2016年04月06日 20:52

投稿小説「THE STAR」

こんばんは。

本日はOBAKE氏の投稿小説「THE STAR」を更新いたします。
クルルが主役の物語です。
物語の時間軸は、パラメキアとの決戦より前となります。

ブログのコメント返信はまた後日。



****

「エルマン26歳!職業芸能マネージャー!
 プロダクションからクルル姫の活動に伴う雑務のお世話をさせていただくため来ましたです!!」

これまでの人生におけるどんな時より――、
エスタの芸能事務所への入社面接の時よりも、受け持っているタレントの売り込みのときよりも、
大きく、明朗に、誠実に、必死に……、そう、命を懸けて声を張り上げる。
大きな声が電波放送局の控室の白い壁に反響し、自分の鼓膜にさえも痛みを感じてきた。
ダラダラと滴り落ちる汗で、スーツの背中も脇もびっしょり濡れて気持ち悪い。

大げさな、だって?とんでもない。見てよ僕の今の状況を。

「まねーじゃー?ぷろだくしょん?
 ええい、わけのわからん事を妖しい奴め!
 やはりクルル様の命を狙いに来た暗殺者だな!」

入室直後、問答無用で首元に剣を突きつけられてるんだよ!!?

やたらと鋭そうな幅広の剣はピクリと震える事すらなく、
構えている銀髪の青年が只者でない事を物語っている。
同じく銀の鋭い瞳はメラメラと使命感で燃え滾り、
この行動とセリフが純度100%の本気(マジ)である事を証明している。
うん、アカンやつやコレ。

「ちょちょちょ、何言ってるんですかいきなり!
 誤解です!僕は大統領府から会社を通して正式な依頼を受けて…、
 そうだ身分証!身分証があります!!」
「!!?
 貴様、この状況で懐から暗器を取り出す気か!」
「……フリオニールさん」
「ティナ!援護に入ってくれ!
 この暗殺者、正面から乗り込んでくるばかりかこの至近距離で剣を突きつけられてなお、
 攻撃行動に移ろうとする自信……、油断ならない!」
「アグレッシブ解釈!?
 違います!単に背広の内ポケットから身分証を取り出そうとしただけです!」
「…カ〜エ〜ル〜の〜き〜も〜ち〜」
「しかも未だ目を閉じたままの姿勢……、心眼術の使い手か!」
「すみませんね糸目なんです!これでもしっかり開いてるんです僕のおめめ!」
「トード」

ボフン。
やや眠たげな目をした緑髪の少女が、宝珠を先端に頂くロッドを掲げたと思った瞬間、
銀髪の青年は音を立てて突如消え去る。
何が何だか……、でも確かな事がひとつ。

「助かった……」

襲い来る虚脱感にあらがえず、僕はリノリウムの床にへたり込む。
スーツを通して伝わるコンクリートの冷たい心地よさが、
生きているって素晴らしいと感じさせてくれる。

「いくら何でもこうはならいんじゃないかと思っていたけど、
 やっぱりこうなったわね。
 ありがとう、ティナちゃん」

と、少女とは別の声。
ヒールの低い革靴で床を軽く鳴らしながら、
黒スーツを着こんだ紫髪の女性が近づいてくる。
不思議な茫洋さを持つ緑髪の少女とは対照的な、精悍さを伴う中々の美人だ。
歩き方にも佇まいにも鋭さを感じさせるところからして、警護役だろうか。
……居たのなら、最初からさっきの青年を止めて欲しかった。
などと心の中で文句を言う僕の膝に、びょこんと一匹のカエルが乗る。
色は非常に珍しい、鈍い灰褐色。

「全力で詠唱したトードを、ウィザードロッドで増幅して放った。
 いくらフリオニールさんでも、しばらくは戻れない」

実は嫌われてるのか?
まあでも、おかげで僕の命は助かったし、これで円滑に静かに業務が……、

「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ!!
 ゲーコゲコゲコゲコゲゲゲ、ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲーー!!」

主張激しいなこの人!!

「スリプル」

間髪入れず、ロッドが再び振るわれて、今度こそ青年(カエル)は沈黙する。
……この緑髪の子、大人しそうに見えて容赦ないな……。
まあとにかく、今度こそ静かになったぞ。
いつまでもこうしている訳にはいかないと脚に力を入れて……またへたり込んでしまう。
女性の前で情けない、とはいえ鎖国していたエスタ生まれの僕にとっては、
あれほどまでに追いつめられたのは人生初だ。仕方がない、ってことにしといてホント。

「すみません、フリオニールは融通が利かないところがあって。
 大丈夫ですか?」
「ああ、ありが――」

白く幼い手と共に差し出された、淡いブルーのハンカチを受け取ろうとしたところで、
僕は思わず絶句してしまう。


――“美少女”を目にしたとき、君たちはまずどんなことを考えるだろうか?


お近づきになりたい?
せめてフィルムの中に残したい?
せめてせめて、一言だけでもお話したい?

いやいや、僕はプロだ。

“可愛い”女の子を目にしたならば、
まずはその娘の“価値”を計る事を骨身に染み込ませられている。
だから当然、自身のプロ意識に従って、僕のモノサシで試算してみたわけさ。

顔だち。未成熟さを残した丸みのある造形は、完成前であるからこその危うい、
心揺さぶられるような儚さを湛えた美を作り上げ、
珠の肌を彩る薔薇色の頬とふっくらした唇が、可憐さを一層引き立てている。

身体。触れれば折れそうな程に華奢な手足を束ねるボディラインは、
同じく未完成を示すようにくびれが小さく、
その幼さが強く残るスタイルには男性ばかりでなく女性であっても、
庇護欲を掻き立てられて止まないだろう。
14歳にしては小柄な背丈も、そのイメージをむしろ強調している。

髪。極細の金糸を束ねたかのようなブロンドヘアーはふわりとゆるくウェーブがかかり、
金色が描くラインはまるで煌々と咲く金鳳花のよう。

オーラ。純真清廉なだけじゃなく、街を歩く女の子たちには無い高貴さを自然と纏っていて、
この娘だけが周囲の世界から一段くっきりと浮かび上がっているみたいだ。

何よりも、瞳。
愛らしい大きなセイクリッド・ブルーの中には、
まるでいくつもの星屑が散りばめられているかのようで、
彼女が表情を変える度、新たな光を見つける度にキラキラと小宇宙が輝いて、
視線を投げかけられて魅了されないものは居ないだろう。

グリーンのリボンでツインテ―ルに括られたブロンドとともに少女を飾る、
ノースリーブのシャツとライトイエローのプリーツキュロットの生地は、
一目で上質なものとわかる。
そして細い手首に輝く、野に遊ぶモーグリが描かれた金のバングル。
総資産価値……………………計測不能。
少なくとも、僕のような凡人では計り知る事すらかなわない。
これが連合がシンボルとして押し出している三神姫。
中でも“最も剛(つよ)く美しい”とされる“神姫クルル”なのか。

「あの、私の顔になにか?」
「あ、ああいや。
 失礼いたしましたクルル姫」

慌てる僕に、クルル姫は訝し気な表情を少し濃くする。
同時に左手に握っていた、ピンク色の布包み……、クルル姫の身長の半分ほどもあるバトンか杖か?を、
を自身の薄い身体に引き寄せた。

「私、まだ名乗っていませんでしたが……」
「いえ、一目でわかりました。
 お美しさも、気品も、私がこれまでに出会った事の無いものです」

僕の言葉は偽りない本心ではあったが、それでもクルル姫は「えっ」と軽く驚いた後、
顔を耳まで赤くしてうつむいてしまう。
フロントはフェイスに比べて牧歌的な世界だったと噂に伝え聞くけれど、
この素直な心根も、輝かしい財産の一つだな、と感じる。
これほどの素材を前にして、いつまでも腰を抜かせていられない。
僕はクルル姫の厚意を丁重にお断りしてから、自分のハンカチで汗を拭き、よっと立ち上がる。
今度こそ懐から名刺を取り出し、クルル姫を含めて控室の全員へと配っていく。
代わりに受け取ってもらった各々から、順に自己紹介を受ける。

「マリア。クルル様の護衛です」
「ガイ。よろ、しく」

こちらの二人は僕がこれまで出会って来た誰よりも隙が無い。
特にガイさんは、しゃべってみれば物腰柔らかな話しやすい人だったが、
大きな体躯と鉄のような筋肉は、幼い神姫の護衛として充分以上のプレッシャーを発している。
ていうか、黒スーツとサングラスが似合い過ぎている。
本音を言うと、入室時から存在に気付いていたが、怖くて意識外に追いやっていたくらいだ。

「ティナ。カエルを連れて帰る」

ロッドを右手に、鉄籠を左手に短く挨拶を口にしたのは、先ほどの緑髪の少女。
ひとまず、会釈を返しておく。
そして最後に、名高い傭兵SeeDの制服を着こんだ少女が興奮した面持ちで一歩前に出る。

「セルフィ・ティルミットです。
 クルルちゃんの姉です」
「………資料をうかがわせていただきましたが、クルル姫のご血縁は………」
「魂の姉です。
 クルルちゃんのアイドル活動のプロデューサーでもあります」
「そうですか、よろしくお願いします」

本日二度目の純度100%の瞳を確認した僕は、セルフィちゃんと堅い握手を交わす。
経験上、こういう相手には突っ込みを入れてはいけないのは良く分かっているからな。
あらゆる意味で迷いがなさ過ぎて、ある意味凄い。

「セルフィ……、今更だけどあなた今日は非番じゃなかったでしょう」
「大丈夫です。クラウドさんが代わってくれましたから。
 セシルさんにも了承を取ってます」
「ゴルベーザさんから、訓練の追試を言い渡されていたんじゃなかったかしら?」
「昨夜、完徹でクリアしました」
「…………ゴルベーザさんに徹夜を付き合わせた勇気に敬服して、
 もうこれ以上何も言わないわ……」

やりとりに押されて室内の空気は微妙だったが、
この程度で怯んでいてはこの業界ではやっていけない。
強制的に時計の針を進めるべく、まずは手帳を開き、今日の経緯を確認する。

「さて、改めてよろしくお願い致します、クルル姫。
 お聞きとは存じますが、本日から三日間、
 連合軍の広報としてここエスタで様々な活動を行っていただきます。
 活動内容については、事前に軍広報部と電波局で調整済みです。
 弊社もアドバイザーとして参加させていただきました」

混乱続く僕らの世界。
連合域内全ての通信網と“夢”の中で各国代表者が口にした希望、
そして苦しい状況ながらも、戦果とともに伝わるいくつかの英雄譚が、
今にも折れてしまいそうな人々の心をなんとか支えてくれているとはいえ……いや、
必然として、今と言う時代にはアイドルが必要だったんだ。もうずっと前から。

“三神姫”。

一体誰が呼び始めたのかは定かではないが、レナ・タイクーン姫、サリサ・タイクーン姫、
そして僕の目の前に座るクルル・バルデシオン姫…いずれも類まれな美(少)女であり、
更に信じられないことに一騎当千の戦姫でもある彼女たちの存在は、
乱世と厄災に打ちのめされた人々にとって、大きな意味を持ち得るものだ。

「リターナー主力でもある姫にとって、休息日は大変貴重なお時間である事は、
 誰もが理解しております。
 ですので、限られた時間で最大限、貴女という希望を人々に伝える為、
 エスタ情報網の全てを使ってお手伝いをさせていただきます」
「よろしくお願いします、エルマンさん。
 ……あの、そんなに畏まっていただかなくても大丈夫ですよ。
 “姫”といってもバルは大国というわけではないし、私は見ての通りです」
「そう、まさしく1000年に一度の美少女!
 アイドルの頂点に立つ事を運命づけられた、史上最高の逸材なんですからね!
 見える……、見えるよ、満席の武○館で唄うクルルちゃんの姿が……!!」

いいや、○道館なんてこの世界に存在しないね!

「……ええっと、見ての通り私はエルマンさんよりずっと年下です」
「心配しないでクルルちゃん!
 クルルちゃんの平面ボディは平面だからこその美しさがあってむしろ今この瞬間こ
 そが完成形であると言っても過言ではない私の妹KAWAII!世界もひれ伏す萌」
「トード」
「けろけろけろけろけろけろけろけろけろけろけろけろっぴ!」

そしてティナちゃんは、再度ロッドを輝かせた後、灰褐色のカエルが眠る鉄籠に、
新たにレモンイエローの一匹を加えて入口をカシャンと閉じた。

「じゃあ私は二人を連れて帰る。予定通り」

…………今度こそ落ち着いて話せる環境が整ったか。

「…なので、“クルル姫”なんてやめてください。
 “クルルちゃん”と呼んでいただいて結構です」
「クルル姫の広いお心、感謝いたします。ですが……」
「三日間、右も左も分からない世界でお世話になるのは私の方ですから。
 それに……、私も本当はこういう話し方は苦手なの。
 今日からのお仕事、大変なんだったらますます、
 プライベートな場ではリラックスしてたいなって」

クルル姫はすぐ後ろに立つマリア女史に「いいでしょう?」と意見を求める。
ガードと侍女役を兼任する女性が表情を少し崩して、了承を伝えたのを確認してから、
僕は所作の敬意には気を付けつつも、タレントが最もやり易い形をとらせてもらう事とした。

「わかったよ、クルルちゃん。
 大変な三日間になると思うけど、精一杯サポートさせてもらうから、よろしく」
「うん!
 フロントの国もフェイスの国も、戦いで疲れた世界中の人たちを元気づけられるんなら、
 私、一生懸命やってみせるよ!」

元気よく頷くのに合わせ、ふわふわのブロンドが揺れて煌めく。
健やかな心根と共に“頑張るぞ”と両腕を構えて気合を入れる少女の姿からは、
大地の豊穣を思わせる瑞々しい生気があふれていて、なるほど大統領府勅命で、
彼女の姿を世界中に伝えて欲しいと依頼が来たのも納得だ。

