IMG_6836

IMG_6837

果たして、痛みは快楽に変わるのでしょうか???

知ってる人にとっては、当たり前過ぎることかもしれません。

痛みは快楽に変わります。

もっと言えば痛みでオーガズムに達することだってあります。

そうなると苦痛責めと快楽責め、そこに大きな違いなんてない気がするのは私だけでしょうか???

快楽も過ぎれば苦しいし、痛みも快楽になりうるのだから。


私が可愛がってる、Kちゃん。

彼は自分なりに分析したようです。

なぜ痛みが快楽に変わるのか???

そこには『前触れ』や『脳の準備』が必要らしいのです。

何度も体験していれば、何も考えずとも条件反射的に反応するのでしょうが、それに至るまでは脳を導く必要があるようです。

でも、それって私たち女王や責め手は言葉責めや視覚を使って当たり前のように普段からやっていることなのかもしれません。

(そうやって言語化することで、改めて整理できるからやっぱり分析することは大事なのですけどね)


痛いことが来る。
苦しいことをされる。

そう身構えた瞬間、脳みそは快楽へと体を導くのです。

でも、その為にはその痛み(想像を絶するような辛いことなら余計に効果的?)を前もって経験していないと意味がないのだと思います。

そういうのって、きっと自衛本能が関係しているはずですから。


IMG_6832

快感は痛みを薄めたものって説があります。
本当にその通りなのかもしれませんね。

気持ち良いことも容赦なく続けば苦しいし、辛い。

辛いことも定点を超えれば、気持ち良い。

その定点は私と相手によって変わるだけでなく、その日のコンディションによっても上下するし、なんなら左右にまで動いてしまうもの。


そう考えるとSMって、本当に面白いものだと思いませんか?

お互いの心の状態が全部出てしまうのですから。

そうやって繋がり合うことは、決して他では変え難いものだと私は思っています。

私にとっても絶対に他では得られない快楽だから、私はSMが好き。


そんなわけで、痛いこともその先には快楽があるんです。

痛いことって何のためにするのか?
私はお仕置きか調教としてが多く、どちらにしても意味をもって与えます。

調教とは私好みに変える為。
私の与えるものは痛みすら快感になるようにする為。

それは誰によってもたらされる痛みなのか?

私にとってもマゾにとっても、同じ行為でもその相手が大事だと思っています。

SMに限らずよく言われる『関係性』という聖杯は確かに存在するので、そんな相手とだけ楽しめたら良いとも思います。

私の思うSMは誰とでも出来るものではありません。


私はそう思える相手と出会えたことを感謝しています。
SMしていて一番良かったことです^_^


それと経験したことのない人にとっては分からないことがもう一つ。

苦痛が快感になっても(痛みでイッたとしても)やっぱり痛いのは痛いらしいです(笑)


Kちゃん、いつもありがとう!
お誕生日もおめでとう。
今年も一緒に祝えて良かったです♪

IMG_6831

IMG_6835


そして、私のマゾたち。

そう、このブログを読んでドキっとしてソワソワして、なんならヤキモキしてるお前たちですよ。
ありがとう。




写メ日記も随時更新してます。
ランキングも参加してますのでよろしくね♡

純・フェティシズム出勤スケジュール(HP) 
純・フェティシズム出勤スケジュール(スマホ) 
純専用衣装(専用ボンテージ) 
純所有道具
http://blog.livedoor.jp/fetishism_jun/archives/cat_272759.html
女王様データベース