未来において何かを起こすためには、新しいことを行わなければならない今日とは全く違う【何を起こす】ことを望むかを進んで問わなければならない。事業の未来として、これが起こるべきことだそれを起こすために働こうと進んで言わなければならない。

 今日のイノベーションの議論において、意味なく強調されている創造性なるものは、問題の鍵ではない。すでに企業だけでなく、あらゆる組織体に、「構想」は利用しうる以上に存在している

 通常、欠落しているのは、製品を超えて構想するということである製品やプロセスは、構想を実現するための「道具」にすぎない。すでに述べた例からも明らかなように、具体的な製品やプロセスは、想像さえされないのが普通である。


  (デュポン社が、やがてナイロンを生むことになった高分子化学の研究を始めたとき、最終製品が「人造の繊維になる」とは考えていなかった

  デュポンは、有機物の分子構造の操作が何らかの重要な経済的成果をもたらすであろうという考えのもとに研究を進めていたそして、研究を始めて6、7年後、ようやく人造の繊維が、大きな成果として生まれた)。


 IBMの経験が示すように、構想を成功に導く製品のプロセスは、極めてしばしば、現在の事業とは関係のない研究から出てくる

 しかし実際には、平均的な企業人には、構想を温め、そこからもたらされる事業やその貢献、さらには、そのもたらす顧客満足や市場や経済について考えることは、至難であるしかも、一般の企業人は、しばしば、そのような構想に資源をゆだねるという勇気に欠ける

 だが、未来において何かを起こすために投入する資源は、「少し」でよい。ただしそれは、「最善のもの」でなければならないそうでなければ、何も起こらない

 一般の企業人に最も欠けているものは、構想の「有効性」と「実用性の「判断である。構想が、事業の未来を築く能力を持つためには、厳格な試験を通らなければならない

 まず構想は、「実用的な有効性」を持たなければならない。すなわち、その構想に基づいて行動を起こすことができるか。それとも、話ができるだけか」を問わなければならない。

 そして起こしたい未来を起こすためには、「行動」しなければならない


  (シアーズ・ローバックは、「孤立したアメリカの農民に市場を与える」という構想のもとに動くことによって、直ちに成果をあげることができた

  デュポンは、「高分子化学の利用」という構想を持って、直ちに小規模な研究活動を組織したデュポンに出来たことは、一人の第一級の研究者の研究活動を支援することだけだった

  しかし、シアーズとデュポンのいずれもが、直ちに何らかの「行動」をとった。)

                                                   

 単に研究に金を使うだけでは、十分ではない。研究開発は、構想の実現に向けたものでなければならない。デュポンの研究プロジェクトのように、得ようとする知識は、一般的であってよい。しかし、研究の成果が「実用的な知識であるべき」ことは、あらかじめ明らかにしておかなければならない

 構想はまた、「経済的な有効性」を持たなければならない実行に移した時、「経済的な成果」を生むことができなければならない

 もちろん実現したいことを実現するためには、長い時間が必要なこともある。あるいは、永久に実現できないこともある。しかし、実現した暁には、成果としての製品やプロセスやサービスには、「顧客や市場や最終用途」が存在しなければならない利益をあげて売ることができ、欲求やニーズを満たすことができなければならない

 構想自体、社会的な改革を目的としている場合もあり得る。しかし、その構想の上に事業を築くことができなければ、それは企業家的な構想ではない

 評価の基準は、選挙での得票数や、哲学者からの喝采ではない。それは、経済的な成果であり、業績である。たとえその事業の目的が、事業としての成功ではなく、社会の改革にあったとしても、構想の評価の基準は、事業としての成果であり、事業としての生存である


  (経済的な成果ではなく、社会的な成果を上げるための事業の例は、さほど多くはない。

  もちろん、ロバート・オーエンや若き日のヘンリー・フォードのように、社会改革者としての目的をもち、社会改革者としてのアプローチによって、企業家として成功した者もいる。しかし、事業を通じて社会的な目的を達成することに成功した者の全てが、必ず、「経済的有効性」という評価の基準を容赦なく適用している

  ネーションワイド・インシュアランス社のマリ・リンカーンが今日行っていることも、それである。革命担当副大統領を称するマリ・リンカーンは、その生涯を協同組合運動に捧げてきている

  彼は、営利というものを良く言わない。しかしその彼も、保険と金融という事業を通じて、協同組合運動を推進していく上で、競争相手の本格的な営利企業がそれぞれ自らに課している業績よりも、さらに厳しい業績を自らに課している。)


 そして最後に、構想は、「全人格的なコミットメントを必要とするその構想を心底から信じているのか本当に実現したいのか」「本当にその仕事をしたいのか。本当にその事業を経営したいのかである。

 未来に何かを起こさせるには、勇気を必要とする。努力を必要とする。信念を必要とする。その場しのぎの仕事に身を任せていたのでは、未来はつくれない目の前の仕事では、足りない

 いかなる構想も、万事が順調というわけにはいかない。むしろ、そうであってはならない未来にかかわる構想のうち、必ず失敗してしまうものは、確実なもの、リスクのないもの、失敗しようのないものである

 明日を築く土台となる構想は、不確実ならざるを得ないそれが実現したとき、どのような姿になるかは、誰にもわからないリスクを伴う。成功するかもしれないが、失敗するかもしれない

 もし不確実でもなく、リスクを伴うものでもないならば、そもそも、未来のための構想としては現実的ではない。なぜならば、未来それ自体が不確実であって、リスクを伴うものだからである。

 いずれにせよ、構想に対する全人的なコミットメント信念がないかぎり、必要な努力も持続するはずがない

 もちろん、企業に働く者は、狂信的であることはもちろん、熱狂的であってもならない「起こることは望めば起こる」というものでもなく、たとえ、起こるように最善の努力を傾注したからといって必ず起こるものでもない、ということを認識しておかなければならない

 したがって、未来において何かを起こすための仕事は、他のあらゆる仕事と同じように、今日までの成果と明日の見通しからして、続けるべきか否かを決めるべく、定期的に検討していかなければならない

 しかし同時に、未来において何かを起こすために働く者は、「これが本当に望んでいる事業だ」と、信念をもって言うことができなければならない

 あらゆる企業が、未来において何かを起こすための構想を絶対に必要とするわけではない

 現在の事業を効率的なものにすることさえ出来ていない企業や、マネジメントが多い。そのような企業でも、しばらくは存続しうる。特に大企業は、前の代のマネジメントの勇気や努力やビジョンに長い間依存していくことができる。

 しかし、明日は必ず来るそして、明日は今日とは違うその時、今日最強企業といえども、未来に対する働きかけを行っていないならば、苦境に陥ることになる個性を失い、リーダーシップを失う。残るものといえば、大企業に特有の膨大な間接費だけである。

 起こっていることを理解できなければ未来に対する働きかけを行うことはできないそしてその結果新しいことを起こす」というリスクを避けて、「起こってくるものに脅かされる」というはるかに大きなリスクを負うことになる

 リスク」とは、「最も豊かで最大の企業でさえも処理できないもの」であると同時に、「小の企業でさえ処理できるもの」である

 マネジメントたる者は、自らの手にゆだねられた人的資源に仕える怠惰な執事以上のものであろうとするためにも未来において何かを起こす」という責任を受入れなければならない

 進んでこの「責任」、すなわち「企業における最大の経済的課題にかかわる責任」に意識的に取り組むことこそ単なる優れた企業から偉大な企業を区別し、サラリーマン重役から真の事業家を区別するものである。

  『創造する経営者』より

 
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