「よし、それじゃあこの三日間の予定を簡単に説明させてもらうね!
 まずはこの電波局でインタビュー番組の収録、ラジオの生出演、
 B級グルメ巡り番組で昼食をとりつつ収録した後は、
 半日消防署長で市民と触れ合い、夜になったら市内の心霊スポットで撮影。
 翌日は朝番組にこれも生出演して貰って、夕方まで写真集とイメージビデオの撮影会だ。
 今回は水着もOKって事で、大統領府から話を聞いているから。
 その後大型ゲームセンターでのイベントで、夜はもう一度ラジオに出演。
 翌朝までに、日中撮影したブロマイド3000枚へ直筆サインをお願い。
 そして最終日は夕方まで一日憲兵団団長になってもらって、
 そこからホール会場で大型イベントとファンとの握手会だよ!!」


「……………………………………とりあえず、水着はちょっと……」




というわけで、最後のイベントの感動も覚めやらぬまま一夜が明けた。
セルフィちゃんが予見(?)したように、大ホールは溢れんばかりの満席で、
神姫の一挙手一投足に合わせて割れんばかりの熱狂がひっきりなし。
当初は実現が疑問視されていたオリジナルソングのお披露目も、
予想だにしていなかった完璧な完成度で発表となり、いっそうの華を添えていた。
普通のアイドルならば覚えるのに一か月はかかるはずのダンスですら、
クルルちゃんの前では数度のレッスンでパーフェクトな仕上がりを見せ、
イベント間の僅かな空き時間でも十分すぎてお釣りが来たのは、
驚きを通り越して“脅威”ですらあった。
クルルちゃんには“胸囲”が無いのだけれど(ごめん、言いたかった)。
あえて挙げるなら、行く先々でフリオニール君とセルフィちゃんが、
問題を起こしまくってくれた事だが……もうこれには触れるまい。
死人が出なかっただけ良かったとしよう。

とにかくそんな嵐のようなスケジュールをこなしたクルルちゃんは、
今日は完全休息としてここ、エスタ大通りのオープンカフェで、

「…………………………」

死人のような表情で弱々しくレモネードを啜っていた…………。
いやもう、完全にレ○プ目。コミックス収録時に修正が入るレベル。
しかも口元だけは引きつった笑いを浮かべ続けていて、余計に怖い。
もちろんお忍びのため、ライトブラウンのハーフパンツに、ボーダーのタンクトップ、
黒のシースルートップスとシックな色合いで、足元も白一色のシューズとスポーティーだ。
おまけにトレードマークであった大きなリボンを外して、長い髪をニット帽の中に隠し、
伊達メガネまで装備した、出会った時とはまるで違うスタイル。
こないだと一緒なのは、左手のバングルと傍らに置いたピンクの包みくらいなものだ。
だけど本来なら、そんな程度のフィルターじゃあ、
この娘の輝きを隠す事なんて出来なかったはずだ。
なのに今注目を浴びているのは、大きな筒と箱をそれぞれ背負って来た、
SPスタイルのマリア女史とガイさんだけで、ここに神姫が座っているなんて誰も気付かない。
………そりゃまあ、そういう意味ではお忍び成功なわけだけどさ。

「あの…本当にお疲れ様、クルルちゃん」
「もう一生分自分の名前を書いて、握手した気がする……。右手がまだ痺れてるよ……。
 ずっと笑顔で居なくちゃいけなかったから、ほっぺの筋肉が戻らないし……。
 イベントって…、秒単位で握手を管理するってどういう事だったの?
 そもそもどうしてみんな、私の私生活にあんなに詳しかったの??
 しかもあの写真が……ビデオが世界中に廻るなんて……。
 あんなの水着じゃなくて“紐”だったよ……」
「あの、クルル様……。とても可愛らしかったですよ。
 特にあの、トラの着ぐるみなんて……」
「やめて!!」

マリア女史の声だけでなく、先日の記憶をもシャットアウトしたいとばかりに、
クルルちゃんは両耳を塞いでかぶりを振る。
慌ててマリア女史が、今度は軽く背中をさすって落ち着けようとするけど、
俯く表情は青いままだ。
う〜む、かなりSAN値が削れてしまったようだ……。
こちらの立場としては、なんとか楽しかった記憶の方を表に出させて、
またいつか、次の仕事も受けてもらえる橋を作っておかねば。

「ええと、ほら、クルルちゃん。でも楽しい事もあったでしょ。
 屋台の収録で食べたスペシャルたこ焼き、美味しかったよね。
 それにゲームセンターでダンスのゲームをしてる時なんて、すっごく輝いてたよ。
 あのゲーム、初見でSS難度にパーフェクトを出せるのなんて、
 世界中探してもクルルちゃんだけだよきっと」

というかあれは、ダンスが“得意”って域を完全に超えてたからな。
まったく知らない状態で、あの高速で複雑な動き全てをトレースできたってのはつまり、
この娘がな常識外れの動体視力と機械のように精密な身体操作を併せ持ってるって事で。
あれを見てしまうと、“如何なる厄災をも阻む無敵の戦姫”という触れ込みも、
嘘ではないのかと思えてしまう。

「…ああ、うん……。そうだね。エスタの技術はすごかったな。
 楽しくて可愛いダンスが、あんなに簡単にたくさん楽しめて」

よし、僅かだけど顔に赤みが戻った。
本人もいい記憶を積極的に引き出そうとしているんだろう。
ここはもうひと押し、明るいニュースで元気づけてあげよう。
僕はポケットから端末を取り出し、ブルーの瞳の前で動画を再生してあげる。

「そうだよ!
 あの時のクルルちゃんのダンス動画なんて、たった二日でもう100万回再生なんだから!」
「エスタは……、フェイスは怖い所だよ………。
 おじいちゃん、私を守って……」
「ガチで怯えないで!?」

目論見とは逆に、クルルちゃんは頭を抱えてガタガタと震え出してしまった。
同時に僕も、マリア女史に鋭い視線で射抜かれて、一瞬心臓が凍ってしまう。
う…うむぅ……。目立つのが苦手な娘に、これはちょっと刺激が強すぎたか……。
まあ確かに、タグもコメントもアレなものばかりだしな……。
特にローアングル映像時の盛り上がりが半端じゃなさすぎるだろ、視聴者。

「あ〜…、その〜……。
 ほっ、ほら、今日は気分を変えて楽しむ事に集中しようよ。
 ケーキはどう?ショコラ・デイが近いから、期間限定のチョコ系ケーキが沢山あるよ!」
「ショコラ・デイ?」

と、これはマリア女史。おや、彼女も知らないという事は?

「あれ?そっちの世界じゃ無かったですか?
 この時期、女の子が好きな男の子にチョコレートを贈る習慣があるんですよ。
 あっちこっちの店で、チョコレートを売ってるでしょう」
「へえ、面白い文化があるのね。エスタだけ?」
「いや、僕らの世界じゃ一般的なイベントでしたよ。
 もちろん辺境国の全てまでってわけじゃなかったですけど。
 女の子たちは、その日にチョコと一緒に想いを伝えるんです。
 クルルちゃんは、好きな男の子は居ないのかな?」

唐突な話題変更は理解しているが、とにかく昨日までの件から離れなければ。
それにこの手のゆるふわ話題は、この年頃の女の子にとっては大好物のはずだ。
頼む、食いついてください。さっきからマリア女史の目が笑ってなくて怖いんです!

「………好きな、人…」
「うんそう。好きな男の子」

呟きと共にゆっくりと上がってきた顔に乗っていた表情は、予想のどれとも違う、
硬質さを感じるもので、彼女が自分の考えを形にするために、
必死に思考の海から言葉を探そうとしているのが感じられた。

「そう、だな……。
 そういう事に興味が無いってわけじゃない、の。フロントにも沢山の恋物語があって……。
 想いあえる人が居るのはきっと素敵なことなんだろうなって、想像していたの。
 だけど……」

クルルちゃんは言葉を切って、小さくため息をつく。
失恋?叶わない恋?違う。
もちろんこの娘のスペックの前に、そんなものは存在しないだろうが、
今、目前にある表情は根本的にそういった問題を連想させない、ロジックを追う真剣なものだ。
なぜ?

「だけど、レナお姉ちゃんを見ていると、違うんだなって……。
 誰かを想うって、とても難しくて苦しい事で……、ううん。
 私が想像していた以上に素敵な事ではあったの。それは間違いない。
 だってあの想いこそが、きっと世界を変えるから。
 お姉ちゃんが居たからこそ、バッツはあの時、ぬくもりを黄金の剣という形に成せた」

そこでクルルちゃんの言葉は止まり、しばしの時間、青空を埋めるのは面した通りの歓声だけになった。
語るのはまだ幼い少女だけれど、
彼女が作り上げようとしているモノの姿を知りたいという気持ちが誰もの胸を埋め、
テーブルに着いた全員がコーヒーカップを手に、じっと続きを待つ。

「………ごめんなさい、エルマンさん。
 やっぱり上手く言葉に出来ないや。私がまだ子供だからかな」
「そう」

寂しい笑顔に返す言葉を見つけられなくて、僕はただただ情けない短かい相槌だけを口にする。
少しだけでも長く生きた分だけ、知っていることを伝えられればと思いはするけど、
僕のような凡人では神姫の助けになんてなれるはずもなくて、事実、
彼女の声からはもう迷いの色は消えていた。

「ただ、私はお姉ちゃんとは違う道を行ってみようって思うの。
 想うよりも先に、この世界を知りたい。
 空と大地の事、国の事、そこに住まう人の事……今回のお仕事を受けさせてもらったのも、
 私が知らない世界を知りたいと思ったから。
 この身に満ちた魔力を、おじいちゃんが守ってくれた命を、世界が与えてくれた光の戦士の力を、
 どうすれば上手に使えるようになるのか、見つける糧にしたかったんだ。
 だってね、こんなに沢山のもの、自分ひとりの為だけに使うのはもったいないしつまんないって、
 旅人にそう教わったんだもん」

大きな大きな夢を語るのは、少女の、太陽に負けないくらいに輝く笑顔。
その姿は、在り様は……小さな宇宙が凝縮した瞳は“最も美しい”という謳いにふさわしい。

「クルル様、私たちにもそのお手伝いをさせてください」
「フリオニールも、ナナキも、飛竜もきっと。クルルの力、なる」
「うん。ありがとう、みんな」

やれやれ、凄いなぁ。
事実は小説より奇なりとは言うけれど、
世の中にはまるで伝説の物語そのものの人たちが居るんだなぁ。


「……でも、想いの結晶であるあの剣が、どうしてバッツに犠牲を強いるの……?
 確かに二人の想いはまだ、本当に通じ合っているわけじゃないけど……。
 …ならあの黄金も、まだ“答え”には至っていない?
 “神々の黄昏”にはまだ先があるの?」


自分が立っている世界と地続きとは思えない、圧倒的なスケールの差だ。
己のちっぽけさが情けないとすら思う事もできない虚無感で、僕は思わず道路に目を逸らせて、

「んなっ!?」

そしてさっそく、また別の“奇”に驚く事になった。
なんせ大通りに、ずんぐりむっくりした鉄騎が、巨大なハンマーを片手に歩いてたんだ。
顎が外れなかっただけ誉めてもらいたい。
鈍くライトグリーンに輝くのは、最近流通し始めた超金属“ミスリル”製だからだろう。
見るからに分厚いフルアーマーは関節も含めて一切の隙間を持たず、
顔の部分までフェイスプレートで完全に覆われている。何処から外を見てるんだアレ。
更に異様なのはその体格。身長は普通の人の肩まであるかないかくらいに低いが、
胴も手足も丸太のように太くて、見ただけで桁外れの膂力を秘めているのが分かる。
そのくせ鎧には、流麗な金のエングレービングがそこかしこに施されて、
豪華絢爛で余計に周囲から浮いている。
まるでディフォルメキャラの高級騎兵が現実に飛び出してきたかのようだ。
僕だけじゃなく、周囲の通行人もカフェの客も突然の光景に驚いている。
まさかモンスター?
いやしかし、隣を歩くホットパンツの少女と談笑しているという事は、危険性は無いのか……?

「あれ?ジオット王とミド」
「あら、本当ですね」
「知り合い!?」

今度こそ顎が外れるかと思った。リターナーには常識外れの人材がそろっているとは聞いていたが、
いくら何でも外れすぎでしょ。正直オトモダチになりたくない。
しかし現実は厳しい。
珍妙な二人組は、マリア女史が手を振っているのを見つけると笑顔で(鉄騎は表情見えんが)、
こちらへ駆けよって来た。
鎧の可動に油圧ギミックを使ってるのか、ぎっちょんがっちょんうるさい。

「ラリホ―、奇遇じゃのうマリア、ガイ。
 それに……クルル姫か」
「いつもと服装が全然違うから、わかりませんでした」

鉄騎の見た目通りの太い声に続くのは、こちらも見た目通りの声を使う可愛らしい少女。
歳はクルルちゃんより下だろう。
クルルちゃんの身長も僕のアゴくらいまでしかないが、この子は更に低い。
しかし幼いながらも、サラリとした長い金髪を風になびかせ、
ホットパンツから惜しげもなく白く細い生脚を晒した姿は、
流石に神姫と比べるのは可哀想だが、ウチのタレントとして十分にやっていけるレベルである。
それにしても“ミド”って、まるで男の子みたいな名前だな?
肩から掛けたバッグも、簡素な鼠色の布造りで、本人の容姿とちぐはぐな組み合わせに見える。

「ミドだって、普段と全然違うじゃない。またコンタクト?」
「いやぁ、出るときいつものひと悶着があって。
 僕は直接出席しないとはいえ、正式な会議だから良くないって言ったんですけど」
「ラリホ。かまわんわい。
 どうせフェイスの世界の常識なんぞ、ワシには理解できんしな。
 まったく、せっかく“正装”で来てやったと言うのに、失礼な連中じゃったわい」
「会議ですか?」

マリア女史の問いかけに、フルフェイス・メットがガチャリと音を立てながらうなずきながら、
空いている椅子に腰を下ろす。
……椅子が重量でギシギシ行ってて怖い。
そしてそれ以上に、目前に置かれた見るからに超重量のハンマーが怖すぎる。

「うむ。オートマシンの主力機の選定にな。
 そこの給仕、ビールじゃ」
「僕はコーヒーを、ブラックで。
 …エスタ、神羅、ガストラのコンペです。
 生産効率的にも戦術的にも、機種を絞った方が有効ですから。
 僕はジオット王にご推薦を頂いて、別室のモニター越しですが議論を聞かせて頂いてきました。
 本当は僕なんかの身の丈には合わない、重要な会議だったんですが……」
「ワシらドワーフが精錬したミスリルを、無駄に使われてはかなわんからな。
 それとミドよ、おヌシを連れてきたのはひいき目によるものではないぞ。
 確かに最初に会った理由は、バッツ殿の推薦あってのものじゃが、
 ワシはおヌシの“実力”を評価しておる」

……!
そうか、ドワーフのジオット王か!ニュースで何度か聞いた事がある!
なんてこった。
ミスリルを始め、連合加盟国に流通するレアメタルの4割をまかなっている、
ドワーフ王国の指導者。
ラグナ大統領、ヒルダ王女と並ぶ超VIPじゃないか!
護衛もつけずに何やってんだ!?

