が中にいたら、「なにマジになってんの?」とか言われたりしないかなあ。

平和教育のメソッドには前から興味があって、「平和教育プログラム、売ります」ていう以前のエントリもあります。

でね。せめて沖縄に修学旅行に行く前にビデオ学習できる教材つくるといいと思うんだよね。
沖縄修学旅行って、ひめゆりと首里城と国際通りとか行くんでしょ?
だったら、東アジア交易圏での琉球王国の歴史とかも押さえてさ、今の基地問題までつなげてさ。それだけでぜんぜん違うと思うんだよね。
でも、国じゃそれ作れないか。やっぱり。
国じゃなくてもいいよね。沖縄県がつくってもいいし。民間が作ってもいいし。学校が採用してくれるかどうかわかんないけど。。。

そんな沖縄第一日目でした。
次回につづく。

feminem at 22:44│Comments(0)TrackBack(0) フェミネムの「ひとりゲリラ闘争記」 

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