リーダー企業が基準を決める

 あらゆる組織が、グローバルな競争力の強化を経営戦略上の目標としなければならない企業、大学、病院のいずれにせよ、世界のどこかのリーダー的な組織が設定する事実上の基準に達し得ない限り成功することはもちろん、生き残ることもおぼつかない

 このことは、具体的に何を意味するか。それは、「もはや賃金コストの優位性によって、企業の発展や一国の成長をはかることは不可能になった」ということであるいかに賃金を安く抑えても、田舎の食堂は別として、世界のリーダー的存在と同水準の生産性を達成しない限り、繁栄するどころか、生き残ることさえできない

 このことは、とくに製造業について言えるなぜならば、先進国の製造業においては、コスト全体に占める肉体労働の比重は、小さくなる一方だからである。すでに、コスト全体の八分の一が平均である。もちろん肉体労働の低生産性は企業の存在を危うくする。しかし、肉体労働の低コストが企業全体の低生産性をすべてカバーすることはできない


  (このことは、二十世紀の経済発展モデル、1955年に日本が確立し、その後韓国やタイが採用したモデルが、何の役にも立たなくなったことを意味する。未熟練の労働人口をいかに多く抱えていたとしても、途上国や新興国が成長するには、十九世紀後半のアメリカやドイツのように、技術的なリーダーシップを握るか世界のリーダー企業並みの生産性を実現しなければならない。)


保護主義の波

 設計、製造、マーケティング、財務、イノベーションについても、同じことが言える。マネジメントのあらゆる側面についてあてはまる。世界最高水準の域に達することができなければ、いかにコストを削減し、いかに補助金を得ようとも、やがては窒息するいかに関税を高くし、輸入割り当てを小さくしようとも、保護的措置では何ものも保護しきることはできない

 それにもかかわらず、今後数十年にわたって、保護主義の波が世界を覆うことになる。何故ならば、「乱気流の時代における最初の反応は、外界の冷たい風から自らの庭を守るための壁づくり」と相場が決まっているからである。とはいえ、グローバルな水準に達し得ない組織、特に企業は、何をもってしても、保護しきることはできない。さらに弱くなるだけのことである。


  (そのよい例が、1929年以降五十年の長きにわたって、外国との関係を絶って経済を運営していたメキシコだった。メキシコは、外国製品の流入を防ぐために保護障壁を作っただけではなく、特殊メキシコ的としか呼びようのない政策として、自国企業の輸出まで制限した。しかし、この純メキシコ的近代化ともいうべき経済構築の試みは、無残に失敗した。

  メキシコは、工業製品だけでなく、食糧まで輸入に依存するようになった。輸入に必要な代金を払えなくなり、経済的な開国を余儀なくされた。しかも、自らの産業の多くが、すでに生き残る事さえ出来ない状態にあることを知らされた。

  同じように日本も、金利の減免等によりいくつかの産業を輸出産業として育てる一方で、多くの産業を外国の競争から守ってきた。この政策もついに失敗した。今日の経済危機も、いくつかの産業と金融に競争力をつけさせることに失敗したことに大きな原因があった。)


 したがって、組織としての経営戦略の策定にあたっては、グローバル競争という新しい現実を考慮に入れなければならない企業に限らずあらゆる組織が、世界のリーダーが事実上設定した基準に照らして、自らのマネジメントを評価していかなければならない

  『明日を支配するもの』より

 
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