「ミド、自信、持つ」
「そうよ、チャンスはバッツにもらったものかも知れないけれど、
 形にできたのはあなたに力があったからよ。胸を張りなさい。
 もう古代図書館の正式な職員になったんでしょう?」
「やめてくださいマリアさん。
 まだ二等図書正です…っていう言い方も良くないのはわかってるんですけど……」
「私には難しい事はわからないけれど、いきなりその階級というのは凄いことなんでしょう?
 セリスもあなたの論文を高く評価していたわ。
 彼女、ギミックウェポンを使う戦士として、魔導工学には並々ならない興味があるから」
「そうだよ!
 セリスさん、ミドの論文が面白くて夜更かしが過ぎたからって、
 次の日の朝食に遅れてきたくらいだったんだよ!」

みんなからはやし立てられて、愛く頬を染めてはにかむミドちゃんは、本日の動画検索上位に入るであろう、
艶やかな幼貌で、道行く少年たちの足が露骨に止まっている。
が、会話を聞いている僕はそんな処では無い。この幼さで古代図書館の図書正なんて、ありえなさすぎる。
毎月の手取りだって間違いなく僕より上になるはずだ。切ねぇ……。
なんて黄昏ている内に、ウエイトレスが大ジョキのビールとコーヒーをテーブルへ。
剛鉄の手甲がグラスを持ちあげると、フェイスガード口腔部分だけが上部へスライドし、
髭に覆われた大口が現れる。
大きく傾けられたジョッキから、手品のようにぱっと中身のビールが消えていった。

「ふぅ、中々じゃな。
 もう25杯じゃ」

おい、カフェでどんだけ飲む気だ。

「それでジオット王、会議は決着が?」
「うむ、多面的に考え、エスタ系の機体でほぼ決まりじゃ。
 本国の技術レベル、無傷の生産ラインの数。
 戦勝国であるというバイアスもかかっておるがの」

あとは所定の手続きを終えるだけと、王の言葉が進もうとしたところに、
華奢な声が、けれど明確な意思を持って行く手を阻む。

「採用すべきは神羅のプランです」

その声音には小さな子供の物とは思えない堅い決意が乗せられていて、
だから一瞬誰のものなのかが分からなかった。
一拍遅れて持ち主…ミドちゃんに、テーブル全員の視線が集まる。

「ラリホ?なぜそう思う。
 先ほどワシが言った通り、戦時下である現状を鑑みれば効率を最優先して、
 エスタの規格に統一するべき、いや“しなければならない”じゃろう」
「確かに、連合の機械兵器生産ラインのメインはエスタのもので、
 技術情報の管理面でも、エスタの技術者を派遣するのが最も効率的です。
 だけど、エスタの兵器は不整地や悪環境での稼働率が良くありません。
 長い間外部との接触を断ってた影響で、その技術体系は高度ではありますが独自性も強いです。
 ミスリル装甲の使用を前提としたモデルも、まだ少ない」
「ふむ。
 じゃが稼働率の低さを考えても、
 やはりエスタ規格に生産ラインを統一する方が効率的じゃというのが、
 会議の資料でも示されておったろう」

分厚いミスリルヘルムに隠されたドワーフを束ねる王の表情は窺い知れない。
だけどミスリルに負けないくらいの厚みのある声からは、先ほどまでの飄々とした色は消えていて、
ミドちゃんの提言に対して、王としての真剣な意思を下しているのだというのが感じ取れる。

「はい。ですが同じく資料にあった通り、神羅の提出した規格はエスタだけでなくガストラものにも、
 高度なバランスで歩み寄っていました。
 中途半端と言えばそうですが、良い面をとれば先方の主張通りエスタとガストラの設備を、
 比較的小さい改造で転用する事が可能です。
 技術者の面でも、魔大戦時にエスタからガルバディアに流出した技術体系がありましたし、
 神羅は一時期ガストラと技術協力を行っていました。彼らには経験があります。
 ……僕はこの神羅のプランは、戦後に“ユニバーサル規格”として育ち得る、
 高いポテンシャルを有していると見なしています」
「おヌシの技術者としての思いはわかる。
 わかるが、これも会議で何度も出た。現在は戦時じゃ。
 オートマシンのロールアウトが一日遅れれば、その分前線の兵士達の命が失われていく。
 ドワーフの戦士は勇敢じゃが、さりとてワシは無駄死にを命ずる愚王になるつもりはない」

王の言葉は、自らも戦場に立つ戦士だからこその重みと強さを伴い、
白亜の理想の前に巨大な壁としてそそり立つ。

「ミド・プレヴィアよ。再度言うぞ。
 おヌシの気高い理想は理解しよう。
 溢れんばかりの才覚は、バッツ殿の推薦以上だった事も認める。
 しかし“今”自分が何をすべきかを見極められんのであれば、その力は満足に生かせんぞ」

ガチャリ、とギミックが鳴り、空のグラスが叩き付けられるようにして置かれる。
思わず竦みそうになる音には、臣下の進言の未熟さに対する怒りと失望が込められているかのようだった。
こんな小さな子に厳しい、と感じつつも、
目の当たりにした天賦の才を思えば、それだけ王がミドちゃんに期待していたのだろうと理解できる。
だからそういう意味では、僕はこの子の才能と理想を見切ってなかったと言えるだろう。
ドワーフの王も、また然り。

「“今”、急ぐ必要性と価値はあります」

風が一陣、大通りを駆ける。
僕らの、道行く人々の頬を優しく撫でて、高く高く天へと昇っていく。

「神羅はフロントにおいて、兵器だけでなく一般の工業製品の生産、流通も請け負ってきました。
 だからこそです、今回提出されてきた部品サンプルの中には、
 そのまま輸送車や農工機械具に流用できるものが多くありました。
 外界から完全に閉じこもって自己完結してきたエスタには無い、“世界”に対応する力を、
 一般企業としての神羅は持っています」

声は子供の物だけれど、籠められた熱と想い、そして意志は力強くて。
だからだろう、風が黄金の太陽に向かって運んでくれるのは。
壁がどんなに高くても関係ないって笑いながら、留まることなく超えていくのは。

「当座の戦力の面では、神羅とガストラから供与された機械兵器の在庫ロットが相当数にあります。
 申し訳ありませんが、ドワーフの戦車も損耗を恐れず予備部品を掃き切るつもりで使えば、
 人的被害はかなり抑えられるはずです。
 そしてエスタ規格で統一するにせよ、どの道パラメキア帝国との決戦には、
 新規生産分の配備は間に合わない可能性が高い」
「ワシらドワーフの智慧と技術が築き上げてきた戦車を、古きモノとして使い潰して時間を稼ぎ、
 その間におヌシらの世界の色で地図を塗りつぶそうと?」
「はい」

声は、眼差しは、屈強なる王と正面から対峙してなお怯む事無く進もうとする。
ミドちゃんのサラりとした後ろ髪が、もう一度駆け抜けた風で揺らされて、金色に輝いた。

「ドワーフのものだけじゃない、僕の住むカルナックの技術もほどなく駆逐されるでしょう。
 だけどそんなの、下らない事です」
「一介の技術者如きが、ずいぶんな口をききおる」
「はい。
 けれど“今”の僕は、機械技術だけに閉じこもってはいません。
 思いつきでなく、戦力や戦略について必死で学んで、資料を読み込んで王に進言しました。
 ガルバディアも、ガストラも、パラメキアも、そこに住む人々はもう疲れ切っています。
 全てのクリスタルが砕け散ったこの世界で、でも僕たちは生きていく為に、
 あらゆる手段を講じなくちゃいけません。
 かっこ悪くても、悔しくても、悲しくても、足を止めない。
 僕は“神々の黄昏”に、そう教わりました」
「………………」

ミスリルの分厚い分厚い鎧が、肩を上下させ深い溜息をつく。
兜がガチャリ、と音を鳴らして向かうのは、太陽。

「黄金の剣を携えた救世の英雄、か。
 なるほど、世界は想像以上に果てしないのう。
 ワシ自身もまた、自分で思っていた以上に、しがらみに縛られておったか」

その呟きはやはり風に乗って、晴れやかに青い空へと昇っていく。
再度ミドちゃんへ向き直った王の表情は、やはり兜で見えない。
だけどフェイスガードから覗く瞳は、キラキラと輝いて、
さっきまでとは別の場所をも見つめているのがはっきりとわかる。

「会議の担当者に、情報の再整理をさせよう。ワシらの軍備倉庫も総ざらいで見直しじゃ。
 王国の、古くなって閉じていた工房についても調べさせよう。
 短期間、戦車の部品を造らせるには十分に保とうぞ」
「ありがとうございます、ジオット王!」
「ラリホ―。
 そもそもワシらドワーフは、新しいもの、珍しいものが大好きじゃ。
 自動で動く機械人形も、飛空艇も面白そうじゃからな。
 そして面白そうな道をこそ選ぶという理念は、何もバッツ殿だけの特権ではないぞ」

風に乗ってふわりふわりと舞い踊る言葉たち。軽やかなステップで未来へと進んでゆく。
……ひょっとして僕、歴史的な場面に立ち会ってないかコレ?
戦後世界の発展、ユニバーサル規格、そんな希望に満ちたワード、想像したこともなかった。

「すごい」

口に出して形にすると、改めて今目の前で踊っている言葉たちの輝きがはっきりしてくる。
すごい。本当にすごい。
いがみ合って争うだけじゃない、国も種族も超えればこんなに簡単に未来が築きあがって行くのか。

「すごいね、クルルちゃん。
 ……クルルちゃん?」

呼びかけに、いつもの明るい声が返ってこなかったのを訝しんで隣を見ると、
クルルちゃんは赤く上気した貌で、ただただぼうっと一つの方向を………、
ミドちゃんを見つめていた。
その姿はこの世界の希望たる神姫ではなく、まるで――…

「クルルちゃん?」
「はうっ!?
 はいっ!うん!なんでも…っ、なんでも無いよ!大丈夫!
 今日はなんだか、ちょっと、暑いねっ!」

再度の呼びかけに、クルルちゃんはバネ仕掛けごとくビクンと反応し、
かぶっていた帽子を手に取りしきりに顔を仰ぎだした。

………なんだろう?まるで恋する少女みたいに、女の子へ熱い視線を送っちゃって。

「ラーリホー!
 ミドよ、この戦いが終わったら、まずはワシの王国に来い!
 バッツ殿も来ると言っておったぞ!」
「ああ、ええっと、光栄です、王。
 ですが古代図書館での業務が……」
「ワシを誰だと思っておる!そんなものどうとでもしてやるわい!
 専用の工房と部下を用意して……なるほどのう、女か。
 問題ないぞ!我が娘、ルカは機械工学に対して並みならぬ関心を持っておってな!
 親のひいき目などなしに、器量も良いぞ!」
「あの、そのっ、そういうわけじゃなくてですね」
「良かったね、ミド。
 こっちに合流してから女の子の友達が沢山できて」
「いやぁ、違うんですよクルルさん。
 この前説明させていただいた通り、マリンにあげた万華鏡は端材を合わせただけで…。
 空き時間に勉強を見てあげているのも、バレットさんから頼まれたからなんです。
 あっ、ポロムさんと買い物に出かけた事については、あれこそまさにたまたまで、
 あの時買ったお菓子作りの道具は、別に僕があげたりもらったりってわけじゃなく、
 バッツさんから頼まれたものだったんです、本当に」
「別に私、何も訊いてないけど?」
「そっ、そうですよね。あはは……。
 僕もそうだと思いましたよぉ〜」

と、ミドちゃんはしどろもどろになりながら、半泣きで笑う。
感動の涙、ではない。主な原因は、僕の前に座る神姫の氷のように冷たい視線だろう。
……この娘たち、ソッチの人なの?今は進んでるなぁ……。

「……そういえばジオット王。地下帝国の合言葉はハイホ―では?」
「違う違う、この前文法を教えたじゃろう。
 そもそもハイホ―というのはじゃな……」

カフェの片隅で上演されるのどかな午後は、
世界を覆おうとしている苦しい現実に立ち向かう力をくれるようだ。
リターナー……取り戻す者たち、か。

「僕も頑張ろう」

呟きの直後、カシュンという機械音がすぐ傍で鳴った。
振り向くと、青い人型マシーンがクルルちゃんの隣で立ち尽くしている。
なんだろう?
華奢な構造ながら、マイクロミサイルポッドを背負い、ブレード状の手を持つ機体は、
明らかに戦闘用だ。
こんな街中に、どうしたんだろうか。

「斬り捨て、御免」

脈絡もなく、クルルちゃんがつぶやいた。表情も鋭いものに一転している。
彼女の右手にいつの間にか、まるで手品のように一振りの刀が現れていることに気付けたのは、
こんなに間近に座っているというのに、一呼吸置いた後だった。

刀。

瞬きひとつする間に、少女の細い指は、水滴したたるレモネードのグラスから離れ、
敵を切り裂くための武器を握っていた。
刀身には反りも刃紋もなく、無骨な造りで幼い美姫の雰囲気とは真逆に位置しているように感じるが、
一点の曇りもない、果てしなき白金色は鏡よりもなお鮮明に周囲の景色を映しこんでいて、
あまりの無垢さに、思わず背筋に寒気が走るほどだ。
鈍く黄金に光る鍔は真鍮製か、バングル同様モーグリが透かし彫りで描かれているところから、
神姫クルルの為に造られた事を思わせる。
一体どこからこんなものが現れたのだろうと思って視線を下すと、
左手には握られている包みが僅かに解かれ、漆塗りの鞘口が覗いていた。
つまり……、これまで彼女が肌身離さず携帯していたのは、この刀だったって事か!?

ガチャン。

驚きで思考が混線し始めた僕に追い打ちをかけるように、新たな音が飛来する。
半ば呆然としながらマシンへ振り向き直…ったつもりが、目に映るのは青空だけ。

「?
 ………?!?」

今度もまた、視線を下す。
床にはヒトガタの上半身……胴から真っ二つにされた機体がスパークを散らしながら、
自身のブルーメタルの足元に転がっていて、今度こそ僕は混乱で頭が真っ白になる。

「あいたたた……。無理な体勢で居合を放ったから背筋が……」

呑気なような剣呑なようなセリフを口にしつつ立ち上がり、ピンクの包み布を完全に解いて放る。
顕わになった鞘は、漆の下地に金箔でモーグリとチョコボが舞い踊る宴が描かれているだけでなく、
さらに赤青黄緑の小さな宝石が散りばめられ、
武具というより美術品と評した方が正しい絢爛豪華な造りだった。
一点だけ相違を挙げるならば、鞘口に安っぽいサボテンダー人形のストラップが結ばれ揺れている事だろうか。
そしてクルルちゃんが流水を思わせる淀みない動作で、右手の白刃を左手の鞘に納めたそのとき、

「キャーーー!」

いったい誰が上げたものだろうか、通りの群衆から女性の悲鳴が空を裂いたのを合図にして、
周囲が急速に動き出す。
誰もが叫びながらも、いったい何が起きたのか、何処へ逃げればいいのかも分からず右往左往。
グラスとソーサーが割れ、テーブルが倒れる。
押し合いの中怪我をしたのだろうか、小さな子供の泣き声まで。
僕に至っては陸に上がった魚のように、口をパクパク動かす事しか出来ないでいるのだけど。
重ねて響き渡る新たな悲鳴。その方角から新たに五機がホバーモードの高速で迫る。

「アサルト・モーション!!」

クルルちゃんの声が確かに僕の目前で響き渡った。間違いなく、すぐ傍だった。
だけど妖精のような矮躯はまるで瞬間移動したかのように前方のマシンの、そのまた背後へと移っている。
右手にはやはりと言うべきか、抜刀された刃が。

「斬り捨て御免!!」

口上と共に、まとめて五機が両断されて崩れ落ちる。
いったいさっきからこれは手品なのか?!それともマネージャーどっきりの撮影!??

「GIM52Aがどうしてこんなに?
 もう生産停止になってるはず……コンペ用機体のコンテナに紛れ込ませてたの?
 確かにガルバディアからのコンテナが多すぎるとは思ってたけど……」

ごめんミドちゃん!僕が知りたいのはそういうことじゃないんだよ!

「クルル様!」
「気を付けて!どんどん来るよ!」

マリア女史が肩に下げていた筒から漆塗りの弓と矢筒を取り出す。
この人達みんな、武器を肌身離さず持っておく習慣でもあるのか!?
などという突っ込みを入れる暇もなく、通りの向こうから次々とGIM52Aが迫って来る。
だけに留まらず、その背部からキラキラと光る筋が……マイクロミサイルの大群!!

「GIMのミサイルは熱感知式です!」
「岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち集いて赤き炎となれ! ファイア!」

ミドちゃんの言葉を咄嗟に判断して、マリア女史が小さな火球を前方空中へ発する。
狙い通りに、光にたかる虫のように弾頭が群がり生まれた爆発の轟音で、
しかし僕は鼓膜を揺さぶられて目まいと吐き気で世界がぐるぐる回る。
もちろん、戦士たちそんなのお構いなしに素早く迎撃戦を展開していたのだが。

「そうら、大地のハンマー!」

小さな鉄騎、ジオット王が巨大なハンマーを地に叩き付けると、
バリバリと音を立てながらアスファルトが裂けて割れ、
生まれた地割れに3〜4機がまとめて飲み込まれる。
当然、たどる運命は噛み砕かれスクラップと化すのみ。
その間にジオット王とガイさんが前に出て、代わりにクルルちゃんが下がる。
でもおい!前衛二人の目前にはマイクロミサイルの第二波が!!

「うわあああっ!」

着弾の爆音は、耳を塞いでうずくまってもなお僕の頭蓋を揺さぶり、
ちっぽけな悲鳴なんて簡単にかき消し、否定する。
恐怖と混乱の涙に揺れる視界では、もうもうと上がった煙から、

「ラリホ―!そんなおもちゃでワシのミスリルメイルが破れるかい!
 かゆいかゆい!」
「巨人の、斧。このくらい、びくとも、し、ない」

仁王立ちで笑うジオット王と、斧…“斧”!?
断頭台の刃を背中合わせでくっつけ、柄を突きさしたような、
巨大で凶悪な斧(?)を盾にして、無傷のガイさんが悠然と現れた。
彼が背負っていた箱の中身はあれか!っていうかホントに人間用なのかあの斧のサイズ!?

「ホバーから歩行モードへの切り替えに、一瞬動きが止まります!」
「目にも留まらぬ早業で!」

言葉の通り、戦士たちの手前でマヌケにもいったん停止した機械兵たちは、
またも残らず白刃に両断されて、地に転がっていく。
やった!これで終わったのか!?でも誰か保証してくれるの?!
逃げた方がいいのか……、いったい何処へ??!

「わかった!反対の通りからはやって来てないんだね!」

ああもう!次から次へと何が何やら!!
いったい燕に向かって何を叫んでるんだいクルルちゃん!動物と話でもできるっていうの!?
情報を処理しきれず僕の脳はオーバーヒートを始める。
逃げ惑う人々の喧騒に揉まれて、意識はもう飛びそうだ。
いっそ気絶した方が楽になれるのか?
混沌を極める状況。
逃げ出したい現実を、生きている僕らは逃げ切る事など出来ずに駆けまわる。
誰か、お願いだ。道を。希望を―――

「光の戦士!」

脱ぎ捨てられたニット帽から、光の粒子をまき散らしながら金鳳花の如くのブロンドヘアーがあふれる。
ポケットから引き出した真っ赤なリボンで髪を結わえた美しい少女は、
右手にしていた刀を勢い良く頭上に投げた。

「クルル・マイア・バルデシオン!」

天では刀がクルクルと回って煌めく月円を描き、地では妖精が金髪をなびかせながら華麗なターンを演じて、
周囲の視線を一身に集める。
放り投げられた伊達メガネの下から現れた、セイクリッド・ブルーの瞳の揺るぎない輝きを目にすると、
不思議なくらいに心が落ち着いてゆく。

「クリスタルの導きを受け!」

華奢な足がピタリと元の正面で止まった時に、見事なまでにタイミングを合わせて落ちてきた刀を、
細い右手がキャッチ。
こんな時だというのに、思わず拍手を送りそうになったのは僕だけではないだろう。

「ここに見参!!!」

カシン!
滑らかな動作で刀が鞘に納められた音が、周囲に響き渡る。
先ほどまでの喧騒などどこにも見当たらない。
人間も、犬猫の動物も、バトル・マシンですらも、黄金に輝く神姫のダンスに、ただただ目を…、
心を奪われ、まるで時間が止まってしまったかのように微動だにしない。

「みなさん!ここは私、“神姫クルル”とリターナーの精鋭が抑えます!
 普段の訓練を思い出して、慌てずに最寄りのシェルターへ避難してください!!」

少女の美しい、けれど芯を感じさせる声に誰もの心が前を向く。
こんなにも小さな女の子が、身体を張って自分たちへ道を示してくれている。
エスタの人間は長く他国と隔絶してきて、戦塵に免疫が全くないけれど、だからといって、
この状況でいつまでも腰を抜かし続けていちゃあ、人間としての誇りにかかわる。
前衛の大斧と巨槌が、マシンをガラス細工のように次々と砕いていく光景も後押しになって、
人々は次々に、けれど子供や老人には手を差し出しながら戦士たちの背後の避難路を駆け出した。

「クルルちゃん!」
「“私”にはこういう使い方もある。エルマンさん達が教えてくれた事だよ。
 エルマンさんも早く避難して」

そうだ、僕もここに居ちゃ足手まといなる。
判断して駆けだそうとした矢先、周囲のモニターが一斉に切り替わり、一人の女性が映された。
ブロンドのロングヘア―の美人で、タイトなブルーのドレスに包まれた肢体はかなりグラマラスだ。
男なら誰しも、大きく空いた胸元に一瞬めが奪われるだろう。
しかし、致命的に目がやばい。瞳孔がぐるぐる渦巻き状態。
絶対に関わってはいけない系だと次の一瞬で判断がつく。

『流石はリターナー精鋭!私の作品たちを相手に、なかなかやるものですわね!
 特にクルル姫!
 躊躇いなく二の腕を晒せられる若さが憎…その見事な才覚!
 まるで私の若い…勿論今でも私は20才の若さですが、私の幼い頃を思い出しますわ!
 胸元以外は!』

スピーカーから伝わって来た最後の一言に、クルルちゃんの眉がひくりと跳ね上がる。
不穏な空気を読んだのか、ミドちゃんが殊更大きな声で解説を入れてくれる。

「“教授”だ!資料で見たことがある!
 素性には謎が多いけど確か、ガルバディアの兵器開発室長として、
 GIMシリーズも含めて多くの設計開発に関わってたはず!」
『そう!

 前人未トーの空前絶グォ〜〜

 眼中無人の馬耳東フゥ〜〜』

と、教授とかいう女性はいきなり奇妙な歌とダンスをモニター向こうで披露し始める。
わざわざ用意していたのだろう、やたら豪華なBGMも…っつーか音痴だなこの人!
全然ミュージックとテンポが合ってない!

「きっと今回のコンペからガルバディアの兵器系統が外された事に対する逆恨みです!
 クルルさん達を倒して、自分の開発した機体の有効性を、無理矢理証明しようとしてる!」

わあ、ミドちゃんが居ると話が早いな。珍妙ミュージカルを最後まで観ずに済んで良かった。
しかしこの教授も、これだけ音響設備を整えて可哀想に……ん?背景に映ってる設備、どこかで見たぞ。

「………ランドマーク89タワーだ!最上階!
 イベント設備もあるから、ビルには何度も行った事がある!間違いない!」

僕が、数キロ先に立つひと際高いタワーを指して声を上げると、
そちらにみんなの視線が集まった。

「クルル様!」
「ダメ!位相がずれたら真っ逆さまに落ちちゃう!
 見たこともない場所に、高精度のテレポは無理!」
「では行きましょう!」

マリア女史がおっとこまえな宣言をする。のと同時に、僕の身体がガクンと浮く。
脚を動かしてもバタバタと宙を掻くだけ。それもそのはず、

「ガイさん!?ちょっ、僕を抱えて……」
「ごめ、ん。
 しせ、つの、案内、頼む」
「事態の早期収拾のために、協力をお願いするわ。
 …与一の弓の狙いからは逃げられないわよ!」

駆けならがらも精確な矢をセンサー・アイに放つマリア女史からの提案には、
是非お応えしたいところだが、いかんせん僕のような凡人には荷が重すぎる。
非常に残念だがお断りを……、

「GIM47N!膝か股関節を狙ってください!
 装甲は厚いけど、バランサー性能が悪くて破損に対応できない!」

ガチョンガチョンと足音を立てながら角から現れた、
黄色の胴いっぱいに顔面が配されたずんぐりむっくりした機体に向かって、
ミドちゃんのアドバイス通り、下半身に数本の矢が向かう。
果たして、数機が赤ん坊のように立ち上がれずもがくだけの粗大ゴミと化した。

「ミド、助かったよ!
 後は私たちに任せて、あなたは避難…」
「僕も行く!」

神姫の強い声を、負けじと強い調子で言いきって返す。
二人の幼い、けれど凛としたブルーの瞳が正面からぶつかる。

「ミド……」
「行きます。
 絶対にお役に立ちます」
「……わかった。
 ガイ、ミドをお願い。私は道を拓く。
 バスター・マジック!!」

クルルちゃんが声を上げるや否や脚を止め、左手の鞘を正中に構えて詠唱を開始する。
前衛のジオット王が更に突出し、マリア女史はクルルちゃんの前に出て中衛へ。
ガイさんは僕とミドちゃんをまとめて抱えると、
巨人の斧を盾にして、マリア女史の正面も含めてガードに入る。
チームのポジション変更が終わるのに合わせたかのように、
「サンダラ!」太い稲光の腕がGIM47Nを数機まとめて絡めとり、機能停止へ追いやる。

「暗雲に迷える光よ、我に集いその力解き放て! サンダラ!」

鞘に埋め込まれた宝石―魔力増幅用のアミュレットが輝き、更に稲妻がもう一筋。
魔法詠唱が速いっ。刀による近接戦から、法撃戦主体にスタイルを切り替えたって事か。
しかもこの電光の輝きと威力、普通のサンダラじゃあ考えられない。何て魔力なんだ。
いったいこの娘、小さな身体にどれだけのポテンシャルを秘めてるんだよ!?

「エルマンさん、すみません。こんな事に巻き込んでしまって」

ついさっき見事な決意を見せてくれたミドちゃんから、こんな風に頼まれてはもう逃げ道はない。
ええい、くそっ。こうなりゃヤケだ!覚悟を決めろ、僕!

「気にしないで!リターナーのお役に立てるなら嬉しいよ!
 ガイさん、よろしくお願いします!ほんとのほんとに!
 ほんと守って下さいね!」
「もち、ろん」
「アサルト・モーション!」

パーティーが進行を始めたのに合わせ、クルルちゃんが再度近接戦主体に切り替える。
白いスポーツシューズが煙を上げるほどの超速度で最前へ移動し、左手にした鞘に右手が伸びる。
瞬間、煌めきが二閃、三閃。周囲の機体が真っ二つになって転がっていく。
美少女の可憐な身体が舞うとともに、白刃が右手に現れては再度鞘に納められ、
またキラキラと輝く軌跡を宙に描く様は、ここが戦場だという現実を忘れさせるかの如くだ。

「47Nの眼はレーザーガンだ!
 横方向への照準移動は遅い!」

またもアドバイスの通り、5〜6機からのレーザーがアスファルトに焦げ跡を作る速度は、
横移動は比較的遅いが、それでもクルルちゃんの速さは差をつけすぎてる。
光線の乱舞を掻い潜ってあっという間に距離を詰め、またスクラップ劇場開催だ。
でも突出し過ぎで危ない…と思った所で、軽くジャンプ。
GIM47Nの大きな鉄球パンチを刀の腹で受けると、30メートルは後方だった、
ジオット王の位置まで一気に跳んで戻って「ただいま!」刀を鞘に戻した。
なるほど、相手の力を利用した…にしても飛びすぎだろ!?
いくらクルルちゃんが小柄だからって、体重が小石並みだなんて事はなんてありえない!
戦闘中なのはわかっていたが、隣を走るマリア女史に思わず問いかけてしまう。

「あのぅ、無茶苦茶飛びませんでした?
 というか、さっきからのクルルちゃんのスピードが人間業じゃないんですが……」
「クルル様は常に“モンク”の力で軽巧を練ってるからよ。
 更に神行歩を合わせる事で超速運動ができるの。
 でも流石に闘気と魔力を同時に練る事は難しいから、
 近接・魔法戦を切り替えて使ってるわけ」

うむ、なるほど、まったくわからん!!
とりあえず、クリスタルすげーって事で納得しておこう!

「BGH251F2だ!あれを足に使おう!」

細い指が示す方へと目を向けると、蒼い巨大なホバー戦車が、
もうもうとアスファルトから土ぼこりを上げながら高速で迫ってきているのが目に入った。
いやいや、あんなのにどうやって乗るんだよ。そもそも敵でしょアレ!
だってほら、景気よくバカスカとガトリングを乱射してきてるじゃないか!

「見た目は重装甲だけど、不整地移動を考慮したせいでホバーな上に、
 オート運転時はダメージコントロールがロクにできないハリボテです!
 シリンダーのどれかに異物を噛ませればすぐ停まります!」
「まみむめも!!」

クルルちゃんが気合の掛け声(?)を上げながら、ガトリング弾を時には回避し、
時には切り払って火花を散らしながら(漫画かよ!?)、巨大な機体へ近づいていく。

「赤い砲口はビームです!!」

不意を突いて発射された粒子砲。
だめだ、如何に彼女が速くとも、亜高速のビームから逃れる事はできない!

「にゃんとお!」

しかし射線に掲げられた白銀の刃は、高熱の粒子すら弾き飛ばし、
光の奔流は虚空へと消えていったっておい!いくら何でも無茶苦茶だろ!!

「クルルさんの刀は、三闘神様の遺した陸奥守です。
 絶対に折れる事も曲がる事も、刃こぼれする事もありません」
「いやいやいやいや!だからって許される現象じゃないからね!?」

そういえば、さっきから躊躇なく盾がわりに使ってるなとは思ってたけども!
だが現実はいちいち厳しい。
ミドちゃんの言葉を証明するかの如く、クルルちゃんはBGH251とすれ違いざま、
大きなシリンダーの一つに刀を突き込む。
常識で考えれば、細い刃は超質量に負けてあっさり折れ飛び、
機体は何事もなかったかのように迫ってくるはずだ。

「でも止まっちゃったよ……」
「行ったよ、ミド!
 そして私はバスター・マジック!」

BGH251の機体は、速度を大きく減じながらも慣性でこちらへ向かってくる。
同時にミドちゃんがガイさんの腕から降りたって駆け出す。足取りには迷いが無い。

「5分ください!」
「エルマンも、行く。ガイ、たた、かう」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
「開けよ、エマージェンシー!」

ミドちゃんは機体側面の赤いスイッチをコブシで叩くように押してハッチを開くと、
飛び込むように搭乗する。
数歩遅れた僕が乗り込むころには既に、小さな手はバッグから取り出した工具で、
操作盤の一部を解体し始めていた。
淀みのない手の動きは、この子の機械に対する造詣を物語り、
床面に見る見るうちに分解されたパーツが広がる。
もちろん、相当な集中力も使っているのは間違いない。
証拠に、まったく日に焼けていない白く細い顎を、ぼたぼたと汗が伝い落ち、
床に染みが生まれている。

「この構造なら……この辺りに遠隔運転装置が……。
 よしっ、思った通り」

何か手伝えないかと思いつつも、おたおたするばかりの僕を置いて、
ミドちゃんは自分の成すべき仕事を達成してゆく。
……僕は…。

「皆さん、乗って下さい!」
『行けるの、ミド!?』
「無免許だけど!」

刀をシリンダーから引き抜いたクルルちゃん、
そして残りのメンバーが外壁に取り付いたのを確認して、ミドちゃんが操縦桿に手をかける。
大人用の操縦席は明らかに身長に合っていなくて、座ってしまうと足が届かないから、
ほとんど直立するようにして。なのにペダルはがっちりMAXに踏み込む。
こんな小さな身体のなのに、なんて勇気だろう。

「発進!」

けたたましい駆動音と共に、モニターの中のタワーがぐんぐん近づいてくる。
もちろん、敵機もオートとは言え馬鹿じゃない。
巨大なマトへ向けて、マイクロミサイルが、チェーンガンが、レーザーが、レイ・ボムが、
四方八方から殺到する。
外壁のジオット王とガイさんが盾に、
クルルちゃんとマリア女史がサンダーの砲台になって応戦するが、
数が違い過ぎてひっきりなしに着弾の音と衝撃が操縦室を襲ってきて僕の肝を収縮させる。

「ひっ、ひいいいいっ!!」
「3番、5番シリンダー機能停止!
 でもまだ行ける…うわ!」

ひと際大きな衝撃によってパネルの一部がショートしてはじけ飛び、破片は幼い額へと。

「痛…っ」
「ミ、ミドちゃん、血が……!」
「操縦、ちょっと代わって…!」

白い肌に、血の流れがくっきりと川を描いているというのに、
ミドちゃんは気丈にも涙ひとつ見せないばかりか、正面から目を逸らさない。
自分の半分も生きていない相手の気迫に押されて、僕は心配を寄せる事すら満足にできず、
情けなくのろのろと操縦桿を受け取るばかり。

「ビルはこの直線の先だけど…って、ミドちゃん!?」

操縦モニターを捉えた視界の端で、幼い身体がためらいなくシャツを脱ぎ始めたせいで、
一瞬ギョッとしてしまう。
もちろん僕にはロリコン趣味は無いとは言え…。いやもちろん戦闘中なわけだけど……。
などと恐怖さえ一時的に追い出した戸惑いは、けれどすぐに消え去る。
こういう仕事だ、身体つきですぐにわかった。

「キミ、男の子……」
「だからこんなの全然平気です!
 こんなくらいで止まってちゃ、バッツさんにもゼルさんにも笑われる!」

脱いだシャツを包帯代わりに額に巻いて、ミドちゃん、いやミド君は、
恐怖にも痛みにも負けず進み続ける。

「もう大丈夫です!」
「………わかった。
 ミド君、操縦頼むね」
「はい!」

少年が再度運転に集中し出したのを確認して、大人の僕は腕を右舷ハッチの解放ボタンへ向ける。
ああそうだ。遅すぎたのは充分理解してるさ。どうせ僕は凡人だ。

「………っ」

スライドした扉の向こうでは、決心をあっさり叩き潰すような戦場が広がっていて、
歯を食いしばるのも空しく、脚がガタガタガタガタ震えて今にも倒れてしまいそうだ。
路傍の石たる僕のすぐ横の外壁で、
外壁につかまったジオット王が少しでも機体を守ろうと身を固めている。
フェイス・プレートの向く先では、青い機体が手のひらのレイ・ボムの砲口をこちらへ向け、
今にも発射せんとエネルギーを集中していた。

「サンダー!」

発された雷は、まるでシャーペンで引いた線のように細くて、
神姫の業とは比べる事もできないくらい頼りない。
事実、電撃に弱いはずマシン系ですら、ちょっと怯ませる程度の効果。

だけど、一発防げた。

「ラリっ!?
 おヌシ」
「王、弱い初級魔法ですが援護します!」

間違いなく、僕にもできる事がある!!
我ながら笑っちゃいそうになるほど威力の低いサンダー。必死で魔力を練ってこれだよチクショウ。
戦場からは今すぐにでも弾丸が飛んでくるかもしれない。
詠唱に全精神を傾けている僕には、回避しようもないに決まってる。
だけど行く。行ける!

「ラリホー!
 共に戦おうぞ戦士エルマン!
 ドワーフは立ち向かう勇気を何よりも尊ぶ!」

王が今、鉄仮面の向こうで満面の笑みを浮かべていると確信できるのだから!!

「まばゆき、光彩を、うわっ!?
 …刃となして地を引き裂かん!サンダー!」

一発の弾丸でいい。一秒の時間でいい。
少しでも、例え塵のような小ささでも、迫りくる厄災を押し返すんだ!
逃げだしそうになる脚を押さえつけ、溢れそうな涙を食いしばり、
とぎれとぎれになりながらも詠唱を口にする僕。
永遠とも思えるような、でも実際には短い時間の後、待ち望んでいた言葉が上部装甲から耳に届いた。

「ビルの入口が見えたわ…っ」

マリア女史の凛々しい声はしかし、希望の言葉と裏腹に絶句して途切れる。
不安に駆られた僕が、シリンダーの陰から身を乗り出して確認するとそこには、

「おいおいおいおいおい!!」

嘘だろ、青と黄色の機体がビルの前に大挙して陣取っている光景が。
十や二十じゃきかない数だ。多すぎて地面も見えない。
しかもビルの入り口はシャッターが完全に降りていると来てる。
飛び込んできた視覚情報に対して、脳が追加のアラートをけたたましく鳴らす。

「ダメだ!このビルは一階から地下部分がシェルターにもなるよう設計されてる!
 この機体をぶつけたって、びくともしない……!」
「危ないぞい!」

絶望に襲われて動きを止まめた僕に、ジオット王が覆いかぶさる。
おかげでこの身体は、マイクロミサイルのさく裂から守られた。
だけど、ここまで王が守護してきた1番シリンダーに直撃が入ってしまう。
スピーカーを通して伝わるミド君の言葉は、断罪そのものだった。

『ダメージコントロール限界!
 みんな、飛び降りて!!』

また切り替わる視界。
ジオット王が僕を抱えて綺麗に着地してくれたのだと理解しても、
口が紡ぐのは感謝ではなく、贖いきれない罪に対する謝罪だった。

「す、すみませんジオット王。
 僕のせいで機体が……」
「仲間の命以上に重いものが、この世にあるかい!
 おヌシの援護がなければ、ここまでたどり着けなかったぞ!」
「………!」

感動で涙の滲む目の端で、クルルちゃんが、マリア女史が、
上半身裸のミド君を抱えたガイさんが着地するのを捉えた事を安心する間もなく、
背後から鼓膜を破るような爆発音が。
ホバー戦車が爆散しても我が身に衝撃が伝わらないのは、鋼鉄の王が護ってくれているからだ。
ひとまずこの命は助かった。でも、道はもう一つも残ってはいない。
今は爆風が敵のセンサーを遮っているが、ほどなくミサイルと光弾の嵐が襲い来るのは確定事項で……。

「ここまでくればもう充分!私たちは押し通る!
 代わって、エイク!」

クルルちゃんが勢いよく立ち上がり、ポニーテールを結っていた赤いリボンをほどいて、
背まで届くブロンドを風に流したと思ったら、すぐさま額に巻き直した。
その様はまるで、ウータイの戦士が身に着ける“ハチマキ”のよう。

「合点承知の助」

古っ!?
死語って言うか、1000年前の言葉だぞそれ!キミは一体何歳だ!?
…とか突っ込んでいる場合じゃない。
声は確かに神姫クルルのクリアな音色。けれど籠った“質”がまるで違う。
豊穣に満ちた柔らかさが消え、抜身の刀のような底冷えする硬さが鼓膜を打ち据える。
変化はそれだけじゃない。
髪と瞳に墨が流されたかように漆黒が入り混じり、
だけどベースのブロンドとブルーがせめぎ合って、独特な暗灰色へと。
“変身”とすら言える変わり様に、僕の心臓がギョッとすくむ。
今日何度目だろうか、心筋梗塞で今すぐ逝っても不思議じゃない。
などというこちらの内心など当然露知らず、黒い、いや昏いクルルちゃんは、
タワー入口前に群がるマシーンたちへと身を晒し、
数十のセンサーにロックオンされる事も厭わずに、静かな動作で地に両手を着いた。

「四元素魔法……。
 ……その胸に怒りあるなら、地に眠る者達
 大地の激震となれ クエイク」

美少女の静かな呟きが宙に融けると、信じられないことにタワーの手前までの地面が、
切り取ったかのように局所的に、だけど幾重もの巨岩を舞い上がらせる程に激しく震え出す!
アスファルトなんて所詮地を薄く覆う“膜”にしか過ぎないのだと、
占拠していた敵機の群れが残らず地割れに貪り噛み砕かれる姿を目にして、
僕は茫然と納得した。

「な、なんだこのデタラメな威力は……?マホウ……魔法!?
 こんな、これほどの力、個人が有せるものなのか……!?」

これが世界の答え。厄災を払う、光の戦士の力なのか。
などと戦慄する矮小な凡人なんて、向こうからすればとっくの昔に遥か後方だろう。
昏いクルルちゃんがなんら不思議がる事など無く立ち上がり、
陸奥守が納められた鞘をベルトに挟み込んで、空いた両手を大きく広げる。
放つ雰囲気は荘厳にして神聖。天と地に祈りを捧げる巫女の如く。

「おいでませ、天叢雲」

ぱん。ぱん。
白く小さな少女の手が、平坦な胸の前で二度、拍手をするかのように打たれる。
そしてゆっくりと左右に分かたれゆく手の間から、
瑠璃と真珠が散りばめられた神々しい鞘に収まった、一振りの刀が現れた。

「…………」

昏いクルルちゃんが中空に浮かぶ鞘を手に取り、音もなく刀を引き抜く。
――放り捨てられた鞘は現れた時と同じく唐突に空に融け消えた――。
刀身の輝きは虹色。
何て美しさだろうか。いったいなんの金属でできているのかすら想像がつかない。
つかないが、刃の裡に凄まじいまでの力が内包されているのが、戦士でない僕にもはっきりとわかる……!

「ひいふうみいよいいむうなあやここのたり。
 ふるべゆらゆらとふるべ」

速い、いや早い!
口ずさまれた、聞いた事の無い不思議なリズムに合わせて、少女の身体が滑るように地を駆ける。
これまでのクルルちゃんのような、目に捉えられないような超速度じゃない。
だが、動作と動作のつなぎ目が一切の淀みない滑らかさで接続されているせいで、
目が受信した映像に対して脳が予測処理できずに、視界からするりと逃れてしまう。
右手の虹刀もまた、一瞬すら留まることなく縦横無尽に駆け巡り続け、
瓦礫の下でなお蠢き狙おうとする砲口を微塵に切り裂いて行く様は、もはや美しいの一言に尽きる。

「私たちも行くわよ!」
「は、はいっ!」

そうだった、見とれてる場合じゃない。
姫が文字通り斬り拓いてくれた道に沿い、マリア女史たちの背を追って、
僕も必死で身体を走らせる。
いい加減もう何があっても驚かないぞ。
なんて決心は、あっさり覆ることになったんだけどさ。
理由は、視界の向こう、シャッターの前で昏いクルルちゃんが静かに優雅に踊ったから。
いや、本当に踊ってたんだ。そうとしか見えなかった。誓っていい。

「ジオット王、任せる」

鋭い声が耳朶を打つのと同時に、虹刀が融け消え、
クルルちゃんにもブロンドが戻る。ハチマキをほどき、再度ポニーテールへ。

「任された!」

次いで、王が駆け込む勢いのまま巨槌をシャッターに叩き付けると…信じられない。
いや、何度も同じような事を言って申し訳ない。
でもやっぱり信じられない現実が目の前で展開する。

「しぇっ、シェルターシャッターが吹き飛んだ……。
 ミサイルにだって耐えられるはずなのに、さっきの刀で切り刻まれた…?」
「ぼうっとしない!早く中へ!」

今度はマリア女史の叱咤だけでなく、ミド君のちっちゃな手に引いてもらってやっとだが、
これでひとまずの目的地、ビル内へ到着だ。
メンバーも欠けること無く、クルルちゃん、ミド君、ジオット王……あれ!?

「マリア!ガイ!」
「私たちはここで後続機を引き受けます!行って下さい!」
「トマ、ホーク!」

マリア女史が言い終わる前にわらわらと周囲のビルの間から姿を現せた敵機へ、
ガイさんが斧をブーメランのように投げつける。
断頭台の刃は回転しながら孤を描き、軌跡に居た機体を残らず両断してから、逞しい主の腕へと戻る。

「行くぞい、クルル姫!」
「……怪我しちゃダメだよ!」
「我らが主、クルル様の命なれば!」

守護騎士たちに背後を任せ、僕らは神姫を先頭にして進む。目指すは最上89階。
一昔前のRPGのラスダンじゃないんだ、当然いちいち階段なんて使ってられない。
ミド君がエレベーターのスイッチを連打して、

「ダメだ、やっぱりコントロールが掌握されてる!
 エルマンさん、電気室は!?」
「……ええと、確か地下五階。監視モニタールームの奥にあった、はずッ!?」

しどろもどろに記憶を追いかけている途中で、腰に痛みと衝撃が走る。
もんどりうってこけた僕のお尻の向こう側には、クルルちゃんのミドルキック姿が。
曖昧な返事のせいで蹴り飛ばされた?なんて訳はない。
直後に降りてきた防火シャッターが全ての理由を物語る。
ひええ、蹴り飛ばしてくれなかったら、スプラッタ映像大公開だった。
想像で思わず身体中から血の気が引くが、今はそんなのにかまってる暇すらない。

「クルルさん!
 くそっ、クルルさん一人だけ分断されちゃった……。
 シャッターレールは見えてたのに、僕は迂闊でっ」
「どけいミド!
 ラリホ!!」

ドワーフ王が最大膂力で大地のハンマーを叩き付けるがしかし、
内臓を揺らすような騒音を響かせるだけで、シャッターはびくとも…いや、結構へこんだ!すげえ!

「ええい、生意気な扉じゃ!」
「いや、ジオット王。これでも凄すぎます。
 さっきの刀の切れ味が異常なんですよ。ここは避難用シェルターなんですから」
「クルルさん!」
『ミド!私は大丈夫だから!
 もう一度、エイクに切り裂いてもらって…くっ!?』

姫の美声に続くのは、チェーンガンの着弾音。
ビル内にも機体を配備していたのか、あの教授。
用意周到というか、嫌すぎる性格だぞ。グラマー美人と言えど、許せない。

「クルル!」
『大丈夫!私はこのまま上を目指すよ!
 ミドたちは地下の電気室へお願い!』

判断は正しい。
敵機は多いが、コントロールを握ってるのは30才独り、じゃなかった一人の女性だ。
幸い地下への階段はこちらにあるし、天才技術者であるミド君も揃ってる。
この選択が間違いなく最善さ。けど僕らはマシンと違う生身の人間で。

「クルル…!」

傷つく事も血を流す事も恐れなかった少年が、初めて見せる涙。
同じ男として、その気持ちは胸がはち切れんばかりにわかる。
いや、純粋な心根が受けている激痛は、想像以上なんだろう。
…それでも、いや、だからこそ僕が言わなくちゃいけない。

「行くよ、ミド君。男だろう」
「……!」

少年の透き通った瞳が揺れる。
卑怯な言い方と罵りたくば、罵ればいい。情けなくとも僕は大人だ。
だから今日、ここでこの言葉を口にした責任を、一生背負って行く覚悟はある。

『後で会おう』
「……僕、望遠鏡を作ったんだ。だから今夜、一緒に星を見に行こう。
 エスタにはすっごく綺麗に星が見える公園があるから」
『うん、ナナキと一緒にね。約束するよ』

覚えておこう。この世界に、こんなにも綺麗な約束があった事を。少女が迷いなく駆け行く足音を。

「…すみません、僕らも行きましょう!」
「道は険しいよ」

なんせ相手はこの広い世界にたった三人しかいない、神なる美姫だ。
世界中から、星の数ほどの愛を向けられてる。
如何に彼が天才少年でも願いを叶えられる可能性は限りなくゼロに近いだろう。

「わかってます!
 でもこう見えたって僕も、旅人と同じ地平を見つめています!」

まあでも、事実は小説より奇なりって、今日散々学んだしな。

階段を塞ぐようにぞろぞろと現れ出したGIMシリーズを目にして、
だけど僕はひたすらに愉快な気持ちになる。

「ラリホー!
 こっちの戦力は、戦士が1、学者が1、そして黒魔道士が1か。
 理想的なパーティーじゃな。
 楽勝過ぎて欠伸が出るわい!」

愉快さはまた、目前に立つ鉄騎の力強い背からも。
既に十機を数えた敵兵を前にして、王はなんら怯む事無く悠然と笑う。

「ジオット王」
「なんじゃい?」
「私は取り柄の無い平民ですが、
 今日はっきりと王たる者の器というものを学ばさせていただきました。
 貴方は世界中の誰よりも王にふさわしいお方です。
 貴方に出会えた事は、私にとって何よりもの幸運です」
「当然!
 行くぞ、者ども!」
「「ラリホ―!!」」

偉大なる王が、勇猛果敢に地を蹴る。
その後衛という身に余る偉業を任された感動にうち震えながら、僕は、

「まばゆき光彩を刃となして地を引き裂かん!サンダー!!」



「そこのボルト、お願いします」
「わかった。
 よっ…こら、しょ!」

技術者の指示通り、レンチに体重をかけて最後の一本を締め直す。
エレベーター解放のためにミド君がとった手段は、
モーターと非常用予備電源を直結し、制御から切り離すというものだった。
僕もミド君も、全身を機械油まみれにして最速で作業を行ったおかげで、
電気室に辿り着いてからそう時間をかけずに作業を終える事ができた。
まだ入口の扉の向こうでは断続的な爆発音が聞こえるが、ジオット王の守りは鉄壁だ。
僕たちは次の仕事に移ろう。

「クルルさんの現在階を確認してください。
 僕はエレベーターの待機階を。
 電源を無理矢理つないだだけだから、ここからエレベーターの待機階を変えるのは出来なくて。
 上手くクルルさんの居る階の近くにエレベーターが止まってれば……、
 くそっ、一台は1階に待機してたのに」

大急ぎでモニター室のコンソールに指を走らせるミド君の隣で、
僕もモニターに映った、クルルちゃんとその周囲の状況へと目をこらす。
教授は自らの作品の力を誇示するためだろう、ビル内の監視カメラが捉えた姫の映像を、
音声付きでオープンチャンネルに流し続けている。位置情報もすぐ掴めるはずだ。
現在は…机や観葉植物が並んでいるところからして、オフィスフロア、20階あたりか。
しかし、剣戟の妖精の小さな身体を捉えられなかった弾丸が、
備品のことごとくを粉砕して噴煙をまき散らすせいで、なかなか正確な情報が掴めない。
と、射線源には、グリーンの筋骨隆々な体躯に太い尻尾を生やし、
大きなガトリングキャノンを背負った、奇妙なモンスターの姿がある事に気付く。
これまでの機械兵器とは明らかに毛色が異なるデザインだ。ここに来て第三勢力なのか?

「ガルバディアの最新モデル、SAM08G!
 近接格闘の反応は高いけど、装甲も照準も甘い見掛け倒しだよ!
 頭に見えるのはキャノンの発射台で、首元にある小脳が弱点だ!」

すぐ隣で叫ぶようにして発されたアドバイスへと振り向くと、
ミド君がエレベーターを確認しながらも、手元のマイクスイッチをONにして、
館内放送を起動させていた。これは教授もコントロールを掌握してなかったか。

『わかった!
 そして青い機体は!』

なびく金髪が、収弾率の悪いSAM08Gのガトリングを翻弄するかのように駆ける。
道中、スポーツシューズがキャスター付きチェアを蹴り飛ばし、同時にファイアで着火する。
当然、熱感知ミサイルは明後日の方向へ。
そしてGIM系の挙動は、金鳳花の姫君に比べて、欠伸が出るほどに遅い!

『もう見切ったよ!』

駆け抜けた少女は、右では刃で胴を真っ二つに、
左では鞘先をカメラアイに突き込んで、細身のGIM52A二体を同時に撃破する。
しかしまずい。
立ち止まったところにSAM08Gの肩部ガトリング弾が殺到して……すり抜けた!?

『それは残像!
 斬り捨て御免!!』

離れたモニターでも捉えられなかったのだ、
SAMのセンサーはもちろん何が生じたのか判別出来なかったろう。
首元を大きく切り裂かれた巨体は、白い人工血液をまき散らしながら崩れ落ち、
次階へ続く階段への道を空けた。扉横には現在階を示す数字。

「ミド君、25階だ!」
「クルルさん、次の階、階段を上がった対角側にエレベーターが待機してます!」

これで道は見えた。だけど26階という数値に照合された記憶で、愕然とする。
なんて事だ、まるで見計らったみたいに!

「気をつけてクルルちゃん!
 26階はぶち抜きの劇場ホールなんだ!」

しかも最悪な事に、切り替わったモニターに映った少女の位置は、舞台端の非常扉。
舞台をぐるりと取り囲む一階、二階席の全てからミサイルとキャノンで狙い放題だ。
しかもカメラモニターに映る敵機の数は……!

「GIM52Aが32機、SAM08Gが18機!
 ――クルル!行けぇっ!!」

『最 “攻” 速!!』

モニターの向こうで、神姫クルルが声を上げる。高らかに、厳かに、ひたすらに剛く。
いったいこの小さく幼い身体のどこに収まっていたのか、
周囲の客席がなぎ倒されるほどの凄まじい闘気が爆発的に広がり、
そして湖面の如く鎮まる。

研ぎ澄まされ、圧縮される――


『アサルトバスターでっ!!!』


それはまるで嵐のような、一騎当千なる無敵の戦姫の進軍。
初手、魔法。

『サンダラ!』

敵の射撃体勢が整う前に完成した詠唱が、鋭い電光を伸ばし、
直線状に並んでいたGIM三機をまとめて貫く。
青い機体はスパークを飛ばしながら跪くように崩れ落ちた。

『斬り捨て御免!』

のと“同時に”、戦姫の身体は10m以上を駆け抜け、SAMの頭を首元から跳ねている!
魔法と斬撃の同時使用!?できないんじゃなかったのか!?
僕が驚いている間にも、クルルちゃんは『クルルキック!』
発射直前のキャノンをむき出しにした頭部をハイキックで蹴り飛ばして、

『ファイア!』

追いかけるように魔法で着火。爆発に巻き込まれたGIM52A二体が動かなくなる。
無論、戦姫は爆発の余韻が収まる前に東側の壁際に移動し新たに一体を切り伏せる。
上手い。あの位置なら、東側の二階席からは死角になる上、等間隔に立つコンクリ柱が、
他方向からの砲撃に対する壁になる。
もちろん多数の火力が集中するなか、柱はすぐに破壊されるが、
小さな身体は常に柱から柱に移動を繰り返し、
しかも絶妙にタイミングをずらす事で全ての射撃から身をかわしていく。

『サンダラ!
 …………サンダラ!
 遮蔽物に隠れる事も知らないマシンはっ!サンダラ!』

戦姫の身体が躍り出る度、電撃が敵群に浴びせられ、動くものの数が確実に減っていく。
更には壁際…身体の進行方向に居座るノロマは残らず白刃のシュレッダーへ。
やはり近接戦の機動力と法撃戦の魔法力が同居している。
マリア女史は“難しい”としか言っていなかった。つまり、

『一刀両断!そしてサンダラ!』

“最も剛い”神姫にはそれができる、という事か!

『そこだね!
 虚空の風よ、非情の手をもって人の業を裁かん! ブリザラ!』

突如、放たれていた魔法が切り替わる。しかも対象は柱。
他と何ら変わりない外見のそれを、氷漬けにして補強し、陰に身体を滑り込ませる。
足元から入れ替わるようにネズミが数匹、チュウチュウ鳴きながら飛びだしていった。
弾丸とレイボムが氷を砕いて行くのに構わず、クルルちゃんは脚を止めたまま、刀を抜き放つ。

『でえい!』

彼女にしては珍しい、いや初めて見せる“突き”によって、なんと刀身を半ばまで柱に埋めてしまう。
意味不明な行動。しかし理由は直後に判明した。

『サンダラ!サンダラ!サンダラ!
 暗雲に迷える光よ、我に集いその力解き放て! サンダラ!』

たっぷり四発。電撃が刀を伝って柱へ。
同時に柱から幾条もの火花が上階へと走り、二階席へ放射上に広がっていく。
東側二階で、姫の身体が足元から飛び出すのを待ち構えていた機体は、
足元を駆け巡るスパークに巻き込まれてあるいは爆散し、
あるいは黒コゲになって、これこそまさに一掃というものだろう。
……あの柱にあちら側の二階席の配線が集中していたのか!
しかし、外観からはまったく分からないのにどうやったんだ?
まさか棲みついているネズミたちに教えてもらったってわけじゃあるまいに。
謎はともかく見事な一撃、だがここでタイムリミット。
補強されていたとは言え、外側から砲撃、内側から電撃の負荷に晒された柱はついに崩れ落ちてしまう。
ああっ、今度こそ逃げ場がないっ。
途切れることのない火砲の群れが、ハイエナのように幼い身体に殺到して――

『テレポ!』

姿が消える。

美しい少女の身体が、キラキラと粒子を放ったと思った瞬間影も形もなく消えてしまった。
最上階でカメラを操作している教授にも、何が起こったのか分からなかったのだろう。
しばしの間、誰もいない空間に意味もなく弾丸が撃ち込まれる映像が続く。
密集発火した火薬が小規模の爆発を起こし、集音マイクからの耳障りな音が僕らの鼓膜を攻める。
やがて火線が、粉塵が退いた跡には、空いた壁から青空が覗くのみ。
…………?まさか外へ身を投げ出した?
違和感。映像はただ青々とした空。しかし爆発音は継続している。
と、突然、眠りから覚めたかのように映像が切り替わる。
西側二階席のGIMとSAMが、
駆け巡る白刃の暴風によってなすすべもなくなます切りにされていく!

「良かった、短距離転移が成功したんだ!」

ミド君の歓声でやっと全てを理解する。
白魔法としては最上級に位置づけられる空間転移魔法、テレポ。
まさかお目にかかれる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
使える人間が少なすぎて、使用者はそれだけでひと財産築けるというほどの超難度魔法のはずなのに、
彼女の才能はどれだけ底知れずなんだ。

――そして二階席の掃除が終われば、後は一階席に散在する残機を高所から法撃するだけ。
神姫クルルにとっては造作もない“作業”に過ぎない。

『迸れ、流星!!』

投げつけられた刀が、最後のSAM08Gの首を貫いたところで、ついに砲撃の雨が止む。
そこかしこでチリチリと上がる煙以外に動くものの居なくなった空間で、
クルルちゃんは荒く肩で息をしながらも、静かな動作でリボンをいったん解き、汗を振り払う。
光の粒子を纏った美姫が髪を結いなおす姿は、硝煙のくすぶる戦場跡と奇妙なコントラストを描き、
多分、この映像を見た人間は、一生この姿を忘れられないだろうと感じさせた。

『はあ、はあ、はあ……』

髪を整えなおした姫はトン、トン、トン、とシンデレラのように足音を響かせながら階段を下りて、
一階席で刀を引き抜き、鞘に納める。
そしてその場で、気付いていたのだろう、こちら――カメラへと瞳が真っ直ぐに向く。

神姫クルルの御姿は。

とめどなく汗を流し、あちこちを煤にまみれさせながらも、
セイクリッド・ブルーの輝きは一切陰ることなく…いや、なお光を増して、絶句するほどに美しい。

モニターの向こうで、愛くるしい桜色の唇が開く。

『教授さん、火事が危ないからスプリンクラーをお願いします』

……エレベーターの扉が閉まった後、降り注ぐ水流の音はまるで、
神姫の舞踏を喝采するカーテンコールのようだった。

「……す、すごい……。
 やったね、ミド君。もう大丈夫だよ!」

ゴールは目の前だと、興奮して隣の仲間に声を掛ける。
だけど血潮に沸いて赤くなっているであろう僕とは正反対に、
少女のように整った顔は真っ青に染まっていた。

「ミド君?」
「最後の攻撃、クルルさんが自分の刀を投げ放つなんて……。
 もう魔法力がほとんど残ってないんだ。それに疲労も酷い。
 もし最上階にガーディアンが残っていたら………」

心底から湧き上がってきたのであろう不安の呟きが、今日の光景をフラッシュバックさせる。
透かし彫りの脆い飾り用の鍔、一撃離脱の高速戦闘、
弾く・逸らすはあったが受け止める事のない彼女の戦い方……。
一発の直撃も受けてはいない圧倒的な戦果はしかし、
彼女が自らの体格とステータスを鑑みて築き上げた、薄氷を渡るようなスタイルであったとしたら。

「大丈夫。
 大丈夫さ、クルルちゃんなら」

あまりにも拙い僕の励ましに導かれた現実は、果たして。
また切り替わった画面には、いっぱいに教授のグラマラスな肢体が占めていた。

『なるほど、なかなか見事なものでしたわ。
 いくつもの戦局を勝利に導いてきた、無敵の戦姫の実力は噂以上でしたわね。
 けれどけれど!』

教授は整ってはいるがやや化粧の濃い美貌に、バチリと音が鳴りそうなウインクを決める。
長いブロンドをかき上げる仕草は、ハマり過ぎて逆にイラッと来るほどだ。

『真に無敵なのはこの私!そう、今あなたの瞳の中に居る私なのよ!
 何故なら私は最早天上天下唯我独尊!
 とにかく無敵の大大大大大大大大天サ〜〜〜イ!
 見なさい!』

掲げた教授の腕と共に、カメラが引き、
画面内に蜘蛛のような姿をした巨大なマシンが映る。
まずい、ミド君の心配が現実になってしまった……!

『ドールの街で回収された機体をガメた……ごほん。
 色々あって私の最高傑作となった、X−ATM092−2、
 ブラックウイドウ改め、ウイドウメーカー!!
 電圧をかける事で硬化する特殊ジェルを装甲に採用し、
 各電子機器を予備も含めて分散配置する事で……』
『斬り捨て御免!!!』

“未亡人製造機”という物々しい名前を与えられたマシンの説明が終わるその前に、
金糸の髪をなびかせた少女が、瞬間移動したかのように画面内に現れる。
当然、右手には引き抜かれた白刃。正面にするのは真っ二つになった機械蜘蛛の頭部。

『……ダメ!
 この手ごたえ!?』

驚愕の表情ですぐに大きく飛びのいたクルルちゃんの居た空間を、
太い前脚が刈り取るように薙ぎ払う。
なんでだ!頭部がまともに切り裂かれんだぞ!?

『……分散配置する事で、極大ダメージを受けても停止すること無く、
 オートリジェネーション機能で稼働し続けますの。
 その程度の攻撃では、浅いですことよ』

「反則だろソレ!」

思わずモニターに向かって叫ぶ僕の眼の中で、
機械蜘蛛の装甲がグネグネ動いたかと思いきや、元の形に復元してしまう。
先ほどの斬撃など知らないとばかりに、動きには……いやおい、
なんか赤いセンサーアイが明滅してるぞ?

『さあ、やーっておしまいなさい、ウイドウメーカー!
 そして私の力を全世界に証明するのよ!』

蜘蛛の凶悪な瞳が相手を見据える。
クルルちゃん、ではなく、自分のすぐ隣で腕を芝居がかって掲げる教授へと。

『あ、あら?
 ひょっとしてあなたも暴走してしまうのかしら?
 アルジャーノンのように?術戦車のように???』

“も”ってなんだ、“も”って!
最早コントとしか思えないセリフだったが、巨大質量の脚部による攻撃は全く冗談ではない。
女のか細い身体を吹き飛ばすかのように払われる!

『危ない!』

再度、飛び込んでくる少女。
頭一つは高い大人の女性を突き飛ばし、その命を救って見せる。
が、それは当然のことながら己の身体を人身御供として捧げる事に他ならない。
無慈悲に振るわれた機械の塊が接触し、

『ぎゃぶう!!?』

まるで木の葉のように吹き飛ばされ、エレベーターの扉に激突する。
カメラが揺れるほどの轟きが収まるのを待ったかのように、
一拍遅れてずるりと、糸の切れた人形のように華奢な身体が床に崩れ落ちた…!

「クルル!!!」

スピーカーよ爆ぜよとばかりに投げかけられた、ミド君の呼びかけにも応えはない。
おい、嘘だろ……?
実感が遅れて襲い来る。
エレベーターの扉、そして床に大きく広がった赤い染みが、僕の動悸を早鐘のように鳴らせ、
じっとりとした嫌な汗を全身から噴き出させる。

『ク、クルル姫……?
 私を助けて、そんな……。
 こ、こんな血が……』

呆然とする教授の隣から、更に信じられない音声が響く。

『ジバクソウチガサドウシマシタ。
 30ビョウイナイニハンケイ2キロメートルノヘイインハ、
 タイキョシテクダサイ』
『ウッソーん!最後の手段、自爆装置が!』

「おいあんた何でそんなもん付けた!?」

視聴者全員を代表して発した、僕の突っ込み館内放送に対して、
教授が慌てて『ロマンかと思いまして』と意味不明な返答をよこす。
アホかこいつ!やっぱり絶対関わっちゃいけない系だった!

『だって軍部が、世界が私の力を認めないから、仕方なかったんですの!』

半径二キロ?僕らが居る地下はシェルターになってるとは言え、周囲の住人が……。
いやクルルちゃんの遺体も、いやいやいや、クルルちゃんはまだ生きているはずだ!
生きてる!絶対に!
だって、

『ぐ、ぎ……、くっ』

全身を震えさせて、刀を支えにしながら、
だけど金色の華のように神姫が立ち上がったんだから……!

「クルル!」

『あな、たの…力を、こんな風に…がはッ。
 だい、じょうぶ…。人は…世界はあなたを追い出したりしない……』

血反吐を漏らしながらも、少女は二本の脚で立ち上がる。
こんな時だというのに、紡ぐ言葉はただただ“誰か”のため。

『少しだけ、素直に……なって。世界の、言葉を聞いて……。
 自分の力を、どうすれば生かせるのか、探して……。
 きっと明日は、新しい光が見えるから』

神姫は刀を逆手に持ち直し、何を思ったのか自分に突き立て…いや、
自分の服に刃を通し、切り裂いて行く。
顕わになる起伏の少ない、しかし透き通るような白い肌。
小枝のような鎖骨、見るからにまだ堅そうな胸、肋骨の僅かに浮き出た華奢な胴、
肉付きの薄いお尻と太もも。
左腕に残っていた金のバングルも投げ捨てて、
身に纏うのは、幼貌にいくつもの染みを作った赤血とは正反対な、
ミントグリーンのスポーツブラとショーツ、煤まみれのシューズだけ。

『ひ、姫……』
『私たちが授かったクリスタルの加護は、
 あなた達に、“みんな”に道を指し示すため。
 誰かの為にこそ、私は立ち上がると決めたから!!』

動きは、流水のように淀みなく。
もう何百回と繰り返されてきたであろう動作で、刀が鞘に収まる。
左手は鞘と共にグリーンのショーツで彩られた未発達な腰へ。

『私の居合抜きは、速度と共に威力を上げる。余計な飾りは全て捨てたっ。
 さあ目にもの見よ。これが正真正銘!私の最攻速!!

 剣 風 一 陣 !』

威勢ともに烈風が駆ける。
かき消えた華が現れたのは、さっきと同じく蜘蛛の頭の前。
右手には、引き抜かれた陸奥守。正面には分厚い装甲。機械の大質量。

けれどさっきとは違いが一つ。


『斬り捨て御免!!!』


両断されるは、蜘蛛の全身!!

マシーンは、白旗を上げる代わりにカウントを停止し、けたたましい音を立てて左右に転がった。
だが誰も喝采を上げる事はない。
だって、成し遂げた彼女の身体が今度こそ力尽きたかのように、崩れ落ちてしまったから……。

『クルル姫!』

唯一、傍に控えていた教授が慌てて駆け寄り、両の腕で支え起こす。

『そ、そんな……。
 脈が……無い……』
『カ…ウント……10…9…8…』

目の前が真っ暗になる。
こんな…、こんな事ってあるのかよ?
こんなにも頑張って、傷ついて、苦しんだのに、僕らには何の意味も成せなかったのか!?

「ああっ……。
 お願いします…、お願いします――」

少年が流す涙はとめどなく、白い頬を、顎を伝って流れゆく。
願い?祈り?
だけどもう、聞き届ける“神”はこの世界に居ない。
僕らは乗り越えてしまったから。超えなければ進めなかったから。
どんなに道が険しくても、無慈悲な闇が覆っていても、選んだ道を往かなきゃならない。
……それがこんなにも辛いだけなら、もっとずっと前に諦めていればよかった。

心からそう思った。
だって僕はこのとき、まだ知らなかったんだ。


「バッツさん!!」


道の先には、いつだって旅人が笑いながら歩いている事を。
まるで世界に終わりなんて無いんだって、証明し続けるかのように。


クルルちゃんが上がって来たものの、隣のエレベーターが開く。
同時に、赤いマントで全身を覆った青年が飛び出した。
右手に…いや、両手にしているのは、青白いプラズマを纏った剣。

『魔法剣サンダラ!二刀流!!』

勢いのまま、真っ二つになって転がりながらもカウントを続ける機体へと、両の剣を突き込む。
高電圧が、むき出しになったサーキットをこれでもかと言うほどに駆け巡り、
小規模の爆発が連続的に生じる。

『…4……3………』
『いい加減停まっとけ!
 暗雲に迷える光よ、我に集いその力解き放て! サンダラ!!』

剣に纏わせたものとは別に、更に駄目押しで唱えられた電撃魔法が走り抜け、部屋中を電光が照らす。
ひと際大きな爆発が巻き起こり――モニターがブラックアウト。

「〜〜〜〜っ」

歯を食いしばり、来る衝撃に備える。
1秒、2秒、3秒……。静寂が室内を満たして10秒経過したところでやっと身体が弛緩する。

「たす、かった……?」
「…!
 制御が解放されてる。さっきの機体がハッキングも担当してたんだ。
 今すぐ生きてるカメラに切り替えます!」

息をつく間もなく、次の現実が目前に示されようとする。
最も辛いからこそ真っ先に確認しようとするミド君は、才能以前に、
心根からしてただの少年ではないと改めて思う。
その彼の見つめる先、ノイズ混じりの画像内では、赤マントの青年と、
白いテーラードジャケットを羽織った金髪の理知的な女性が、
クルルちゃんの血の気が失せ始めた身体の周りに跪き、脈や負傷を確かめている所だった。
意志の強そうな太い眉と鳶色の瞳が印象的な青年は、真剣な面持ちで女性へ問いかける。

『ローザさん、どう?』
『だ、ダメよ。ケアルは対象の生命力を活性化させる魔法。
 し、んぞうが、停まって…これ、じゃあ……っ』
『肋骨にダメージもあるかも、か……、なら』

青年――ミド君の呼んだ名をそのまま信じるならば、救世の英雄バッツ・クラウザー様が、
右腕を伸ばして、スポーツブラに包まれたクルルちゃんの極薄の左乳房に添える。

『荒っぽいけど、許せよクルル。 
 最小出力にて……サンダー!』

バチリ!
右腕を伝って、青白い火花がゼロ距離で姫の身体に注ぎこまれ――

『がぐぅうっ!!?』

想定外の高負荷を受けて、激痛と衝撃で姫の白い身体が、吐血をまき散らしながら跳ね回る。

『げああっ!ぐぅ、ずがはっ!!』

全身に脂汗を浮かべて、床に肘を背中を踵を、頭を打ち付ける姿は、
あまりにも凄惨、だ、け、ど。

電撃で焦げ落ちたブラの下、桜色の小さな突起が息づく密やかな柔丘は、
確かに上下を繰り返している!

「やった!
 クルルちゃんが蘇生した!!」

……何もかもの緊張から解き放たれた僕とミド君は、
しばらくは監視ルームの床からお尻を離すことができなかった。

「なんじゃい、おヌシら。
 ワシが一生懸命外で戦っておったのに、休憩なんぞしおって」

『やれやれ。
 ごめん、ローザさん。治療を』
『クルル……、本当に良かった……!
 頑張ったわね。今すぐ治してあげるから』
『………ちょっと…バッツ。
 私お姫さま、なんだから…がぶっ!
 ……もうちょっと、優しく起こしてよ……っ』

つい今まで心停止していたほどの負傷が全痛覚神経を蝕んでいるというのに、
しかも、まき散らされた血が顔中を汚しているというのに。
その微笑みはこれまででもっとも柔らかく、見るもの全てを魅了しうる輝きに満ちていた。
絶対圧力を有する神姫の微笑みを間近に受けて、バッツ様は野太い眉をカリカリと掻きながら、

『悪い、悪い』

だけ。

……おい、それだけかい?
ある意味今日最大の驚愕を僕から引き出した青年、バッツ様は、
苦笑いしながら赤いマントを、彼女の身体を隠すために羽織らせた。

『でも俺、別に王子様じゃないからさ。ちょっとスマートさはカンベンって事で。
 それよりほら、マントが役に立っただろろ?
 どうだよ、俺が親父から受け継いだマント万能説』


『素直に認めたくない………』




「それで、あの教授さんはどうなったの?』

大騒動から一夜明けて、場所は大統領府の談話室。
元々は来賓用の客室や談話・遊戯室をまとめていた建物を改装し、
今はクルルちゃんたちリターナーメンバーの宿舎として利用されている場所だ。
国の重要施設と言うだけでただでさえ緊張する所だが、
更にさっきから頻繁に、ニュースで見た顔とすれ違うのだから、
小市民である僕にはどうにも心臓に悪い。
近々、次の作戦が予定されているというせいで、
今は談話室に僕とクルルちゃんだけというのが唯一の救いだ。
いや、もちろんクルル姫もVIP中のVIPなのだが。

「うん。
 いろんな悶着はあったけど、最終的にラグナ大統領預かりとなったんだ。
 これからガストラの工場ラインの統一化に走りまわる事になる予定だって。
 もちろん、今日のジオット王たちの会議の結果次第だけど」

昨日あれだけの騒ぎを起こしたのだ、当然監視もつけてあるが、なんだか今は大人しくしているらしい。
所かまわず唄って踊り出すのは変わらないようだが。

「まあ、ラグナ大統領なんだ。悪くはしないさ」

相手が信用に足ると判断すれば以前の事は水に流し、とにかく“次”に対してベストはなんであるのかを、
ストレートに選択するのがラグナ大統領の施政だ。
実際、オダイン博士が科学庁で重用されている事も、普通で考えればあり得ない話わけだしな。

「それにしてもクルルちゃん、もう怪我は大丈夫なの?
 昨日から半日ちょっとしか経ってないけど」
「ありがとう。大丈夫だよ。
 レナお姉ちゃんに特別にフェニックスを喚んでもらったから、
 傷一つ残ってないよ。
 流石に昨日の夜は、病室から星を見たけど」

ぐっと鞘を手にした左腕で可愛く力こぶを作ってくれる様子は、
出会った時と変わらない生気にあふれた美しさだ。確かにこれなら心配いらないだろう。
昨日の惨劇を見た人間としては、これでやっと事件が終わったという気がする。
それにしてもレナお姉ちゃん…レナ・タイクーン姫か。
端に映るだけで画面全体が華やぐ絶世の美しさと、
列強国首脳が一目置くほどの高いカリスマを有しているだけでも驚異的なのに、
その深いいつくしみの心は不死鳥すらも傅かせ、
死者を呼び戻す事さえ成して見せるという喧伝だが……まあ、
三神姫の代表格、このクルルちゃんの更に上位に位置している御仁なわけだし、もはや驚くまい。
あわよくば今日、生で拝見したかった。こっそりカメラも持ってきたのに。

「私の事よりも、フリオニールが責任を取って自分のお腹を切ろうとしたのを止める方が、
 ずっと大変だったよ」

とことんめんどくせぇな、あの青年。

「でもフェニックスにはかなりの魔法力を使うから、本当は迷惑をかけたくなかったんだけど、
 お姉ちゃんが今回は次の出撃も近いから特別にって。……今日も大事な会議なのに。
 元々はお姉ちゃんの負担を減らせればって思って、
 私も公務を頑張ってみたんだけど、なかなか上手く行かないなぁ……」
「ちわ〜っす、ご注文のクラウザー流イカスミのパエリアお持ちしあした〜」

空気が淀もうとしていたところで割って入ったのは、底抜けに明るい声だったが、
僕としては思わず佇まいを正してしまう。
鉄皿片手に気楽そうにした表情も、Tシャツにジーンズという質素な服装も、
ぼさぼさの髪も、“救世の英雄”からは確かにほど遠いが、昨日見たこの方の力は鮮明に覚えている。

「あれ?あんた昨日の」
「はいっ。エルマンです。
 クルル姫に、公務と事件の事後報告をさせていただくため参りました。
 これからお食事とは知りませんでしたので、失礼を……」
「ああ、いーっていーって。
 せっかくだから、一緒に食べてってくれよ。多めに作ったからさ」
「そうして、エルマンさん。
 バッツのパエリア、びっくりするくらい美味しいんだから」
「いえ、そんな恐れ多い……」
「気にしないでくれよ。
 色々呼ばれちゃいるけど、どうせ俺なんて強制ボランティア役から逃げ遅れた、ただの旅人だ」

自己紹介に親しみを感じるべきなのか、ありがたみのなさを嘆くべきなのか分からなかったが、
とにかく僕はそうやって、この世界を救う光の戦士お二人に挟まれて昼食を取る事となった。
バッツ様は、イカやエビやムール貝、アサリといった海鮮がたっぷり入った、
黒いイカスミパエリアをテーブルに置いて、小皿に取り分け配って下さる。

「ところでさぁ、クルル。
 そろそろ俺の禁酒令を解除してくれないかな?」
「ダメに決まってるでしょ。
 この間泥酔して、PHSで私を迎えに呼びつけたこともう忘れたの?
 一人の時は隠れて飲んでるくせに」
「いや、ひとりの時はちゃんと我慢してるっていうか、俺はみんなと飲みたい派なんだよ。
 なのにセシルもクラウドも、セッツァーさんまで、“クルルに言われてるから”って、
 食事の時に俺だけ飲ませてくれなくてさ……」
「健康にいいじゃない。
 だいたいね、昨日だってバッツがファリスと飛空艇でちゃんと帰ってきてれば、
 事態に最初から対応できたんだからね!
 わざわざローザさんに、テレポで迎えに行ってもらう事もなかったし!
 どうせ行った街で、友達と一緒にお酒を飲んで酔いつぶれてたんでしょ」
「ソンナコトアリマセンヨ」

会話のレベル低いな?完全にご近所の兄妹の与太話だぞこれ……。
いや別に、常に世界平和について語って欲しいわけじゃないが、う〜ん。
何とも言えない気分になりながらもとりあえず僕は、
配膳していただいた、香ばしく煮炊きされたライスを口に運ぶ。

「うまっ?!」

トマトとイカスミの旨味がぎゅっと米の内側に凝縮してる!
しかもオリーブオイルとガーリックの風味も、メインの味に邪魔すること無く、
さりとてしっかしりた足し算となっている。見事な調味だ。
何より噛みしめる度旨味が引き出されるイカの身!
いったいどうすれば、イカそのものの味に、こんなにはっきりと輪郭を持たせられるんだ?

「一流レストラン並み、いやこれまで食べてきたどのパエリアより美味い!」
「そう言ってもらえると、米を時間をかけて煮込んだ甲斐があるよ」

わりと暇なんだろうか、この勇者?
パエリアって、時間がかかる料理なのに……。

「本当にいつも、バッツのパエリアは美味しいよね。
 いったいどんな隠し味を使ってるの?」
「すいやせん、お客さん。
 そいつぁうちの親父から継いだ、一子相伝の秘密でして」
「じゃあ、残念だけどバッツの代で途切れちゃうね。
 バッツが子育てする姿なんて、想像もつかないもん」
「………クルルにはかなわないな」

眉を寄せて後ろ頭を掻くバッツ様へと、クルルちゃんは勝ち誇ったように笑う。
と、一転して真剣な顔つきになり、声もやや鋭いものとなった。

「ところでバッツ。私に言うことがあるんじゃない?」
「え?」
「……昨日…、私の、その…………に触ったでしょ。
 もちろん仕方なかった事はわかってるけど、でも、レディに対する礼儀があるんじゃない?」

…どんなに謳われていても、やっぱり女の子なんだな。
小動物のように可愛らしく頬を膨らませながら、僅かに赤らめた顔は、
昨日までの戦姫には無かった年相応の少女のもので。
出会ってから間もないけれど、僕の目の前で少し気まずげに頬を掻く救世の英雄には、
誰をもに心を開かせる特別な力があるのだと、自然に理解する事ができた。

「ちゃんとはっきり言うなら、私も怒ったりしないよ」
「わかった。じゃあ、ちゃんと言うよ」

バッツ様はスプーンを置き、鳶色の瞳にこれ以上ない程の真摯さを乗せて、姫君に正面から向き合った。
受け取る姫の頬は、より濃い薔薇色に染まり、瞳の小宇宙にはこれまで以上に星が瞬く。

「お前、もうちょっとしっかり食べろよ。
 抱えた時、薄っぺら過ぎてびっくりしたぞ、正直。
 少し真剣に悩んだ方がいいぞ、その体型。
 ひとまず、ブラとか絶対要らないから、しばらく仕舞っとけよ」

そして今日も、神姫クルルは輝く微笑みと共に口ずさむ。


「斬り捨て御免!!」


<了>

****

投稿小説は以上です。

自分の感想も書いておきたいのですが、文量がおおいせいかブラウザの挙動が最近おかしいため、今週末の記事で書くようにします。
最近、ニコニコ動画をみようとしても急にブラウザの画面がホワイトアウトしたりするなどのよくわからない不具合が多発しています。



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